第512話「ダイレクトマーケティング」(丈夫ではがれにくい視点)





 ──ぐるるるるるる……


 低いうなり声がサラウンドで聞こえる。

 とても犬科の生き物の出す声とは思えないほど低い音だ。


〈このゲームにケルベロスなんていたのかよ!〉


〈いた……みたいだな。見間違いじゃなければだけど……〉


〈こんなデカい奴見間違えるわけねえだろ……〉


 メンバーがフレンドチャットで騒いでいるが、ジョーはそれどころではなかった。

 ケルベロスが現れたのはちょうどジョーが声をかけたタイミングだったのだが、大猿の方はケルベロスの接近も知っていたらしく、そちらには何の反応もしていない。

 そのため、声をかけたジョーの方をずっと見つめているのだ。その圧力により、蛇に睨まれた蛙よろしくジョーは身体が硬直していた。

 また、ケルベロスもジョーの声掛けを聞いていたようで、3対の双眸がジョーを射抜いていた。

 仲がいい事だ。犬猿の仲とかいう言い回しは嘘らしい。


 とにかく、何か言わなければならない。

 見覚えのない魔物たちだが、状況からしてマグナメルムの配下である事は疑いようがない。

 まずは友好的に話を進め、こちらに敵意が無いことを示さなければならない。


「あ、あのー……、その。お、お2人は仲がよろしいので……?」


 ジョーが絞り出すようにそう言うと、ケルベロスはそれまでジョーに向けていた6つの瞳を一瞬だけ大猿の方へ走らせ、すぐに逸らせて鼻から炎を噴き出した。まるで、ふん、と鼻を鳴らしたかのような仕草だが、その威力はそこらの鼻息の比ではない。生暖かいを通り越して熱風さながらの風がジョーの肌を焼いた。眼球が一瞬で乾き、涙が出てくる。

 どうやら仲がいい訳ではないらしい。しかし敵対しているという程でもなく、気に入らないが行動を共にしている仲間、のような雰囲気を感じた。


 そしてもうひとつ重要な事実として、今の言葉に反応したという事は、このケルベロスはジョーの言った言葉を理解していると思われる。おそらく大猿も同じだろう。


「あっすんません余計なこと言いました。えっと、俺たちはですね。そのー、いつもはもっと南の方に居るんですけど、今日はちょっとこっちの方に遠征、じゃなかった、出稼ぎ、でもないな、ええと、遠足に来てまして……」


〈何で遠足なんだよ! もっと言い方あるだろ!〉


 ケルベロスも大猿もジョーを静かに見つめたまま動こうとはしない。言葉は通じているはずだが、話す事は出来ないのだろうか。


 ここに来るまでにかなりの数のスノーバブーンや上位種を倒してきた。

 それはボスらしき大猿にとっては面白くない事であるはずだ。

 にも関わらず、大猿もケルベロスも敵対的な態度は見せない。


 どうしたものか、と考えていると、大猿の後ろから何者かが現れた。


「──ようやく、ここまで辿り着く異邦人が現れたか。ヒエムス様、あとのお話は俺が」


 現れたのは獣人の男だった。セプテムたちの物に似たデザインの鼠色のローブを着ている。

 ヒエムスと呼ばれたケルベロスは少し身体をずらし、獣人の男へ場所を譲った。

 呼び方からするとこの獣人よりもケルベロスのヒエムスの方が上位の立場であるようだ。獣人は大型動物の世話係か何かだろうか。

 大猿も同様に場所を開けたが、そちらの名前は呼ばれなかった。大猿はケルベロスだけでなく獣人の男とも仲が良くないのかもしれない。とすると、もしかして大猿はマグナメルムの配下の中でハブられているのだろうか。何となく同情してしまう。


「ひい」


 ジョーの生暖かい視線を感じたのか、大猿に赤い眼で睨まれてしまった。


「ようこそ。プロスペレ遺跡へ。俺はこの遺跡の管理を任されているゴードンと言う。

 知っているかもしれないが、この地はマグナメルム・セプテム様が治めておられる。本来であれば立ち入りを許す事は出来ないが、事情が変わった。

 主からは、あなた方の心がけ次第ではこの遺跡を使用させてもよいと言われている」


 心がけというと、いくらか金貨を握らせればいいのだろうか。

 そうフレンドチャットで言ってみると、それは心付けだバカとアラフブキに怒られた。声に出して言わなくて良かった。


 ゴードンなる獣人が言う心がけとは言葉通り、ジョーたちの心の在り方であるようで、早い話がマグナメルムに協力するかどうかという事らしい。

 そういうことならもちろんジョーたちに異存はない。一も二もなく頷いた。

 アラフブキが土下座をしようとしていたので止めた。危うく釣られてしてしまうところだった。


 それでは、とゴードンに案内され、森をさらに奥へと向かっていく。


 少し歩くと、扉だけが立派な祠のようなものが現れた。

 扉の先には地下へと下りる階段があるそうで、その先にゴードンの言う遺跡があるらしい。

 ゴードンは懐からロッドのようなものを取り出すと、それを扉に押し当てて開いてみせた。あのロッドが鍵のような役割をはたしているようだ。マジカル認証キーといったところか。遺跡と言うだけあり、古代文明の技術がふんだんに使われているらしい。


