第554話「ファッションチェックです」(ヨーイチ視点)





 プレイヤーたちからは西方大陸と呼ばれている、その広大な地。


 ヨーイチが知る限り、この地にある人類の国は地底王国だけだ。

 東側の沿岸部には港町もあるが、あそこは国と呼べるほどの規模ではない。


 かつてはこの大陸にも多くの国があったという。

 しかしそれらのほとんどは黄金龍襲来時の被害によって滅び去ってしまった。

 元々棲息している魔物たちが強力なこともあり、中央大陸と違い戦後の復興はままならず、人々は地底に籠ってやりすごすしかなかったという。


 ただこれについては、魔物が強力である事だけが理由ではないとヨーイチは考えていた。

 おそらく一番問題だったのは魔物の強さではなく、その活動範囲だ。

 中央大陸の魔物たちは基本的に魔物の領域と呼ばれる特定の地域にしか生息していない。ごく弱い、獣と魔物の区別もつかないような種はどこでも出現する場合もあるが、それは人類にとって脅威にはならない。

 対して西方大陸ではそのような棲み分けがされていない。どんな強力な魔物でも、どこにでも現れる可能性がある。

 かく言うヨーイチも、山脈に棲むという巨大鳥からを受けた事もある。

 山脈からは随分と距離がある荒野の真ん中でのことだったが、あの時は肝を冷やしたものだ。直撃していれば一撃で死亡していただろう。もっとも爆撃をした当の本人にとってはただのだったのだろうが。


 ともかく、この西方大陸にもかつてはたくさんの国があったが、今はもう残っていない。

 残っているのは遺跡だけだった。


 そんな遺跡のひとつ、【魔法王国跡地】に現在ヨーイチたちは駐屯している。

 目的は『儀式魔法陣』というスキルの研究と普及だ。

 ときおり人間の匂いを嗅ぎつけて襲撃してくる大サソリを撃退しながら、ヨーイチたちはここで『儀式魔法陣』の練習をしたり、やってくるプレイヤーにレクチャーをしたりしていた。





「──お! 取得出来たよ! これが『儀式魔法陣』か!」


「おめでとう。まあここに来りゃ誰だって取得は出来るんだけどな。問題は使いこなせるかどうかだ」


 聖リーガンが見知らぬプレイヤーに使い方を教えている。

 そのプレイヤーはどことなくヨーイチに似た格好をしていた。

 短めのスカートはヨーイチのタイトな物と違い、ふわりと広がりやすく作られているようだ。数本の折り込みもついている。あの折り込みはプリーツと言うのだったか。

 腰はベルトで絞ってあるが、おそらくワンピースタイプだろう。上下ともオレンジ色で、ところどころに黒いアクセントが映えている。

 そのプレイヤーの装備はクラン共通の物のようで、他の数名のメンバーも同じ格好をしていた。

 なぜか全員女キャラだ。


「このスキル、指揮者だけが持っていればいいんだっけ」


「指揮者っつうか、パーティで1人いれば基本的には大丈夫だ。あまり人数が多くなるようだとどうだかわからんが、まあどのみち合わせられても数人が限度だからな。気にする事はないか」


