第2話



 男は、これまでの人生で、女にこんな扱いを受けたことはなかった。

 華やかな人生だ。いつも優秀だった。いつも女に望まれてきた。それをうとましく思うぐらいに。


 こめかみの血管が、ドクドクと激しく脈打っているのがわかる。


 男の目がゆらり――と、テーブルの上のウイスキーの瓶をとらえた。



 待て、抑えろ―――男の心のどこかで警鐘が鳴り響く。

 あの時は、うまくいっただけだ。

 今、やってしまうと後戻りできない。隠蔽のしようがない。



 だが、体が警鐘に反して勝手に動き出す。


 拳を固く握り締め、一歩、女に近づいた。


 女は動じない。余裕の表情を浮かべながら言う。



「なによ? 殴るの? 指一本でもふれたら警察にいくわよ。それとも殺す? そしたら警察には行けないけど、あなたの人生ぜーんぶ終わっちゃうよ。

 電話もLINEも位置情報も記録に残ってるんだから、すぐに警察が来て、あなたはオシマイ。そんな事がわからないぐらいバカじゃないでしょ?」



 そういって、女は愉快でたまらないといった風に声を上げ嗤った。



 ドクン――――――



 こめかみの血管がひときわ大きく脈打った。男の中で、何かが炸裂した―――。



 男は迷いなくテーブルの上の、まだたっぷりと中身が入っているウイスキーの瓶を握り締めた。十分に鈍器だ。


 そのまま女に、のそりと歩み寄る。


「ちょ……」

 女が驚愕の表情を浮かべ、男を見上げる。



 男は、ゆっくりと瓶を高く掲げた。


 そのまま無言で鈍器を女の頭頂部めがて、思い切り振り下ろした。


 女の耳に、ゴシャッ――と自分の頭蓋骨が砕けるような音が響いた。


 

 ソファーから女が転げ落ちる。激しく痙攣している女に、男は馬乗りになり何度も何度も瓶を振り下ろした。

 

 フローリングの床に、女の頭から流れ出た血と割れた瓶から流れた琥珀色のウイスキーが混じりあい広がっていく。



 自分の頭蓋骨が砕ける音を何度か聞いたのを最後に、女に永遠の闇が訪れた―――。



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