第540話「今より3分間はオペレーターを増員して戦います」(ブラン視点)
「ドラゴン、じゃないんだっけ。ドラゴンっぽく見えるけど、そう見えるだけのただの怪人枠だってオクトーさん言ってた気がする!」
「……戦闘前にまずは挑発というわけか。長く大陸を支配しているという真祖吸血鬼にしては姑息なことよな。それとも、その姑息さこそが長生きの秘訣というわけかな」
ブランとしてはただの事実確認のつもりの発言だったのだが、何やら曲解して受け取られた。しかも相手は根本的な勘違いをしているようだ。
長く大陸を支配しているとか心当たりがまったくないが、これはもしかしてブランをジェラルディンと間違えているのか。
曲解して悪い方向に受け止めたスレイマンはブランの言葉を不快に思い、そしておそらくは煽り返されたのだろう。
しかし最終的に「長生きの秘訣」という、ブランにとっては健康食品のCMじみたイメージの言葉で締めくくられたせいで、なんとなく平日昼間のサスペンスドラマ再放送枠のような、不思議な郷愁を感じてしまっていた。
ブランの脳裏に、健康食品のやたらと長いCMがリフレインする。
「……ふむ。言い返さぬか。
盤外戦はこちらの一勝、とみてよいのかな。あまりアドバンテージが取れたようにも思えぬが。しかし反撃できる精神状態であるにもかかわらずみすみすチャンスを逃すというのも考えにくいな。何を考えている、真祖よ」
「え? しじみチャンス?」
「は? ……しじみ? 貝のしじみか? ……なぜ今貝の話を?」
《──それでは、闘技大会本戦! 三回戦、【マグナメルム・ノウェム】VS【スレイマン】! 試合開始!》
*
「ちっ! 始まったか! 先ほどのはこちらを惑わす戯言か? 平常心を失わせようという心算であったか!」
対戦相手、スレイマンは巨大な両手を広げて構えた。そのポーズからすると近接攻撃ではないだろう。魔法か何かを放とうとしていると思われる。
ブランとしては急にやってもいない事についてなじられたようで気分が悪いが、試合が始まり、相手も即座に戦闘態勢を取ってしまっている以上対応せざるを得ない。
結局何の話をしていたのかは気になるが、その続きはまたの機会にするしかない。
「燃え尽きろ! 『ヘルフレイム』!」
スレイマンが叫ぶと、ブランを中心に地獄の炎が燃え上がった。
初手で『火魔法』を選択して来たのはブランが真祖吸血鬼であると知っているからだろう。
『水魔法』や『地魔法』、あるいはドラゴンの体躯を活かした物理攻撃などをしかけてきていたら『霧散化』で逃げ、ノーダメージでやり過ごすつもりだった。
だが『火魔法』であれば甘んじて受けるしかない。
爆心地はブランであり、範囲攻撃でもあるため回避は難しい。『霧散化』してもダメージが増すだけなので、ブランは防御姿勢をとってそのまま魔法に耐えた。
「……ほう。無傷、のようだな。しかし、代償が無かったわけでもないようだ」
燃え盛る炎が消えた後には、スレイマンが言うようにブランが無傷で立っていた。
ただしいつもの赤いローブはもう着ていない。レアの配下のクィーンアラクネアの糸で作られたローブはブランを炎から守ってくれたが、引き換えに燃え尽きてしまった。
災厄級の上位魔法を完全無効化するとはやはり相当な性能だが、負荷が限界を超えれば破壊されてしまう。
「たいそうな装備品だったようだが、もはや貴様を守るローブは無いぞ! それとも裸になるまで我が魔法を受けるつもりか! 『フレイムデトネーション』!」
「うわやば『レイジングストリーム』! あと『魔の霧』!」
スレイマンはすぐさま次の魔法を発動した。
そのワードを聞くと、ブランはとっさに自分を対象に『水魔法』で自爆した。
『ヘルフレイム』くらいなら直撃を受けても知れているが、『フレイムデトネーション』はまずい。
一瞬だけ先に発動したスレイマンの『フレイムデトネーション』の熱気をわずかに受けてしまったが、なんとか『レイジングストリーム』で相殺し直撃だけは避け、ついでに爆風に乗じて霧をフィールドに撒き散らす。
霧さえフィールドに満たしてしまえば回避はどうにでもなる。
さらにこっそり『霧散化』もして、広がった霧に紛れて上空へ退避した。
「相殺したか! 小賢しい!」
スレイマンは魔法が防がれたと見るや爆心地に向け突進し、体を捻って巨大な尾で辺り一帯を薙ぎ払った。
しかしそこにはもうブランはいない。
一方のスレイマンは尾の一撃を空振りさせて隙を晒している。
ブランは頭上から無数の『血の杭』を射出し、スレイマンに雨のように降らせた。
