第517話「東の果ての名産品」(ビームちゃん視点)





 航海は何日にも及んだが、その間特に大きな問題は起こらなかった。

 途中、大型の海洋性魔物の縄張りを通過した時などは、マーマンたちが魔物の陽動を買って出てくれた。

 巨大なサメが彼らに気を取られている間に、移動用の班のマーマンたちが船の動力代わりになって全力で船を動かすのだ。

 船の上で見ているだけのビームちゃんたちとしては申し訳ないばかりだが、大型の海洋性魔物との戦いはマーマンたちにとっては日常茶飯事らしく、死者を出す事もなくやり過ごす事が出来た。


 現状ではやはり人類の力だけで大エーギル海を横断する事は難しいように思われた。

 マグナメルムが向かったのがこの海ではなくその先であり、そこにもしマグナメルムの被害に遭いながらまだ滅亡していない文明的勢力がいたとしたら、その勢力と今後連携していくこともあるかもしれない。

 その場合は間にマーマンたちに仲介に入ってもらう必要がある。


 いずれにしても東方面の活動に関しては今後もマーマンたちの協力が不可欠だ。

 もし彼らが地上のマグナメルムの拠点を攻撃したいという場合は、逆に人類側でそのサポートを買って出る事も考えなくてはならないだろう。





「あ。何か見えてきた。あれが?」


「ああ。あれが大エーギル海の果てと言われる列島だ。ここからではわからんだろうが、海の上に出ていない部分でも大地が盛り上がっている。海中の我々からするとまるで世界を隔てる壁が聳え立っているように見えるのだ」


 共に過ごす数日の間に、マーマンのリーダーもかなり流暢に話せるようになっていた。声も渋い低音で、声優に向いていそうな感じである。

 しかし、ビームちゃんたちのような陸上で生活する人類にとってはあれは新たな大地だが、確かに海中で生活する者たちにとっては世界の果てに見えるのかもしれない。なかなか新鮮な視点だ。


「まっすぐしか移動してないから何とも言えないけど、海には怪しいものはなかったし、マーマンさんたちにも心当たりがないんだったら、マグナメルムが海を渡った目的はあの列島だと考えていいってことだよね。

 あそこって誰か住んでるの?」


「いや、それはわからない。かつては世界の果てには精霊が住まうと言い伝えられていたようだが、海皇様のお話では、黄金龍の襲来と共にあの地にアンデッドどもが跋扈し始めたとのことでな。我らは近づくのを禁止されていたのだ。海皇様亡き今、そのお言葉に背いてこうして近付くのも本来であれば良くない事なのだろうが、これが海皇様の仇討ちに少しでも役に立つのであればと」


「え、そうだったんすか! な、なんかすいません……」


「気にするな。お前ならばそう言うかと思って、黙っておったのは我の判断だ」


 マーマンリーダーはハセラにそう言ってにやりと笑った。これもここ数日の付き合いで笑顔だと分かるようになっただけで、ハタから見れば人型のオコゼが口を開けて威嚇しているようにしか見えない。

 しかしその数日でこのようにハセラはマーマンたちからの信頼を勝ち取っていた。聖女が絡むとただのダメ人間だが、生来の人柄がいいということなのか、それともマーマンに仲間だと思われているのか。いや、別にそこまでハセラが奇抜な容姿をしているわけではないのだが。


