第551話「お詫び相殺チョップ」(ブラン視点)





「あれの残骸か……。確かに、残骸の処理には我々も頭を悩ませていた。なにせ殆どが金属で作られているから土に還らぬ。一ヶ所にまとめて置いてあるが、そのエリアも徐々に広がってきておる。これ以上増えるようなら海に投棄するしかないところだった」


 そしてやはり核となっている心臓だけは回収しているようだ。供養しているのかどうかについてはスレイマンは特に何も言わなかった。ライラも聞かなかった。

 というか鎧獣騎に悪魔の心臓とかいう生々しい素材が使われている事自体初めて知った。これまで鎧獣騎が欲しくてたまらなかったが、急に別にそんなこともないような気がしてきた。


 しかし、残骸というか粗大ゴミは一ヶ所にまとめているだけなのか。

 上から見た感じでは、この樹海は東西に広く、南北はさほどでもないようだった。土地に限りがあるのであれば、最初から海に捨てるべきだったのではと思わないでもない。

 そう聞いてみるとスレイマンは首を振った。


「戦場は樹海の南部だ。対して海は北部。いかに我らの樹海が横に広く縦に狭いと言っても、ただ廃棄するためだけに樹海を縦断するのは骨が折れる。それに、海を越えて来たのなら貴様らにもわかるだろう。海には強大な魔物が棲息している。無用なトラブルは起こしたくない」


 海を越えて来たのだがブランにはわからなかった。空を飛んで来たせいだろうか。

 聞けば悪魔は基本的に飛行可能なようなので、海の魔物が気になるなら沖まで飛んでいって空中から投棄すればいいだけのような気もする。

 と、そこでメリサンドと伯爵の試合を思い出した。

 もし海中にメリサンド並の遠距離攻撃が可能な魔物が居た場合、投棄途中で真っ二つにされてしまう恐れがある。

 これは海岸沿いから投棄しても同様の危険を孕んでいると言える。

 そう考えるとスレイマンたちの判断は間違っていない。


「なるほどー。持て余してたんなら全部くれるってことでいいんですかね?」


 しかしブランの言葉にスレイマンは顔を顰めた。いや元々顰めっ面のような造形の竜型の顔だし実のところよくわからないが。


「……あれが邪魔なのは確かなのだがな。使い道がなくとも、あれは我らが人類と戦った際の唯一の戦利品とも言えるものだ。配下の悪魔の中には、自分で倒した敵の残骸の一部をトロフィー代わりに持ち歩いている者もおる。配下たちの心情も考えると、さすがにタダというわけにはな……」


 タダは嫌だという。

 ようやく交渉らしい交渉が始まった。

 こういう時はライラに任せておけばだいたい一方的にこちらが得をする結果になるだろう、と思ってライラを見てみると、目が合った。

 どうする、といった表情だ。

 何をどうするのかわからなかったので、とりあえず頷いておく。

 それを見たライラも頷き。


「わかった。つまり交渉は決裂というわけだね。じゃあ何人か死んでもらって、それから改めて交渉を──」


「何言ってるんですか! ストップ、ちぇい!」


「あいたぁ!」


 ライラの目の辺りに水平チョップを入れて止めた。


 あれだけで交渉決裂とはどういうことなのか。

 ライラは一銭たりとも身銭を切りたくないとでも思っているのか。どれだけ心が狭いのだろう。一銭というのがいくらなのかブランは知らないが。


「あー、えーっと! 今のは冗談です冗談! 蛇女ジョークです! スネークジョーク! 略してスジョーク!」


「……いたた。酢醤油みたいに言わないでよ」


「……ふん。今の殺気を冗談で済ませるつもりか?」


 ブランが必死に取り成したにも関わらず、スレイマンは聞き流してくれなかった。スジョークはお気に召さないらしい。

 スレイマンは戦闘前に突然「しじみ」と呟きはじめるほど海産物が好きなはず。貝類と酢醤油の組み合わせは最高なのだが。


「冗談で済まないとしたらどうするの? たったひとりで──」


 ジェラルディンがさらに圧力をかけた。

 せっかくブランが友好的に行こうと頑張っているのになぜ2人ともそれをわかってくれないのか。

 以前から薄々思ってはいたが、マグナメルムで常識的なのはブランだけなのかもしれない。


 ライラに負けず劣らずの殺気を放ったジェラルディンの言葉は、しかし半ばで止められた。


「──ここにいるのが我ひとりだと?」


 スレイマンがその言葉を発すると同時に、ブランたちの背後に突然たくさんの気配が現れた。

 慌てて振り向くとそこには無数の悪魔たちがいた。いや無数は言い過ぎだった。ホールの広さもある。せいぜい数十人といったところだ。

 いやいや数十人だろうと無数だろうと同じ事である。大勢が突然現れた事に変わりはない。

 『召喚』だろうか。しかしスレイマンはそれらしい挙動をしていなかった。


「なるほど、『隠伏』で伏せていたというわけね……」


 先ほどまでライラが使っていた『範囲隠伏』の個人版だ。悪魔系の種族はこの手のスキルが得意らしい。


「さて。もう貴様らに気を使って話をしてやる必要はないな。言っておくが、貴様らの後ろを固めている我が配下たちは皆「大悪魔」だ。いかに闘技大会上位入賞者とはいえ、これだけの数を相手にしてはただではすむまい。

