第511話「門番」(丈夫ではがれにくい視点)





「あれだけご自分で、さも所在不明であるかのような言い方をしておいて、だ。

 ヒルス王都なり空中庭園なり、分かりやすい場所にいるはずがないよな」


「そうだな」


「いきなり孤島に現れたりするくらいだ。セプテム様のフットワークはすでに世界規模と言ってもいいはずだ。

 しかしながら、俺たちプレイヤーはそうじゃあない。自由に動き回れるとしたらこの中央大陸がせいぜいだ」


「でしょうね」


 熱を入れて演説するジョー・ハガレニクスに、アラフブキと青眼兵コトノハが相槌を打つ。


「となれば、俺たちは待つしかない。中央大陸で、セプテム様と関わりがあり、かつ分かりにくい場所で。

 それはどこなのか」


「どこなんだよ」


 それが分かれば苦労はない。というか、分かるのであれば分かりにくい場所と言う条件から外れる事になる。

 怪しい場所を探していくしかないのだが、探す対象が動き回っているのだとしたら会える確率は低い。結局はどこかにヤマを張って待つしかない。


「心当たりが無いわけじゃない」


「……なるほど──って言うと思ったか! 何回目だそれ! 今度こそ大丈夫なんだろうな!」


 アラフブキが吠えた。

 それも仕方がない事だ。

 これまで、今行なわれたのとほとんど同じやり取りで何度も空振りしてしまっている。


 しかし、今度ばかりはジョーにも自信があった。

 苦渋の決断ではあったが、外部協力者にも金貨を支払っている。

 自信がある、というよりも、もうそろそろ失敗できないと言った方が正しいが。


「──俺は直接見ちゃいないが、前大戦のとき、セプテム様は各国の王のご遺体をどこかに運んで行った、らしいな」


「あー。そういや、そんな話あったな。ペアレ王のデカい死体を運んだのはセプテム様じゃなくて双頭のドラゴンだったけどな、確か。それだったら俺も見たぜ」


「そういえばアラフブキは現地に居たんだっけ。ならお前にも聞けばよかった。まあいいや。

 どこかに運んで行ったって事は、その先にセプテム様ゆかりの場所があるはずだな。

 それが具体的にどこなのかってのは、実はすでに判明している。ウェルスからセプテム様が飛び去った方角と、ペアレからドラゴンが飛び去った方角、このふたつが交わる場所がそれだ」


「……気にした事無かったけど、確かにそうだな。まっすぐ行ったんならって条件付きだが」


「両者ともに空を移動してたんだから、何かを迂回したりする必要はないはずだ。まっすぐ行ったと考えるのが妥当だろう。もし何かの目的で敢えて蛇行したりなどしていた場合はもうどうしようもないし、その目的も分からないから考えるだけ無駄だ」


「考えが無駄になるだけならいいけど、その考えに従って行動した場合は時間も無駄になると思うんだけど。また」


「ていうかよ。TKDSGだっけ? あいつがやったみたいに、マグナメルム傘下の組織に接触して、そっから渡りつけてもらった方が早くねえか? 人魚王国はどこ行っちまったのかわかんねーから無理かもしれんが、名もなき墓標のてっぺんとか、MPCとかいう連中とかよ。

 なんなら、素直にヒルス王都だの空中庭園だのを攻略するつもりでアタックして、ボス部屋で開幕土下座って手もあるんじゃねーか? 最初からそうしとけば今頃よお……」


 アラフブキの言葉も一理ある。一理あるというか、本来であればそうするのが正しいと言える。結局は正道こそが何よりの近道になる。


「わかる。わかるが、それで果たしていいのだろうか。そんな正道なやり方で、仮に俺たちもマグナメルムの傘下に入れたとして、セプテム様はそんな俺たちに目を留めてくれるだろうか。

 すでにTKDSGがマグナメルムに入っている以上、一番乗りはもう無理だ。そんな普通のやり方で入れたとしても所詮二番手三番手。セプテム様が俺たちを見てくれるとは限らない」


