SECHSES
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第1話
彼らは突然あらわれた
彼らは地球上の生態系に異常をきたすわけでもなく、
ただ街を歩きまわるだけ。
その姿は海の生き物、ヒトデに近い形をしており、中央にクッキーに似た丸い形をしたコアのようなものがある。
ヒトデ本体はゼリーのようなプルプル感と「テカリ」があり、色は見る角度や天気によってオレンジだったり青、緑など、様々な色が混じって見えた。
それが二本の足で立ち、ひょこひょこペタペタと歩き回るのだ。
彼らのサイズだが、これがちょっとでかい。
小さいものは人間の子供ぐらいの大きさから、でかいものになると160cmほどの大きさのものがいる。
オスメスの区別はないが、日に日に見る数が増えているので、繁殖はしているようだった。
言葉はわからないが、頭脳はいいようだ。
何故なら人間になるべく邪魔にならないように生きようとする配慮が少しうかがえるからだ。
殺そうとすると、わりと普通に殺せるようだった。
真ん中のコア部分をバットや銃で破壊すると、一撃で死んでしまう。
一部の人間は彼らの存在をもちろん煙たがった。
何故ならば人間の背丈と同じぐらいデカイものがこれ以上増えるのが嫌だからだ。
彼らは第一発見者のユーゼクス・オカモト氏の名前から命名され「ゼクス」と呼ばれた。
合計五本の腕に加え、しっぽのような短い突起が後ろ?側についていることもその名前の由来となっていた。
ゼクスがハエぐらいのサイズだったならば、まだ許す人は多かったかもしれないが、巨大なヒトデが街を闊歩する姿はあまりにも邪魔に思われた。
そしてその大きさ故に糞尿の問題もあった。
幸い人間に気を使う知能があることと水辺で糞尿をする習性だったため、大きな問題にはならなかったが野糞、小便を路上でたれる個体が極まれにいた。
それよりも侵略という恐怖に人類は怯えた。
なにせ突然あらわれた異形の生物だ。
ゼクスは一体この現代に何故現れたのか、何故急激に数を増やしたのか、何が目的なのか・・・。
政府や軍、科学者は当然ながら彼らの習性・数・生きる目的を知りたがった。
彼らを捕まえ、解剖し、徹底的に調べた。
中には彼らを食べる者さえ現れた。
ゼクスは数が増える一方なので、新しい食料としては、格好の食材だ。
・・・しかしながら、食えたものではなかったという。
ゼクスという生命そのものに感銘をうける者、生物学的に保護を訴える者は当然彼らの存在を社会的に擁護した。
共存をめざす者、ゼクスらの輪に入ろうとする者が現れた。
当然ながらゼクスの存在をめぐる論争が世界中のあちこちで起きた。
共存、排除、友愛、恐れ・・・
意見の食い違う人間同士で殺し合いに発展する場面もあった。
人類のそうした騒ぎとは別に、彼らはあくまで彼らのままだった。
ゼクスは人類の生活になるべく干渉することなく、至極自然にふるまった。
まるで、もとから地球にいた生物のように。
彼らに干渉しようとしているのはむしろ人類のほうだったのだ。
ゼクスはどこからきたのだろうか。
宇宙か、深海か、凍った氷の下からだろうか。
実は太古から地球にいて、一時期この地球に君臨した生物だったのだろうか。
色々な研究が行われたが、その起源はつきとめられなかった。
彼らはクマムシのような逞しい生命体でもなかった。
真空、極寒、高温下では普通に死に、放射能下での生存もできない。
乾燥や細菌の感染でも死んでしまう・・・。
そう、地球上の生物となんら変わりない生き物だったのだ。
