第513話「残滓」(ヨーイチ視点)
地底王国ケラ・マレフィクス。
以前であれば万遍なくその空を覆っていた岩の天井だが、今はかつての半分ほどしか残されていない。
そこからまばゆい日の光が降り注いでいる。
まだ早いため王国の家々を照らすほどの角度ではないが、それでも岩壁を暖かく照らす事で、王国に朝の訪れを告げていた。
この暖かい光は決してキラメキゴケだけでは出せないものだ。
数日前の事。ヨーイチはその崩壊した天井のふち、そこに何か強大な気配を感じた。
気配はすぐに消えたが、あれは何だったのだろう。
あれからヨーイチは天井の穴が見える場所に来た時は必ずそこを見上げていた。
「あれ? ローブ着てる。最初誰だかわからなかったよ。宗旨替え?」
「……そういうわけではないが。この方が初対面でコミュニケーションが取りやすい事に気付いたんでな」
「え、今頃?」
この時もそうやって空を見上げていたところ、懐かしい人物に話しかけられ、視線を外した。
話しかけてきたのは蔵灰汁だ。
かつてはシュピールゲフェルテというクランで共に戦った仲である。と言っても、クラン全員で共に行動した事など結局ほとんどなかったが。
この日は蔵灰汁の友人と会う約束をしていた。
「初めまして。俺は聖リーガン。検証スレって知ってるか? そこによく書き込みをしている。で、こっちが」
「俺はハウストだ。よろしく頼む。しかし、聞いていたよりまともな格好だな。よかった。本当に」
聖リーガンはエルフ、ハウストはヒューマンのようだ。
2人の握手に応じ、ヨーイチとサスケも自己紹介をした。
この2人と会う事になったのは蔵灰汁の手引きだった。
どうやら、蔵灰汁を含めた3人がこの西方大陸の探索をしたいと考えているようで、そのための護衛を探しているとのことだった。
こうして西方大陸に来ているだけあり、もちろん本人たちもそれなりの戦闘力を持っている。『真・真眼』で見えるLPも魔法系ビルドにしては高めであるし、十分この地で通用する水準は備えている。
ただ後衛が3人だけではさすがにパフォーマンスを最大限発揮する事は出来ない。
そこで前衛を務められる仲間を探していたところ、蔵灰汁がヨーイチたちの事を思い出したというわけだ。
フレンドチャットは基本的に閉鎖したままでいたが、届けられるメールには目を通していた。
その中に紛れていた蔵灰汁からの招待に応じた形である。
それに前回のメルキオレとの戦闘では、ヨーイチたちはまるで役に立てていなかった事も気になっていた。
サスケと2人だけでは出来ることに限りがある。本気で強くなりたいのなら、もっと貪欲にならなければならない。
今回の事はこれまでの意識を変えて、新しい事に取り組む第一歩になればいいと考えていた。
「じゃあ、ええとだな。さっそく出発するか?」
「そうだな。そっちがよければ」
聖リーガンの言葉に頷く。
ここにいる全員がプレイヤーだ。インベントリがある限り、プレイヤーには基本的に旅の準備はそれほど必要ない。
常に必要な物は用意してあるのが普通だし、あとは消耗したアイテムを補充するだけでいい。だからどちらかと言えば準備をするのは旅の前ではなく旅の後の方が多い。
「出発はいいんだがよ。どこに行くんだよ。俺たちゃ護衛の話は引き受けたが、まだどこに行くのか詳細は聞いてねえぞ」
確かにサスケの言う通りだ。
ヨーイチとしてはどこでも構わないというか、危険な場所の方が修行になっていいと思えるほどだが、普通に考えればどこに向かうかは重要な事だ。
「ああ、そうだなあ……。いや、実はまだはっきり決めてなくてな。大雑把に言えばこの大陸の探索をしたいと考えてるんだが……。
そうだ、ヨーイチたちって確か最初にこの大陸に来たプレイヤーだったよな。
あの崩壊した城にあった文献とかそういうものは読んだ事ないか?」
ちらりと街の中心部に目をやった。
かつてはあそこに巨大な柱が建っており、その柱こそが地底王国ケラ・マレフィクスの王城だった。
しかしメルキオレ乱心の際に柱は崩壊し、今は瓦礫も撤去されている。ただ、地下にまで沈み込んでしまった分はそのままになっていた。いずれは埋め立てて広場か何かを作る計画だと聞いたような気がする。
「いや、俺たちは主に狩りをして過ごしていたからな。城の図書館に入り浸っていた人物なら知っているが……」
「ほお! そんな奴いたのか! 誰なんだ?」
「マグナメルム・ウルススメレス。ブラウンのコートを着た老紳士だ。あの城の図書館は彼のお気に入りだった」
「お、おお……。マジか……」
聖リーガンは肩を落とした。