「さて、そろそろ上陸可能な距離まで近付いてきたな。接岸するぞ」


 マーマンリーダーが身ぶりで海中の部下に指示を出し、船はするすると砂浜へ近づいていった。





 船が近づいて来たのが見えたのか、砂浜にはいつの間にか多くの人間が集まって来ていた。

 その服装こそ草臥くたびれた作務衣のようなものだったが、集まった彼らは例外なく美しい容姿をしていた。

 なるほど、これなら精霊が住まう土地というマーマンの言葉も間違いではないと言える。


 もしここに以前にマグナメルムの関係者が来た事があったのだとすれば、同じように現れたビームちゃんたちは警戒の対象になるはずだ。

 そう考え、武装はなるべくせずに上陸した。


 ばしゃりと船から飛び降り、水を掻き分けて砂浜へと歩く。

 濡れた衣服は非常に重いが、プレイヤーであるビームちゃんたちにとっては普通に歩くのと大差ない。


 そんなビームちゃんたちを迎える美しい住民たちは、みな一様に笑顔だ。

 なぜだろう、と思っていたら声がかかった。


「ようこそ、【極東列島】へ。あんたがたは、マグナメルム様の関係者かの?」









 海岸沿いの漁村を取りまとめているという、いわゆる地元の名士的な存在の人物の家に招かれ、そこで豪華な食事を振る舞われながら話を聞いた。


 見目麗しい彼らの種族は「精霊」であるらしい。この島には同様の種族は精霊しかおらず、皆生まれながらに精霊であり死ぬまで精霊なので、転生がどうとかはよくわからないとの事だった。

 ただ中央大陸にかつて精霊王の国があった事などを考えると、もしかしたら既存の人類のどれかの行きつく先は、この精霊であるのかもしれない。

 王侯貴族並に美しい容姿でありながらみすぼらしい作業着を纏い、垢抜けない話しぶりをする彼らを見ていると脳がバグりそうになる。


 それはともかく、そんな彼らがマグナメルムに「様」をつけ、ビームちゃんたちを歓迎している理由を聞いて驚いた。

 何でも、かつて同じように船に乗ってこの地に現れたマグナメルムと名乗る者たちが、この地に蔓延はびこっていたアンデッドや狂化した蟲系モンスターたちを片付け、列島に平和をもたらしたのだという。


 蟲たちは正気を取り戻して地中へ帰っていき、残っていたアンデッドには新たな統率者が現れ、今は対話によって精霊たちや蟲たちとの棲み分けが行なわれているそうだ。このアンデッドの統率者もマグナメルムゆかりの者らしく、精霊たちには危害を加えようとはしないらしい。

 彼らの言う【極東列島】という呼称もマグナメルムが使っていたものだそうで、その機に一帯を極東列島と呼びならわす事にしたという事だそうだ。

 端的に言って訳が分からなかった。


 しかし言われてみれば、確かにマグナメルムが積極的に他者を攻撃した事はない、気がする。

 ビームちゃんが直接見たのはウェルス王都での一件だけだが、あれにしてもプレイヤーと敵対していた聖王に止めを刺した形だった。あの時は聖王の守りや回復力を突破する目処は立っておらず、あのままではジリ貧でプレイヤーたちは負けていたかもしれない。

 もちろん聖王の暴走自体がマグナメルムの手引きだった可能性がないではないが、少なくとも色々な意味で神聖アマーリエ帝国が助かったのは事実である。


 マーマンたちから聞いたところでは、海底の王国を滅ぼしたのはマグナメルムから仕掛けた事であるようだが、そうなるとそれも事情があってのことではないのかと思わずにはいられない。

 現状、マーマン側からしか話を聞いていないため、実際のところは公平な判断は出来ていないのだ。

 ただ政治的に考えれば今後マーマンたちとの関係を悪くするわけにはいかないため、事実がどうあれ多少はマーマン贔屓の判断をせざるを得ないだろうが。


「──なるほど……。

 しかし先ほども申しましたが、我々としてはその、マグナメルムとは関係がないといいますか、場合によっては敵対する事もあり得る立場でして。

 それでありながらこのように歓待してもらうというのも、なんか申し訳ないような……」


〈おい正直に言うなよハセラ!〉


〈そうそう! 黙っときゃいいだろそんなの!〉


 もんもんとファームは美人の精霊にお酌をしてもらってご満悦だ。聖女に仕える身でありながら嘆かわしい事この上ない。

 そんな中でのハセラのブレない態度は非常に好ましく映った。やはりなんだかんだ言ってもハセラがリーダーになったのは間違いのない判断だったのかもしれない。


 ハセラの言葉を聞いた精霊の長は目を細めてゆっくりと頷いた。


「あんたがたの言いたい事はわかる。ですがの、わっしらが尊敬するあのお方はこうもおっしゃっておる。損して得取れ、と。

 これはつまり、自分たちが損をして、相手の得になるような事になったとしても、それは巡り巡っていつか自分たちを利する結果になるという──」


 それは「情けは人の為ならず」では。

 そう思ったが、現実世界のことわざがそのままの意味でこの世界で使われているとは限らない。ここではそういう意味なのかもしれない。

 なにより長はその言葉を信じてこうして敵対勢力かもしれないビームちゃんたちを歓待してくれているようだし、水を差すようなものでもない。


 いずれにしても、少なくともこの地には安全上の問題などは無さそうだ。

 マグナメルムの痕跡はこれでもかと言うほど残されているが、だからと言ってどうこうできるタイプのものでもない。

 マグナメルムの勢力を削るという意味では、この精霊たちの尊敬を聖女に対する信仰で上書きしてやるのもいいかもしれないが、それはすでにファームが試したが失敗に終わっていた。