 階段を下りながら、ゴードンに色々と聞いてみる。


 転移リストには載っていないとはいえ、こうして普通にダンジョンとして存在している以上、ここにやって来るのはマグナメルムに協力したいと考えている者たちばかりではない。もちろんジョーたちは誰にも言うつもりはないが、いわゆる原理主義者たちが冒険者ギルドから情報を買い、このダンジョンにやって来る可能性だってある。


 そうした場合はどうするのかと聞いてみれば、その時は表に居たショウジョウやケルベロスのヒエムスが対応するそうだ。あの黒い大猿はショウジョウと言うらしい。それが名前なのか種族なのかはわからなかったが。

 ショウジョウやヒエムスをもし倒す事が出来るような者が来たとしたら、その時はもう仕方がないとの事だった。

 また、セプテムからも遺跡を守ると言ってもあくまで侵入者の実力を測る目的で行なうよう言われているそうで、想定を超える敵がやってきた場合は無理をせず報告するに留めるよう命令されているとのことだ。

 何にしても死亡しても復活するのだろう部下の安全にまで気を配るとは、なかなかどうしてホワイトな職場である。

 まあ、スノーバブーンやその上位種──ヒヒたちにまでは残念ながら福利厚生が行き届いていないようだが。


 ただ、マグナメルムに協力するつもりがある者であっても、いきなりこの遺跡に招待したりはしないようだ。

 少なくとも独力でショウジョウたちの前まで来ることが出来なければ、遺跡を使用させても意味がないと言っていた。

 またマグナメルムの目的が勢力の拡大ではなく、異邦人──プレイヤーを始めとする弱い人類の強化であるというのは本当らしく、仮に敵対的な者であっても、ヒエムスやショウジョウが実力を認めれば遺跡の利用を許可することもある、とも言っていた。





 長い階段を下りると、これまた長い廊下に出た。

 廊下の左右を固める壁は石を積んで作られたものではなく、巨大なブロックを並べる事で構成されているようだ。どうやってこんな巨大なブロックを、均一のサイズでこれほど用意したのか。古代文明の技術の高さを目の当たりにした思いだ。

 南方大陸スレではウェインたちが獣型ロボットがどうとか騒いでいたが、これなら中央大陸の技術だって捨てたものではない。


 その廊下の先には、次の部屋へと続く穴が四角くぽっかりと空いていた。

 扉でもあれば見栄えもいいだろうに、古代人はここまで来て力尽きて作るのをやめてしまったのだろうか。


「──さあ、あっちだ」


 ゴードンに促され、部屋へと入る。

 かなり広い部屋だ。天井も高い。

 部屋の中心には、妙に雰囲気のある祭壇のようなものが鎮座している。


 ジョーは見た事が無かったが、似たようなものの話は聞いた事があった。

 スクール肌着たちが言っていたものだ。セプテムが探し出し、掘り起こしていたという古い遺跡である。

 これもそういったもののひとつなのだろう。


「これは……」


 スクール肌着たちの国の地下にあった遺跡はセプテムが運び出したと聞いている。

 ではなぜここにあるものはそうしないのか。

 あるいはこれもどこかから持ってきたものなのか。

 

「これは、何なんですか?」


 しかしゴードンはジョーの質問には答えず、薄く笑って祭壇を示した。


「どうぞ、触れてみると良い。そうすれば、それが何なのかはすぐにわかる」


 なんとなく躊躇するジョーたちを安心させるようにゴードンは続けた。


「ああ、もしかしたら何か素材を要求されるかもしれない。その場合は、ここへ来た初の訪問者ということで、俺が与えられている分で賄えそうならいくらかは融通しよう。

 さ、早くしてくれ。これが終わったら君たちにはここの事を異邦人たちに広めてもらいたいんでね」









 マグナメルム・セプテムが何を考えているのかはわからない。

 しかしこのクエストを完遂すれば、おそらく災厄神国ハガレニクセンをマグナメルムに取り立ててもらう事も可能だろう。

 幸い、その事自体の難易度は高くない。多くのプレイヤーが喉から手が出るほど欲しがっている、「転生」に関する情報を広めればいいだけだ。

 スレでも立てれば労せずあっという間に広まるだろう。


「……問題は、だ。このダンジョンの情報を公開する許可を冒険者ギルドの連中からもぎ取ることだな。

 ……いくらかかるんだそれ……」





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