ウルススメレスは知り合いというほどではないが、知らない仲でもない。しかし立場的にもはや気軽に声をかけることなどできないし、そもそも今どこで何をしているのかも知らない。
「城の文献を調べて何をしようとしているんだ?」
「いや、うん。実は俺たちさ、こっちに来てから、街の本屋とか元貴族の屋敷に残されてた本とかを調べてたんだが」
この街には多くの貴族屋敷があるが、そのうちのいくつかは空き家になっていた。もちろん勝手に入る事は出来ないが、黄金教団アウローラの崩壊と共に発足した行政庁が空き家を管理する事になり、そこに遺されていた家具や本などはすべて行政庁の預かりとなっている。
書籍類は今は確か、有料で閲覧が出来るようになっていたはずだ。いずれは市営図書館のようなものとして運営していくのだろう。
「やっぱ検証班だからよ。歴史とか設定とか知りたくてよ。
で、この国がかつてあった大災害の時に周辺の国家からの避難民をまとめて引き受けたって事はわかったんだが……。その時滅亡した国家の遺跡でもないかと思ってさ。
この地底王国はなんつうか、地下にあるって事以外は良くも悪くも特徴がない国なんだけど、昔はもっと個性的な国とかもあったみたいだからよ。魔法王国とか、剣王国とか、聖王国とかよ」
それは初耳だった。
ウルススは知っていたのだろうか。いや、彼も王城図書館では主にこの地底王国についての文献を読んでいるような事を言っていた。知らなかったというよりは、王城図書館には他国について詳しく書かれた書物は無かったのかもしれない。
黄金教団が管理していた貴族屋敷も、元は他国から逃れてきた高貴な身分の避難民用に
「ただ、具体的な場所は書いてなくてな……。それを探しに行きたいんだよ。もう何百年もたっちまってるんだろうが、もしかしたら何か残されてるかもしれないだろ。あと、遺跡って何かテンションあがるしな」
「遺跡だったら中央大陸にもたくさんあんだろ。マグナメルム・セプテムも掘り出して持ち去ったりしたとか聞いたしよ。他にもあんじゃねーの?」
「それな。こっちに来る前に聞いてたら中央大陸で探したんだがな……。まあ、もう来ちまってるし、どうせなら誰も知らない遺跡とか探すのもいいかなって」
行き当たりばったりにもほどがある。とても検証班の人間のセリフとは思えない。
しかし黙って聞いている蔵灰汁やハウストの様子からも、聖リーガンのこの方針には特に異論はないらしい。
ヨーイチとしては依頼主だし、そうしたいというならそれを手伝ってやるだけだ。
いや考えてみれば、誰よりも先駆者たらんとするのなら、例え行き当たりばったりでも何でも手当り次第に走り回る事こそ重要なのかもしれない。
あるいは、ヨーイチに足りないのもこうした貪欲さなのだろうか。
ふと、こちらの大陸に渡ってきてからインベントリに仕舞いっぱなしになっているアイテムのことを思い出した。
あれはこういう時にこそ使うべきだ。
何しろそのアイテムの形は、進むべき方向を見定めるための物をモチーフにしているのだから。
「そうか。そういうことなら、俺たちも護衛以外にも役に立てることがあるかもしれん。
これから話す事は出来れば内緒にしてもらいたいのだが……」
ちらりとサスケを見る。
これはサスケとのパーティで得たものであるため、ヨーイチひとりの判断で明かすわけにはいかない。
「……いいのか?」
ヨーイチが何をしようとしているのか、気付いたサスケが確認してくる。
「ああ。構わない。常々、このアイテムを持つべきなのは俺たちじゃないんじゃないかと考えていた。
あのクエストも、当時の俺たちには分不相応なものだったし、奥に入れたのも半ば力押しみたいなものだった。本来は何か謎を解いたり、色々調べたりして辿り着くべき場所だったんじゃないかと思う。
そう考えると、蔵灰汁の友人である彼らには教えた方がいいような気がするんだ。
もちろん、お前が良ければだが」
するとサスケは肩をすくめた。
「任せるぜ。俺にしたって、お前が良けりゃいいと思うからな。まあ、言ってる事もわかるしな」
そんなサスケに頷きを返し、インベントリから羅針盤を取り出した。
意味深なやりとりの後に取り出された怪しいアイテムに、聖リーガンたちが興味深げな視線をよこす。
「……全ての遺跡に反応するかどうかはわからんし、俺たちもまだ正確なところはわかっちゃいない。
だが、少なくとも何かの役には立つはずだ。
これはとあるクエストの特別報酬として手に入れたものでな──」
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