第581話「重み」





「──すまぬ……。マジすまぬ、我が娘たちよ……」


 マジとは本当にという意味だそうだ。ブランがよく使うので伝染うつってしまった。


 無数に蠢く黄金龍の根を一網打尽にするためには、広範囲を一度に破壊する必要がある。

 しかし、『タイダルウェイブ』や海嘯三叉トリシューラの力でも足りなかった。『レイジングストリーム』でもそう変わらないだろう。


 ならば魔法は諦めて、物理攻撃で破壊するしかない。そしてそれが可能だとしたら、最初から広範囲に影響を及ぼせるほど巨大な物をぶつけるくらいだろう。

 メリサンドはそれに該当するものなどひとつしか知らなかった。いや、そのひとつを知っていたからこそ、そんな力技を思いつけたのかもしれない。


 黄金龍から距離を取ったメリサンドは、全速力で泳ぎ、氷の大地の南端に向かった。

 そこには異邦人たちをここまで運んできた船、海洋王国カナルキアが停泊している。


 メリサンドはカナルキアに乗り込み、残っていた娘たちを全て降ろして、ひとりでカナルキアを駆った。

 蓄えてあるエネルギー、その全てを使い、これまでに出した事がないほどの速度を出す。


 カナルキアは浮遊大陸。

 その全容は黄金龍よりさらに大きい。

 そのためトップスピードに至るまで時間はかかるが、最高速度はメリサンドのそれに迫るほどだ。


 黄金龍の直下に到達する前に、何とか最高速度を引き出すことが出来た。


「……娘たちにはすまんが……。でもこれでカナルキアが万が一破壊でもされてしまったら、もしかしたら代わりにあの珊瑚の城とかに住まわせてもらえるかもしれぬし、それはそれで悪くないような」


 もっとも、『人化』可能な上位の娘はそれでよくても、末端の娘たちは湖から出る事が出来ないが。


 そろそろか、とメリサンドは水甕みずかめを覗きこんだ。

 カナルキアの操舵室には風呂桶のような大きさの水甕があり、この水甕には外の様子が映し出される仕組みになっているのだ。


「む? なんじゃ、根っこが伸びて……いや、こりゃ黄金龍が沈んできとるのか!?」


 あのイソギンチャクが自分からそのように動くというのは想像しづらいが、少し離れていた間に何かあったのだろうか。いや逆にイソギンチャクだからこそ海に還ろうとしているのかもしれない。


