第552話「ホワイトカラー志望」





「やあ。おかえり。どこに行っていたのかね」


 レアが珊瑚城に戻ると、教授とゼノビアがせっせとケーキを食べていた。


「あれ? ふたりだけ? てかなにやってるの?」


「片付けておけ、と言われたものでね。今必死で片付けているというわけさ。よかったら手伝ってもらえるかな」


 ひと切れ口に入れてみる。この味はライラのケーキだ。

 この量をふたりで片付けろとはなかなか大変な話だが、試食会でもしていたのだろうか。

 というかなぜレアがいるときにやらないのか。

 ライラがダメなのはこういうところである。


「相変わらず、お菓子だけは美味しいな」


「それは認めるけどね。いくら美味しくても、甘いものばっかり食べられないよ。これでも大分減らした方なんだよ。よかったらレア様、残り全部食べる?」


「これだけで食べるのはきついかな。教授、紅茶淹れて」


「仕方がないな。まあ私も少々喉が渇いてきていた、というか胸焼けしてきていたし、飲み物は必要だね」


 教授の淹れてくれた、意外においしい紅茶を飲みながら、美味しいケーキに舌鼓を打つ。


「で、レア嬢はどこに行っていたんだい」


「南方大陸のユーク獣人帝国のところだよ」


「なるほど南方大陸か。行った事がないな」


「僕もないなあ。どんなところなの?」


 どんなところ、とひと言で言い表すのは難しい。無難に「いい所だよ」とでも言えばいいのかもしれないが、あの国は嘘でもいい所だとは言いづらい。


「なんていうか、力こそ全てというか。まあ文明的な価値観が崩壊している国だよ」


 知性を好む教授とは正反対の気質の国である。


「ユーク獣人帝国か。確か、一回戦でレア嬢が戦った相手がユーク・オライオン。見たところ幻獣王であったようだし、その彼の支配する国ということかな。察するに、あの前説での舌戦の続きといったところか」


 さすが教授だ。話が早い。


「そうだね。正確に言うと舌戦の続きじゃなくて、決定事項を通達してきただけだけど。そうだ。色々あってその獣人帝国も間接的に支配下に置くことになったから、何かあったらフォロー頼むよ」


「……出かけてから1時間ちょっとくらいしか経ってないと思うんだけど、さすがレア様と言うべきなのかな……」









 外からは水晶姫や名無しのハイ・エルフさんの甲高い声と共に、バンブの野太い声が響いてきている。

 訓練はまだ続いているようだ。

 バンブはともかく水晶姫たちはああしているだけでは経験値を稼ぐ事はほとんど出来ないはずだが、よくやるものである。


「……わたしも対黄金龍を見据えてもう少し強化をしておくべきかな」


「いいのではないかな。黄金龍戦はおそらく運営が定めたエンドコンテンツのひとつだろう。準備はどれだけしてもしすぎということはあるまい」


「何他人事みたいに言ってるの? 今度は強制参加だから逃がさないよ」


「私は出来れば頭脳労働担当でいたかったのだがね……」


 闘技大会は申請型だったのでうまく逃げられてしまったが、申請しようとしまいと関係なく巻き込まれる戦乱であればそうはいくまい。


 レアは諦めて紅茶を啜る教授をよそに、自身のスキルを眺めた。

 戦闘用のスキルツリーはほとんどが育てられるだけ育ててある。というか、単純に威力という意味なら魔王特有のものを突き詰めた方が効果が高いため、こと戦闘においては汎用的なスキルはそれほど魅力がない。

 また必殺技枠の事象融合もある。これらを駆使してもどうにも出来ない場合は諦めるしかない。


「……戦闘以外のスキルか。そういえば最近あんまり触ってなかったな……」


「『錬金』ならば私とレア嬢配下のレミー嬢が研究を進めている。効率を考えれば伸ばす生産系スキルはバラけさせておいた方がいい。そちらは敢えて今力を入れなくてもいいと思うよ」


