光あれ

祐喜代(スケキヨ)

光あれ

2020年。


オリンピックの開催目前を控えた東京が首都直下型の震災に見舞われ、それが合図でもあるように世界の大都市が相次ぎで崩壊する。


大都市のランドマークである高層建築が揺らぎ、崩れ、地に落下し、爆発の炎が上がり、煙が上がり、大勢の人の悲鳴が上がり、大半が死に絶え、あるいは行き場をなくして彷徨っていた。


世界が未曽有の大災厄に包まれる。


欲望に歯止めがない人間の愚かさがこの世界をお創りになった神の嘆きと怒りに触れ、神に与した自然が人類に猛威を振るったのだ。


進化した一部の人間だけを残して旧世界が滅びゆく。


災厄を逃れた新人類による新しい世界の幕開け。


そんな夢を見た。


半霊半物質の存在となった人類が築く世界を、神は『千年王国』の到来と祝福していた。


キリスト教系の新興宗教団体に長年身を置き、日頃から信心深い思考と行動を心掛けていたおかげか、私はある日突然夢の中で神からそんなお告げを受けたのだ。


その夢のお告げの中で、私は私が尊敬の眼差しを向けていた現教祖が神の裁きを受ける場面も目にした。


教祖は教団運営のために使われるべきお布施を私利私欲の目的で不正に使用したとして、事実確認を訴えた幹部たちに糾弾されていた。


教祖は身の潔白を主張したが、不正に関わった幹部の告白と厳格な信者たちから確かな証拠が提出され、人知れず行方を晦ました。


その後、教祖不在に動揺して自暴自棄になった信者たちが教団内に不和を起こし、夢は新宿の繁華街の雑居ビルに磔にされた教祖の成れの果てが、炎に焼かれて死んでいく様子までを確かに映した。


「信じる者は救われる」


そう訴えていた教祖が、借金苦からのドラッグ漬けで転がるように堕ちていく姿は見るに堪えなかった。


現時点ではまだ起こっていない事実だから、私は夢でそのような場面を目撃にした事をあえて教祖には伝えなかった。


ただ悔い改める機会が教祖に訪れる事を願いつつ、一人そっと教団を離れた。


私にはもう教団での活動は必要ない。


神のお告げがあった以上、神は現教祖ではなく私に期待しておられるのだと思った。


そして新人類の指導者となるべく、数年前から山籠もりをして己の霊性を高めるための修行をした。


下界から持ち込んだものは己の肉体と意識のみ。


山へ入る時、それまで私の生活を支えて来た文明の利器の一切を躊躇わずに捨てた。


私は山の中でまず初めに飲まず食わずの不食を実践した。


下界にいる時から、教団の戒律で肉、酒、ジャンクフードなど、心身の健康に害悪のある食物の摂取を断っていた。


農薬や科学調味料を使用している食材も避け、食生活にはかなり気を遣っていたほうだが、それでも避けきれない不浄をいくらか体内に受入れていたようだ。


とにかく何も口に入れず、下界で溜め込んだ毒を体から排出させる事を念頭に置いた。


2、3日は耐えがたい空腹感と倦怠感に苛まれ、木の実や朝露を啜ってそれを誤魔化していた。


しかし1週間もすると不思議と気持ちが落ち着いて、気付くと何も口しない事が当たり前になっていた。


体と心が重力の縛りを感じないほど軽くなり、私は身に着けていた衣服を脱いで常に裸の状態で野山を散策したりした。


不食実践後は下界にいる時よりも五感が研ぎ澄まされていた。


自然が発する音、色、匂い、感触全てに神の意識を感じ、この世界を構成する根本原理は“光”であると、なぜかふいに思った。


聖書の記述にも、世界の初めに“光”があった。


それは頭上を照らす太陽の眩しい光ではなく、神が照らすもっと無限で厳かな光。


「光あれ」


私は一日に何度かその言葉を口にした。


野山の散策が終わった後は長時間の滝行で身を清め、夜は岩窟の中に腰を下ろして、夜明けが来るまで瞑想に耽る。


春、夏、秋、冬の一年を通して、私はたった一人毎日こんな暮らしをひたすら続けていた。


神が言われる進化した人類とは何か?


