奴隷の主人


 闘技場を後にした俺たちはプロフェッサー・ノウの屋敷へ足を運んだ。

 使用人のナイスジェントルな執事は俺のことを覚えていてくれて、玄関で顔を合わせるなり、快く主人へ繋いでくれた。


 プロフェッサーは以前、別れ際に「いつでも私の元へ訪ねてくれたまへ」と言ってくれていた。要件を話すと気前よく「手伝おう」と言ってくれた。

 そんなこんなで物事は進み、屋敷地下にあるルーン工房で、俺は寝台に寝かされたクゥラを見守っていた。


「私の元へ足を運ぶとは、見事な判断だ、フィンガーマン君」

「あなたくらいしかルーンに詳しそうな人を知りませんでしたから」

「私はあのフィンガーマンの唯一頼れる秘文字識者というわけだ。これは優越感だね。できればそのままでいてくれたまへよ」

「魔術師の知り合いなんてそうそうできるものではないでしょう。それで、なんとかなりそうですか」

「私は優れた魔術師だ。秘文字についての知識ならば最先端だと自負している、しかし、それと奴隷のルーンを除去できるかは話が別だ。こいつは厄介だ」

「あのプロフェッサー・ノウでも消し去れないと?」

「数日前より口が上手くなったようだね。さすがは地底河の悲鳴を討伐した英雄だ。一方で奴隷のルーンに対する理解はやや甘いと言わざるを得ない。奴隷のルーンは古い魔術でね、マーロリ原典魔導神国でつくられたものがベースになって普及した。これは消すという行為を行うのが最も難しいルーンのひとつなのだよ。専門家でも完全には消せないだろう」

「それじゃあ、ベルモットの命令権を行使できる可能性は残り続けると?」

「ひとつだけ手段はある」

「それは?」

「主人を鞍替えすればいいのだよ、フィンガーマン君」

 

 プロフェッサーはごく当たり前の提案というべき調子で言ってみせた。


「フィンガー」


 寝台で静かに話を聞いていたクゥラがこちらを見てくる。

 赤い瞳がじーっと。何を言いたいのか察する。


「俺が主人になれと?」

「元より今日終わるはずだった命だ。お前に救われた。私はお前を新しい主人にするのなら躊躇いはない」


 クゥラは瞳をそらさず言った。

 とっくに決意をしていたかのように。

 

 俺はミスをしたと悟った。

 異世界に干渉しすぎてしまった、と。

 本当はここまで干渉するつもりはなかったのに。


 理由は明白だ。

 俺の足りない考えでも予想が立つ。

 ここはあくまでダンジョンの中……のはず。

 ダンジョンは攻略されれば、いずれ消滅する。

 俺の目的はダンジョンボスを倒すことだ。

 それはつまり俺という存在が、魔導のアルコンダンジョンを、すなわちこの世界を殺すためにあることに他ならない。


 俺は頭を抱えた。

 セイラムが旅に同行すると言った時にも悩んだ事案だ。

 今回はより致命的だ。


 俺はクゥラの心を助けることができる。

 その逆も可能だ。この場で彼女の主人になることを拒めば、彼女を絶望へ押し返すことも容易だ。これは俺が招いた状況なのだ。


 俺がこの世界の敵であることは揺るがない事実だ。

 いつか世界を破壊する。

 間接的にこの世界の人間を絶滅させることになるかもしれない。


 だが、だからと言ってその日まで、俺が招いた絶望で彼女を過ごさせることはできない。俺は大人で、彼女は子供だ。ごく基本的な原理原則に従おう。


「わかりました、その日まで、俺がクゥラの主人になりますよ」

「本当か?」

「助けると言ったでしょう。プロフェッサー、お願いします」

「よろしい。では、施術を開始しようか」


 プロフェッサーは工房の奥へ行って戻ってくると、怪しげな器具を持ってきて、ガシっとクゥラの頭に装着した。顔を覆うような錆びた危なそうな雰囲気の道具だ。どう見ても拷問器具にしか見えない。


