第514話「新システムの鍵」(ヨーイチ視点)
羅針盤の針に従い、一行は王国を出た。
出立には王国の南側の通路を使った。針は南を指していたからだ。
それから道中の戦闘は馬から降りる事もなく、危なげなく済ませていった。
聖リーガンたち3人が全員魔法系ビルドに偏っていた事もある。サスケのような暗殺者スタイルや、剣士のようにリーチが短い得物であれば馬から降りて戦わなければならないところだった。
出てきた魔物もほとんどがオーク程度だった事も幸運だった。巨大サソリが相手ではさすがに腰を据えて対応する必要がある。
そうやって数日、馬を走らせて南下していくと、やがて遠目に廃墟の街のようなものが見えてきた。
「もしかして、あれがその……いやなんだろうなあれ」
「何かはわからん。ただ、方角的に考えてもあの廃墟に何かがある事だけは確かだ」
羅針盤は方角だけは示してくれるが、それ以外の事は何も教えてくれない。
ただひとつだけ分かることがある。
それは、羅針盤が示す「何か」は中央大陸よりこの西方大陸の方が少ないのではないか、ということだ。
かつてヒューゲルカップの街で羅針盤を起動したとき、街を中心に移動すると何度か針は方角を変えていたものだった。
しかしこの地では、地底王国で示した方角から一向に動こうとしない。
つまり、針の先にある何かから地底王国までのエリアにおいて、近くには該当する物がひとつしかないということだ。
ヒューゲルカップは中央大陸の中心部にあるという話だったし、このエリアも西方大陸のほんの一部にしか過ぎないのだろうから、実際のところ中央大陸の方が対象が多いのかどうかはわからないが。
聖リーガンが言っていた、すでに滅んだ国とやらにそれがあるのなら、イメージ的にあの廃墟は魔法王国か聖王国の成れの果てなのではないかと言う気がしていた。剣の王国というといかにも脳筋なイメージだし、後世にまでその存在感を示すような遺跡が遺されているとは思えない。
しばらくして到着した廃墟は、かろうじて建物の名残がわかる程度の、朽ちかけた石壁だけがいくつも立ち並ぶ寂しげな場所だった。多くの建物は屋根が崩落してしまっているようだ。屋根が残っている建物も大抵はどこかしら穴が開いており、家としての体を成していなかった。
「ザ・廃墟って感じだ」
「そうだね。それにしても凄いな。こんな光景、リアルじゃ見られないよ」
「そりゃそうだろうな」
聖リーガンたち3人は興味深げに廃墟へと足を踏み入れていく。
ヨーイチたちは一応護衛という事になっているので、羅針盤の針を気にしながらも周囲にも油断なく視線を飛ばしていた。
見える範囲にはLPの光はないが、石壁の向こうに何かが潜んでいる可能性はある。『真・真眼』ではこの厚さの石壁を透過して向こうを見る事は出来ない。
それから一行は慎重に歩みを進めていった。
何度か石壁の向こうを覗きこみ、何か居ないか確認したりもしたが、特に不審なものは見当たらなかった。
そのことが逆にヨーイチの不安をあおった。
人間にとってはただのうら寂しい廃墟だが、これも魔物にとってはいい隠れ家になるはずだ。しかもオークは人間とサイズも近い。この廃墟街をねぐらにしたとしてもおかしくない。
にもかかわらず、ここはあまりにも静かに過ぎる。
オークがここに住み着かないのには何か理由があるはずだ。
有りそうなのは、この地にはオークの天敵のような存在がいるから、とかだろうか。
しかしただそれだけではオークが近寄らない理由にはならない。
何しろオークは頭が悪く、自分たちを捕食する魔物が多く生息している地域でも平気で活動をしたりするからだ。
例えば、ここに地底王国の地下道のようにオークを遠ざける薬草か何かが使われている可能性はあるだろうか。いや、この国が滅んだのは何百年も前の話であるはずだし、薬草の効力が現代まで残っているのは考えにくい。
あるいは、何者かが定期的にこの廃墟のオークたちを排除している、とか。しかしそうだとしたら、一体誰が何のためにそうしているのか。
ともかく、薬草であれ定期的な掃除であれ、ここに魔物を排除している何らかの理由が存在しているのはおそらく間違いない。
それを伝えるべく蔵灰汁に声をかけようとした矢先。
「──お? あっちに誰かいるぞ」
この廃墟は危険だと感じたばかりだというのに、考え事に集中してしまったせいで警戒を緩めてしまったらしい。護衛対象の方が先に不審人物に気づいてしまうなど、あってはならない失態だ。
そう反省しながらヨーイチは聖リーガンたちを庇うように構えをとり、前方を睨んだ。
しかし、別にヨーイチやサスケが警戒を緩めたわけではなかったようだ。
なにしろヨーイチにも見えたその人影は、LPを持っていなかった。
「……なんだ、あれは……。生きていない?」
「……あれか? 等身大ポップってやつか? いや、そんなもんがゲーム世界にあるわけねえよな」
「……『隠伏』を発動しているのかもしれない。だとしたら油断できない相手だ。慎重に近づくぞ」
