第550話「パワハラ疑惑」(ブラン視点)





 見つからないよう、南方大陸に入ってからは高高度を維持して移動する。


 少し飛ぶと、ライラが独りで下に降りていった。

 ライラは大悪魔たちの住処を知っているらしい。

 そのまま上空で待機していると、目的地を確認したライラが戻ってくる。


「あったよ。だいたいこの下くらいかな。ちょっとずれてるけど誤差。

 インディゴちゃんは目立つから、ここからは私たちだけで行ったほうがいいかも。みんな飛べるよね?」


 インディゴを上空に残し、ブランとジェラルディンは全身を霧に変え、ライラの先導で降りていく。

 先頭を飛ぶライラは『迷彩』や『隠伏』で姿を隠しているので分かりづらいが、霧の端を触れさせてやればそこに何かがあることはわかる。ジェラルディンの霧と少し混じってしまうが、なんというか、生身で手のひらが触れ合ったような感覚と言うか、そんな気恥ずかしさを覚えるだけで特に問題はない。


 やがて地上がはっきり見える程度まで降下すると、樹海の中に佇む小山のようなものが見えてきた。


〈あの小山がスレイマンの寝床だよ〉


 少々意外だった。

 あのドラゴンのような身体であるし、一般的な城に住んでいるとは思っていなかったが、もう少し文明的なところに住んでいるものだとばかり考えていた。

 配下であるらしいシトリーとかいう悪魔は普通の人間に近い姿に見えた。

 普通の人間に近い者が山に住むのはちょっと辛いのではないだろうか。上司に合わせて仕方なく山暮らしをしているのだろうか。

 パワハラ問題はゲームの世界の悪魔たちにとっても深刻らしい。


 3人で手を繋ぎ、ライラの『迷彩』と『範囲隠伏』で姿を隠して小山に侵入する。

 効果範囲の関係でブランもジェラルディンもライラと直接手を触れないといけないところは少々ドキドキしたものだが、いずれ忘れるか慣れるかしなければならない事である。その第一歩として我慢した。

 思いの外ライラが何も感じていなかった事については少々釈然としないものを感じた。誰のせいでこんなストレスを感じていると思っているのか。

 この時ブランはレアがいつもライラにイライラしていた理由が少しわかった気がした。多分こういうところだ。


 しばらく石造りの通路を進むと広いホールのような場所に出た。

 するとそこには先日戦ったドラゴンモドキが寝そべっていた。


〈とりあえず友好的に交渉するつもりなら話しかけてみる? 他の大悪魔さんは居ないみたいだし〉


〈え、うーん。そうですね……。他の人が居ないなら、今しかない、ですかね〉


 そういえば他の大悪魔とやらがどのくらいいるのか聞いていなかった。このスレイマン以外にはシトリーしか見たことがない。

 そのシトリーだが、試合ではバンブに攻撃を掠らせることさえできずにやられていた。その事実から考えると、同じ大悪魔でもスレイマン以外は大して強くはないのだろう。

 しかし何十体も現れれば不覚を取る事もあるかもしれない。というか、そんな大人数での乱戦になればとても交渉どころではなくなる。落ち着いて話すためにはある程度、少なくとも半分くらいは数を減らす必要が出てくるだろう。とはいえさすがに死人が出ては友好的な交渉とは言えまい。

