第579話「鬼畜の所業」
どう見ても氷の下に根を張っている。
にもかかわらず天龍とはどういうことなのか。
そう思わないでもないが、元々が世界の外──おそらく宇宙空間からやってきたと言われている事から考えれば、天より現れた龍であるという意味なのだろう。
他のターゲットに注意を移した端末を避け近づいていくと、相変わらずエウラリアの目は芒洋としているものの、上の7つの龍の首はレアたちを威嚇してきた。
「さて。最終決戦の始まりだ」
「よっしゃあ! 行くぜオラァ!」
バンブが気合を入れ、『天駆』で空を蹴り黄金天龍の中心部、エウラリアの顔目掛けて突っ込んでいく。
バンブは右側の3つの拳を握りしめ、迎撃にめぐらされた7つの首を掻い潜って、エウラリアの眼球にスキルを叩き込んだ。
「いきなり目狙ってる! ダーティだ!」
ブランが引いている。
しかし護身を考えるのならば、初見の相手に対してはまずは迷わず目を狙うべきだ。
目への攻撃に対しては必ず回避か防御をしなければならないため、そのまま受けられるという事はまずない。
ただ手で攻撃をしてしまうと腕を掴まれてしまう恐れがあるので、可能ならバッグなり傘なりを使うべきだが。
いや、護身は関係ないとしても、先ほどまでの黄金龍との戦闘を思えば、まともに攻撃が通りそうなのはあの顔だけだ。
顔という部位の中で最もダメージを与えられそうなのが眼球であれば、そこを狙うのは当然である。
「アアアアァァ!」
バンブの拳を目に受けたエウラリアの顔は目を閉じ、顔をしかめて短く叫んだ。
閉じられた瞼にバンブは弾き飛ばされ、氷上に落ちる。
『真眼』によれば、今のでダメージらしいダメージを与えられたという感じはしないが、ファーストアタックの役割は十分果たしたようだ。
7つの首がすべて、バンブを追って自分の足元を覗き込んでいる。
「隙だらけだね。その隙を広げておこうか。『邪眼』──あれ?」
訝しげな声を上げるライラ。
黄金天龍には何の変化も現れていない。
「『邪眼』、効かなくなっちゃったみたい。抵抗されたとかされてないとかって手応えもなかった」
手応えすらないという事は、発動さえしなかったという事だ。
対象範囲に他のキャラクターがいればまた話は別だったのかもしれないが、幸か不幸か黄金天龍は大きすぎるため、視界にはほぼ黄金天龍しか映らない。
「『邪眼』だけが効かなくなったのか、状態異常攻撃全般が効かなくなったのかはわかんないな」
LPは形態変化前と共通のようで残り6割ほどしかないが、短時間といえど状態異常が効かないのは少し厄介だ。
行動の出鼻をくじくには最適だったのだが。
ライラとレアの会話を受けて教授も何かを呟き、頭を振った。
「現地人の顔も現れたことだし、仕様が変わったかと思って『精神魔法』も放ってみたのだがね。そちらも依然効かないままだった」
「なるほど。仕様変更かー。『血の杭』!」
ブランも真紅の杭を放つ。
杭は7つの頭部の真ん中に当たり、ほんの少しのダメージを与えた。
が、ブランもやはり首を横に振る。
「だめだー。吸収できな……げえ! こっち向いた!」
バンブに群がっていた首のうち、ブランに杭を打ち込まれたものがこちらの方を見た。
「『邪眼』や『精神魔法』は効果の発動さえしなかったみたいだったしね。いきなりダメージを与える行動をとったら、そりゃ敵対心は稼ぐよね」
「ちくしょー! ごめーん!」
ブランはそう叫びながら遠ざかっていった。
そのブランを追いかけて真ん中の首が向かう。
残りの首は足元のバンブを狙っている。
ユニーク端末を復元したことから、彼らから得た情報は本体にフィードバックされているものだと考えていたが、それも完全ではないのかもしれない。
黄金天龍がもう少し賢ければ、最も注意すべきはレアであると判断するはずだ。
最初に現れた黄金怪樹を消し飛ばし、そしてつい先ほども、黄金龍を第二形態に移行させるダメージのうちの大部分を担った存在である。
そう話をしてみると、ライラが言った。
「情報のフィードバックがうまく行ってない、というか、もともと本体はそんなに頭よくないんじゃないかな。本能だけで生きてるっていうか。
黄金偽神や黄金怪樹がある程度賢かったのは、融合したメルキオレとかベルタサレナの知能があったから、とか」