「それって魔法の話? それとも他のスキルも?」


「少なくとも魔法は俺たちでも3人までしか成功してねえな。他のスキルはサンプルがいないから何とも言えないが──」


 聖リーガンの説明を聞き、女プレイヤーは連れのメンバーにも全員『儀式魔法陣』を習得させていた。

 消費経験値もバカにならない数値だし、重複しても意味が薄いならするべきではない。

 が、それもまた本人たちの選択だろう。

 見ている限りではメンバーに強要している風でもなかったし、あえて他人が口を挟むことでもない。


 オレンジの集団は聖リーガンに礼を言い、地底王国の方向へと去って行った。


 大抵のプレイヤーは教官である聖リーガンたちがいるこの場所で練習もしていくのだが、オレンジ集団はそうしなかったようだ。

 何か隠しておきたい事情でもあるのか、また別の理由か。


「──おい、ヨーイチさんよ」


 去っていくオレンジの後ろ姿を眺めていたところ、聖リーガンに声をかけられた。


「なんだ」


「いや、俺も男だし気持ちはわかるけどさ。さすがにそりゃねえだろ。そんなガッツリ見てやるなよ。いくら女の子の足が眩しいっつってもさ」


 聖リーガンは何か勘違いをしている。


「待て。そういうつもりで見ていたのではない。だいたい、スカートから覗く足を見たいのなら自分ので十分だ。俺がスカートなどに釣られるわけがないとわかるだろう」


「わかるかよ。つかその理屈はおかしいだろ!」


 聖リーガンの言い分では、どうやらオレンジの彼女たちはヨーイチの視線が気持ち悪かったせいで急いで帰って行ったらしい。

 それが正しいとしたら、申し訳ない事をした。

 よこしまな気持ちなどなかったのだが、ままならないものである。









 パーティの中でもとりわけ人当たりのいい聖リーガンは、プレイヤーたちが来た時にはその相手をするのが常になっていた。

 別に他のメンバーが人見知りが激しいというわけでもないが、向き不向きというものはある。

 ハウストや蔵灰汁はその間、『儀式魔法陣』の理解を深めるべく研究にいそしんでいる。


 聖リーガンから追い払われたヨーイチはサスケと入れ替わりにこちらの手伝いをする事になった。


「それで、俺は何をすればいい?」


「うーん。出来れば魔法が使えるプレイヤーが良かったんだけど……。ていうか、サスケもヨーイチもよく魔法も使わないで2人旅なんてしてたよね。マゾなの?」


「変態呼ばわりはやめてくれ。魔法なんてなくてもやれる事はある」


 遠距離攻撃ならば弓があれば十分だし、ヨーイチもサスケも『治療』は使える。多少の怪我ならこれで十分なのだ。

 ヨーイチもサスケもビジュアルや機動性重視の軽装のため、強敵の攻撃が直撃すれば命はない。回復量の差など大した意味はない。


「パーティとしてはバランスがいい、という事なんだろうが、同系統のスキルとか魔法を使えるプレイヤーの数を揃えられないのが問題だな。

 ウェインたちがこっちに来るのはいつだったか」


「まだもう少しかかるはずだ。南方大陸から中央大陸、それからここ西方大陸という長旅だからな。しかも鎧獣騎を持って、だ。一応すでに南方大陸は出ているようだが……」


 鎧獣騎は今でこそプレイヤーも闇ルートで気軽に買えるようになっているが、元を辿れば立派な軍事兵器である。簡単に国外に持ち出せるはずがない。一度契約してしまった騎体はもう使えないからということで、やっちゃったもんはしょうがないとゴリ押しして好き勝手に使っているに過ぎない。

 なので当然正規の流通ルートは使えず、獣人が治めるという帝国との国境近くの治安が悪い地域から無理やり船を出す事で中央大陸への輸出を可能にしていた。


 はっきり言って密輸であり褒められた事ではないのだが、プレイヤーたちの間では、戦争をやめようとしない国の法律に素直に従う事もないという風潮になっており、表立ってこれを非難する者はいなかった。

 それが正しい事だとはヨーイチには思えなかったが、かといって正す事が出来るわけでもない。何より他人事だ。口を挟むのもお門違いだ。


「ウェインたちが合流すれば魔法使いが2人増える事になる。そうすれば5人で魔法を合わせる練習も出来るんだけどな」





 それからしばらくは、引き続き遺跡を拠点にして狩りをしたり他のプレイヤーにレクチャーをしたりして過ごした。

 食糧が足りなくなれば地底王国へ買い出しに行き、この時ついでに狩ったオークや大サソリの素材を売却して資金を稼ぐ。

 インベントリ前提であり、ログアウト時もインスタントセーフティエリアを使うというプレイヤーならではのゴリ押し生活だったが、無事にウェインたちを迎えるまでもたせる事が出来た。









「──やったぞ! やっぱり、同時発動に成功した人数に応じて『儀式魔法陣』のスキルツリーを成長させていけるみたいだ!」


「よし、これだけ育てば6人発動もいけそうだな。今は人数が足りないが」


 魔法の研究は順調のようだ。

 『儀式魔法陣』は人数が増えると事象融合を成功させる確率は下がっていくが、より多くの人数で成功させればスキルツリー解放がアンロック出来るらしい。

 『儀式魔法陣』のツリーにあるスキルはすべて成功率上昇系のパッシブスキルばかりで、これを取得していけば多人数での成功率も徐々に上がっていく、というわけである。


 これは魔法でも他のスキルでも同様であるため、ヨーイチたちもウェインやギルの参加により4人までのスキルの融合を成功させる事が出来ていた。

 クールタイムの関係でそう何度も練習は出来ないが、魔法とそれ以外のスキルではクールタイムは被らないため、両方に参加しなければならないウェインにとっては助かる仕様である。

