第553話「力の代償」





 久々に経験値稼ぎをした方が良いだろうか。

 今も配下たちからダンジョン収入がじわじわ入金されているが、あれらは出来るだけ稼いだ配下に還元してやりたい。


 しかし直接自分で稼ぐとなると、そこらの雑魚を狩ったところでまともな経験値など得られない。このゲームは実力差が大きいほど、得られる経験値に偏りが出来るように設計されているからだ。

 データ的には小数点以下も計上されており、内部的には蓄積されるようなので、ゲーム初心者クラスの一般人でもたくさんキルすればそのうち30000くらい稼げるかもしれないが──


「黄金龍復活予定日までもう1ヶ月切ってるしな……」


「それに、レア嬢ほどのプレイヤーが経験値30000ポイントを稼ぐために何かを殺すとなると、下手をすると黄金龍以上の被害が出ることになるね」


 黄金龍討伐を機にゲームを引退するつもりとかならそれでもいいかもしれないが、今のところレアにはそんな気はなかった。

 今後もゲームを楽しむためには大勢のNPCが必要であり、それらを守るプレイヤーもまた必要であり、さらに適度に敵も必要だった。

 さすがにそれら全てを自分の手で狩りつくしてしまうわけにはいかない。


「やるとしたら西方大陸あたりで、絶滅しないように適度に間引くくらいかな。オークたちを餌にしてる大型の魔物なら少しは足しになるはず」


「オークを餌にしているというと、例えば荒野に棲むクリムゾンスティンガーとかかね」


「……何それ」


「知らないのかね。大型のサソリモンスターだが」


「あれってそんなにかっこいい名前だったのか!」


 言われてみれば赤かったような気もするが、赤いと言っても目を引くような赤ではなく、アメリカザリガニのような濃く暗い赤ではなかっただろうか。あれをクリムゾンと言うのは少々抵抗があるが、そう決まっているのなら仕方がない。


「ちなみに夜間は緑色に光る」


「なんで!? いや、これは本当になんでなの?」


「現実のサソリもブラックライトを当てれば緑色に光るからね。それと同じだろう。サソリの外骨格はクチクラと呼ばれる、いわゆるキューティクルに覆われているのだが、この中にあるヒアリン層という部分に含まれるβ-カルボリンという成分が発光に関わっている事がわかっていて──」


「あー。あのデカいサソリの話? あいつ確か『光魔法』使ってくるからね。そのせいじゃないかな」


 ゼノビアが口を挟んできた。

 現実的に考えれば教授の解説の方が正しいのかもしれないが、ゲーム的に考えるとゼノビアの意見の方が正しい気がする。


「──なので厳密には発光ではなく蛍光という方が近いのだが、こちらの世界のサソリは自ら光る「発光」の特性を持っているようなのだ。

 ああ、ゼノビア嬢。言っておくがあれは『光魔法』が使えるから光るのではなく、光るから『光魔法』が使えるのだよ。

 それについては実証も済んでいる。レア嬢、貴女もその事は身を以て体験しているはずだ」


 教授は何を言っているのか。

 全く心当たりがない。


 眉をひそめるレアを見て、教授が説明を続けた。


「ふむ。先日の大会で、バンブ氏が『カオス・アナイアレイション』を使っただろう。言うまでもなくあれは『ダーク・インプロージョン』と『ホーリー・エクスプロージョン』の融合だった。現在の種族こそ死霊寄りの鬼系に落ち着いているようだが、ついこの間までアンデッドだったバンブ氏がいきなり『神聖魔法』など使えるはずがない。

 研究の一環だが、これは彼自身が望んだ事でもある。どうしても『神聖魔法』を取得したいと言うのでね。私の説の実証も兼ねて、協力してもらったのだ」


 なんということだ。

 ということはつまり──


「そう、バンブ氏のあの赤い筋肉は夜間、緑色に光るのだ。まあこれについては該当の特性をオンにしなければ問題ないがね。オフにする場合は取得した『光魔法』も『神聖魔法』も一時的に使用不可になるが」


 レアは思わず席を立ち、水晶姫の訓練に付き合うバンブを窓から見下ろした。

 今は包帯でまったく見えないが、暗闇の中あの状態で光るとどうなるのだろう。目元だけ包帯が避けてあるとしたら、目元だけが緑に発光し残光をたなびかせて行動したりするのだろうか。

 ちょっとかっこいい、気がする。

 羨ましくはないが。


「おっと、しまった。これは口止めされているのだった。

 レア嬢、ゼノビア嬢。すまないが聞かなかった事にしてくれたまえ。特に絶対にライラ嬢の耳には入らないように」


「もちろんだよ」


 ゼノビアがにんまりと笑った。


「……わかった。わたしは黙っておこう。でもご愁傷様」


 たぶん誰も幸せにならない結果になるな、と思い、レアは椅子に戻った。


 ところでサソリと言えばマーガレットだが、彼女はそうした能力は持っていなかった。

 クリムゾンスティンガー特有の特性なのだろう。マーガレットに混ぜ込んだのは中央大陸原産の小型のサソリだった。

 別にクリムゾンスティンガーを融合しなくても幻獣人である彼女なら『光魔法』の取得において制限はないはずだが、それはそれとしてそろそろ彼女たちもまた強化してやった方がいいかもしれない。負けてしまったとはいえ、大会では本戦出場という結果を残している。


「他にオークを餌にしている魔物というと、山脈のふもとの巨大な草原だな。草原に棲む魔物ではなく、草原そのものだ。ディオネアやネペンテスといった、オークを食らう巨大食人草が生い茂っている」


