第538話「サレンダー」





 回を追うごとに、レアの為に述べられる前説は短くなっていく傾向にあった。

 大抵の試合で結果的にワンパンなのだから当然とも言える。

 対戦相手には善戦させていると言おうか、色々とやりたい事をやらせてやっているのでそちら側の情報ならあるのだろうが、レアの情報は少ない。

 まさか「これこれこういう形で善戦した対戦相手をあっさり葬った」のような紹介をするわけにはいくまい。だからだろう。


 それに対しこの三回戦の対戦相手、【姫とエルフと下僕たち】の前説は長かった。

 それはこれまで彼女たちが、それだけ死力を尽くして戦い、そして勝ってきたことの証明でもある。

 いくつかの試合はレアも見ていたが、確かにどれも実力は拮抗しているように見え、見ごたえのあるものだった。


 特にリーダーの水晶姫だ。


 あの少女は「戦いを魅せる」事に慣れている、ように見えた。

 単に綺麗に戦うというだけではない。どうすれば観客が湧くのか、という事も含めてだ。

 そしてそのためならば突飛な行動も辞さない。

 狙ってやっているのか、それとも天然なのかまではわからなかったが。


 ゲームアバターの超常能力ゆえか、もはや原型さえもとどめてはいないが、レアも見知っている古武術の流派の薫陶を受けた者だろう。アクティブスキル以外の足運びに見覚えがあった。

 古武術を源泉に持つ流派の中には、生き残りをかけてショービジネスに舵を切っているものもいくらかある。そのうちのひとつだっただろうか。

 あまり他流派には詳しくないのでよくわからない。


 しかしレアがよく知らないからと言って、相手もそうだとは限らない。

 直接拳を交えれば、そこから何かを読み取られてしまう事もある。

 実際に戦ったバンブの話では、彼女は妙な直感力も持っているとのことだった。


 であれば下手に近付かず、射程外から遠距離攻撃で仕留めた方が良いだろう。


「──だから、ここで貴女は私たちが倒すわ!」


 考え事をしていたせいであまり聞いていなかったが、何か所信表明をしていたらしい。

 何か答えようかとも思ったが、何を言っていたのか聞いていなかったため余計な事を言うのはやめておいた。





《──それでは、闘技大会本戦! 三回戦、【マグナメルム・セプテム】VS【姫とエルフと下僕たち】! 試合開始!》









 宣言と同時にレアは大地を蹴り、高く跳んだ。

 そしてそのまま『天駆』を発動し、空中に立つ。


「ああっ! ずるいわよ! しょうがない──」


 水晶姫が駆け寄り、レアを見上げて騒ぐ。

 そしてすぐに辺りを見渡した。

 バーガンディ戦の事を思えば、あれは”弾”を探しているのだろう。人間砲弾の。

 もちろん仲間たちもそれに気付き、一斉に水晶姫から距離を取った。


 動かなかったのは油断なくレアを睨みつけているハイ・エルフの女だけだ。たしか、名無しのエルフさんとか言っただろうか。かつてラコリーヌの森でクィーンアラクネアの試運転に付き合ってもらった覚えがある。

 ところで、耳の長さからすると彼女は今は転生しているようだが、名無しのハイ・エルフさんに変わっているのだろうか。いや、リネーム出来るのかどうかは調べてないので知らないが。


 水晶姫は名無しのハイ・エルフさんを見て迷うような素振そぶりを見せたが、すぐに首を振って別のプレイヤーに視線を移した。

 そして名無しのハイ・エルフさんは、水晶姫が自分を見て迷った事に戦慄を覚えたらしく、顔色が変わっていた。まさか弾が無いからといって、一瞬でも魔法職を飛ばそうと考えるとは思いもしなかったという顔だ。