「……ナンバーワンが無理ならオンリーワンを狙う、ってわけか」


「その通り。セプテム様が未確認ダンジョンに何を隠しているのか。それを調べ、その情報か、調べていると言う事実が持つプレッシャーをもって交渉に当たるんだ。そうすればセプテム様も、俺たちに目を向けざるを得ない」


「……なんか、好きな子に構って欲しくて意地悪する男子みたい」


 コトノハが呆れたように言った。だいたい合っている。


「本作戦において知りえた情報は絶対に漏らすわけにはいかない。その性質上、メンバーは厳選する必要がある。

 まずはここにいる3名。それとアンディ、ジーンズ、オーノー田、薔薇条とれべらーの合計8名だ」


「なるほ──多くね?」


「曲がりなりにも未知のダンジョンにアタックしようってんだぞ。このくらいはいるだろ」


「まあ、いいならいいけどよ。で、どこなんだそのダンジョンは」


「ああ。スゴロク地図には載ってないが、……このあたりだ。なんでもここに森があるらしい」


 スゴロク地図を広げ、何もないところを指差す。


「何で知ってるの?」


「例の大戦以降、ダンジョンだの街だのの場所を調べてるやつらがいるからな。そいつらに金を渡して聞いてきた。自分らでアタックするわけじゃないが、リストに乗らないダンジョンを探して情報を金に換えるみたいな事してるプレイヤーは結構いるぞ」


「冒険者かよ。つか、極秘作戦とか言いながら外注に頼ってんじゃねーか。ガバガバにもほどがあんだろ……」


「心配するな。冒険者は情報を他には漏らさないし、俺たちがなんでダンジョンを探しているのかも詮索しない。それが彼らの飯の種だからな」









 ジョーが接触した案内人の指示通りに転移したダンジョンから、一旦パストという街に移動し、そこから徒歩で目的の場所へと向かった。

 前回のアップデート以降、これまでリストに載っていなかったダンジョンであっても、物によっては一度行けばリストに載ることがある。

 今向かっているダンジョンもそのたぐいらしく、案内人の話によれば【プロスペレ遺跡】と言うらしい。

 これらの情報は案内人、冒険者たちの稼ぎに関わってくるため秘匿が義務付けられており、もし破った場合は二度と彼らの力を借りる事は出来なくなる。


「ここがその遺跡か。森じゃん」


「この辺りが転移先エリアですね。後ほど確認していただければ分かると思いますが、もう皆さんのリストには載っているはずです。ここは間違いなくプロスペレ遺跡ですよ。森の中に本当に遺跡があるのかどうかについては我々も存じません。危険ですので調べておりません」


 案内人の男はそう言った。

 彼が言うにはこの森の難易度は☆6。

 攻略はおろか、探索するだけでも大きな危険を伴う。もともと彼らは調査が専門でアタックはしないスタイルなので、これ以上の情報を求めるのは酷だろう。


「そうか、わかった。ありがとう」


「いえいえ。また何かありましたら是非我がクラン【冒険者ギルド】にお声掛けください。

 ──それではよい冒険を」


 男はそう言うと馬に跨り去っていった。


「……冒険心のねえ冒険者ギルドだなー……」


「少なくともフィールドを探索してダンジョンを探してるんだから、それなりに冒険心はあるんじゃないのか?」


「いろんなプレイヤーがいるよな。いやマジで」





 森の中は鬱蒼としており、冷たい空気が漂っていた。ただでさえ気温が低いところに、木々が日の光を遮っているせいだろう。木々の間隔が広めなところも、森の中でありながら冷たい風を吹かせている要因になっているように思われた。


