第510話「たちの悪い客」(ウェイン視点)
「しかし、「まごころ商会」に「しんせつ商会」か。妙な名前ばっかりだな」
「中央大陸は商会長のファミリーネームを付けるのが主流だからね。こっちの大陸は違うってことなんじゃない?」
「これまでの街はどうだっけ。あんま覚えてないな」
「この街以外は小さな所ばっかりだったからね。商会も街に大きなのがひとつと、後は個人商店みたいなのばっかりだったし、下手したらいちいち名前とか付いてなかったのかも」
ウェインたち3人は商店街を冷やかしながら歩いていく。
他のプレイヤーたちもそれぞれ好きな所へ行ってしまった。
使節団と騎士団もひとまず全員行政庁に向かって行ったのだが、仮に中央大陸に戻るグループに混ざりたい場合はいつどこで落ち合えばいいのだろうか。
そのあたりの連絡は全くされていない。
このままだと強制的に全員南方大陸居残り組になる。
もっとも、プレイヤーなら金貨か経験値さえ支払えば転移装置で大陸間移動も可能なので、あまり意味のない話かもしれないが。
ウェインとしてはもう少しこの大陸を探索するまで帰るつもりはないので、しばらくこの街を拠点にゆっくりやっていくつもりだった。
明太リストも例の鎧獣騎を気にしているようだし、ギルは鎧獣騎の技術を応用した可変型の大盾とか作れないだろうかなどと言っている。ただ仮に出来たとしても現在のギルの愛盾アダマンスクトゥムよりも性能がいいかどうかは疑問である。
商店街で売られているアイテムは中央大陸と大差がないようだ。
アイテムと言っても主には食品や日用品なので、仮にゲーム的に難易度が違うとしてもそうそう変わるラインナップでもないのだが。
ただ、中央大陸であればそうした出店や商店に紛れて錬金系ショップなどでポーション類が売られていたものだが、そうした店は見当たらなかった。武器屋もない。その手の物が売っていたのはまごころ商会だのしんせつ商会だのだけだった。
「売れ筋商品じゃねえから百貨店的な店にしか置いてねえって事かな。専門店が存在しねえっつーか」
「……考えてみれば当たり前かも。だって魔物の対処は基本的に国軍、鎧獣騎部隊が請け負ってるんだよね。傭兵みたいな職業もないみたいだし、武器とかポーションとかを一般人が購入してもしょうがないんだよきっと」
言われてみればその通りだ。
使用する予定がないのに買う者はいないし、買う者がいないのに店を開く者はいない。
軍向けに多少は需要もあるのかもしれないが、そうだとしても商店街で売っているはずがない。
日用品レベルであれば大型商店に雑貨扱いで置いてある分で十分なのだろう。
「使節団の足に合わせてたからこれまでの街でもロクに見れてなかったけど、南方大陸は全体的にそんな感じなのかな」
「新エリアっつったら新モンスターに新装備だろ。売ってねえならどうすりゃいいんだ」
「まあ、僕らはあんまり装備更新の必要性はないけど、他の人たちは困るよね。それに僕らだって消耗品は補充したいし」
「道中で使ったポーションくらいなら、さっきのまごころ商会にあったな。だいぶ割高だが」
「買う人いないんじゃしょうがないよ。生産量も少ないだろうし」
「ゲーム後半の宿屋がやたら高いみたいな感じだね」
「あれ何なんだろうな。物価が違うのかな。でも薬草とかの値段は一緒だしな……」
雑談をしながら歩いて行くうち、いつしか商店街の外れまで来てしまっていた。
これより先は見たところ住宅街のようだ。宿は商店街の中にあるため、旅行者であるウェインたちには用がないエリアである。
するとふとギルが立ち止った。
「どうした? ギル」
ギルの視線を追うと、建物と建物の隙間、いわゆる路地裏の方へ向かっていた。
覗き込んでみれば、何かの看板を掲げた建物の入り口が見える。いかにも裏通りの店、と言った感じだ。
「……ああいう店に掘り出しモンがあったりするんだよな」
「わからないでもないけど、明らかにカタギじゃなさそうな店だよ。大丈夫かな」
「大丈夫じゃなくたって最悪でも死ぬだけだろ。念のため先にさっき見かけた宿に部屋とって、後で来てみようぜ」
*
「……なんだあ? てめえら。ここは金もない田舎者が来るようなところじゃねえぜ。失せな」
店に入るなりそんな剣呑な声をかけられた。
店と言っても特に何も置かれてはいない。
声はカウンターに肘をついて座っているどう見てもカタギではない男から発せられていた。
カウンターに座る姿やその言葉から、ここが何らかの商売を行なう場所である事は確かだろうが、一体何の店なのかはさっぱりわからなかった。