「ふむ。しかし、その理屈ならばだ。前聖王であるエウラリア嬢を取り込んだ黄金天龍もそれなりの賢さを持っていて然るべきではないのかね」
「……エウラリアとかいう人が顔ばっかりでおつむの方はいまいちだったとか?」
「限度があるだろう……」
この場合の賢い賢くないが何を基準に判定されているのか不明だが、普通に考えればINTの数値だろう。
中にはINTが高いにもかかわらずポンコツ行動を取るキャラクターもいるが、それは今は考えないものとする。
とにかく、取り込んで糧にするのなら参照するのは能力値のはずである。
メルキオレの元の種族はたしか聖人だったはずだ。エウラリアが聖王ならば、聖人よりもINTは高かったと見て間違いない。ライラが戦ったベルタサレナも魔精だったという話だし、そちらと比べてもエウラリアの方が格上だ。
であれば賢さは関係ないと言っていい。
だとすると、違いは何か。
聞いた限りの話では、エウラリアは前回の黄金龍戦で黄金龍の封印を主張し、仲間たちの力を借り、命を賭けてそれを成し遂げた。
それが今は、ああしてデスマスクに成り果てている。
メルキオレはどうだっただろうか。
人類の敵、と本人が妄想するところの魔物勢力に対抗するため、半ば自ら黄金龍の端末を受け入れ、その力を自分のものとした。
「──協力的じゃなかった、つまり、自分から望んで黄金龍を受け入れたわけじゃないから、とか?」
「……なるほど、なるほど。主体性というか、主導権がどちらにあるか、ということか」
「黄金龍と融合する事で精神に多少の異常はきたすけど、それでもメインで思考しているのがニンゲン側ならそれなりの判断力は残る、ってことかな。対して今は本能剥き出しの黄金龍がメインだからそうはならない、と。
何となれば、黄金龍がエウラリアの意思を抑え込んで封じながら行動している、という可能性もあるか」
なんとか封印には成功したものの、生前の意思とは無関係に黄金龍に肉体を囚われたままになっている。それでもなお、聖王としての力を奪われないよう今もなお必死で抵抗している。
そういう事なのかもしれない。
何百年とそれが続いているのだとしたら、それは一体どれほどの苦痛であり、どれほど強い意思が必要になるというのか。
闘技大会で戦った幻獣王オライオンの叫びを思い出す。
彼もエウラリアのそういう健気なところを感じ取り、想いを寄せていたのだろうか。
「だとしたら、ラルヴァ氏のしたことは鬼畜以外の何物でもないな。囚われながらも必死で黄金龍に抵抗していたところに、いきなり目潰しだ。何してくれてんだとキレ倒されても文句は言えない」
そう言われると、バンブに目を攻撃された際のエウラリアの叫び声も一際悲壮なものに思えてくる。
エウラリアはバンブたちをプレイヤーだとは認識していないだろうし、必死で守った世界の子孫からそんな仕打ちをされたら泣くに泣けない。
「可哀想だし、早めに解放してあげよう」
「救う手立てがあるのかね?」
「もちろん。今楽にしてあげるよ」
「ああ、そういう」
幸い、すでに
自分の役割がわかっているのかなんなのか、ブランもあれからまた数本の『血の杭』を放ち、首を挑発してバンブと黄金天龍の敵対心を分け合っているようだ。
「ならば、まずは私が事象融合で一発撃ち込んでみよう。それで効果があるようなら、セプテム嬢が『
「動きを止めるのは私にまかせて。『邪眼』が効かないとなると出来ること限られるし、私も切り札を切るよ」
「オクトー、まだ何か持ってたの?」
そう尋ねるとライラは不敵に笑った。
これは絶対ろくなことにならないやつである。
とはいえ、さすがにおそらく味方側より黄金天龍のほうが被害が大きくなるだろうし、ここに至って出し惜しみするよりはよほどいい。
ライラは黄金天龍の注意を引かないようゆっくりと上空へ上っていった。
「では、オクトー嬢がその切り札とやらを切ったら撃つとしよう。動きを止めてくれるというなら、それに越したことはない」
「……でもオクトーだよ。何企んでるかわかったもんじゃないし、どこまで信用していいか。
無意識に面倒なこと先送りにしようとしてない?」
「……していないとも」
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