 もっともそう思えるのは周りだけで、本人にとっては2倍働かなければならないわけだが。


「今さら言っても仕方がない事だけど、この訓練がもっと早く出来ていれば、セプテム相手でももう少し食い下がれたかな」


 疲れたようにウェインが言う。ようにというか、実際に疲れているのかもしれない。


「どうだろうな。ラルヴァやオクトーとの試合を見る限り、ちょっと技術的にレベルアップしたくらいじゃ大差ないようにも思えるが。実際、俺とサスケの放った『クロスファイア』でも聖リーガンたちの『キュモロニンバス』でも、セプテムのLPを減らす事は出来なかった。お前たちの鎧獣騎でも同じだった」


 ヨーイチの言葉を聞くとウェインはしばらく黙りこんだ。

 ギルやサスケ、それにいつの間にか話を聞いていた聖リーガンたちも黙っている。


「……マグナメルムと黄金龍、どっちの方が強いと思う?」


 しばらくして投げかけられたのはそんな質問だった。


「俺は黄金龍とは2度戦った事がある。片方は端末で、もう片方も本体ではないがな。

 あれを基準に考えるのなら、本体が仮にあの数倍強かったとしても、間違いなくセプテムの方が強い。マグナメルムがセプテム級のレイドボスの集団であるなら黄金龍に勝ち目はない」


「そっか……」


 もしや、強い方に付く、と言うつもりだろうか。

 それはあまりにウェインらしくない。ヨーイチに言えた事ではないが。


「俺は……やっぱり、マグナメルムとは最終的にはどこかで決着を付けないといけないと思う」


 やはり、と言おうか。ウェインはそうこぼした。

 それについてはヨーイチも同じ思いだ。

 ただ、それに足るだけの実力を付けられるかどうかが問題である。


「黄金龍も、実際に端末なんてものも現れてるし、封印と言うのが完全じゃないのは確かなんだと思う。

 その端末もどう見ても人類と共存できそうな相手じゃなかった。もしその封印が勝手に解けてしまったとしたら、それが大変な事態を引き起こすのは間違いない。そういう意味じゃ、いつ起こるか分からない災害をコントロールして敢えて引き起こして、片付けてしまおうっていうマグナメルムの考え方には一定の理がある」


 これもヨーイチも同意見である。

 黄金龍は知性無き侵略者。共存の道はあり得ない。


「だから、俺たちが取り得る行動の中で、一番いいのはたぶん──

 マグナメルムと協力して黄金龍を倒し、それを成長の糧にして、その後マグナメルムを倒す。

 これだと思う。

 セプテムが協力を募っていたのは黄金龍討伐に関してのみ。それが終わってからなら、敵対しても不義理にはならない、と思う」


 欲を言えば、黄金龍討伐後の対応についてはあらかじめ明確にしておくべきだと思うが、それ以外はヨーイチとしても頷ける内容だった。

 聖リーガンたちは黄金龍討伐後の対マグナメルム戦線については難色を示していたが、黄金龍討伐までに関しては同意した。


 ここにウェイン・トルッペの、黄金龍とマグナメルムに対するひとまずのスタンスが決定した。









 セプテムは闘技大会から一ヶ月と言っていたが、具体的に一ヶ月後にどこで何が起きるのかはわからない。

 とりあえず黄金龍の封印は北の極点だということだし、ならば船が必要だ。

 ジョー・ハガレニクスたちからは「マグナメルムとしては協力者には岩を出す予定だから、港に待機していること」とSNSで伝えられている。

 岩を出す、というのは崩壊した中央大陸の港街、ライスバッハを滅ぼした浮動岩礁要塞の事だろう。人魚の王国と関わりが深いようなので、人魚目当てで協力を決めた者も多い。


 何にしても、まずは港町に向かわなければならない。


 ヨーイチたち8名は魔法王国跡地を後にし、港町へ向かった。

 本来なら地底王国を中継するべきだが、そうすると遠回りになってしまう。鎧獣騎や馬という移動手段もあり、このところの修行で自信もついていたヨーイチたちは時間を優先する事にした。

 大サソリ程度ならば、数体現れたところで対処出来ない事もない。

 何よりあの手の大型肉食モンスターは群れを作らない。





 そのはずだった。





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