第549話「いいとこ連れてってあげる」(ブラン視点)





 レアは『召喚』でどこかに飛んでいき、バンブは庭園に汗を流しに行ってしまった。

 

 なんとなく心細くなり、ブランはメリサンドの隣の席に移動した。

 その気持ちはメリサンドも同じだったようで、移動してきたブランに椅子を寄せてきた。


「──もー。よそよそしいなあブランちゃんもメリーちゃんも」


「ちょい待てい! お主そんな呼び方じゃったか!?」


「いや、だってもう私たちあれじゃん? 拳を交わしあった仲じゃん? ああいうのって距離が縮まるイベントとかなんじゃないの? だからこの機会にと思ってさ」


「頭沸いとんのか!」


 そのやりとりが何となくおかしく、ブランはつい笑ってしまった。


「──やっと、笑ってくれたねブランちゃん」


 見るとライラが優しげな目でブランを見ていた。

 不思議とさっきまでのゾワゾワする感覚は無くなっていた。


「誤解しないでほしいんだけど、私は別にブランちゃんを性的な目で見ているわけじゃないよ。私はただ、幼気なレアちゃんの身体を触ってみたかっただけなの」


「いや、そこは誤解してないんですけどっていうか、後半が誤解だったら良かったんですけど」


「うん。何かごめんね。もうあんな事言わないから」


 ライラが目を伏せる。

 本当に申し訳無い、という思いが伝わってくる。


「あんな事、ってなんじゃ? ブラン、何ぞ言われたのか?」


「……ドールズに変身してコスプレしてって」


「そういうとこじゃぞお主! レアに言い付けるぞ!」


「だからもう言わないって!」


「ちなみに私も同じ内容の取引を持ちかけられたけれど、ちゃんと断ったわよ」


 ライラはジェラルディンにも言っていたらしい。

 思っていたより本気度が高くてさらにちょっと引いてしまった。


「まあまあ。とりあえずお詫びと言っては何だけど、ほら、お菓子だよ! ジュースもあるよ!」


 テーブルにライラのインベントリから次々とケーキやタルトが出てくる。

 ジュースはミックスジュースのようだ。何の果物のミックスなのかはわからないが、甘い匂いがふんわりと広がった。


「ほー。うまそうじゃの。レアがおるときに出せば好感度とやらも上がったじゃろうに」


「今さらお菓子を出したところで小数点以下くらいしか上がらないからね。それにブランちゃんたちへのお詫びのお菓子をレアちゃんのいる前で出すわけにはいかないし」


 出されたお菓子を皆が思い思いに手にとった。


「何のバフも乗ってないってことは、スキルなしで作ったのかこれ。意外と器用だね」


「なんで君まで食べてるの? これはお詫びなんだから、君にくれてやる義理はないんだけど」


 ゼノビアを睨むライラ。


「こんなに食べ切れないでしょ。別にいいじゃないか。ケチくさいな。それより、お菓子のクオリティはともかく、お詫びってこれだけなの? 何かもっと他に、形として残るものとかはないの?」


「だから、君にそんな事を言われる筋合いはない」


「あら、私はいいけれど、確かに直接的に被害にあったブランさんにはもう少し何かあってもいいかもしれないわね」


 ジェラルディンの援護もあり、ライラは仏頂面で黙り込んだ。


「ブランは他にこやつに何かして欲しい事はないのかの?」


 ブランとしてはもういいというか、正直言って早く忘れたいところであったが、そうするために形式上お詫びが必要だと言うならそれも仕方がない。


 しかしライラにして欲しい事と言われても特にない。

 勢力としてのライラやオーラル王国に出来る事となると他の誰かにも出来る事ばかりだし、個人としてのライラにしか出来ない事となるとろくな内容が思いつかない。


「そうだ。私から提案するのもあれだけど、ブランちゃん大会の時さ、バーガンディだっけ? あの骨ギドラ強化したいとか言ってなかった?」


「……言ってましたねそういえば」


 バーガンディ本人──本竜? 本骨?──からもそういう嘆願が来ている。

 自分の偽物がどうとか言っていたのはよく意味がわからなかったが。

 そういえば、配下が言っている意味がわからないという事でライラにも相談した気がする。あの時はまだ、ライラとは屈託なく接することが出来ていた。


「バーガンディ君の偽物って鎧獣騎の事だよ多分。だからってわけじゃないけど、もしかしたら強化素材として使えるかもしれないから、残骸とか色々混ぜてみたらいいんじゃない?」


