第515話「拳で語る系女子」(ビームちゃん視点)





「聖女たん、大丈夫かな……。僕らが居ない間に何も問題とか起きないといいけど」


「様をつけろや」


「聖女たん、大丈夫かな……。僕らが居ない間に様々な問題とか起きないといいけど」


「……どこに様つけてんだよ一瞬わかんなかっただろふざけんな」


 ビームちゃんはハセラの甲冑の隙間を狙い、軽めにボディブローをねじ込んだ。

 この男はなぜこういう機転をもっと実用的なところへ活かせないのか。


「……仲いいなあ」


「……ほんとにな」





 ビームちゃんとハセラ、もんもん、ファームの4人は今、ウェルス地方最東端の港街モワティエに来ていた。

 本来、神聖アマーリエ帝国の最高幹部である4人が帝国首都グロースムントを離れる事などありえない。

 にもかかわらず4人がモワティエに来たのは、これが聖女からの依頼だったからだ。


 少し前の事である。

 中央大陸においてこのモワティエと真逆にある街、ライスバッハが壊滅した。

 壊滅したのは西の海に広がるカナロア海に棲む人魚たちの逆鱗に触れたからだ。

 それ自体は生き残りを賭けた商人たちの勇み足のせいであり、ライスバッハにとっては災難でしかなかったにしろ、中央大陸の人類全体で言えば自業自得に近いものだった。


 そんな中、ライスバッハとは遠く離れた場所で、人魚に近い生態の魔物の目撃証言が多発する事件が起きた。

 実被害こそ出ていないものの、夜な夜な港を徘徊する魔物たちに、住民からは不安の声が上がっているという。

 その街こそこのモワティエである。またこの街で活動するプレイヤーたちによって、住民にライスバッハの悲劇についても伝わってしまい、領主も無視できないほどの騒ぎに発展しつつあった。

 神聖アマーリエ帝国には参加していない独立国であるため領主ではなく正確には国家元首だが、この元首から神聖アマーリエ帝国に正式に支援の依頼が舞い込んできたのだ。そして、この事件が解決されたあかつきには神聖帝国へ参加したい旨も記されていた。

 そこで、傭兵としての仕事でありながら外交上のバランス感覚も必要になる可能性があるとして、ハセラたち神聖帝国幹部が対処する事になったのである。





「ええと、領主さんの話だと、こっちの地元の異邦人もサポートとして雇ってある、んだったっけ」


「地元の異邦人てすげーパワーワードだな。そいつの地元は一体どこなんだよ。言いたいことはわかるけどよ」


「──あ、あれじゃね?」


 もんもんが遠くを指差した。

 見れば、港の桟橋にひとりの男性らしき人物が立っている。

 ここ最近は噂を恐れて漁港には漁師は近寄ろうとしないため、あえて海の近くに立っているとなればそれがプレイヤーである可能性は高い。


 近づいていくと向こうもビームちゃんたちに気づいたようで、大きく手を振りながら歩いてきた。

 漁師然とした日焼けした肌にそれらしい装備だが、上半身を覆うベストだけは高級感のある艶を出している。


「やあ! 君たちが神聖帝国の?」


「ああ。オレはビームちゃん。こっちが一応リーダーのハセラで」


「もんもんです」


「ファームです」


「そうか、よろしく! 俺は混ぜ蘭。見ての通り漁師だ」


 見ての通りと言われても漁師は普通こんなベストなど着ないため、一見しただけでは漁師かどうかはわからないが、本人が言うのならそうなのだろう。


「さて。顔合わせも済んだところで、さっそく事件について聞かせてくれねえか?」


 他人のファッションに口出ししても良いことは無い。それがプレイヤーならなおさらだ。

 ビームちゃんは気にしない事にし、そう切り出した。


「ああ、そうだな。だけど立ち話もなんだし、俺の家で話そう」


 どうやら混ぜ蘭はこの街に家を持っているようだ。

 賃貸か持ち家かはわからないが、どちらにしても居住するにはそれなりの信用と金貨が必要なはずだ。胡散臭い見かけによらず一角ひとかどの人物ではあるらしい。


 だったら最初から海風の吹き荒ぶ漁港ではなく街なかを待ち合わせ場所に指定してほしかったものだ、と思いながらビームちゃんたちは混ぜ蘭の後を追った。

 桟橋で格好つけてたのには何の意味があったのか。









「なんか、割りと事態は深刻ってイメージだったけど、こんなのんびり自宅でお話してていいの?」


 混ぜ蘭の家へお邪魔し、お茶を出してもらい、お茶菓子も出してもらい、一息ついたところで、名目上はリーダーであるハセラがそう尋ねた。ハセラなりにリーダーとしての自覚はかろうじてあったらしい。

 普段はただの不審人物だが、なんだかんだ言っても困っている人を見過ごせない程度の正義感はある。そうでなければいかに変態的な記憶力を持っているとしても聖女の側に置いてもらえるはずがない。

