第580話「過ぎたるは及ばざるが如し」
上空へ行ったライラは放っておいて、心配なのはタンク2人だ。
2人ともすぐにやられてしまうほど弱くはないが、7つの首に対してたった2人ではバランスが悪すぎる。
というか現状半分以上がバンブに向かってしまっている。
バンブも腕が6本あるし別にいいか、とか言っている場合ではない。
さすがに人間サイズの腕と過去最大級の龍の首では釣り合いが取れない。
ひとまず先にアタッカーを受け持つのは教授だし、それまではレアが少し受け持っても問題ないだろう。
事象融合の威力ならば、教授が撃った後はヘイトは確実に教授に向くだろうし、レアが次弾を用意するのはそれからでいい。
その時狙われた教授がどうなるかは考えない。
「さっき、黄金怪樹に火は効いていたな。他の端末がマグマの中を泳いでいたり、本体もこんなお寒い氷の大地で長年暮らしていたりしたことを考えると、『火魔法』や『氷魔法』は本体に効くのかな」
「耐性を持っているかどうかもわからない、というか、我々の想定する一般的な耐性を敵が持っているとは思えないがね。おそらくそれなりに効くか全く効かないかのどちらかだろう。
決行までサブタンク兼削りをやってくれるというのなら、そのあたりも検証してくれると助かるね。それに応じて私も属性を決めよう」
「わかった」
教授から離れる。
ブレスや頭突きを避けながら上空をウロウロしているブランとは反対側に回る。空中で機動力を活かせる分、ブランは少し余裕がありそうだ。
バンブも『天駆』があるので地上に居る意味はあまりないはずだが、首を上と下に分けて釘付けにするために敢えて下にいるのだろう。
それならレアは上でも下でもない、中空あたりで気を引くべきか。
「まずは……。『クライオブリザード』!」
少しだけ高度を意識しながら『氷魔法』をばらまく。
極低温の氷雪が黄金天龍を襲う、が、すぐに翼に吹き散らされてしまった。
飛ばないし動かさないので意識していなかったが、そういえば今の形態は翼があるのだった。
「──おおっと!」
カマイタチのような、不可視の衝撃がレアを襲った。
魔法を吹き散らしただけではない。
ゆっくり羽ばたいただけのように見えたが、あまりに大きすぎるため、その動きだけで翼の終端は優に音速を超えていたらしい。
余波でブランが木の葉のように舞っている。
衝撃波は広範囲に渡り襲いかかってきたため回避は不可能だったが、『魔の盾』を前面に集めてなんとか対処した。
風と一緒に空気中のマナも散らされていなければ、気づくことさえ出来なかった。
『魔の盾』の消耗具合からすると、怪樹や偽神と戦っているプレイヤーたちでは、特に生身の者たちでは即死していたかもしれない威力だ。
「……なんという初見殺し」
やはり大きいという事は単純に強い。
ただ、吹き散らされる前の『氷魔法』はわずかながらもダメージを与えていたように見えた。
『氷魔法』に対する耐性はないらしい。
ならば『火魔法』も効くかもしれない。
攻撃魔法には相手を攻撃するという目的というか、役割がある。ゲーム的な発想だが、そのためある程度はダメージが担保されているのだろう。
ところが逆に、レアは自然現象であるマグマの中に入って生活などはさすがに出来ない。十中八九死亡する。しかし同程度の威力の魔法攻撃になら耐えられる、ような気がする。そちらは各種属性耐性や能力値の高さで防御可能だからだ。
この辺りの微妙な不自然さが、ゲーム特有のシステムとゲーム内に作り出した自然現象とで折り合いが付けられなかった境目なのだろう。
その後も何度か魔法を放ち、翼による衝撃波に耐えながら、ほとんどの属性魔法が通用する事を検証した。
翼の参戦により、ブランとバンブの負担を減らすという目的は果たせなかったが、だからといって2人が落ちるような事もなかったため、これはこれで悪くない立ち回りだったと言えるだろう。
レアはそのプレイスタイルから、仮にタンクを受け持つとしても回避型の方が性に合っている。
しかし黄金天龍はレアにばかり回避不能な攻撃を仕掛けてくるため、耐えるしかなかった。
