第578話「贖罪の矢」
現れた懐かしの端末たち。
黄金怪樹サンクト・メルキオールはレアを。
黄金偽神アクラト・バルタザールはライラを。
黄金腐蟲ペルペト・カスパールはブランを。
それぞれ狙って攻撃をしかけてきた。
以前倒された際の記憶が残っているのだろうか。
それにしては黄金怪樹に浮かび上がったメルキオレの顔には表情が無い。そういう強い感情とは無縁のように見える。
「ふむ。少なくとも怪樹のLPは前回よりも少ないようだね。あのまま復活させたというわけではなさそうだ。復活というより復元と言ったほうがいいのかもしれないね。データのみを復旧させて再現しただけだから、魂的なものは彼らにはない、と」
黄金怪樹が現れた、という報告はつい先程、マーレからもフレンドチャットで届いていた。
そのことからも復活ではなく復元の方が近いように思える。
しかし教授の言うようにそのせいで魂が再現されていないのなら、なぜ因縁のある相手を狙って攻撃してくるのか。
「ええい、鬱陶しいな!」
前回黄金怪樹を倒した時は時間がなかった事もあり、事象融合で吹き飛ばした。
しかし今回それは使えない。
すでに『カオスイレイザー』は撃ってしまったし、どう見ても第二形態の前座の雑魚に切り札を切るような余裕はない。
「灼き尽くせ! 『フレイムデトネーション』!」
「たまには働いておこうか。『ゲイルランペイジ』」
レアの放った魔法により、紅蓮の炎が黄金怪樹を包み込む。
さらにその炎を教授の魔法の風が煽り、大規模な火災旋風となって灼熱の地獄を生み出した。これも相殺の一種だ。魔法同士の相性が良かったおかげで、着弾地点で爆発的に効果が増した。
しかし教授は攻撃のサポートをするだけでもいちいち煽りにくる。悪くない判断だが。
巨大な怪樹を襲った魔法は多段ヒットし、それなりのダメージを与える事に成功した。
炎が消えると怪樹の枝は熱で溶け落ち、ほとんど幹だけになっていた。メルキオレの顔も焼けただれ、見るも無残な姿になっている。
しかしすぐに再生が始まり、爛れた顔は少しずつ元に戻っていき、枝も新しく生えていく。
「パッシブの再生能力は健在か! なら……『魔の剣』!」
意識して多めにMPを消費し、自分で扱うには明らかに大きいサイズの槍を生み出す。
もちろん、これを振るうつもりはない。
レアは生み出された槍を逆手に握り、メルキオレの顔目掛けて投げつけた。
「『ファイナルスロー』!」
『魔の剣』で生み出した武器は消費したMPに応じて攻撃力が変わる。
今の投げ槍は『フレイムデトネーション』で減らしたLPから計算し、『ファイナル・スロー』の倍率を乗せればちょうど削り切れるだろう量のMPで生み出してあった。
槍はメルキオレの顔の中心に直撃し、閃光と爆発を伴って消滅した。
顔部分をまるごと吹き飛ばされた黄金怪樹は再生が止まり、生え始めていた枝もぼろりと崩れ落ち、幹もばらばらと表面から崩れていく。
「──グウオオオオオオオ……! オノレ……! 人類ノ敵メ……!」
崩れた怪樹の破片は氷の大地に落ちる前に光に変わり、消えていく。
しばらくすると怪樹の全ては光となって完全に消滅した。
「大分弱いな。これなら大した障害にはならない……けど、雑魚にMPを消耗させられるのは痛いか」
黄金怪樹が消えた後には何も残されていない。
弱い代わりにドロップアイテムもないらしい。
敵の増援というより、ボスのギミックのひとつと見たほうがいいのかもしれない。
これを排除しなければボスにダメージが通らないとかそういう面倒なタイプか、それとも単純にプレイヤーの邪魔をするだけのタイプかはわからないが。
「無駄に面倒なだけっていうのが一番苛つくよね。切り札を切る程強くもないけど、片手間で一撃で片付く程弱くもない」
「先輩と2人がかりなら何とか瞬殺出来るかなってところかな。体力の消耗がちょい心配だけど」
ライラとブランもそれぞれ端末を倒してきたようだ。
これだけのメンバーが揃っていれば、今さら過去の敵が弱体化して出てきたところでさほどの障害にはならない。
──ラアアアアアアァァァァァ!