「──あ、マリ狼! 貴女に決めた!」


「決めるな姫! 早まらないで! あっ」


 マリ狼とかいうプレイヤーは目が合った水晶姫から逃げようとしたが、その場から動かない。


「う、動けない!? なんで!? うそ! 姫なんかしたの!?」


「何もしてないわよ! けど動けないなら好都合! 今すぐ捕まえて──あら?」


 そして水晶姫も動かない。


「ぐぬぬぬぬ! 私も動けない! なんで!?」


 あの人間砲弾をバーガンディ戦で見せておいて、そのままやらせてもらえると思っている方がおかしい。まともな神経を持った者なら妨害するに決まっている。

 それは砲弾にされる方もそうだろうが、撃ち込まれる方も同じだ。


「──悪いけど、君たちは拘束させてもらった。仲間を投げ飛ばすなんてどうかしているよ。やめた方がいいよそういうの」


 上空で静止したままのレアの指先から、きらりと数本の線が光った。

 糸である。

 言われなければ気付かないほど細い、まさに蜘蛛糸のようなものが水晶姫とマリ狼に向かって何本も伸ばされていた。

 これで2人を拘束したのだ。


「くっ! こんなことまで出来るなんて……!」


 この極細の糸による拘束は、NPCなら気が付く者も多いが、プレイヤーでは気付かない者の方が多い。

 同じプレイヤーでも、例えばライラならすぐに気付いたがブランは気付かなかった。またバンブは気付いたが教授は気付かなかった。


 それらの事実から考察するに、おそらく能力値がどうとかいう話ではなくこれは設定の問題だ。

 痛覚をどれだけシビアにフィードバックする設定にしているか、だろう。

 痛覚は触覚に密接に関係しているので、分離して管理するのは難しい。このゲームはよくやっている方だが、それでもわずかな違和感は痛覚を鈍化させると感じられなくなってしまう。


 水晶姫はおそらく武にゆかりのあるプレイヤーだが、遊びで痛みを覚えるのは嫌だという事なのだろう。当然と言えば当然の考えだ。

 レアは遊びであるからこそ真剣に取り組むべきだという考えだが、人生におけるゆとりである遊びでストレスを受けるのは避けるべきだという考えもわからないではない。


 もちろん、拘束して一度「糸」を意識してしまえばそれは本人にとっても明らかな違和感となるようだが、初めに気が付くまでの時間差は大きい。


「『ブレイズランス』!」


 名無しのハイ・エルフさんから『火魔法』が飛んできた。ただし、レアを狙ったものではない。

 炎の槍は水晶姫の頭上を通り過ぎていく。糸を焼き切ろうというのだろう。彼女には糸が見えたらしい。

 ここでマリ狼ではなく水晶姫を狙ったところが名無しのハイ・エルフさんが油断ならない人物である事を物語っている。

 水晶姫が先に自由になれば、動けないマリ狼を砲弾にしてレアに投げつける事も出来るからだ。


 だがそれも糸を切る事が出来ればの話だ。この糸にもアダマスの性質を付与してある。ただの蜘蛛糸ならば火に弱かったかもしれないが、アダマスならば炎属性だからと言って特に効果が高いわけではない。


「──く、ごめんみんな! 私が動ければ、マリ狼を撃ち出して状況を打開できたのに!」


「姫が動けなくてよかった! いや何もよくないなこれ!」


 マリ狼が混乱している。


「……そうだね。確かにきみたちにとって状況は良くない。『斬糸』」


「──あぱっ」


 そんなマリ狼を縛る糸に斬属性を付与し、軽く引っ張る事でバラバラに切り裂いた。


「ま、マリ狼が一瞬でサイコロに!?」


 サイコロというのはサイコロステーキの事なのか、それともグロフィルターを通して見える四角いポリゴンの事なのか。どちらでもいいが。


 もう少し硬いかと考えていたが、遺跡の扉と大差なかった。

 装備もそう強固なものではなかったようだ。軽戦士だからか、見た目重視の装備だからか、それはわからない。


 そして軽装なのはもう一方の手に縛られている水晶姫も同様だ。


「次は──」


「『シャインランス』!」


 それはさせじと名無しのハイ・エルフさんが速度に定評のある『光魔法』を撃ってきた。

 これはさすがに回避が難しいが、食らったところで大したダメージは無い。そもそも単体魔法だし、この程度なら『魔の盾』が抜かれることもない。


 この試合でいくら『魔の盾』を消耗したとしても試合が終われば元通りなのは嬉しい仕様だった。

 本来バフやデバフも試合開始後でなければ使えないが、直接能力値を上下するわけではないからか『魔の盾』はバフには分類されないようで、発動したまま試合に参加する事が出来ていた。

 もし大会に次があるならこれは修正されるかもしれない。


 しかしレアを狙ったという事は、水晶姫を縛る糸をどうにかするのは諦めたという事だろう。

 あるいは水晶姫には大人しくしてもらっておいたほうがいいという判断なのか。


 いずれにしても、レアとしても動物的に勘の鋭い水晶姫とまともに戦うつもりはない。


「『斬糸』」


「ああっ!? 姫までサイコロに!」


 そして魔法一発程度ではレアの行動を阻害する事は出来ない。


「よし。このまま全員、糸でバラバラに──」


「──降参しまあーす! すんません! これ無理です!」





《──試合終了です! 勝者、【マグナメルム・セプテム】! ご観覧の皆さま、素晴らしい戦いを見せてくれた両選手に拍手を!》





「……サレンダーってありなのか。知らなかった」






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