第582話「今、できる事を」





 氷の地割れからメリサンドが這い出してくるのが見えた。


 このまま『天変地異カタストロフ』を撃てばカナルキアにも無視できないダメージが入ってしまう。最悪の場合沈没してしまうだろう。


 しかし、それは覚悟の上だ。まあ、おそらくメリサンドにとっては。

 だからこそ、単身でカナルキアから這い出してきたのだ。


 そのメリサンドは何かを期待するような目でレアを見ているが、レアの方には心当たりがない。


 いや、開戦当初の時点で黄金天龍の逃亡に気付き、カナルキアを回してみせたメリサンドだ。

 おそらくそのカナルキアを使い潰してでも黄金天龍を打倒して欲しいという期待が目に表れているのだろう。


 もともと黄金天龍の復活はマグナメルムの、いやレアの個人的なわがままである。メリサンドには関係ないし、前回の黄金龍戦にも参加していなかった彼女にとっては本来何の興味もない事だ。

 にもかかわらず、ここまで全てを賭けて協力してくれるとは。

 これまでに居なかったタイプの人格者である。


 実際のところ何に期待されているのか考えるのが面倒だったので、とりあえずそう思っておくことにした。





 よろよろと動き始めた黄金天龍の周辺には誰もいない。

 ブランやバンブはもちろん、他のプレイヤーたちも距離を取っている。

 黄金怪樹や黄金偽神、黄金腐蟲は逆に黄金天龍の方へと近づこうとしていた。

 本体が心配なのだろう。

 だとすると、本体を滅ぼせば連鎖的に端末も滅ぶのだろうか。

 ではシステムメッセージにあった「本イベント後は」というワードは何を意味しているのか。

 今目の前にいる黄金天龍、アウレア・アイテールとは別の個体が今後現れるかもしれない、ということだろうか。


 気になるが、気にしても仕方がない。

 今得られる情報からだけではこれ以上の事はわからない。


 ともかく、ぐずぐずしていると黄金天龍が完全に立ち直り、自由になってしまう。

 与えたダメージこそ蓄積されているが、それではベヒモスモドキやカナルキアを犠牲にしたライラやメリサンドの頑張りが無駄になってしまう。


「さて、では早速──おや」


 レアの足元に駆けてくる影があった。

 黄金龍の端末たちが本体の元へ引き上げてしまったため、自由になったプレイヤーの一部だ。

 逃げる──ように見えた黄金怪樹や黄金偽神を追ってきたのだろうか。


 しかしこれ以上近づけばレアの魔法に巻き込まれて死ぬことになる。

 どうでもいいと言えばどうでもいい事だったが、他のプレイヤーの見ている前で堂々と巻き添えにするのは憚られた。

 彼らがこの極点にいるのは、一応はレアが望んで加勢に来てもらったからだ。

 呼んでおいて無視して消し飛ばすのはさすがにイメージが悪い。不慮の事故ならともかく。


 仕方がないので忠告して下がらせようと考え、よく見てみれば、それは実に見覚えのある者たちだった。

 そして彼らの目はレアに向いていた。

 逃げた端末を追ったわけではなく、このどう見ても危険な状況で敢えてレアを目指して近付いてきたらしい。





***





「──おい、メルキオールが下がっていくぞ!」


 ウェインたちが抑えていた、黄金怪樹サンクト・メルキオールが後退していく。

 理由は考えるまでもない。

 ついさっき上空から落下してきた大質量攻撃のせいだ。

 あれによって本体である黄金天龍アウレア・アイテール──例によって明太リストが課金アイテムを使い『看破』した──が大きなダメージを負い、一時的に動けなくなったため、退かざるを得なくなったのだろう。