ただ、よく見ると部屋の奥に扉がある。セキュリティ上の問題で商品は扉の向こうに置いてある、のかもしれない。
「金ならあるぜ。田舎者って部分は否定しねえけどな」
ギルがインベントリから金貨袋を取り出し、カウンターに置いた。
装備の更新があまり必要ないウェインのパーティは比較的資金が余り気味だ。個々人が自由にできる金貨は多かった。
そのため当然ウェインもギルも明太リストにアダマスの代金を支払おうとしたのだが、明太リストには断られてしまっていた。
明太リストとしてはアダマス塊はプレゼントしたつもりであるし、どうしても気になるようなら金貨以外の方法で借りを返してくれた方が嬉しいとの事だった。金貨は余っているからと。
「……贋モンじゃあねえようだな。ちっ。紹介状は?」
「そんなもんいるのか」
「ねえのかよ。マジ何でこんなとこ入ってきやがったんだお前ら。そういうのがうろちょろしねえようにわざわざ裏通りに店構えてんのに。
おらもう出てけ。紹介状がねえならお前らに売るモンはねえ」
カウンターの男はぞんざいに、ウェインたちを追い払うように手を振った。
ウェインたち相手に商売をする気はないらしい。
「……残念だな。でもわかったこともある。
まず、この店はやっぱり何かを売る店舗だってことだ。サービス業だったらああいう言い方はしないだろうからね」
「ああ、だろうな。それと、紹介状と金さえあればこっちの素性が何であろうと商品は売ってくれそうだって事もだな」
「そういうシステムって事は、普段から不特定多数の客が来てるって事だね。だけどその上で、売る相手については精査しないと店側にも危険が及ぶかもしれない、そんな商品を扱ってると考えられる」
「──お前ら、おしゃべりだったら外でやれや! それを俺に聞かせてどうしたいんだよ! 紹介状が無きゃ何言われても通さねえからな!」
カウンターの男が激昂した。しかしお陰でもうひとつ分かったことがある。
「なるほど。通さないって事は、商談はあの扉の向こうでやるのか」
「ああああ! うっぜえな! 何なんだお前ら! あんまナメた態度取ってやがると──」
男はナイフを取り出し、カウンターを乗り越えてウェインたちにそれを突きつけた。
どう見ても暴力を生業としているような風貌の男である。機嫌を損ねればこのように一線を越えようとするかもしれない事は想像出来た。
しかし、たとえそうなったとしてもこの男程度の力ではウェインたちには傷ひとつ付けることはできない。
逆に、襲われたという事で男を拘束し、官憲に突き出す代わりに店の商品を見せてもらえないかと交渉するつもりだった。
「──やめろ、ギムレット」
「あ、兄貴……」
すると奥の扉から男が現れた。その男に声を掛けられ、カウンターの男──ギムレットはナイフを仕舞った。
「お前がそんなおもちゃを出したところで、そいつらはどうにも出来ん」
「じゃ、じゃあ兄貴が何とかしてやってくださいよ! こいつら、さっきからしつこくて──」
「……出来るものならもうやっている」
兄貴と呼ばれた男はギムレットと違い、生身での戦闘に長けているように見えた。
詳しいところはわからないが、LPからすればウェインと同程度だろうか。LPはVITにSTRかAGIのどちらかを加えた数値で決定するため、男が魔法が使えないのであればウェインの方に分があると言える。どちらにしても3対1なら余裕で何とか出来る。
男の方も、『真眼』か何かでウェインたちの実力がわかったのだろう。
「……ちっ。店で暴れられてはかなわん。商品が見たいんだろう。ついてこい」
「い、いいんですか兄貴! ボスに叱られるんじゃ……」
「紹介状は、政府に繋がれてる犬を弾くための試金石にすぎん。ここで騒がれて官憲を呼ばれちまったら同じだ。
今の政府の犬にはこれだけの実力者が存在しないことはわかってる。大方、
抱き込んじまったほうが話が早え。ボスには俺から言っておく」
男に付いて扉をくぐり、入った部屋は思いの外広かった。天井も高い。とても路地裏の建物とは思えない。
壁や天井が一部ガタガタしているところを見るに、もしかしたら複数の建物であるかのように外壁を偽装しているのかもしれない。
何のためにそんなことを、といえば、おそらく広大な空間を管理している事実を他に知られたくないからだろう。
その理由はすぐにわかった。
この大陸では広大な空間というのは容易にこの「商品」を連想させるからだ。
そこには、魔導具の光に照らし出された、鎧獣騎が何体も並んで立っていたのだった。
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