第5話



 成海は名刺を手渡しながら、あらためて礼を言った。

 「先だっては、ご協力ありがとうございました。おかげさまで事件は綺麗な解決をみました」



「いえ、何もお役に立てなくて――」



 彼女に矢並との交際、そして矢並から一方的に婚約を破棄された事実だけを確認し早々に話を打ち切って帰った事が―――、成海に思い出された。



「とんでもないです。事件として解決している場合、どうしても確認のためだけのおざなりな質問になってしまいます。確認すべき点だけ確認すれば、それでいいという捜査側の勝手な都合で、改善されるべき我々の問題点です。申し訳ありません」


 そう言って、成海は頭を下げた。



「いえ、そんなお詫びしていただくほどの事では――。今日はどのような?」



 「もう事件は思い出したくもないでしょうから心苦しいのですが、交際していた時の矢並について教えていただければ――と。

 どうも矢並という男の全貌がつかめないといいますか。矢並はプライベートで極端に付き合いが少なかったようです。

 被害者と交際する以前は唯一、あなただけが矢並のプライベートに深く関わっていた。特に親しい同性の友人もいない。そのくせ仕事関連では、誰に話を聴いても評判がいい。あなたから見て、矢並はどのような男でしたか?」



 早紀が、ごく小さくうなずいた。わかる―ーというように。



「……そうですね、彼は一人の時間を、とても大切にしていたように思います。仕事絡みでは、たくさんの付き合いがあったようですけど、親しい友人の話などは私も聞いたことがなかったです。どんな男……そうですね、いわゆる結婚相手としては、理想的な男性だと思っていました」



 今度は、成海がうなずく。

「そうでしょうね。安定した仕事で高収入、容姿も端麗でした」

 


 成海は続けた。

「ぶしつけな質問で大変申し訳ないのですが、交際している間、矢並の猟奇的な嗜好や凶暴性、そんなものが垣間見えたようなことはありませんでしたか?」


「全くありませんでした。穏やかでやさしい人といってよかったと思います。声を荒げられたり、言い争いするような事もなかったので」



 声を荒げるのも言い争いも、相手があってのものだ。この聡明そうで穏やかな女性が相手なら、起こりにくいだろう。


「なるほど。では事件には、さぞ驚かれたでしょうね」


 早紀は、深くうなずく。


「別れてからは、彼の事は考えないようにしていましたので。初めてニュースで彼の名前を見た時は、まさか……という思いでした。でも間違いではなかった。

 その後は、できるだけ報道は見ないようにしていました。ネットの記事なども。でも、あれだけセンセーショナルに騒がれましたから、嫌でも多少は……」



 その嫌な事に、今ふたたび直面させている事に申し訳なさが募る。

「申し訳ありません。心中お察しします」――成海は素直に詫びた。




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