「プロフェッサー……?」

「ルーン彫り器だよ。安心したまへ、ルーンに新しい情報を書き加えるだけの簡単な施術さ」

「頭につける使い方で合ってるんですか。クゥラもすごい怖がってますよ」

「な、何を言っているのか全然わからないぞフィンガー、私は、全く、こ、怖がってない。私は勇敢だからな」

「患者もこう言っている」

「いや、でも既に涙目ですよ」

「な、泣いてなどいない!」

「ルーンは人間の脳裏に刻む。ルーン彫り器で加筆修正を加えるのはごく基本だ。私は慣れている。安心したまへ」


 ルーンってそんな危なそうな手段でみんな刻んでいたのか。

 俺は戦々恐々しながら見守る。涙目で震えながら「怖くない、全然怖くない……」と自分に言い聞かせるように繰りかえすクゥラを。


 プロフェッサーの言の通り、施術自体はさほど時間もかからずに完了した。


 彼は大変ワクワクした様子で、鉱石やら、変哲のない木の枝、ただのゴミにしか見えないガラスの破片など━━プロフェッサー曰く貴重な魔術的触媒━━を機器にセットし、ゼンマイのようなものを「ぐりぐりぐり〜」と彫り込んでいた。


 ゼンマイの先端はクゥラの後頭部をぐりぐりしてすごく痛そうだった。


 実際、犠牲者は「ひぎいい!?」と悲鳴を何度か響かせた。

 結果として器具から解放され後、目元を赤く腫らしたクゥラはキリッとし、プロフェッサーを恐ろしい形相で睨みつけることになった。


「ヴァーミリアンに睨まれると生きた心地がしないな」


 プロフェッサーは楽しげだ。

 患者の具合が面白かったのだろう。


「これで命令権はベルモット男爵からフィンガーマン君へ移動した」


 プロフェッサーが扉の外へ「掃除だ!」と大声を出すと、ささーっと弟子の学生たちが入ってきて、ルーンを刻むために使用したさまざまな触媒と分厚い本を片付け始める。


「大丈夫でしたか。すごい声出てましたけど」

「気のせいだろう。私は声を出していない」

「いや、それは無理があるんじゃ……」

「気のせいだ。気のせいだと言うんだ、フィンガー」

「嘘つきヴァーミリアンがいますねえ」


 クゥラは頬を薄く染め、尊大に腕を組みなおした。


「ところで、フィンガー」

「話題を変える作戦ですねわかります」

「違う、実は大事なことを言う必要があって……」

「聞きましょう」

「私には妹がいるのだ。実の妹だ。妹は今も闘技場にいる」

「妹? 赤い髪で女の子はクゥラ以外に見かけませんでしたけど」

「あそこは地上の闘技場だからな」

「というと?」

「私の妹エリーはまだ14歳なのだ。だから地下で拳闘大会に出ているはずだ」


 地下でも拳闘大会?

 14歳。うちのセイと同じ年齢か。

 