 何であれ、海中に没しようというのなら止めなければならない。

 何せ、海中にはメリサンドひとりしかいない。

 根だけでも大変だったのに、本体まで来てしまってはとても手が回らない。


「まあ、ちょうどええっちゃあええか。

 ──ゆくぞ、黄金龍よ! 我が王国の重み、とくと味わうがいい!」





 そしてメリサンドはカナルキアを、最高速度そのままの勢いで、下から突き上げるように黄金龍の根元にぶつけた。





 大質量が高速でぶつかり合うその衝撃に、衝突箇所付近の海水は一瞬で沸騰し、無数の気泡が四方に放たれた。

 さらに衝撃は氷の大地にも伝わり、分厚い氷がまるで水に浮かべた薄布のように波打ち、氷の大地の端まで伝播していった。

 当然氷は割れ、氷の大陸は大小様々な欠片がただ密集しているだけの物になってしまう。


 やりすぎたか、と水甕を覗きこみながら思ったが、見える範囲では欠片から落下して溺れる異邦人は居ないようだし、誰も困ってないなら別にいいだろう。


 とにかく、目論見通り黄金龍の根は今の衝撃ですべて根元から磨り潰せたようだ。

 本体の沈降も阻止する事が出来た。

 ではそろそろ外に、と考えたところ、視界の端の水甕に何か不穏な物が映っているのが見えた。

 なにやら大きく姿を変えた黄金龍の遥か頭上に、赤熱しながら近づいてくる塊がある。


「……なんじゃありゃ」





***





 氷の大地を波打たせ、大気を震わせた大きな衝撃の後、黄金天龍を持ち上げた何かの姿が少しだけ見えた。


 それは氷の大地を突き上げるように現れた、巨大な岩塊だ。

 まるで突然島が浮上したかのような光景だが、氷を突き破るふたつの岩の突起には見覚えがあった。


「あれはまさか、カナルキア!? じゃあ、黄金天龍の逃亡を阻止してくれたのはメリサンドか!」


 姿が見えないと思っていたら、あれを取りに行っていたのか。

 おそらく、黄金天龍がいつか海中に逃げる可能性がある事を、メリサンドは察知していたのだろう。

 だから先手を打ってカナルキアを海中に潜ませておいたのだ。

 そしてそれが今、実を結んだ。


「……さすが、長く生きてるだけはあるな」


 ただ黄金天龍の逃亡を阻止したというだけでなく、下から突き上げるような形で土台を用意したというのが素晴らしい。


 これならば、ライラの落とすベヒモスの衝撃を海中に逃がす事はない。

 全てカナルキアが受け止め、余すところなく黄金天龍に与える事ができるだろう。


「……そこまで考えているかな? 今絶対きょとんとしてると思うのだが」


「考えているに決まってるでしょう。聡明な女王陛下なら、これから起こる事も全て織り込み済みでカナルキアを持ってきてくれたはずだ。ありがたい限りだよね」


 そう考えておけばレアの心は痛まずに済む。

 ついでに破壊されるのは他人の家なので懐も痛まない。

 さらに落ちてくる大質量もいつものウルルではなく、ライラの所有物だ。


 数十秒後には未曽有の大破壊が起きるだろうが、レアの持ち出しはゼロである。大変素晴らしい。


「じゃあ、衝撃に備えよう。ウルスス、『風の噂』は聞くばかりが能力じゃないんでしょ? 異邦人やノウェムやラルヴァたちにも一応伝えておいて。もう遅いかもだけど」


 そして、天から完全無欠の地の獣がやってくる。


 いくつもの砲弾をばらまきながら。


 赤熱したベヒモスは真ん中の角から周囲に雷を迸らせながら、黄金天龍目がけて落ちてきた。

 あの放電はなんだろう、と思っていると、放電の度に少しずつ軌道が修正されているようだった。魔法を撃った反作用で落着地点の微調整をしているらしい。

 ということはもしかして中にライラが乗っているのだろうか。

 いやライラに限ってそんな自己犠牲はあり得ない。


「──さあ、その身に受けろ! カイラス・インパクトだ!」


 ベヒモスの遥か後ろからライラが叫びながら降りてきた。

 やはり中にはいなかったようだ。


 それにしてもどこかで聞いたような、実にセンスあふれるネーミングである。ベヒモスではなくカイラスだったのは意味があるのだろうか。それともレアのウルルに対抗して、恐れ多くも霊峰の名前を拝借したのか。





 霊峰の名を冠する破壊の権化が、天から現れた黄金の災厄に衝突する。





 激しい閃光の後、一瞬遅れてぶわりと衝撃が広がった。

 それは先ほどの黄金天龍の羽ばたきにも匹敵する圧力だ。ただし、こちらは全周囲に向けられている。


 これはまずいかもしれない、と眼下に目をやれば、プレイヤーたちはそれぞれ鎧獣騎の陰に隠れたりして衝撃を回避していた。

 カナルキア衝突で発生した氷のうねりや地割れをうまく利用して回避している者もいる、が、今回の衝突でまた氷の大地はダメージを受け、そのまま地割れに飲まれて海中に消えていく者もいた。


 ブランはくるくると翻弄され、教授はどこかに飛ばされていった。バンブは腰を落としてどっしりと耐えている。


 衝撃で一瞬、大地そのものが沈みこんだかのように見えたが、負けてなるものかとばかりにすぐに浮き上がってきた。

 さすがはメリサンドだ。

 しかし、カナルキアの上部は見えているだけでもかなり崩れてしまっている。

 間に挟まっていた氷などとうに吹き飛んでいるし、よく見ればクレーターのようなものも出来ている。


 黄金天龍は今、ベヒモスとカナルキアに直接挟まれて身動きが出来ない状態だ。


「──よし! セプテムちゃん、今だよ!」


「今だよ、じゃないよ。何これ。あと、今撃つとベヒモスもろとも消し飛ばす事になっちゃうけど……」


「ああ、あれはベヒモスじゃないから大丈夫」


「え、ベヒモスじゃないの? じゃあ何なの? てか大丈夫って何が大丈夫なの?」


 あれがベヒモスであろうがなかろうが消し飛ばされる事に変わりはない。普通に考えれば何も大丈夫ではない。


「それはまた今度説明するよ。とにかく、あれはもう今の衝撃で死んでるし、私の眷属だから死体が失われてもそのうち復活するから平気。それより早く。ほら、黄金天龍も動き始めてるよ」


 見れば確かに、ベヒモスモドキとカナルキアのサンドイッチで受けたダメージと衝撃から立ち直り、黄金天龍が首をもたげはじめていた。


「……その前に、カナルキアに連絡しておいてやらないと、セプテム嬢の言うところの聡明な女王陛下が海の藻屑と消える事になるな」


 そうだった。





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