 見れば近くで別のパーティが戦っていた黄金偽神アクラト・バルタザールも後退している。


 その大質量攻撃のせいで死亡してしまった者を除けば、これによってプレイヤーは自由に動けるようになったが、だからと言って出来る事はほとんどない。

 上空でマグナメルム・セプテムがアイテールに魔法を撃ち込まんと準備をしているのが見えている。

 下手にメルキオールやバルタザールを追撃してしまえば、セプテムの渾身の一撃に巻き込まれてしまうかもしれない。

 そうなればおそらく死体も残らない。

 システムメッセージにあった黄金龍の特殊攻撃を食らうよりはましかもしれないが、現状そんな攻撃はしかけてこないし、なんであれ死亡するだけ時間の無駄だ。


 それに今ここで死亡したとして、ちゃんとこの極点でリスポーンできるかどうかわからない。

 ウェインたちはこの北の極点にやってきた後、当然ログアウトしてリスポーン地点を上書きしてある。集合場所の近くだが、別にセーフティエリアでもない場所であるため、念のため警戒して持ち回りで安全を確保しながらの作業だった。

 であれば、死亡すれば集合場所の周辺にリスポーンするはずだ。


 しかし今そちらを見渡してみても、どこが集合場所だったのか判別がつかない。

 氷の大地はどこもかしこもが砕け、うねり、隆起してしまっており、戦闘前の面影などどこにもないからだ。


 果たしてこの状態でもまだ「リスポーン地点は破壊されていない」扱いになっているのだろうか。

 普通に考えればそんなわけはない。

 となるとおそらくこの極点に渡ってくる前にログアウトした、西方大陸東端の港町でリスポーンする事になる。

 地割れに飲まれて消えたプレイヤーの姿をそれ以降見ていない事からも間違いないだろう。


 そう考えれば、ここまで来て死亡のリスクがある行動をとるのは出来れば避けたかった。


「追うか?」


「いや、追っても意味がないだろう。倒しきれなかったのは情けない限りだが、倒したとしても多分新しいのが湧いてただけだ。足止めという意味では俺たちはちょうど良い実力だったんだろうけど……」


「だな。それに、上を見てみろ。セプテムが何かするつもりだ。黄金何とかたちはあれを警戒してるんだろうな。身を呈して本体を守る、ってとこか。俺に言わせりゃ、無駄な努力だろうけどな。俺たち程度さえ殺しきれない取り巻きが、セプテムの攻撃を止められるわけがない」


