第539話「最初から剥けてるから大丈夫」(バンブ視点)
ここはさすがにノーダメージで切り抜けるのは難しい。
バンブはそう考えていた。
それまでの対戦相手は明らかな格下か、不明であるにしても人型ではあったので、バンブもなんとか被弾せずに勝利を収める事が出来ていた。
大きく格が違えばダメージを受けることなどないし、人型同士の戦闘であれば我流とはいえそれなりの場数は踏んでいるという自負もある。
相手がレアやライラ、あるいは水晶姫のような「素人ではない者」でもなければ軽くあしらう事も出来た。
ただ、対シトリー戦に限ってはこれも危ういところではあった。
というのも、大悪魔シトリーはどうやら「変態」を持っているようであり、そのため人型に見えても本性は違っている可能性があったからだ。
ゆえに単純に対人戦闘技術が通用するかが微妙なラインであり、シトリーにいかに変態スキルを使わせないよう立ち回るかというのも難題ではあった。
ともかく、そういった純粋な難易度以外での苦労もあったものの、結果としてバンブはこれまでうまくやれていた。
しかし、それももう終わりだろう。
なにせ、次の相手はレアの肝煎り、双頭竜ウロボロスのユーベルである。
その圧倒的な攻撃力の高さと攻撃範囲の広さは前回の鎧獣騎士団との戦いでも明らかになっている。サイズ差補正で命中率が低いとかの問題ではない。
バンブが身につけている包帯など、かすっただけで
「……しゃあねえな。余計なモンは置いていくか」
***
「あれ? ラルバ君ローブ着てないね」
「ちっ。なるほどね」
「何がなるほどなの?」
「あえて最初から自分で皮を剥いてきたことで、緑色の皮と赤色の実ってイメージを印象付けないようにしたってことだよ」
「……皮ってローブの事? でもラルヴァが緑のローブを着てるのはもうバレてるよね」
「情報としてはそれを知っていても、実際に組み合わせを目にしないとピンとこないものだよ。まあしょうがない。あの様子だとこの試合に勝ったとしても準決勝もローブは脱いで来るだろうし、公開処刑は無理だな……」
「……オクトーさんが何を悔しがってるのかわかんない件」
「……わたしも。何が言いたいんだろ」
《──それでは、闘技大会本戦! 三回戦、【マグナメルム・ラルヴァ】VS【ユーベル】! 試合開始!》
***
試合開始と同時にバンブは上半身を覆う包帯を破り捨てた。
ローブも置いてきているし、データ的に大して意味のない包帯も最初から置いてきてもよかったのだが、後で巻くのも面倒だった。この試合用エリアに入ってから包帯を取ってやれば、ここから出た時は入る前の、包帯を巻いた状態に戻るはずである。巻き直す手間が省ける。
またSNSを見る限りではバンブは「ミイラ男」か「兄貴」としてしか呼ばれていないようだった。兄貴はよくわからないが、ミイラ男というイメージが強いなら包帯は巻いたまま試合に出たほうが観客もわかりやすいだろう。
登場時から赤い肌を晒し、緑のローブだった者が赤い肌になったという連想を即座にさせるのもリスクが高いと考えた事もある。間に白い包帯姿を挟んでおけば、余計な野菜だか果物だかを連想する者もそういまい。
対戦相手のユーベルはといえば、バンブが包帯を破っている間に空高く上昇していた。
バンブは今や魔法攻撃力も相当なものだが、どちらかと言えば近接攻撃の方が得意である。そんなバンブに対して距離を取ろうというのは間違った判断ではない。
どのみち、ユーベルの『死の咆哮』ではバンブの抵抗を抜くのは難しいし、撃つだけコストの無駄だ。そもそも、元がアンデッドであるバンブには即死耐性もある。完全に防げるわけではないが、即死系の攻撃が効きにくい事は間違いない。
レアが事象融合で『
バンブが包帯をすべて排除しそこらに投げ捨てた頃、上空のユーベルは両の頭部の顎を大きく開いていた。
「ブレスか。だが……『解放:三面六臂』!」
久々に肌を晒したバンブの肩から新たに二対の腕が生え、側頭部にも顔が現れる。
「ここは最初から全力、速攻でいかせてもらうぜ」
ユーベルの両顎から、それぞれ禍々しい波動が放たれた。
禍々しさは同等だが微妙に色合いが異なっている。
どちらかが猛毒でどちらかが疫病だろう。
もとより食らってやるつもりがないバンブにとってはどっちがどっちでもどうでもいいが。
「ハッ! 『縮地』!」「『縮地』!」「『縮地』!」
「事象融合、『神出鬼没』!」
発動した瞬間、バンブの姿がかき消える。
『神出鬼没』は『縮地』を複数重ねる事で発動可能となる、事象融合専用のスキルだ。魔法と武技という違いはあれど、レアがよく放っている『
直接的にダメージを与えるタイプのスキルではないため、ひとくくりにしていいものかどうかは議論の余地があるし、「『天変地異』をよく放っている」というのもなかなか頭のおかしい話ではあるが。
『神出鬼没』は『縮地』をいくつ重ねたかによって少々効果が変わる。
ふたつであれば、『縮地』で移動できる範囲内に瞬間移動できるという効果だ。これは縮地と違って妨害されることはないし、それはつまり障害物があったとしても関係なく移動が可能であることを表している。
そしてみっつ重ねる事で移動距離が大幅に伸びる。元々の『縮地』の移動範囲を越え、かなり遠くまで瞬間移動が可能になるのだ。クールタイムが長いので具体的な距離の計測は出来ていないが、今ユーベルがいるあたりに移動するくらいは造作もない。
──グオオ!?