エウラリアの顔が再び澄んだ声を上げた。
すると先ほど出来た罅割れからまた黄金怪樹、黄金偽神、黄金腐蟲が現れる。
「……そういうパターンか!」
「倒すと新しいのを生み出すってわけね」
だとすれば倒さない方がいいのかもしれない。
倒せばすぐさま次のが現れるという事は、あの端末たちの相手をしている限り他のことは出来なくなるという事でもある。
「無限に生み出せるのか、どこかで打ち止めになるのか……」
「いや、打ち止めになるのだとしてもいつの事だかわかったもんじゃねえし、いつまでも倒し続けるだけのリソースは俺たちにはねえぞ」
「げー! もー! 臭いから頑張って速攻倒したのにもうおかわり来た!」
現れた端末たちがゆっくりと近づいてくる。
彼らのターゲットは先ほどと同じ組み合わせだ。
「あ、ジェリィ。ちょっとノウェムから離れてみて」
「え? ええ……」
レアの指示に従い、ジェラルディンがブランから離れてひとり遠ざかる。
すると黄金腐蟲は一瞬迷うように足を止めると、ジェラルディンの方へと歩き始めた。
黄金腐蟲がターゲットをジェラルディンに変えた。
向きを変える前に迷ったという事は、ブランも依然ターゲットのひとりではあるのだろう。
ジェラルディンを選んだ理由は現在位置からの距離だろうか。
ブランとジェラルディンでは、ジェラルディンの方が黄金腐蟲により近い。匂いが気になるのかブランはことさらに黄金腐蟲と距離を取ろうとしている。
「ふむ。先ほどの戦闘も記憶はしている、ということか。これならばうまく敵対心の管理をしてやれば……」
「そうだね。問題は戦力配分か──」
と、レアがそう零した次の瞬間である。
「──グウゥオ……!?」
黄金怪樹に一本の矢が突き刺さった。
一体誰が、などと考えるまでもない。
このタイミングでこんなことをやりそうな人物を、レアはひとりしか知らない。
「……わかっていたんだ、本当は」
振り返ってみると、その男が何か語りだした。
「あの時、俺が射るべきだったのが誰なのか、なんて事は」
あの時というのはいつの事だろう。
この男に限っては心当たりが多すぎてわからない。
「だから今度こそ、俺は間違えない。
俺は俺の射るべき敵を射る。だから──。
セプテム! あんたはあんたの討つべき敵を討て!
喰らえ! 『ペネトレイトアロー』!」
その男──ヨーイチの射た一筋の光は一直線に黄金怪樹を目指して飛び、その幹に突き刺さり、それでも勢いを落とさず突き進んでいき、貫通して遠くへ消えていった。
このスキルは確か、大天使が使っていたものだ。
ヨーイチは闘技大会の時もこれは使っていなかったはず。
つまりこの一ヶ月で、スキルひとつだけだとしても、ヨーイチは災厄級の大天使に迫るほどの実力を身に着けたということだ。
レアの罠に勝手にかかって遊んでいるだけだと思っていたが、そうでもなかったらしい。
少しだけ見直した。
「──ウグアアア! オノレ! オノレェ!」
黄金怪樹がターゲットをレアからヨーイチに切り替え、そちらに向かっていく。
「来い! メルキオレ! あの時の貴方とは違うとわかっているが、
ヨーイチの前には庇うようにサルスケが立ち、さらに彼らの左右をウェインたちの鎧獣騎が固めた。
「──来るぞ! 皆、現れた取り巻きは俺たちプレイヤーで相手をするんだ!」
「おっしゃあ! 金ピカ淫乱女は鎧獣騎組で受け持つぞ! 『プロヴォーク・ライト』!」
ギルのライオン型鎧獣騎の目から黄金偽神に謎の光が照射された。
叫んでいた技名だかパーツ名だかからすると、挑発効果があるようだ。
レアは運転免許を持っていないのでよくわからないが、おそらく自動車のパッシングのようなものだろう。先日ライラと出かけた時、彼女は後続車にパッシングされてたいそう怒っていた。効果は抜群だった。
「──セプテム嬢、彼らが引き受けてくれるというなら好都合だ。これなら我々の方で戦力を分ける必要はない」
「そうだね。彼らにはたくさん貸しがある。ここでまとめて返してもらおう。
よし、じゃあわたしたちは本体に」
黄金龍本体の胴に埋め込まれたエウラリアはこちらの事など意に介さずにぼんやりと虚空を見つめている。
彼女にも魂は残っていないのだろうか。
今の所、彼女はただ叫び声を上げるだけの装置になっている。
「え、ちょ、ちょっと! こっちには異邦人誰も来ないの!?」
黄金腐蟲の相手をしているジェラルディンが悲鳴を上げた。
確かに、黄金怪樹と黄金偽神にはプレイヤーが向かっているが、誰も黄金腐蟲の方へは行こうとしない。
「あー……。臭いからねあれ……」
腐蟲は人気が無いようだった。
気持ちはわかる。
「まったく──。しょうがないなジェリィは。
あっちは僕が手伝うよ。セプテム様たちは本体の方へ。異邦人の彼らが張り切りすぎて倒しちゃうと、また出てきちゃうからね。急いだほうがいい」
そうため息を吐き、ゼノビアがジェラルディンのフォローに向かった。
「──黄金腐蟲は2人に任せよう。じゃあ今度こそ行くよ」
「うむ。ところでセプテム嬢。『鑑定』はしてみたかね。イソギンチャクの時は読めなかったが、今なら読めるよ。名前だけだがね」
教授に言われ、確認してみる。
確かに、能力値やスキルは全く読めなかったが、名前だけは読めるようになっていた。
かつて倒した端末を蘇らせた、そしておそらくはこのゲーム史上最強の敵。
その名も、【黄金天龍 アウレア・アイテール】。
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