 同じ事が『鍛冶』や『革細工』、『木工』、『裁縫』などでも言えるだろう。スペシャリストのアリたちがいる。

 というか、レアたち上位の幹部に限って言えば装備品を身にまとうより裸で『変態』した方が強い。もちろんうら若き乙女なので、それは最後の手段だが。


 戦闘系でも生産系でもないスキルとなると何があるだろうか。

 いやスキルにこだわらず能力値を上げるという手もある。

 と言っても能力値は少しずつ定期的に上げている。ここまで来ると少々追加で上げたところで体感的にはほとんど変わりがないし、焼け石に水という感じがしなくもない。


「……ゼノビア嬢、何をしているのかね」


「……いや、何か真剣な表情で虚空を見つめてるからさ。対面から見てるんだよ。たまに目が合うんだ」


「たぶんレア嬢が見ているのは別の何かだろうから、厳密に言えば一方通行の視線だろうけどね」


 ゼノビアと教授が何か話している。

 地底王国繋がりだろうか、この2人は意外と仲が良いようだ。


「──あれ?」


 自身のスキルツリーをひとつひとつ眺めながら考え事をしていると、『霊智』のツリーに新たな枝が伸びているのを見つけた。

 以前にはなかった物だ。何らかの条件を満たした事で新スキルがアンロックされたのだろう。

 『霊智』はデータ的に意味がある効果がほとんどなく、情報収集専門のスキルではあるが、『これは祝福であり呪詛である』の取得条件に関わっている疑いもあるスキルである。

 新しい枝が現れたとなると無視はできない。


 とりあえず取得してみようと枝の先を見てみたが、その手が止まった。


「……また文字化けしてるな。いや文字化けじゃないのか? なんだっけこの漢字。エノコログサ? 違うか。やっぱ文字化けか」


 そこには『莠域匱』という、謎のスキルがあった。









「──なるほど。経験値が余っているならとりあえず取得してみればいいのではないかな」


 せっかくいるのだし、と教授に相談してみたところ、そんな答えが返ってきた。

 とりあえずやってみるのが怖かったので自称頭脳労働担当に話を振ってみたのだが、これでは担当失格である。

 頭脳労働で役に立たないのなら黄金龍戦でも前線に放り込んで肉体労働をしてもらうしかない。


「気軽に言うね。別に余ってはいないんだけど。というか、問題は経験値の消費ではなくて取得する事によって受けるデメリットの方かな」


「それは杞憂と言っていいだろう。これまでスキルを取得する事によって、何らかの不利益を被った事があるのかね」


 教授にそう言われて少し考えてみる。

 以前、能力値を伸ばすことによるデメリットについてはライラと話した事がある。しかしあれも本当にそんなデメリットがあるという確証は得られなかった。ただ、あるとしてもメリットの方が大きいだろうから気にする必要はないという結論が出ただけだ。


 スキルはどうだろうか。

 『霊智』系のスキルは大雑把に言えば「特殊なワールドアナウンスが聞こえるようになる」というパッシブスキルなので、その延長であるのならデメリットが発生する事は考えにくい。

 聞きたくない事、見たくない物が感知できるようになってしまうとしても、それが心理的に負担になるような類のものであれば、何らかのフィルタが設けられているはずだ。いや能力値が急激な上昇をした際に受ける高揚感の事を考えると、このゲームに限ってはその手のコンプライアンスは信用できないが。


 また、これに近いもので言うと、今もレアの特性の欄に居座っている赤字の「蛻カ髯占ァ」髯、」がある。

 これが何なのかは未だにわかっていないものの、関連性がないとは思えない。

 あるいはいつの間にかアンロックされていたのも、実はこの特性を得たのと同じタイミングであった可能性もある。以前にアウリカルクムを融合した時は転生の事ばかりに気が取られていて、他のスキルにまで気が回っていなかった。


 仮にこの謎のスキルを取得したとしても、おそらくすぐに使えるようにはならないだろう。文字化け特性が機能していない以上、パッシブスキルであれば同様に機能しない可能性が高い。そしてアクティブスキルだとしたら発動キーを宣言してやる必要がある。何と発音して宣言すればいいのかわからない。

 あの文字化けの特性と係わりがあるとしたら、あの特性の文字化けが直り、正式にオンになれば使用可能になる、のかもしれない。


 結局のところ、今ここではこれ以上わかることはない。

 癪だが、教授の言う通り取得してみなければわからない。取得してもおそらく分からないだろうが、いざ使えるかも知れない時になって慌てて取得するのもどうかといったところだ。その時に経験値が残っているかわからない。

 何しろ、取得に必要な経験値は1000。

 ちょっとした災厄に転生するのに必要な分と同じ数値だ。

 これも癪だが、こんな謎のスキルを取得できるのは確かに教授の言う通り、経験値が余っている今しかないのだ。


「──むう。やっぱり使えないな。説明も見られない。いや見られるけど読めないな。やっぱり文字化けか。エノコログサは関係なかったみたい」


「え。本当に取ったのか。怖いもの知らずだなレア嬢はっがはあ!」


「は? ぶっとばすよ」


「……ぶっ飛ばしてから言うのはやめてもらえないかね……。私はライラ嬢と違ってそこまで頑丈ではないのだ……」


 手加減していたつもりだったが、意識の外から突然殴られた教授は受け身も取れずに瀕死になってしまった。

 そんな教授を回復してやりながら、レアは今後もこういうことがあるならやはり全員にくる身代わり人形を配った方がいいかと考えた。





 以前作っておいたくる身代わり人形の余りを教授とゼノビアに渡し、ついでにバンブの分もテーブルに置くとスキルのチェックを再開した。


 念のため他のスキルも一通り見てみると、『これは祝福であり呪詛である』にも『縺薙≧縺励※莠コ縺ッ螟ゥ縺ォ譏?k』というスキルがアンロックされていた。

 『霊智』のあの謎のスキルを取ったのがトリガーだったのだろうか。それともこれもアウリカルクムを取り込んだのが理由だったのか。

 もっとよく気を付けておけばよかったと思いつつも、今さらどうしようもない。


 ただ『霊智』と違い、『これは祝福であり呪詛である』の取得には注意が必要だ。

 このスキルによって齎される効果は全て不可逆であり、取り返しがつかない。もしメリットよりデメリットの方が大きい内容であったとしたらまずい事になる。


 また他にも気になる事がある。このスキルの文字は黄色だった。

 赤字の特性やスキルは見た事があったが、黄色は初めてだ。

 文字化けしていることから、仮に取得したとしても今すぐどうにかなることはないだろう。しかしそれは、いつ起爆するかわからない爆弾を抱えるという事でもある。


 そして最も重要な問題は、取得に必要な経験値だ。

 『霊智』の謎スキルの1000ポイントが可愛く見えてくる。


「30000か……。インフレしすぎじゃないかなこれ」


 さすがにこの額を出して謎の爆弾を抱え込むだけの余裕はレアにも無かった。






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