「この広さなら8人でも十分戦闘出来るな」


「ああ。よかったぜ」


「……いや、いいかどうかはわからんぞ」


 能天気に話すアンディたちに、地面を見ていたジーンズが神妙な顔をして言った。


「足跡があるってわけじゃないが、苔や雑草があんまり生えてない。たぶん、普段ここを通ってる何者かがいるんだ。木々の間隔が広いのも、そいつが通るためだろう。

 となると、森の中にしては大型の魔物が生息している可能性がある」


 ジーンズは弓兵兼スカウトである。

 その経験から、この森にいる魔物の傾向を読んだようだ。


「よし、じゃあジーンズを先頭に、気をつけて進もう。☆6のダンジョンだ。雑魚相手でも苦戦するかもしれない。油断すんなよ」





 森を進み、最初に出会ったのは白い猿だった。

 看破のモノクルによれば、その猿は「スノーバブーン」。氷系に適性が高い前衛型の魔物のようだ。

 アイテムで『鑑定』出来たことからも分かる通り、この魔物はそれほど強くなかった。数体まとめて現れたとしても危なげなく狩る事が出来る。


 しかし、スノーバブーンをひと回り大きくしたような姿の大猿が混じってくると話は別だった。

 そのリーダー個体がバブーンたちを統率し、バブーンたちだけの時とはまるで違う難易度に変化したのだ。もともと賢い魔物なのだろう。たった1体の上位種が雑魚の群れを立派な部隊に変えてしまった。


 中ボスかとも思われたその上位個体は、1体だけのユニーク個体ではなかった。

 その後も何度か、上位種とスノーバブーンの混成部隊は現れ、ジョーたちを苦しめた。


 この猿たちの実力ならば、確かに☆6くらいの難易度はあるのかもしれない。

 しかし、セプテムが何かを隠している場所を守るにしてはいささか素直すぎると言おうか、普通の魔物である。


 そう考えながらも森を進んでいくと、先頭を行くジーンズが不意に足を止めた。

 何かあったのか、と近付いていき、ジョーも気付いた。

 『真眼』に見えたのだ。強大なLPの輝きが。

 災厄級ほどではないのかもしれないが、今のジョーたちでは敵わないだろう事は確かである。


「……どうする? たぶん、向こうはもうこっちに気付いてるが」


 敵に警戒されないよう気をつけ、誰よりも早く危険を察知する。それがスカウトの仕事であるが、相手も生きた魔物であるなら必ずしもそれが叶うとは限らない。

 端的に言って、相手の方が察知能力が高い場合、どうやっても先に向こうに見つけられてしまうからだ。

 今がまさにそうだった。


「……襲って来ない、って事は、あそこから出ない理由でもあるのか……」


「……あそこがボスエリアなんじゃないのか?」


「……確かにヤバい雰囲気だが、☆6ダンジョンのボスが災厄級未満なんてあり得るのか? ☆5のヒルス王都の玉座の間にだって災厄級が2体とか居たとか……」


「……ありゃあセプテム様のお膝元だからだろ」


「……それはここも同じだろ」


「……てか、下手したら多分この会話も聞かれてると思うぞ」


「……言葉通じるのかな」


 相変わらず、LPの主はこちらへ近づいてくる気配はない。

 待っているのは間違いなさそうだ。

 ならば、行ってみるしかない。必ずしも戦闘になるとは限らない。

 何なら、最初のアラフブキの案の通りにみんなで開幕土下座をかましてやればいいのだ。





 それから少し進んでいくと、不意に開けた場所に出た。

 あのLPの持ち主はそこに堂々と座っていた。

 座っていても、その背丈はジョーたちよりも、これまで戦ったどの猿よりも大きい。

 金属光沢のある黒々とした毛皮をまとったその猿は、赤い眼をぎろりと光らせて侵入者であるジョーたちを見ていた。


〈攻撃してくる様子は……ないな。なんでだろう〉


〈わからん。わからんが、戦闘の意志がないなら交渉も出来るかもしれん〉


〈交渉ってなにするんだよ。セプテム様の秘密を教えて下さいとでも言うのか〉


〈そんなストレートに聞くかよ。ここが何なのか、なぜここを守っているのか、くらいは聞いても不自然じゃない……よな?〉


 積極的に賛成という者はいなかったが、反対意見も出なかった。


「──あ、あの!」


 ジョーがそう巨大黒猿に話しかけた時。

 上空からまた別の黒くて大きな何かが落ちてきた。


 その何者かは3つの口から高熱に揺らめいて見える息を吐き、ジョーたちをめつけた。


「げえ! ケ、ケルベロス!?」






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