私は山籠もりの修行の中でその答えを探さなければいけない。


昼と夜を問わず、その事ばかりを考える。


いつからか昼と夜の巡り以外の時間感覚もなくなっていた。


来るべき2020年の大災厄。


その日が近づいているのかどうかも私には分からなかったが、心は常に穏やかで、肉体と精神が完全に調和している事だけは分かった。


万事順調。


一抹の不安もない。


そんなある日の滝行の際、私は再び神のお告げを聞いた。


「そなたは神の子として選ばれ、神の代理人としてこの世界を新しく創り変える者である。そなたは人の子の領域を既に超越し、その身は不老不死となり、その魂は未来永劫に平穏であり続ける事を約束された。まもなくこの世界は古い理と共に滅ぶ。その後の新しい理は生き残ったそなたと、そなた同様に進化した人間たちによって定められ、新しい世界の幕開けとなる。まもなくその時が訪れる。山をおり、滅びゆく旧世界の様子を静かに見守りなさい」


私はお告げに従い、山を下りる事にした。


アブラハムとキリストに継ぐ、神と私の新しい契約の物語。


それを紡ぐ時が来たのだ。


山では常に自分の意識の中に神の意識を感じていたが、自然から離れると、次第にその意識が薄れていくのを感じた。


神は私を新人類の指導者として、一度見放すのだと思う。


神は新人類の指導者としての苦難を、来る大災厄で私にも与えるのだと思う。


墓石のように連立する大都会のビル群。


数年ぶりに見る下界の様子に大した変化はあまり見られなかったが、道行くの人たちの顔から覗く人心の荒みは以前よりも増しているようだった。


皆が手にした文明の利器に顔をうずめ、虚ろな目でそこに映し出されるものをただ眺めている。


彼らは何を求めてそれを眺めているのか?


彼らの周囲を構成するマテリアルな現実には最早何の価値もないのかもしれない。


私にとってもそれは価値あるものではなかった。


自分が何者かも分からず、社会がどこへ向かうのかも検討がつかない哀れな子羊たち。


私の目の前でただ刹那的に生きている人々が群れを成して孤立していた。


文明の利器が映し出す仮想現実に捉われながら、彼らはこの価値を失ったマテリアルな現実の瓦礫に埋もれて滅びてゆくのだ。


神はなぜこれらの人々をお救いにならないのだろうか?


いや、違う。


神は私に神の代理人である事を要求したのだ。


人を救うのは人でなければならない。


それが神の望みであり、メッセージではないか?


私はそのために山に籠って修行をし、進化したのだ。


神は私に神になる事を求め、私もまたこの哀れな子羊たちが目覚めて、神へ近づくことを望む。


そう思った私は、道行く人たちに向けて唐突に辻説法を始めた。


聖書の言葉を借りず、時折眼を閉じてただ溢れて来る言葉をそのまま口にした。


ほとんどの者はただ通り過ぎ、たまに顔を上げてこちらを見る者は不思議そうに私の顔を覗き込んだが、その言葉に耳を傾ける者は僅かだった。


「光あれ。今この私の言葉を耳にした者は幸いです」


まもなく起こる大災厄の事は伏せた。


新人類になる者たちにとって、不安や恐怖は必要のない感情となる。


私もこの場にいる限り、彼らと同じく神のお試しに遭遇する。


それはいかほどの苦難か想像する事は出来ないが、不安と恐怖は私が神と契約を結んだ時点で既に手放していた。


絶対的幸福感。


私は今それを感じ、体現している。


……光あれ。


その言葉以上に重要な言葉はなかった。


足を止め、私の説法に耳を貸す者たちが次第に増えて来る。


「光あれ。今この私の言葉を耳にした者は幸いです」


「なにが幸いなんですか?」


足を止めた通行人の一人がそう私に訪ねて来た。


「光ある者は全て幸いです」


「だからその光とはなんですか? 光ある者はどうして幸いなのですか?」


私は光の行為者であり、実践者である。


幸いである答えは既にあるが、それは言葉ではなく実感でしかない。


この者たちを救うにはその実感を言葉にしなければならない。


その時私は人として生まれた来たジレンマを感じた。


「……光あれ」


具体的な救いの言葉を期待する人たちが無言で去っていく。


「なんだ、あんたもインチキ宗教の類か。世も末だな」


そんな捨て台詞を吐いて立ち去る者もいた。


私が以前所属していた宗教団体の教祖も、今の私と同じような侮蔑を味わっていたのだろうか?


全ての悩める子羊たちを救済する。


その壮大な目標の志半ばで疲弊し、腐敗し、堕落していった理由はこういった心無い人たちの侮蔑が蓄積していったからではないだろうか?