そうこうしているうちに、ゼクスは人間の言葉を覚え、ある程度のコミュニケーションが可能になった。
ゼクスの身体には発声器官がないので、音声コミュニケーションはできないし、もとより人間と同等の知能はなさそうだったが、どうやらイルカよりIQが高い生物であるいう結果が出た。
この中途半端な頭の良さが彼らが人間と共存していく上で仇になった。
やがて、ペットやサーカス、動物園などで飼いならされていく個体が出てきた。
猿回しよろしくテレビに出てくる個体や宇宙ステーションに打ち上げられる個体など、人類との共存がますます進んでいった。
ブリーダーがあらわれ、ゼクスをペットとして販売する業者もあらわれた。
ゼクスは環境がよければ、1つの個体から分裂して、小さな個体を吐き出すことがわかった。
このベビーゼクスが成長すると成体のゼクスとなる。
逆にストレスの多い環境下ではベビーを分離しなかった。
なのでブリーダーはその特徴を生かしてゼクスを増やしていた。
ゼクスが地上に姿を表してあっというまに5年の歳月が過ぎた。
ゼクスはその知能の高さと従順さで簡単な労働ができたため、やがて人間の労働をうばう個体が続々と登場し、仕事を奪われた人々がゼクスらを殺しまくるという事件が勃発した。
人件費で比べると、ゼクスの運用は犬猫と同等であったため、職を失った人間から疎まれて当然の存在となってしまった。
そんなある日、日本人の老婆が飼っていた「レイカ」と名付けられた個体が老婆の近所に住む会社勤めの男に嬲り殺しにあい、その個体の死を追って飼い主の老婆が自殺するという痛ましい事件が発生した。
労働の場をゼクスに奪われたその男は、ゼクスそのものが憎くてたまらなかったのだ。
たまたま目の前をとおりかかった老婆と「レイカ」の幸せそうな姿が、逆に男性を激高させてしまい、悲劇が起きた。
この悲報は一気にSNSを通じて世界に拡散され、悲しみと同情の声が億単位で集まった。
また、事件後すぐに老婆の遺族「カズコ・ヨシカワ」がレイカを殺した男を訴えた。
ゼクスが生きる権利は前々から世論でもちあげられてきたものだったが、この事件をきっかけにゼクスの地球での生存権をめぐり、本格的な論争が繰り広げられた。
動物愛護法以上の法律が成立し、ゼクスを殺すことは正式に大きな犯罪となった。
こうしてようやく地球上で生きる権利を得たゼクスだったが、彼らが人類の労働を奪うことは引き続き社会問題となった。
そのゼクス労働問題において、仕事を奪われた労働者以上にゼクスを恨めしく思う者たちがいた。
人工知能・AIを開発、販売をたくらむ一連の大企業連だった。
ようやく人間の頭脳レベルまでもちあげたAIがこれから大きく社会に広がっていくことを予定に入れていた企業にとって、ペットレベルの安価で運用できるゼクスの存在が邪魔でしょうがなかったのだ。
やがて5つの巨大な企業団体がゼクスを抹殺するVIRUSをある薬品メーカーに開発させた。
人間には害のないVIRUSで、それは秘密裏に世界各国でばらまかれた。
ゼクスがそれに感染すると致死率は7割を超えた。
ゼクスVIRUSのワクチンがすぐさま一部の製薬会社で作られたが、何故かあまり普及はしなかった。
やはり人類はゼクスの存在を疎ましく思っていたのだろう。
地球上をヒトのようにふるまい、ヒトのように歩くのは人類だけでいい。
ただでさえ国や肌の色が違うだけでいがみ合いを続けていた生物が、自分たちと見た目から大きく異なる謎の生物との共存など、そもそもできるわけがなかったのだ。
ゼクスは邪魔。
そろそろいなくなっていい。
街が広くなっていい。
仕事が戻ってくるぞ。
ゼクスなんていらない!