しかも下手に逃げ回ると衝撃波が他のプレイヤーたちを巻き込み大惨事になってしまう。
教授の為の検証ももちろんだが、その教授が攻撃をするまでの繋ぎのつもりで気楽にちょっかいをかけていた。しかし結果的に回避不能攻撃を連発されたせいでかなり『盾』が消耗してしまった。
もうそう何度も耐えられないだろう。
実に面倒というか、出来ればやりたくないというか、タンクというのは自分に向いていないロールである。
専属の回復役でもいればいいのだが、『魔の盾』の耐久が他者のスキルで回復する事はない。
そもそもレアは普段からダメージをMPで肩代わりしているため、通常の回復手段で回復する事もない。かと言ってLPが減るような事になれば、もはや末期である。そうなる前に撤退するべきだ。
レアは本来は最もタンクをやってはいけない人物だと言える。
それよりライラの足止めとやらはまだなのか。
というかどこに行ったのか。
上を見上げても影も形も見えない。どれだけ高く昇って行ったのだろう。
「……待てよ、高く……?」
***
「──このくらい高ければいいかな。がんばれば計算出来るかも知れないけど、係数とかもわかんないし、正確な高度も重さもわかんないしね」
ライラの足元、その遥か下方に金色の塊が見える。というか、それしか見えない。
近くではレアやブランが戦闘しているはずだが、ここから人間サイズのキャラクターを視認するのはさすがに無理だ。
「レアちゃんはこれで街ひとつ潰したんだったかな。さすがに落としたユニットが物理無効でノーダメージなのは修正案件だったみたいだけど……。肝心の与ダメージの方はナーフされてないみたいでよかったよ」
下の黄金の龍の塊を見ながら位置を微調整する。
と言っても、ここまで距離が離れてしまってはどのみち照準など正確につけられない。
「名前的にも、本来なら衛星軌道上からの一撃としたいところだったけど……。それはしょうがないな。
よし。じゃあ現れろ──『召喚:カイラーサ』!」
ライラが『召喚』を発動すると、空中に巨大な塊が現れた。
塊には2本の長い角が生えており、その角を下に向けた状態だ。
そしてそのまま、ゆっくりと落下しはじめる。
この巨大な塊は、闘技大会ではライラの乗騎、ベヒモスとして活躍した物だった。
ベヒモスは分類的には大型の鎧であり、かつライラ本人しか装備出来ないため、それ単体を『召喚』する事は出来ない。
しかし、もしこれがライラの眷属であれば問題はなくなる。
鎧獣騎と融合し、機械獣として生まれ変わったバーガンディを見てふと思いついたのだ。
それならば鎧獣騎の方をメインにして、眷属の方を素材に融合したらどうなるのか、と。
そうして生まれたのがこの新生ベヒモス──バハムートのカイラーサである。
バハムートは見た目的にはそれほど変化していないが、自律行動が出来る、まさに機械竜といった存在になっている。
融合に利用したのがゴーレムだからか元々そういうものなのか、分類上は魔法生物になるようだが、下位のゴーレム種に対する『使役』を初めから持っていた。
これが意味するところはすなわち。
リニアレールカタパルト改め、マスドライバーカタパルトに自力でゴーレム弾を装填出来るという事だ。
「名付けて、そうだな。カイラス・インパクトってところかな」
──ゴアアアアアアァァァァ……
カイラーサは下の黄金天龍に向け、マスドライバーカタパルトからゴーレム弾を射出しながら落下していった。
***
「うわあ! あぶな!」
黄金天龍の首を回避するブランを掠め、上から何かが凄まじいスピードで飛んできた。
落ちてきた、というスピードではない。明らかに人為的に加速されている。
落下物は黄金天龍に衝突して砕けてしまうため、何が落ちてきたのかはわからない。
しかし、上からということはライラの仕業だろう。
準備が出来たという事だ。
「ノウェム! ラルヴァ! 一旦下がるんだ! たぶんロクでもない事が起こる!」
レアの警告に、2人が黄金天龍から距離を取る。
それぞれ別々の方向へ退いたため、7つの首はその場から動けずに右往左往している。