「残骸なんて持ってるんですか?」


「持ってはいないけど、たくさんあるだろう場所なら知ってるよ。連れてってあげるよ」


「……いや、何か言い方が胡散臭いんじゃが」


 確かに、急に「おじさんがいいとこ連れてってあげるよ」とか言われたら事案発生である。通報されても文句は言えない。


「失敬だな。もうしないって言ってるでしょ」


「そうね。心配だし、私が付いていくわ」


 ジェラルディンが手を挙げた。

 別にライラと2人きりでそこまで不安だということもないが、ジェラルディンが心配して付いてきてくれるというのは純粋に嬉しい。


「……別にいいけど。やましいこともないし」


「ならそんな不満げな顔をするでないわ。不安になるわ」


 そういうことで、ブラン、ライラ、ジェラルディンの3名で出かける事になった。


「──ああ教授。テーブルの上片付けといて。ゼノビアも」


「なぜ我々が」


「タダでお菓子食べたでしょ。そのくらいしておいてよ」


「それで、どこに向かうんですか?」


「南方大陸だよ。鎧獣騎はまだ他の地域にあんまり広まってないしね」









 インディゴを呼び、ライラとジェラルディンを乗せて中央大陸から南下する。

 ライラは『召喚』で移動できるそうだが、ブランとジェラルディンはそうはいかない。


 途中、元ポートリー王国の南部の樹海を通りかかった。

 樹海には数本の道が出来ており、荷車を引くモンスターの姿が見えた。道がどこに続いているのかと眺めていたら、樹海の先の入り江だった。

 入り江には船が停泊しており、その船に魔物たちが乗り込んでいるところだった。

 バンブが言っていたMPCが作った港というのがあれのことだろう。もう稼働しているようだ。


 そこからさらに海を越え、南方大陸まで飛んでいく。

 やがて見えてきた南方大陸は木々に覆われていた。ポートリーの樹海に似た植生だ。

 これが悪魔たちの住まう樹海だろう。

 この樹海を支配している大悪魔のボスが、ブランが闘技大会で戦った偽ドラゴンだ。


「──さて。どうしようかな。友好的に行く? それとも強奪する? どっちでもいいよ、ブランちゃんの好きな方で」


「あ、大悪魔さんたちが持ってるんですか? 鎧獣騎の残骸って」


「うん。前に来た時、回収してる悪魔たちが居たからね。捨てるにしても何にしても、どこかで保管はしてるはず。人類が管理している鎧獣騎は壊れたら直すだろうし、残骸が一番多いのは戦場漁りをしてる悪魔たちだと思うよ」


「うーん……。ライラさんはどっちがいいと思いますか?」


「強奪かな。私の顔を覚えてるかどうかは知らないけど、友好的に接してくれるかどうか微妙だし」


「それを言ったらわたしも大会で親分倒しちゃったんですが……」


「まあ大会はノーカンでしょう。倒されたくないなら出なければよかっただけの話だし」


 少し考えてみる。

 仮に強奪する場合、あまり激しい抵抗を受けるようだと反撃しなければならない。

 ここにいるのは乗り物代わりのインディゴも含め、大災厄と言っていいキャラクターが4名だ。派手に反撃してしまうと悪魔たちが滅んでしまう恐れがある。

 南方大陸は確か、悪魔と人類と獣人が長らく戦争をしている地域だったはずだ。

 ここで悪魔勢力が滅びるか、そこまでいかないにしても大きな被害を受けてしまったりすると、その勢力図に影響が出る恐れがある。

 悪魔たちの勢力が弱まれば、隣接している人類が樹海に進出してくることになるだろう。それによって人類が勢いを増せば、獣人帝国にとって不利な状況になる。


 南方大陸に進出しているプレイヤーたちをサポートするという意味ならそれもありかもしれないが、その結果獣人帝国の被害が大きくなるのはどうなのか。

 大会で見たゴリライオンとかいう幻獣王の強さなら、人類勢力がいかに強大になろうとも独りで何とかしてしまえそうではあるが、いざ黄金龍が復活し、世界中に端末が現れるなどという事態になったらそれではまずい気もする。


「……友好的に行きましょう」


「オッケー。じゃあそれで。ちなみにだけど、最終的に相手が生きてさえいれば友好的の範疇でいいよね」


「うーん。まあいいと思います多分」


「いや良くはないでしょ……」


 死ななきゃ安い、とか誰かに聞いたような覚えがある。

 どうもライラは以前、悪魔たちとは友好的に接してもらえなくなるような何かをしたような言い方をしていたし、相手が殴ってくるのであれば多少の暴力は致し方ない。


 それだったら強奪でも変わらないのでは、と思わないでもないが、何事も心構えの問題だ。

 勝った方が正しいのである。

 ブランたちが勝ち、あれは友好的な交渉だったと言えばそうなるのだ。





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