第516話「優れた発明品はだいたい必要に迫られて生まれる」(ビームちゃん視点)





「──そうカ、地上ではそんな事が起きていたノカ」


 とりあえず立ち話もなんなので、というか非常に目立つ上に余計な疑惑を招いても困るので、魚人たちを家に招いた。混ぜ蘭の家だが。

 そして彼らが言っている精霊王の国というのは、おそらくすでに滅んでいるであろうことを伝えた。さらにその後興った6つの国も今ではオーラル王国しか残っていないことも。

 それらの国の滅亡に関してはビームちゃんたちも無関係ではないので、どこまで話すかは難しいところだったが、魚人たちにとっては知らない国の興亡であるしそこまで大きな影響はないだろうという事で全て話した。


「つうか魚人さんらの、海底のその、王国? ってのを滅ぼしたのって……」


「……マグナメルムの手の者だろうなあ。実際に滅ぼした時のはわかんねーけど、船に乗って渡ろうとしてた時のやつは目撃証言もあるし」


 港で男性の頭部を吹き飛ばしたという事で、当時街では騒ぎになったらしい。

 幸いにもと言っていいのか、被害者はプレイヤーであったため、人的被害は出ていないが。

 その事件については微妙な表情をした混ぜ蘭が詳しく教えてくれた。


 また魚人たちから聞いたところによれば、彼らの暮らしていた王国も半年と少し前に滅ぼされてしまったという。

 王が倒され、城ごと奪われてしまったため、国としてやっていく事ももう出来ないそうだ。今は小さな集落単位でなんとか生活している状況だという。

 城ごと奪われたというのはよく意味がわからないので、おそらく魚人たち独特の言い回しの何かだろう。まさか言葉通りに城が持っていかれたわけでもあるまいし。





「マグナメルム、というノカ。あいつラは……」


「あのー。魚人さんたちがこの街に上陸してきたのって、やっぱり……」


「ああ。我ラハ国を滅ぼした魔物を討伐するタメ、その情報を求めて来たノダ。

 奴が二度目に現れたときハ、船に乗っていたトイう報告を受けていル。だとすればこのあたりノ人間たちの街から船を出した可能性が高いカラナ。

 話を聞いたところデハ、どうやラ奴は人間たちとも敵対しているようダナ。その上で人間に『擬態』し、人間に紛れテ船まで手に入れてイル……」


 これまでマグナメルムといえば「手がつけられないほど強大なボス勢力」というくらいの認識であり、あまり深く考えたことがなかったが、確かにこの魚人の言うとおりだ。

 船を手に入れるなど、プレイヤーでもそう簡単に出来ることではない。現在海を渡っているプレイヤーたちだってほとんどが国やNPCの商人が用意した船に乗せてもらっているだけだ。

 にもかかわらず、海底の魚人王国を滅ぼしたその魔物は人の振りをした状態で、海を渡れるほどの船を一隻用意していたという。しかもプレイヤーたちの航海が本格化する前の話だ。

 純粋な戦闘力のみならず、経済力や、下手をしたら社会的な地位までマグナメルムは持っている、のかもしれない。


「人類側の誰がマグナメルム関係者に船を用意したのか、ってのは、まあ突き止められるとも思えねえし考えてもしょうがねえ。

 そうなると俺らが魚人さんたちに提供できる情報ってーと、マグナメルムの拠点のいくつかを教えられるくらいだが……」


「それでも構わン。我らデハ調べようがないシ、貴重な情報ダ。

 しかし、いいのカ? 我らは国を失ってイル。その情報の代わりに提供できるものナド……」


「──あの、でしたらひとつ、いいですかね」


 しばらく黙って話を聞いていた混ぜ蘭が口を開いた。

 彼がこのクエストを街の領主から受けたのは、単純にこの街を拠点にしているプレイヤーだからだと思っていたが、もしかして混ぜ蘭には他に何か目的でもあるのか。


「俺が海を渡る手伝いをしてもらえませんか?

 その、マグナメルムといえばこの大陸じゃあ名の知れた存在だ。その気になれば今すぐ大陸を支配する事も出来るほどの力を持ってる、と思う。

 そんな彼女たちが、何のために東の海を渡ろうとしていたのか、どこへ向かったのか、を知っておくのは、人類にとって大事な事なんじゃないかなと……」


 言わんとしている事はわかった。若干の言い訳臭さも無いこともないが、内容は正論である。

 確かに、例えば東の海の向こうにある何かを滅ぼし、そこを拠点にして中央大陸に逆侵攻してくる可能性もある。もしかしたら東の海の向こうにしか無い何かを求めていたのかもしれない。そしてそれを使って中央大陸に牙を向かないとも限らない。

 マグナメルムのこれまでの行動からすれば積極的にそうした侵略行動をとるというのは考えにくいし、別に特別な何かが無くとも中央大陸くらいすぐにでも実力で滅ぼしてしまえそうだが、可能性はゼロではない。