聖リーガンたちへも警戒するよう促し、それまで以上にゆっくりとした足取りで人影へと向かっていく。
人影がいるのは、周辺から見てひときわ大きな瓦礫のあたりのようだった。
かつては何らかの重要施設があったのだろう。
この廃墟の中にあって、もっとも重要な場所。それをヨーイチたちに教えるかのように人影は立っている。
やがて『視覚強化』にはっきりと見えるくらいまで近づいてきた。
そうして、ヨーイチは気付いた。人影の正体に。
「奴は……! マグナメルム・ウルススメレス……!」
*
「待ちくたびれてしまったよ。ずいぶんとゆっくりと歩くものだね。君たちはそんなに歩幅が狭いのかね。つまり足が短……おっと失礼」
「マジ失礼だなてめえはよ。
……何のためにまた俺たちの前に現れやがった!」
サスケが短剣を抜き放ち、ウルススに凄む。
しかしウルススはまったく動じる様子を見せない。
手に負えないな、とでも言わんばかりに肩をすくめ、サスケの方を──正確にはその隣を見た。
すると、キン、という澄んだ音と共にサスケが構えていた短剣が何者かにへし折られた。
「──物騒だなあ。こんなものはしまっておくれよ。怖くて話も出来ないじゃないか」
「なに!?」
誰も気が付かなかったが、いつの間にか、サスケのすぐ側に黒尽くめのローブ姿の人物が立っていた。
見覚えがあるローブだ。これほど近くで見るのは初めてだが、フードから覗く顔は確かにセプテムによく似ている。
「マグナメルム・オクトー……!」
「やあ。久しぶりだね君たち。おっと、これはお返ししよう」
オクトーは指で摘んでいた短剣の刃をサスケに差し出した。
その短剣はサスケのメインウェポンであり、これまでのイベントの報酬で得たミスリルを使って鍛えられた業物である。
指先だけの力であれを折ったというのか。有り得ない力だ。
「てめえ……!」
サスケは受け取らない。
本心では払い除けたいくらいだろうが、今それをしてオクトーの機嫌を損ねてしまえばこちらは全滅だ。聞けばウルススは中央大陸で魔法ひとつで大勢のプレイヤーを焼き払い、全滅させたという。そんなウルススひとりだけでも勝ち目がないというのに、オクトーまで居たのでは。
「君はたしか、サスケといったかな。相変わらず自意識過剰な事だが、さっきの質問に応えよう」
何事も無かったかのようにウルススが話し出す。彼らにとっては指先だけでミスリルの短剣をへし折る事など日常茶飯事なのだろう。
「別に狙って君たちを待っていたわけではないよ。私たちはただ、この地に訪れる者を待っていただけだ。そしてそれが偶然君たちだったというだけのこと。
……いや、あるいはそれは偶然ではなかったのかもしれないが」
ウルススのモノクルの奥の瞳がヨーイチの手元に向けられた。
とっさに持っていた羅針盤を背中に隠す。もう遅いだろうが。
ウルススはこの羅針盤が廃墟を示していた事に気付いたのかもしれない。しかしそれほど驚く様子はみられなかった。もしかしたら羅針盤についても何か知っているのだろうか。
「あ、あんたが、噂のマグナメルム・オクトーか。そしてそちらが、マグナメルムの5番目。なるほど、確かに雰囲気があるな……。
初めまして。俺は聖リーガンと言う者だ。噂はかねがね聞いている」
「俺はハウストだ。マグナメルム・ウルススメレスと言えば、元ポートリー王都で見た事もない大魔法を使ったとか……。話せるものなら一度話してみたいと思っていた」
「蔵灰汁といいます。初めまして。……あの、どこかで会ったことありませんか? あ、ウルスス……さんの方ですけど」
3人の自己紹介にウルススは適当に答えていた。オクトーは反応しない。ただニヤニヤとヨーイチたちを見ているだけだ。
「そちらの3名は、こちらの2名と違って文化的に会話が出来そうだね」
「おい、てめえマジ──」
「やめろサスケ」
ヨーイチはウルススの仲間であるセプテムに、特に深い理由もなく矢を射かけてしまった事もある。そう言われても仕方がない。
「……ふむ。どうやら、MPCで私が発動した魔法に興味があるようだね。それはちょうどよかった。私は運命という言葉は好きではないが、ここに君たちが来たのはやはり偶然ではないのかもしれないな」
ウルススはそう言うと、背後の瓦礫の奥へと入って行く。
オクトーは動かない。引き続き、ここの番をするようだ。
「──ついて来たまえ。あの地で私が見せた事象融合、それを習得するための鍵がこの先にある」
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あちらに投稿していたときは、このタイミングでキャラ紹介を番外編に投稿していました。
こちらではどうしましょう。こちらで読んでくださっている方の中で、キャラ紹介も見てみたい(真面目に紹介している保証は出来ませんが)という方がいらっしゃいましたら、お手数ですが応援コメント等でお知らせ下さい。
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