「少女部門に私の妹はいる。フィンガー、差し出がましいのはわかっている」

「いや、無理、ですね」


 何を言いたいのかわかる。

 クゥラは優しい。

 きっと妹想いの良い姉なのだろう。


 だからこそ、俺に助けを求めている。

 結果として彼女の妹まで俺の奴隷に加わる未来が見える。

 これ以上、背負い込めない。クゥラに関しては気がついた時にはすでに手遅れだったから仕方なく責任を取っただけだ。自分から荷物を増やすことはない。


「お願いだ、頼む、ベルモットとああも見事な交渉をやり遂げたお前ならば、私の妹も救い出すことができるんじゃないか」

「見事な交渉……?」

「ああそうだ、フィンガー、お前は天才だった。強者の好事家として貴族に幅を聞かせるベルモットを説き伏せるなんて天才にしかできない」

「天才……俺は天才……?」


 クゥラはわかってくれる。

 そうなんだよ。俺は天才なんだよ。

 俺でさえ忘れていた。俺は天才なんだ。


「フィンガー、どうかお願いだ、なんでもする、妹を助けてはくれないか?」


 やれやれ。まったく。あーやれやれ。

 俺の才能を正しく評価できるやつは珍しい。

 ファンにお願いされては、この赤木英雄、無下にできるほど冷酷にはなれん。

 セイラムのこともある。弟子の活躍を見るのも師の務めか。


「ふぅん。その地下闘技場ってどこにあるんですか」

「エリーを助けてくれるんだな!」

「そんなこと言ってないですよ。地下闘技場に行くために場所を聞いてるだけです」

「そう言って助けてくれるのだろう?」

「勘違いも甚だしいですね。期待するから失望する。勝手に失望されちゃ敵わないです」


 ━━しばらく後


 俺たちは闘技場へ戻り、またしてもベルモットの部屋を尋ねていた。


「こ、今度はなんのようだ!?」

「クゥラの妹も解放しろ」

「くっ! 卑怯だぞ、クゥラ、この無茶苦茶な男を味方に引き入れるなぞ戦士の誇りはどこへ行ったのだ!」

「そんなもの最初から持ってはいない」

「ええい、それは無理だ、あの子は少女部門の華だ、大事に大事に育ててきた私の愛おしい美少女戦士なのだ! 今は全盛期! 絶対に手放せん! 2年、あと2年待て! そうしたら少女部門には参加できなくなる、そうしたら私もフィンガーマン、お前の強さに敬意を表し、喜んで彼女を引退させようじゃないか!」


 俺は拳を固めてベルモットの顔面を殴りつける。


「ふぎゃあ! わ、私は、屈しないぞ、暴力には、屈しない……!」

「ほう。この2時間で胆力を備えたようだな」

「は、はは、そんな力技で何もかも思い通りになると思ったら、大間違いだぞ、フィンガーマンよ……私に言うことを聞かせられないようでは、お前もたかが知れておる……っ、私に要求を飲ませたければ絶頂させてみろ!」

「ふむ。この部屋、随分高い位置にあるんだな。窓の景色が最高だ」


 俺はベルモットを立たせ、肩を抱き寄せ、一緒に窓の外へ視線をやる。

 闘技場と長い通路でつながる先、小さな城が都市の一等地にそびえている。


「もう一度だけ、チャンスをやる。エリーを解放しろ」

「な、何をするつもりだ……」

「答えは『はい』か『YES』か『喜んで』だ」

「待て、何をするつもりなんだ!」

「答えを間違えたな」


 俺は指を鳴らした。

 白い小さな城、その右側半分が黄金の爆発に飲まれて吹っ飛んだ。


「うぎゃあああ!!??」

「俺の能力で消しとばした。もう一度指を鳴らして同等の爆破を行うことも容易だ。さあ、もう一度、聞こうか。エリーを解放するよなあ?」

「ひえええ喜んでええええええッ!」


 交渉成立。







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 こんにちは

 ファンタスティックです


 ちょっとしたご報告を。


 この度第4回ドラゴンノベルス小説コンテストに応募していた我が奇作『俺だけが魔法使い族の異世界』が成績を修めました。


https://kakuyomu.jp/contests/dragon_novels_2022


 『大賞』


 まさかの大賞です。

 真のタイトル名はファンタスティック大賞と言います。縮めて大賞です。


 応募総数:2,645作品、中間選考通過:36作品━━以上の荒波を勝ち抜いて、決勝で数多の強敵を打ち破り、見事に大賞に選ばれました。

 カクヨムコンテスト7でのダブル受賞に続き、これほどの喜びを手にできたのは読者の皆様の日々の応援のおかげです。

 いつもありがとうございます。


 進捗があり次第、また報告します。

 ではでは。ファンタスティック。

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