 神聖アマーリエ帝国としてはマグナメルムに特に思う所はないが、人類という括りで考えれば決して仲がいいとは言えない。

 いつ敵対しないとも限らない相手なら、その手札は可能な限り明らかにしておくべきだ。


「僕らもそいつは気になるな。混ぜ蘭が行くっていうなら、僕らも付いていきたい」


「むう……不可能ではないガ、我の判断デハ……」


「返事に時間が必要だっていうなら待つぜ。こっちとしても、マグナメルムの拠点の場所を教えるための地図かなんかは用意しなきゃなんねーしな。それに──」


 ビームちゃんはマグナメルムが東の海の向こうで何かを手に入れた場合、その力を侵略のために使用する可能性を話した。

 中央大陸にとってそれは脅威だが、東の海の向こうからやってくるのであれば、中央大陸の前に東の海がその被害に遭うだろう。それは魚人たちにとっても無視はできないはずだ。


「……わかっタ。我らの集落の長に相談してみヨウ。現存する集落の中である程度の賛成が得られれバ、お前たちの希望を叶える事も出来るハズダ。

 そうだな、3日ほど後にまた来ヨウ」


「よし。んじゃそれまでに地図用意しとくぜ。

 ところで、普通の紙だと濡れちまうよな。何に描いて渡せばいいんだ? 昆布か?」


「海苔のほうがよくない?」


「溶けるだろ。海苔は」


「つか海藻から離れろよ」


 地図は布に書くことになった。魔物の血から作った水に溶けないインクというのがあるらしい。ウルバン商会に普通に売っていた。





 それはそれとして、元々ビームちゃんたちが聖女に命じられたのはモワティエを騒がせる魔物の調査である。その正体が意思疎通可能な高度な生物であるのなら、その勢力との交渉には街の権力者の理解も必要だ。

 このクエストの結果如何で神聖アマーリエ帝国がモワティエという港を手に入れられるかどうかが決まる。しかも、事によってはその海の先とも繋がりを持てるかもしれない。

 現状の報告と次回交渉について、ビームちゃんたちはモワティエ元首に報告する事にした。









 3日後の夜、再び現れた魚人たちと合流した。

 ビームちゃんたちの要望は魚人たちの集落でも承認され、マグナメルムの拠点と思われるダンジョンの場所を大まかに記した地図と引き換えに、東の海──大エーギル海を横断する手助けをしてもらえる事になった。


 また、この時の会合にはモワティエの元首も立ち会い、魚人たちの存在は正式に「人類の隣人」として認められ、モワティエ在住のプレイヤーや神聖アマーリエ帝国によって大々的に周知された。

 プレイヤーの多くからは「そっちじゃねえよ!」という声も上がったものの、友好的な関係を築ける相手に暴力をもって接するのは文化的な行ないとは言えないため、おおむね好意的に受け止められる事となった。

 この辺りはゲームならではと言うか、金貨もそうだが、言語が統一されたものであった事が大きいと言える。そうでなければ、例え全く同じ状況だったとしてもこれほどスムーズに融和出来たかどうかわからない。


 大エーギル海横断に関してもモワティエの全面的な協力が得られる事になり、この街屈指の大型船を用立ててもらえる事になった。

 さすがに貿易がメインの港ではないため、オーラル王国で運用されているような巨大な客船ではないが、それでも何日も過ごすには十分な設備であると言えた。


「この船、借りられたのって政治的なあれこれかな」


「聖女たんから、っていうか神聖帝国からいくらか金貨も支払われてるみたいだよ。治安回復の為の支援金て名目だけど、別に住民が不安になってただけで治安が悪化してたわけじゃないからね。事実上のレンタル料かな」


「これから神聖アマーリエ帝国傘下の街としてやってってもらうわけだからな。その手付金みたいな意味合いもあるんじゃねえかな。あと様を付けろ」


「どっから資金捻出したんだろ。ウチってそんなに金あったっけ? お布施かな」


 帝国の黎明期には財政などの書類にも目を通していたファームだ。自分たちのためとはいえ、その金貨が国庫を圧迫しないかどうかを心配しているらしい。


「お布施? ああ、グッズか。聖女様グッズはまあまあな売れ行きだったからな。今どうなってるかは知らないけど、船一隻くらいなら買えちゃうかもな」


 そんな物売ってたのか、と思いながらハセラを見たら頷いていた。知っていたのか。


「プレイヤーズイベント開催のショバ代とかじゃねえのか?」


「そっちはイベント会場の維持管理費がメインで、余った分は積み立ててるはず。臨時のスタッフ用の人件費も要るし。てかショバ代ってなんだよ。言い方!」


 財源によって使途がある程度決められているらしい。

 ビームちゃんをはじめとするプレイヤーたちが管理している時はもっとアバウトだった気もするが、もんもんがそう言うのであれば昔からそうだったのだろうか。もしや適当な仕事でかえって他の人に迷惑をかけていたのでは、と思ったが、深く考えると冷や汗が出てくるので考えるのをやめた。





 さらに翌日、用意してもらった船にハセラ、もんもん、ファーム、ビームちゃん、混ぜ蘭と5人で乗りこみ、魚人たち──マーマンの先導で大エーギル海へと漕ぎ出した。

 神聖アマーリエ帝国に籠ったままでは感じる事の出来ない、未知の世界への期待に胸を躍らせ、ビームちゃんたちは海を渡っていくのだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る