「──わかりますぞ、その、聖女様とやらを慕うお気持ち。

 しかし、わっしが思うに、信仰と言うものは人から言われて変えるものではないのです。

 ただただ胸の内から自然と尊い気持ちがわき上がり、天を仰がずにはいられなくなる、そういうものではないですかの。無心に信じて仰ぎ見る。それこそが信仰と言うもの。

 あんたがたが聖女様を信仰するのと同じように、わっしらもマグナメルム様を信仰しておる。それだけのことです。そして、それが全てなんじゃあないでしょうかの」


 正論でかわされてしまった。ぐうの音も出なかった。


 信仰対象こそ違うものの、ある意味ではシンパシーを感じたビームちゃんたちは、とりあえず今後は神聖アマーリエ帝国と極東列島との間で、マーマンを通じて親交を持つ事を提案した。


 マーマンたちはマグナメルム信仰を持つ精霊たちに対してあまりいい感情は持てないようだったが、精霊たちの邪気のない姿には毒気を抜かれたようで、その点については保留になったようだった。

 元よりマーマンたちが復讐を誓っているのは海底の王国を滅ぼした海の悪魔であり、マグナメルムはあくまでその仲間として、ビームちゃんたちによって教えられただけだ。

 マーマンたちにしてみれば、ビームちゃんたちがマーマンとマグナメルムを戦わせるために嘘を言っている可能性だって考えられるのである。


 ビームちゃんたちがマーマンたちを一方的に信頼するわけにはいかないように、マーマンたちもビームちゃんたちを一方的に信頼できないと判断したようだった。

 ハセラ個人は彼らに気に入られているが、それとこれとは別の話だ。


 若干のギスギス感は残しつつ、そこはお互い国を代表して来ているので政治的判断で飲みこんで、表面上は仲良くする事を誓い、今後のやり取りなどについての取り決めを行なった。









 そうして、マグナメルムの目的を探るというミッションはある意味で空振りに終わった。

 痕跡は見つけたが、結局何がしたかったのかはわからなかった。


 ただせっかく来たのだし、この極東列島ならではの素材やアイテムは見ておきたい。島で最も大きいという商店に案内してもらった。

 欲を言えば魔物と戦ってみたいが、精霊たちは蟲やアンデッドと同盟を結んでいる。仮にアンデッドや蟲系の魔物と遭遇したとして、それが攻撃してもいい相手なのかそうではないのかの区別はつけられない気がしたので止めた。


 この列島では中央大陸にはない珍しい鉱石や植物が採れるようで、しかも精霊たちは手先が器用らしく、その商店には様々なものが売られていた。

 これもマグナメルムが島に平和を取り戻してくれたおかげ、らしい。蟲やアンデッドに悩まされていた頃は、アイテムの製作はおろか素材の採集さえままならなかったと言っていた。

 それが今では、蟲やアンデッドたちに加工品を渡し、引き換えに素材を譲り受けるような事もしているらしい。


 商店に並ぶ商品はそのどれもが有り得ないほどの貴重品であった。

 それがわかったのは、店に入って品物を手に取ってみた瞬間だ。





「え? 何これ。……飲むと一定時間水中で息が出来るようになる……? 触っただけで効果がわかったんだけど」


「──おい、こっちのナイフ、持ち主から一定以上離れると光って震えて自分の場所を教えてくれるらしいぞ!」


「刃物が震えるの? 危なくない?」


「馬っ鹿お前、それ投げナイフにすりゃ着弾後に勝手に継続ダメージ与えてくれるってことだろ。どうなってんだよそれ……」


「自動巻き取り機能付きのリールって、もうすごいのかすごくないのかわかんないな……」





 店売りのアイテムは、そのほとんどがアーティファクトだった。







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