もっとも氷に根を張った状態なので、そもそも移動が出来るのかどうかも不明だが。
威力は大したものでもなかったが、今のはおそらくベヒモスのリニアレールカタパルトによる攻撃だろう。
上空にどうやってベヒモスを持ってきたのかわからないが、この上にベヒモスがいるのは間違いない。
リニアレールカタパルトも大会でウルルが食らった時より少しだけ威力が落ちている気がするが、おそらく『完全無欠』が効いていないためだ。空中は本来ジズの領域。ベヒモスがいる方が間違っている。
『完全無欠』が用を成さない、にもかかわらずライラが上空にベヒモスを持ってきた。
ならば、その理由はひとつだ。
おそらく質量攻撃をするつもりだろう。ウルル・インパクトと同じである。
ベヒモスはウルルと同程度の体高だったが、四足型であるため当然ウルルより大きい。
その落下時の衝撃もウルル以上になるはずだ。
「動きを止めるってレベルじゃないな……。まあ、直撃すればそりゃ動きは止まるだろうけど」
ブランやバンブを追わないように、という狙いがあるわけではないだろうが、頭部の行動を抑制するかのように上から何発も砲弾が落ちてくる。
あれは落下しながらいちいちライラが装填しているのだろうか。ご苦労な事だ。
というか、動きを止めるだけなら今すでに出来ているような気がする。
上を見上げるが、ベヒモスらしき影はまだ小さい。
「──ウルスス! もういいや! 今のうちに撃っちゃって!」
「だろうと思って、すでに準備は出来ている! 『レイジングストリーム』、『クライオブリザード』……。
──事象融合、『ブライニクル』!」
教授の二枚舌が唸る。
次の瞬間、黄金天龍の巨躯が大量の水に覆われた。
水はそのまま高速で回転し、大気中にありながら黄金天龍を大渦の中に閉じ込める。
さらにその渦は上部から少しずつ凍っていき、囚われた黄金天龍を徐々に凍りつかせた。
水中に咲く純白の花のような、氷の竜巻。
これが事象融合『ブライニクル』だ。
黄金天龍のLPはこの間もじりじりと減っていたが、すべての渦が凍りつき、最後に粉々に砕け散ると、LPはがくりと減った。
「く、一回しか撃てないというのにこの程度しか減らせないか」
「いや、上等だよ」
広範囲魔法だったため、弱点に直撃させて様子を見るという目的は果たせていない。
しかし同時に、範囲魔法でそれなりにダメージを与えられる事はわかった。
第一形態に与えた『カオスイレイザー』のダメージ、そして今の教授が与えたダメージから、『
「少し、足りないかもしれないけど……。それはアレが補ってくれるかな。もう時間もなさそうだし、落ちてきてからでいいか」
ベヒモスらしき落下物はもうすぐそこにいる。
以前に見た時とは少々色が違っているような気がするが、落下時の断熱圧縮で塗装が焼けたのだろうか。
「……んん? これは」
「ふむ。まずいな」
上から何かが落ちてきているのは黄金天龍にもわかっていたようだ。
『ブライニクル』のダメージから立ち直った黄金天龍は7つの首で上を見上げると、全身を震わせ始めた。
本来ならばダメージを与えた教授を狙って攻撃をしてくるところだが、それさえ無視して何をしているのか、と思い見ていると、巨大な黄金天龍が震える事で氷の大地が徐々に砕かれ、黄金天龍の身体が少しずつ沈み始めた。
「──海中に逃げる気か!」
「そうか、ここはあくまで氷上。仮初めの大地だったな。逃げようと思えば逃げられるということか」
海中に逃げられてしまってはあの質量攻撃を直撃させることはできない。
それどころか、『
これでは動きを止めるどころか逆効果だ。
しかし、巨大な黄金天龍の行動をどうにかする術はない。
「ええい、もう──」
倒しきれないかもしれないが、今のうちに先に撃ってしまうか、と考えたその時。
徐々に沈降していた黄金天龍が突如停止し。
逆に少し浮き上がった。
さらにその黄金天龍を中心に、氷の大地が波打った。
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