突然真横に現れたバンブに驚き、ユーベルがブレスを途切れさせた。
しかしすぐに気を取り直し、改めてバンブを睨みつけ、口を開ける。
「──遅えぜ!」
その頃にはもうバンブは『天駆』で空を蹴り、ユーベルの背後に回り込んでいた。
「『マッシヴインパクト』六連!」
6つの手のひらから連続で掌底を放つ。事象融合ではなく、単に6発連続で打ち込んだだけだ。本来であればクールタイムがあるため連続発動は出来ないが、『連撃』というスキルがあればクールタイムを後払いにする事もできる。いくつのスキルをツケに回せるかは『連撃』の成長度によるが、今のバンブであれば10個までのスキルは無呼吸で連打可能だ。
災厄級が至近距離で放つ範囲攻撃、その六連撃を背中からまともに受けたユーベルは地上に叩き落とされた。
墜ちたウロボロスはもがきながら立ち上がろうとするがなかなかうまくいかない。
落下ダメージを軽減しようと反射的に両手両脚で受け身を取ったことで、総ダメージこそ軽減出来たらしいが四肢は使い物にならないほどひしゃげてしまったようだ。しかもバンブの攻撃により3対の全ての翼もボロボロになっている。
つまり、大地に叩き落とされたユーベルは『再生』で部位破壊が治るまでは『飛翔』も『天駆』も使えないのだ。立って歩く事も出来ない。
「そう、てめえはしばらく動けねえってわけだ!」
叩き落としたユーベルの後を追い、バンブも『天駆』で空を駆け地上へ移動する。
それを見ていたユーベルにとってはさながら『縮地』のごとき速さであったろう。そのくらいの速度は出していた自信がある。
しかしバンブは事象融合の影響で『縮地』はしばらく使えない。少なくともこの戦闘中にクールタイムが明ける事はない。
一瞬に近い速度で地上に降り立ったバンブは、巨大なユーべルを前に目を閉じ、ほんの刹那だが精神統一をした。
それに対してユーベルも苦し紛れにブレスを撃とうと鎌首をもたげる。
だが発射にまでは至らない。
それよりもバンブの準備が整う方が早かったからだ。
バンブは全ての目を見開き、3つの必殺技クラスのスキルを同時に発動する。
「──事象融合、『
*
《──試合終了です! 勝者、【マグナメルム・ラルヴァ】! ご観覧の皆さま、素晴らしい戦いを見せてくれた両選手に拍手を!》
***
「……結局ノーダメージじゃない? ローブ着てけばよかったんじゃ」
「いや、あれは最初から全力だったからこその圧倒じゃないかな。最初から三面六臂をオンにしていなかったら、序盤はユーベルちゃんに押し負けてたかもしれないし」
「ところでユーベル君ってオスなの? メスなの?」
「知らない。本人に聞いてみたら?」
ライラとブランがどうでもいい話をしていたが適当にあしらった。
そんなことよりレアは今の試合で考えるべき事がある。
バンブが一瞬で移動していたように見えた事だ。
試合の様子がよく見えるよう、観戦エリアには運営による謎の知覚系バフがかけられているのは知っている。
その状態であってもまったく見えなかったという事は、あれは速度に依存しない真の瞬間移動だったという事になる。
バンブがそうした手札を持っている事実がわかったのは僥倖だった。
対処できるかどうかは別として、知っているのと知らないのでは状況は大いに違ってくる。
これは最後の『死の舞踏』もそうだ。
あの連撃技の最中も、バンブはユーベルに対して色々な角度から攻撃していた。
そして位置取りの変更は一瞬だった。
相手が同サイズの人型であればそれほど気にならなかったかもしれないが、ユーベルが巨大だからこそ違和感があった。あれも一種の瞬間移動だろう。技の中に移動も含まれていると言うべきかもしれない。
なかなか壊れた性能の技だ。
そう簡単に対処出来る攻撃ではない。
「……冷静に考えると事象融合ってむちゃくちゃだな。ずるいな」
「なんかセプテムちゃんが急に反省し始めた!?」
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