「光あれ」


私はいずれ人の子から神になるが、まだ人の子である以上、悩める子羊たちが持つ僅かな棘も侮ってはいけない。


哀れな子羊たちへの理解を慢心してはいけないのだと思った。


私には心地よく響く言葉、真実でも、彼らにとっては苦痛な呪詛でしかないのかもしれないのだから。


山を下りてから神は何らのお告げも私にお与えにならないが、これが神になる者に課せられた試練であるなら必ず乗り越えなくてはならない。


気付くと私の説法を聞いている者は誰もいなくなっていた。


来るもの拒まず、去る者追わず。


救える子羊と救えない子羊を分け隔てなく、彼らが内発的動機に促されて私の説法の真意に辿り着くことだけをひたすら願う。


そんな姿勢でただ説法を続けようと思った。


もっと大勢の人に教えを説く為、私は人で溢れかえる新宿駅に移動した。


小田急線の地下改札付近に立ち、柱を背にし、「光あれ」


この言葉だけを繰り返す。


夢で見た新世界「千年王国」をしっかりと頭の中に再現し、通り過ぎる人たちが改札を潜って新世界へ移行する姿を思い描いた。


「光あれ、共に光あれ」


この言葉だけで子羊たちの頭の中に直接イメージを刷り込むような祈り。


この方法しかないのだと、私は自分に断言した。


通り過ぎる人たちの目を見れば、神のメッセージを受け取った者とそうでない者の違いがわかった。


光さえあれば人は皆救われる。


「光あれ」


私が再びそう唱えた時、駅構内が一瞬グラグラっと揺れた。


慌ただしい人の流れが一時静止して、皆が緊迫した面持ちでその場に硬直する。


またグラグラっと大きめの揺れが構内を断続的に襲う。


誰かが漏らした微かな悲鳴を合図に、激しい揺れが続き、大勢の人が悲鳴を上げてあたりがパニックになった。


私は突然何かの衝撃で柱によろけ、その直後に全身に覆いかぶさって来た金属か何かの硬い重みに視界を奪われた。


何かが崩れる音、何かが破裂する音、我先に出口へ急ぐ人々の足音と怒号。


神の計画である大災厄が始まったのだと思った。


金属か何かの硬い重みに苛まれて身動きは取れなかったが、そこに肉体的苦痛は感じなかった。


私はその時、自分の身が不老不死である事を実感した。


体のあちこちから血が流れている感覚もあったが、そこに痛みはなかった。


激しい揺れが収まり、時折微弱な揺れを感じる程度になった。


ただその身は重い楔に捉われていて、世界は真っ暗だった。


何かが爆ぜる音と焼ける臭いがした。


水が激しく滴り落ちる音と体が湿る感覚があった。


近くで誰かがすすり泣く声と、遠くで助けを求めている人の声を聞いた。


自分の身が今どうなっているのかを客観視する事は出来ないが、おそらく駅構内の瓦礫の下にいるのだろう。


しかし恐れる事はない。


私は神のお告げを受けたのだ。


全てはその筋書どおりに進むはず。


この重い楔と真っ暗な世界の試練は神の計画の筋書に沿って用意されたもの。


必ず乗り越えられるものだと信じている。


「ひ、光あれ……」


そんな思いとは裏腹に、祈りを唱えた私の声に恐怖と不安が交じっていた。


まったく身動きが取れない視界不良の状況で、私の肉体は不老不死なのである。


その事実を受け入れようとすると、自然と体が震え、恐怖と不安が襲って来た。


私の肉体は不老不死でも精神はまだ人の子だった。


私もまた、自分の身を案じる哀れな子羊だった。


次第に何かが小さく爆ぜる周期的な音と水が滴る音しか聞こえなくなった。


か細く息をする声も時折聞こえて来たが、事切れてしまったのか、しばらくすると完全に聞こえなくなった。


周囲にいた人たちは亡くなったか、出口を目指して皆この場から逃げ去ったのかもしれない。


しっかりと目を開けているはずなのに、一筋の光も見えなかった。


「光あれ」


新しい世界に想いを馳せる。


私は永遠にこの状況のまま生きながらえるのだろうか?


絶望のさらに果てにある虚無を実感した。


ひょっとしたら神も何らかの理由で、たった一人このどうしようもない虚無を悠久の時間体感したのではないだろうか?


この旧世界の創世はそんな神のフラストレーションが爆発して起こった。


「ひ、光あれ!」


私が発したその祈りは最早絶叫に変わっていた。


私はまだ人の子だ。


神はおろか、神の代理にもなりたくなかった。


かくも恐ろしい試練だ。


「光あれ!」

「光あれ!」

「光あれ!」


私はそう何度も絶叫しながら、その身を磔にされ、焼き尽くされて死んだ哀れな子羊である教祖が心底羨ましく思えた。

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