 それならレアも知っている。

 レアにとっては雑魚というか雑草に過ぎないが、あのクラスなら少々の経験値は入手出来ていた気がする。

 まとめて刈ればそれなりの収入になるだろう。


「植物なら……。動物よりは増やしやすいかな」


 牧場ならぬ農場だ。

 とはいえ肥料にオークが必要なら、オークを増やす牧場も必要になる。

 効率がいいかどうかは微妙なところだ。


「いや植物ならあれが使えるかな。後で試してみるとしよう」


「ちなみに彼らは『株分け』で増えるようだから、種はないよ」


 種があるようならトレの森に植え、『大いなる祝福』で強制的に成長させて刈ろうと考えたのだが、それはできないらしい。どうしてもやりたければ敵対状態のまま西方大陸から中央大陸に運ぶ手段を考える必要がある。

 少々面倒だが、それを考えるのは巨大草の生息数が減ってしまってからでも遅くはないだろう。


「それから山脈にはルフという巨鳥が巣を作っている。いわゆるロック鳥だな。群れるわけではないが、それなりに数はいたはずだ」


 これもレアはよく知っている。

 ただ、少し前に山脈ごと巣を吹き飛ばしてしまった。

 そのため今も数が居るかどうかは分からない。


「その山脈を越えると湿原があるのだが、ここにはサイモゲルトラというカワウソに似た巨大モンスターが棲息しているな。普段は湿原の水の中に潜んでいるが、餌となるオークが近付くと素早く水中に引きずりこむ。サイモゲルトラは鼻先に体毛が変質したツノを持ち、暗い黄色に黒い縞模様の毛皮に覆われている」


「サイなのかトラなのかカワウソなのかはっきりしてほしいんだけど」


「あ、それ僕も見たことある気がするな。ジェリィが血がおいしいとか言ってたような」


 ゼノビアが呑気にそう言った。

 本当なら教授ではなく、西方大陸の魔物については地元民のゼノビアに解説してもらいたかったところなのだが。


 しかし教授は思いの外西方大陸に詳しかった。

 遺跡の探索の折にあちこち動き回ったりしたようだ。

 似たような事はレアもしたことがあるが、あれは楽しかった。教授は元々フィールドワークが好きとか言っていたような気がするし、きっと楽しんだに違いない。


「なるほどね。ありがとう教授。

 狙い目はクリムゾンスティンガー、巨大草原、ルフ、サイモゲルトラか」


 どれもオークを主食にしている、つまり肉食である以上は、おそらく縄張りもあるはずだ。

 となると同種が固まって生息しているとは考えづらい。効率よく狩りをするならそれを踏まえて行動する必要がある。


 ただ巨大草原で刈りをするならその限りではない。以前に通りがかった時も、草原と言うだけあってそれなりに密集して棲息しているようだったし、『株分け』で増えるのなら同種の株がある程度固まっているはずだ。


 サソリについても繁殖力は期待できる。増えやすいというよりも、蟲系の魔物は成長速度が他と比べて速めだからだ。

 多少減らしたとしても、少し待てばオークを餌に増えていくはずだ。


「とりあえず荒野でサソリ狩りか草原で草刈りかな。サソリを狩るなら餌がいるか」


「ああ、もし餌にオークを使うつもりなら、一番大きい集落の場所も教えておこうか。確かそこに例のオークキングがいたはずだ」


「住所知ってたのか!」


「住所と言っていいのかな……? 彼らとは意思疎通が出来ないから、巣とかねぐらとかのほうがニュアンスとしては近い気もするがね」


「キングとか言うくらいだし、王政を敷いた国家みたいなものを運営してるんじゃないの?」


「レア嬢が魔王なのに帝国を作っているのと同じだよ。あくまでそういう種族であって、政治形態や生活様式とは直接関係はない。それと彼らは彼ら同士で意思疎通はしているようだが、言語は持っていない。

 このゲームでは言語はひとつしか存在していないから、それを持たないという事は獣やモンスター扱いだという事だね」


 言語の習得にはINTが深く関わっている。

 しかしそれはあくまでINTが一定以上あれば習得できるというだけのことであって、INTが高いからといって必ずしも言語を習得しているとは限らない。

 オークキングが言語習得に十分なINTを持っていたとしても、オークキング以外のオークたちが言語を使えないのであれば覚える事はないだろう。

 つまり、種というか集団として、オークたちはモンスター寄りであるという事だ。


「オークも支配下に入れるつもりかね?」


「いや──」


 今さらオーク勢力を支配したところでまったく旨みがない。

 一体一体は例えば野生の工兵アリなどより強いのかもしれないが、西方大陸においてはほとんど一方的に強者に狩られるだけの存在である。

 彼らがレアのために経験値を稼いで来てくれるとは思えない。


「良くて牧場かな」


「ふむ。では悪ければ?」


「適当に餌に使って、あとは放っておく。キングがたくさんいるようなら経験値の足しにするかもだけど」


 バーガンディとの試合を見る限りでは獲物としては悪くない。

 しかし数が少ないのでは敢えて狙う意味も薄い。


 ともかく、何となくこれからするべき事は決まった。

 西方大陸で経験値を稼ぎ、ついでに数体魔物を捕獲してきてジャネットたちに与える。


 レアが席を立つと、ゼノビアも席を立った。


「今度はついて行ってもいいでしょ? 西方大陸は僕の庭だし」


 その割には知識において教授に後れを取っていたようだが、敢えて置いていく理由もない。


「いいよ。じゃあ教授、後はよろしくね」


「うむ。いや待ちたまえ。まだ菓子は残っているのだが。待ちたまえよ。待ち──」





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