 貴様たちにはまだまだ聞きたい事がある。大人しくするなら命だけは助けてやろう」


 よく見ると、背後の集団の中には大会でバンブにボコボコにされたシトリーもいた。

 あのレベルの大悪魔が数十人もいるとなるとさすがに無傷で切り抜けるのは難しいかもしれない。

 しかし難しいというだけで、やってやれないこともない。


「お、伏せカードオープンしただけで急にイキっちゃった感じかな。わかるよーその気持ち。でもダメー」


 ライラの軽いセリフが静かなホールに響いた。


「愚かな。そのような虚勢を張ったところで──」


「虚勢だと思うなら、いつまでも能書き垂れてないでさっさと襲ってくればいいじゃない。ただでは済まないんでしょう?」


 なおもライラは挑発する。

 ライラがヘイトを集めてタコられるだけならいいが、これで逆上して襲って来られるとブランやジェラルディンも戦う羽目になり、他人事ではなくなる。

 もうちょっと後先考えて行動してほしいというか、出来れば同行者を気にかけてほしいというか、はっきり言うと常識を身につけてほしい。


 とはいえライラはもういいだけ挑発してしまっているし、すぐにでも攻撃が飛んできてもおかしくない、と考えて身構えてみるも、どうもそんな様子はない。

 暴発しないとは大悪魔はスレイマンの元で強固な統制が敷かれているらしい。

 これは見習うべきところかもしれない。アザレアたちだったら多分『隠伏』解除と同時くらいに一発仕掛けている気がする。やるなと命じていたとしても。


 よく見てみると、シトリーたちの顔は引き攣っていた。

 やはりライラの挑発がやりすぎだったのだ。あんなにも引き攣った顔でピクピクと全身を痙攣させて可哀想に──


 そこまで考えて、ブランは唐突に思い出した。

 この症状は何となく覚えがある。

 そう、つい最近、ブランも同じような目に遭っていた。


「……まさかこれ、麻痺?」


「ブランちゃん大正解!」


 ライラがケタケタと笑う。

 そして地面が細かくひび割れ、盛り上がっていく。

 いや違う。これは地面ではない。地面に這わせられていた、無数の昆布だ。

 いや違う。昆布ではない。これはライラの『邪なる手』だ。


「大悪魔先輩たちには今さら言うまでもないだろうけど、『隠伏』で隠せるのは気配や生命力、魔力だけだよ。その姿まで覆い隠せるわけじゃない。まあだからこそ私たちの背後をとったんだろうけど、悪いけど私、背中にも目がついてるんだよね。正確には背中から生えてる手のひらに、だけどね」


 小山のドーム、その内部のホールは当然ながら薄暗い。

 この暗がりを利用し、ライラは足元に『手』を伸ばしていたらしい。そして地面に這わせた『手』によってホールをくまなく監視していた。

 そこへ気配だけを消した大悪魔たちがのこのこ入ってきたというわけである。

 当然、ホール中を密かに監視していたライラの『邪眼』には丸見えだ。

 そして大悪魔たちが『隠伏』を解除したと同時にロックオンしていた『邪眼』で麻痺を付与したのだ。


 なんということだろう。

 この『邪なる手』はブランが思っていた以上によこしまだった。

 これではスカートの中覗きたい放題である。公共交通機関にはライラ専用車両が必要だ。


「スレイマン君さあ。君が色々話してくれてたのって時間稼ぎでしょ。粗大ゴミの集積所とか海洋投棄とか今説明する必要ないしね。

 それでご希望通り時間は稼げたかな? そして稼いだ時間は有効活用できたかな?」


「き、貴様……!」


 全てライラの手のひらの上だった。

 しまった、早合点してチョップをしてしまった。

 というか、それならそうと言っておいて欲しい。


「えーと、さすがライラさんですね! 信じてましたよ!」


 ブランはローブを股の間に挟みながら言った。ローブの下はパンツスタイルなのでパンツを見られる恐れはないが、何となく気分で。


「……あーあー目が痛いなあ」


 ライラがわざとらしい、棒読みのような抑揚のない声で言う。


「え、えとえと! あれは……あ、操られていたんです!」


 じとり、と『邪眼』で睨まれた。


「嘘です! ごめんなさい!」


 もはやブランの手首は腱鞘炎寸前である。手のひらを返し過ぎて。


「……まあいいけど。どうせ今回の件は最初からブランちゃんへのお詫びだし。

 ──さて、じゃあスレイマン君。話の続きをしようか。ええと、何人か死んでもらってから交渉を再開するって話だったかな。何人がいい?」









 結局、ひとりも死者を出さない代わりにタダで残骸を譲り受ける事で話はまとまった。

 色々あったが、死者は出なかったので友好的な交渉は成功したと言っていいだろう。マグナメルムからの持ち出しもゼロで済んだ。

 ライラのおかげで大成功である。


 交渉において力、戦闘力を持っているのは大前提ではあるが、それだけでは殴り合う事でしかアピールする事が出来ない。

 相手の狙い、隠している手札まで含めて、全てに先手を取って封じることで、無用な戦闘を起こさずとも相手の選択肢を奪う事が出来る。


 今にして思えば、スレイマンがわざわざ新種の魔物についての話をしたのも、すでにホールに侵入し始めていた配下の暴発を防ぐ狙いもあったのだろう。

 ライラもそれに気づいていたからこそ、あの場では穏便な返答に留めておいたのだ。ライラにとっては、相手がなるべく戦力を集めてくれていた方が一網打尽にしやすいからだ。


 ライラが狡猾だったのは、ここで一網打尽にするだけでなく、生かしたまま行動の自由を奪った点にある。

 死んだ相手とは交渉できないし、死んでいる相手をそれ以上殺す事も出来ない。

 今はまだ死んでいないが、いつでも殺せるという事実が重要なのだ。


 友好的な交渉の成功のためには、まずは相手の陣営の生殺与奪の権を握ってやる必要がある。

 今回の事はブランにとっても勉強になった。

 ライラから受け取った「お詫び」は思いの外大きなものになってしまったようだ。




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