 すでに十分のんびりとお茶とお菓子を堪能してしまった後ではあるが、ようやくハセラの正義感もエンジンがかかってきたようだ。


 なお、ビームちゃんのエンジンは寒冷地仕様ではないのでもう少し紅茶で温めないとかかりそうにない。

 お茶のお代わりを要求した。


「確かに事態は深刻だけど、被害は皆無だからね。結構な数の魚人が偵察に来たりしてるけど、それで何かが盗まれたり壊されたりってことはないし。住民も怖がってるだけで攻撃されたりはしてない」


 ビームちゃんのカップに紅茶を注ぎながら混ぜ蘭が答えた。


「魚人? そういう名前のモンスターなの?」


「いや、詳細はわからない。俺は課金アイテム買ってないからね。でも、そうとしか言いようがない姿の魔物だったよ。魚人間っていうか。

 まあ、人を攻撃するでもないし、もしコミュニケーションが取れるとしたら魔物ってよりは亜人とか、獣人枠なのかもしれないけど」


 混ぜ蘭はそう言って苦笑した。

 しかし会話が成立するからと言って、友好的に接触出来るとは限らない。


 ビームちゃんは前回の大戦を思い出した。大戦というか、ビームちゃんたちにとってはあれは独立戦争の色が強かったが、とにかく戦争だ。人類は同じ種族同士であってもあのような大規模な殺し合いをするような生き物なのだ。

 そして、旧ウェルス王国王都で出会った第七災厄、マグナメルム・セプテム。

 彼女とも問題なくコミュニケーションは成立していた。しかし、時のウェルス王はあのような最期を迎える結果になった。

 あの恐ろしい威圧感は明らかに人が発せられるものではなかったし、コミュニケーションが取れるからと言って魔物でないとは言い切れない。


 だが混ぜ蘭の言葉からはどこか、会話さえ出来るのなら敵対しなくてもやりようはあるというような、そんな信念を持っているかのようなニュアンスが感じられた。


「でも、そうだとしても住民が不安に思ってるなら、こんなのんびりしてる暇はないんじゃ」


「いや、大丈夫だよ。彼らは夜にしか現れないからね。

 本当は1人で接触してみようと思ってたんだけど、どこから知られたのか領主の使いに止められてね。何かがあってからじゃ遅いし、最悪の場合戦闘力で何とかできるように他国に救援を要請するからって言われたんで、時間と場所を指定して待ち合わせたってわけさ」


 だったら最初から待ち合わせ時間を夜にしろよ、と思ったが、もしかしたらこういった、まずは戦闘によらない解決方法を試したいという事を時間をかけて訴えるために昼間の集合にしたのかもしれない。


 それからビームちゃんたちは夜までログアウトなどをして休憩し、時間を潰した。

 やはり待ち合わせ時間は早すぎた。









「──ああ、いるね。もう来てる。あの人影がそうだよ。この街の住民はここ最近は夜に出歩いたりしないからね」


 確かに、月明かりの中ごそごそと動く人影が見える。

 正確にはわからないが、何人かいるようだ。

 もっと近づいてよく見てみないとわからないが、人ではない者が夜な夜なこうして港を徘徊しているとなれば、確かに住民にとっては恐怖だろう。何の被害も出ていないとしても、それはこれまではたまたま運が良かっただけだった可能性もある。


 混ぜ蘭は何の気負いもなく彼らに近づいていく。軽く手を広げ、手のひらを相手のがわに向けている。何も持ってないというアピールだ。

 ビームちゃんはそれを見てぎょっとした。まさかいきなり接触しようとするとは思っていなかった。


〈こいつ見た目の割にキモ座ってんな。見ててギョッとしたわ。魚人だけに〉


 もんもんからフレンドチャットが来た。

 ちょうど同じ事を考えていたところだったため、あまりに下らないにもかかわらず吹きそうになってしまった。

 ビームちゃんはもんもんを軽く睨みつけた。ボディに1発入れてやりたいところだが、魚人に見られているかもしれない。警戒させてしまうかもしれない行動はとれない。


 まだ覚悟が決まったとも言えない状態だが、混ぜ蘭を1人で行かせるわけにもいかない。

 ビームちゃんたちも武器をインベントリに仕舞い、混ぜ蘭を追ってゆっくりと歩いていった。

 他のメンバーはともかくビームちゃんは拳が武器である。最悪の場合は相手を殴り殺せばいい。非武装状態で最も戦闘力が高いのはビームちゃんだ。


 混ぜ蘭を先頭にビームちゃんたちが近づいていくと、相手の魚人たちはすぐに気が付き、身構えるような態度を見せた。

 こちらは手ぶらであることをアピールしているのだが、すぐには警戒を解こうとしなかった。

 魚人たちも銛のような物を握っているため、武器を持たない事で攻撃の意思を見せないというジェスチャーは通じるのではと考えていたのだが、そう簡単にもいかないようだ。もしかしたら素手で殺しにかかってくる何者かと戦闘した事でもあるのかもしれない。


 ぷっ、ぴひゅう。


 魚人の首のあたりから妙な音が聞こえた。


 そしてすぐに、取り繕うように掠れた声を出した。


「アー、マチガイ、まちが、まちがエタ。こっちだ。久しぶりだったから間違えただけだ」


 掠れ声は話す内に次第に鮮明になっていく。


「お前たちは、この集落の者か? ヒューマンか? ここは確か精霊王の治める国だったはずだが、その国の者か?」







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