 サスケが肩を竦め、自嘲気味に言った。

 その通りだ。

 取り巻きの足止めという、ウェインたちの仕事は完璧にこなす事が出来た。

 後は待っていればセプテムがアイテールを倒し、自動的にイベントが終わるだろう。

 もしかしたら残党狩りのような形でイベント自体はしばらく続くかもしれないが、そんなものは消化試合に過ぎない。


 ウェインはもう一度、空を見上げた。


 上空にセプテムの姿が見える。


 ──遠い。 


 それは物理的な距離だけではない。ウェインたちプレイヤーでは決して届かぬ遙かな高みだ。


 その遙かな高みにいる存在が、これから世界の敵に引導を渡す。


 視線を下げ、仲間たちを見た。

 もうイベントは終盤だと悟り、気を抜いている。

 しかし、皆例外なく悔しげな目をしていた。


「……まだ、終わってない」


 つい、そんな言葉が口を突いて出た。


「そうだな。まだ終わっていない。だが時間の問題だ。もうすぐ終わる」


 ヨーイチに冷静に返される。その通りだ。

 そんな事はわかっている。しかし、このまま終わらせる事は出来ない。


 ここに集まったプレイヤーたちは結局のところ、ラスボス本体に対してはほとんど何もしていない。

 戦闘では、良くて露払いをしたと言えるかどうかだ。

 それでラスボス戦に参加したと言えるだろうか。


 もちろん、プレイヤーにだって実力差はある。

 ラスボスと戦う実力がある者もいれば、無い者もいるだろう。それは仕方のない事だ。


 しかし、誰ひとりとして何の貢献も出来ないなど、あっていいはずがない。


 そんなイベントはイベントとして認められない。

 ならば、何かあるはずだ。

 今このタイミングでイベントが起きたという事は、今のウェインたちでも貢献できる何かが。


「……『儀式魔法陣』だ」


「え?」


「『儀式魔法陣』で魔法を束ねる。それなら俺たちでも、指先くらいはセプテムに届く……かもしれない」


 『儀式魔法陣』の発動には準備が必要だ。

 普通に考えれば戦闘中に発動するのは難しい。

 今回の戦いでも2人、3人での融合くらいなら隙を見て発動させていたが、それ以上の人数による大儀式はやっていなかった。


 だが今ならば。

 全ての端末の注意が本体とセプテムに向いている今ならば。


「聖リーガン、ハウスト、蔵灰汁! 明太リストと……ええと、名無しのエルフさん!」


 名を呼ばれたプレイヤーたちがウェインの乗った鎧獣騎を見る。


「まだ、使える魔法が一属性くらいは残ってるよね? これで最後だ。力を貸してほしい!」


 ウェインは自分の考えを皆に話した。

 悔しげに歪んでいた顔が少し緩む。しかし、迷いも見える。


「──話はわかった。だがよ、6種融合はまだ一度も成功させた事がない。ぶっつけ本番で出来るかどうか……」


 『儀式魔法陣』の第一人者である、聖リーガンがそう言うならそうなのかもしれない。

 しかしウェインは諦めるつもりはなかった。


「いいんじゃないか? やってみても。どうせ、何もしなくても同じなんだ。巻き込まれて死ぬとしても、イベントも終盤ならデメリットもない。俺は魔法が得意じゃないから参加できねえが、気持ちだけはウェインに預けるぜ」


 ギルが力強くそう言った。

 他のプレイヤーも、ウェインが名を呼んだ者もそうでない者も頷いている。

 聖リーガンもそれを見て、ふっと表情が緩む。

 乗ってくれるようだ。





***





 ウェインと明太子リスの鎧獣騎に分乗してやってきたプレイヤーたちは、レアの真下まで来ると氷の地面に降りた。

 2人も鎧獣騎から降りてくる。

 ウェインたちは鎧獣騎を降りてもそれなりに高い戦闘力を持っているが、別に戦闘をするとかそういうつもりではないらしい。


 とりあえず、仲が良いかはともかくとして、知り合いではあるし警告してやらねばなるまい。

 何をしに来たのか知らないが、世話のかかることだ。


「──きみたち! そこにいると巻き込まれて死ぬことになるよ! もう時間がない! 早く下がりたまえ!」


 彼らのために攻撃を遅らせるような事はしない。

 だからこれはただの警告であり、彼らが従おうが従うまいが構わずに『天変地異カタストロフ』は発動させる。


 しかしというかやはりというか、このタイミングに敢えてここまで来ただけあって、ウェインたちは下がろうとはしなかった。


 確か、聖リーガンと言っただろうか。

 その彼が何事かを呟くと、彼の足元に鈍く輝く魔法陣が現れた。

 さらにハウストと蔵灰汁が、聖リーガンと3人で正三角形を構成するように魔法陣の縁に立ち、やはり何事かを呟いた。それにより鈍かった魔法陣の輝きが増す。

 ウェインと明太子リス、それに名無しのハイ・エルフさんも魔法陣の縁に、聖リーガンたちの間に入るように立った。


 どうやら『儀式魔法陣』を発動させ、6人で事象融合でも撃つつもりらしい。


 その時、ウェインと目が合った。

 まさか、レアに向けて撃とうというのだろうか。


 彼らの放つ3属性融合の『キュモロニンバス』は闘技大会で受けた。

 レアにとってはどうということもない威力だったが、今それをやられるのは鬱陶しいし、先ほどの黄金天龍の羽ばたきによって『魔の盾』はかなり削られている。

 6種融合の魔法となると、レアが知っているのは今まさに自分も撃とうとしている『天変地異』くらいしか知らない。あれと同レベルだとするとさすがにダメージを受けてしまうかもしれない。


 彼らとは確かに、因縁があると言ってもいい間柄だった。

 とはいえ、まさかこの局面でそんな事をしてくるとは思ってもいなかった。

 彼らは馬鹿ではない。

 いかにレアを良く思っていないとはいえ、ラスボスを相手に共闘する立場であるのなら、少なくともその間は敵対する事はない。そう考えていた。

 ある意味では信頼さえしていたのだが、見誤っていたのだろうか。


 ウェインたちの儀式はすぐに完成し、魔法陣がひときわ強い光を放った。

 防御しようか、と『盾』を動かそうとし、やめた。


 6人が唱和する発動ワードが聞こえたからだ。


 そして、プレイヤーたちの融合魔法がレアを飲み込んだ。





「──『神の息吹ルーアッハ』!」






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