 友好的に話し合いをするのなら、本人しかいない今しかない。


 ブランとジェラルディンが頷いたのを確認するとライラはすべての隠蔽を解除した。


「──大悪魔スレイマン、だよね。ちょっとお話が。あ、お邪魔してます」


 ライラが声をかけると、スレイマンはびくりと体を震わせて驚いた。図体の割に気が小さいのだろうか。


「なっ!? 何者だ! いつの間に……!」


「おっと、魔法はやめた方がいい。多分我々には効かないし、せっかくのおうちが壊れてしまうよ」


「なんだと……!? ぬ、き、貴様闘技大会の!」


 スレイマンの視線がブランに向いた。

 ブランは普段、特に何もなければローブのフードは脱いでいる。本当に隠密行動がしたい時は霧に姿を変えるだけだし、顔など『変身』でいくらでも変えられるからだ。

 スレイマンはそのブランの顔を見て闘技大会を思い出したようだ。

 自分を負かした相手であるし、さすがによく覚えていたらしい。


 そしてライラもフードを取ってスレイマンに顔を見せた。


「貴様は……! あの時の!」


 どの時だろう。

 ブランを見た時とはテンションが違うし、闘技大会準優勝者という意味で言っているわけではないのはわかる。

 そういえばライラは、もし自分の顔を覚えているなら友好的には出来ないかも、とか言っていた。その時かもしれない。また何かしたのか。


「おっと。覚えていたのか。久しぶり」


「……ちょうどよい。貴様には聞きたいことがたくさんある」


 一瞬険悪な雰囲気かとも思ったが、聞きたいことがあるという事は会話をする意思があるという事である。

 思っていたより仲がいいのかもしれない。

 ブランは安心して緊張を解いた。


「……手を握っているからブランさんの反応がだいたい分かるのだけれど、多分間違っていると思うわよ」









「まずは貴様のその肌の色だ。その色は魔族の色だな? 貴様とベルタサレナの関係は何だ」


 いきなり知らない女の名前が出てきた。女の名前かどうかわからないが、響きは女っぽい。

 となるともしや、スレイマンはそのベルタサレナという女を巡ってライラとただれたライバル関係にあるという事だろうか。

 なるほど、それならば友好的に接する事が難しいというのも、会話が必要なのも頷ける。


「……今のを聞いただけで頷いている時点で多分違うと思うわよ。ていうかブランさんは何がわかったの……? そもそもベルタサレナって誰よ」


「ベルタサレナとはこの世界の、そうだな、秩序を破壊しようとしていた狂った研究者だ」


「あら聞こえていたの。秩序を破壊ね……。秩序なんて誰かがわざわざ作らなければ生まれないものだし、世界全体で当てはめるようなものでもないと思うのだけれど」


「そういうぬるい話ではなく、世界の理というか、そうした根源的なものだ」


「……ちょっと貴女が何言ってるのかよくわからないわ」


「そうだな。おそらくそれはベルタサレナ本人にしかわからぬ事であったのだろうな……」


 明らかに話が噛み合っていないのに、スレイマンは一方的にわかったような事を言っている。それに対してジェラルディンも困惑しているようだ。

 しかしブランはそれ以上に困惑していた。

 昼ドラ展開はいつ出てくるのか。


「ベルタサレナ女史は神を殺そうとしていたんだよ。まあ本人もその神が何なのかはわかってなかったっぽいけどね。ちなみに私も知らない。

 あとベルタサレナと私の関係だけど、協力者って言うのが一番近いかな。ほんの一時の話だけど」


「神殺し? 神なんておとぎ話じゃない。まさか今もどこかに存在しているの?」


「存在してたんじゃない? 彼女の中にはね。ていうか、神が出てくるおとぎ話なんてあるのか。今度その話聞かせてよジェリィさん」


 大悪魔スレイマンと謎の女ベルタサレナと三角関係のもつれで揉めていたと思ったらもうジェラルディンとデートの約束をしていた。

 そういうところだぞライラさん、とブランは思った。


「協力者か……。それは人類の街であの黄金の怪物を生み出すための協力という意味か?」


 スレイマンの雰囲気が剣呑なものを帯びた。

 しかしライラはどこ吹く風で受け流し、飄々と答える。


「いや、あれは私も想定外だった。まあ結果的に得したからよかったけどね。ついでに言うと、君たち大悪魔に敵対するつもりはないよ」


「……我が配下シトリーが貴様を初めて確認した頃から、この樹海で謎の魔物が繁殖するようになった。あれも貴様の差し金ではあるまいな」


「私は元々この大陸に住んでたわけじゃないからね。この樹海の生態系なんて知ってるわけないでしょ。どれが新しくてどれが古いかなんて見分けつかないよ」


 ライラとの付き合いもなんだかんだでもう長い。ブランには何となくわかった。

 これは嘘だ。

 いや、正確には嘘ではない。

 今ライラが言ったのは「この大陸に住んでいたわけではない」という事と「この樹海の生態系など知らない」という事だけであり、これらは両方真実だろう。

 しかしそれは「新たに現れるようになった魔物について無関係である」事を証明するわけではない。

 断言しないという事はその魔物はライラにとって心当たりがあり、そしておそらくライラの差し金なのだろう。


 もちろんこれを指摘しても誰も得をしないため黙っていた。

 スレイマンにとっても、忌々しげなあの言い方からすると、ここで真実が明らかになればおそらく退くことが出来なくなるのだ。

 そうなれば全面的に争うことになり、ライラとブラン、ジェラルディンが全力でそれに抵抗すれば、この小山など樹海ごと灰燼にす。

 闘技大会で自分を負かしたブランと、そのブランを、まあ一応は下したライラがいる以上、敵対するのが愚かな選択であることはわかっているはずだ。

 であれば今の質問は、ある意味では否定してもらいたくて投げかけたと言っても過言ではないかもしれない。

 しかしだとすると何故わざわざ聞いたのか。


「で、他に聞きたいことは? こっちは実は今日はお願いがあって来ているからね。聞きたいことがあるなら何でも答えてあげるよ。答えられる事限定だけど」


 スレイマンは少し考え、次の質問をした。


「貴様によく似た白い奴、あれは貴様とどういう関係だ」


「レアちゃん、セプテムのことかな? 妹だよ。ちなみに、敵対する気がないというのは妹や他のメンバーも含めて、私たち全員の総意と思ってもらってもいいよ。どうせ次の質問はそれでしょ」


 それを聞くとスレイマンはホッとしたように息をつき、直ぐに舌打ちした。

 なぜライラはいちいち相手の神経を逆撫でするような言い方をするのか。


「……では、ここへ来た目的は何だ。我々へのお願いとは何だ」


「前回来た時ちょろっと目にしたんだけど、人間どもが使ってる悪魔に似た金属の塊、破壊した後回収してたよね。多分核に使われてる心臓の供養とかそんな目的だと思うんだけど、その残骸が残ってたら貰えないかなって」







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