「ぬるいわ!」
スレイマンは蝿でも払うように手を振り、ほとんどの杭を叩き落としてみせる。魔法だけでなく肉体を使った戦闘も高水準でこなせるらしい。
杭は数本は本体まで到達したようだったが、ブランとスレイマンではサイズに違いがありすぎた。爪楊枝をぶつけたようなものだ。ほとんどダメージを与えられなかった。
なんとなくブランは巨大怪獣に機関砲を打ち込む戦闘ヘリになったような気分になった。
──まあそりゃ効かないよね。ああいうので効いてるの見た事ないし。
「鬱陶しい霧など消し飛ばしてくれる! 『フレイムデトネーション』!」
スレイマンが吠え、再び最上位の『火魔法』を発動する。爆発によって起こった衝撃波は超音速で周囲に伝播し、かなりのエリアの霧を消し飛ばす。
しかし消し飛ばされた中にブラン本体の霧が含まれてさえいなければ何も問題ない。
また消し飛ばされた霧も、スレイマンのリキャストタイム中に新たに生み出して穴を埋める事も不可能ではない。
立て続けに大魔法を放ったにも関わらず、まさに雲をつかむような手応えの無さにスレイマンは舌打ちした。
その様子を見ながらブランはスレイマンの死角で部分的に霧化を解除する。
「今度はこっちの番かな。『クライオブリザード』!」
ブランが放った魔法はスレイマンの周囲の時間を止めた。
いや、そう見えるだけで実際はそんなことはないが、スレイマン自身の動きと周辺の霧の動きを停止させたのは確かだ。
絶対零度の冷気はあらゆる活動を停止させ、霧は微小な氷の粒となる。そして徐々に氷の粒は大きくなっていき、
「ぐああああ!」
冷気と霰によってダメージを受けたスレイマンは全身から血を流しながらも、倒れる事は無かった。
「やるな! さすがは!」
何とか耐えたものの、あの身体のサイズでブランの範囲魔法をまともに受ければただではすまないようだ。しかもブランの魔法には『魔の霧』によるバフも乗っている。
スレイマンの攻撃は霧状態でのらりくらりと避け続け、消し飛ばされた霧は随時補充し、定期的に範囲魔法でライフを削る。
これを繰り返せばそう苦労せずとも倒せそうな気がする。
しかし。
「──せっかくの大型モンスターだし、普段はセプテムちゃんとかに止められてるから出来ないし」
ブランは『霧散化』を完全に解除し、霧に紛れて静かに姿を現した。
スレイマンはまだ気づいていない。
「それにここなら、服が破れても別に困らないしね。『解放:巨大化』、『解放:鎧』、『解放:──』」
***
レアたちが見つめるモニターの中ではブランが鎧纏う巨人と化し、ドラゴン然とした大悪魔と迫力ある格闘戦を展開していた。
格闘戦と言っても水晶姫やバンブがやるような技術的なものではなく、どちらかというとプロレスに近い、速度よりも重量や破壊力に重きを置いたタイプのものだ。
「──とうっ!」
ブランは両足をそろえてジャンプし、そのままスレイマンにドロップキックをお見舞いした。
キックを受けたスレイマンは大きく吹き飛ばされ、土煙を上げて倒れ込む。
スレイマンは『飛翔』が使えるはずだが、空を飛ばないのは意味がないからだろうか。ブランも飛べるため、飛んだからと言って有利になるわけでも逃げられるわけでもない。
しかし格闘戦においては「地面」という武器を使わせないという意味で空中に逃れる価値はある。もしかすると、これまであの大きさで格闘戦を仕掛けられた事がないからその事に思い至らないのかもしれない。
「──へあっ!」
さらにブランは両手をクロスさせると、そこから無数の赤い杭を射出し、スレイマンに浴びせかけた。
通常の人型だったころは大したダメージが与えられなかったこの攻撃も、本体の巨大化に合わせて杭も大きくなっており、十分なダメージ源として機能している。
以前にレアの検証で巨大化状態での『フェザーガトリング』が山を削り取ったことがあったが、あれと同じである。命中率こそ極端に低下しているはずだが、相手も大きいので問題ない。
「……ていうか、わたしたちは今いったい何を見せられてるんだろ」
なんにしても、ブランにとっては霧に紛れて魔法を撃っているだけでいずれ勝てたであろう試合だ。これはお遊びの延長に過ぎない。
いや普段はなかなか出来ない自分自身の性能チェックという意味では有用だが。
《──試合終了です! 勝者、【マグナメルム・ノウェム】! ご観覧の皆さま、素晴らしい戦いを見せてくれた両選手に拍手を!》
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