第11話
「成海さん―――今の仮説、小説のネタにいただいてよろしいですか?
私――最近、趣味で小説を書き始めたんです」
早紀の目元が、今日一番やわらぎ、ほほえんだ。
男をやわらかく包み込むような魅力的な微笑みだ。
だが、それに反して、成海の全身が粟立つ。
刑事だ――成海は自分に言い聞かせ、腹の底に力をこめた。
人の表情を読んでも、自分が読まれてはいけない。培ってきた刑事としての矜持が、成海の表情を引き締めた。
その表情のまま言った。
「ネタになるようでしたら、どうぞ――。小説とプログラムは、案外似てるのかもしれませんね。もし出来上がったら、読ませていただけますか」
「ぜひ――」そう言って女は、嫣然と微笑んだ。
さきほどまで対面していた女性と全く違う女と対面しているようだった。
知らぬ間に自分は、水上早紀が望む何かに引き込まれてるんじゃないだろうか―――成海は、そんな錯覚に囚われる。
「あの――、私の話は、何かお役に立てたでしょうか」
「ああ――、お時間をとらせてしまって申し訳ありません。大変参考になりました。ご協力に感謝いたします」
成海はそう言って立ち上がり、礼をした。
彼女が、財布を出そうとするのを制する。
水上早紀は立ち上がり、一礼して歩き出だした―――。
姿勢のいい美しい後ろ姿を、成海は見送る。
――――成海は矢並恭司のPCを解析した捜査資料を思い返す。
矢並が自宅のPCを触る時間帯はいつも判で押したように決まっていた。
だが――、たった一日、ただ一度だけ――その時間帯をはずれた操作履歴があった。事件発生の5ヶ月前だ。
その日時、矢並が会社に在籍していたのは確認が取れている。
誰かが、矢並のPCを開き、隠しファイルのアレを見たのだ。
水上早紀が、エントランスを出て、表通りを歩いていく。
成海は、ゆっくりと遠ざかっていく神の背中を、もう一度見つめた―――。
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