一旦そうなると、世界はゼクスを見捨て、見切りをつけていくフェーズに陥った。
やがて世界から、ゼクスの姿がみるみると減っていった。
ゼクス保護を訴える者の声もむなしく、ゼクスVIRUS拡散3年後に生き残っているゼクスはわずか数千匹となったが、それらが死滅するのも時間の問題だった。
ゼクスVIRUSから生き残ったゼクスらを守るため、ワクチンと自然抗体での保護が続けられた。
最終的に200匹ほどのゼクスがVIRUSへの自然抗体を持ち、それらは地球上からゼクスVIRUSが落ち着くまで隔離施設へと入れられた。
そんなある日、ヨーロッパの中央・・・アルプス山脈近辺で未知のVIRUSが猛威を振るっていた。
ヒトの致死率が8割を超えるその未知のVIRUSはアルプス周辺の街や村の人々を根こそぎ死に追いやった。
未知のVIRUSの正体は紛れもなく、ゼクスを絶滅に追いやろうとしているあのVIRUSの変異体だった。
WHOによってNNBKN-31、略称「KN-31」と名付けられた新種のVIRUSは瞬く間に世界に広がり、驚異的な勢いで人類を死に追いやっていった。
DNA解析によってKN-31がゼクスVIRUSからの変種であるという事実に世界が気づいたのは発見からわずか数週間後だったが、時すでに遅かった。
あまりにもKN-31の威力がすごすぎたのだ。
パニックとなった世界は1日で1千万単位の人間が死に、VIRUS研究者らの命をも早期に奪った。
狂った人類は生き残りをかけ、さらに互いを殺しあった。
南極や北極にまで、生きる場所を求め、生存者同士で争いを続けた。
さらには宇宙ステーションにまで、その争いは及んだ。
しかしKN-31の感染力は強く、人類の息が届くすべての場所で彼らの命を奪った。
わずかに生き残っていたゼクスたちは各国で隔離されていたにも関わらず、KN-31ワクチン開発のための乱暴な研究材料に使われ、あっという間に絶滅してしまった。
地球上からゼクスが消え、そして人類も消えようとしていた。
人影が見えなくなった街の一軒家で、ゼクス生存権問題の発端となったあの老婆の遺族、「カズコ・ヨシカワ」が老婆と老婆が愛したゼクス、「レイカ」との仲睦まじい写真を眺めていた。
家族同様に扱われているレイカとそれを見つめる老婆の姿・・・
カズコの身体もKN-31に侵されていた。
苦しそうな咳をしながら、自分の最後を待っていた。
ふと、老婆が残したデジタル日記を読んでいて、あることに気付いた。
「レイカ」のベビーゼクスのことが日記に記録されていたのだ。
日記にはベビーゼクスの写真も添付されていた。
老婆からベビーの存在を聞かされていなかったカズコは日記の内容に驚いた。
日記にはこう記されていた。
レイカからベビーゼクスが誕生したときに、老婆がうっかりラヴェンダーアロマの小瓶をベビーにかけてしまったと。
するとベビーは仮死状態となり、動かなくなったと。
老婆はベビーの身体を蘇生しようとベビーの身体からラヴェンダーの液体を洗い落とそうとしたが、レイカがそれを止めたという。
レイカが何故、老婆の行動を止めたのかはわからないが、老婆とレイカの死後、レイカが産み落としたベビーゼクスがこの家のどこかで仮死状態でいる可能性が高かった。
仮死状態であれば、まだベビーはゼクスVIRUSに感染していないかもしれない。
カズコは重い身体を引きずり、家の隅々までベビーを探したが見つからなかった。
手がかりをもとめ、老婆の残した写真を見ると、ラヴェンダー畑が映った写真があった。
その畑は老婆名義の契約農場となっており、老婆の自宅からそう遠くない場所にあった。
夕暮れ時の空の下、一人車を運転するカズコ。
荒れ果てた街並みが、バックミラーに消えていくと、やがて目の前に老婆が借りた農場が見えてきた。
遠くの街並みから炎があがる地獄のような光景を背に、ラヴェンダーは咲き誇っていた。
カズコはラヴェンダー畑の中央に石で覆われた小さなほこらのようなものを見つけた。
カズコがほこらの石を1つずつ除いていくと、ラヴェンダーアロマの小瓶で埋め尽くされた穴におそらく老婆が特注したと思われる空気穴のあいたカプセルと、その中に桐製の小さな新生児用ベッドに寝かされたベビーゼクスを発見した。
ベビーの身体はぴくりとも動かなかったが、その肌艶から明らかな命の息吹を感じ取ることができた。
カズコはわんわんと声をあげて泣きじゃくると、ベビーをベッドに戻し、こう祈った。
今度、あなたがこの地球で目覚めるときは、きっとすべてが浄化された世界になっているわ。
それまで、たくさんの時を越えて、たくさんたくさん眠って・・・・決して・・・決して、すぐには起きないで・・・
カズコはベビーをみつけた安堵からか、一気に容態が悪くなっていく。
最後の力をふり絞って自分のスマートフォンと、老婆の家から持ち出した写真の入ったアルミ缶をベビーのベッド脇に置き、ほこらをもとどおり石で閉じた。
そしてほこらの石になにか文字を掘り始めた。
これはあなたの母の名前よ。そのまま受け継ぎなさい。
レイカ・・・
SECHSES 終わり
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