第503話「ごった煮」
しばらくそのまま待っていたが、もうメッセージは聞こえない。
まるで何事もなかったかのように元の通りになっている。
くる身代わり人形を形が変わるほど抱きしめ、もう一度触れてみると、同じように魔法陣が現れ、メッセージも流れた。
しかしやはり、マナが検知できないとかで第二の封印が解錠される事は無かった。
不安げにドレスの袖を掴んでくるエンヴィとカルラを落ち着かせ、今の現象を振り返ってみた。
この事からわかる事実はいくつかある。
まず、どうやらこの壁は複数からなる封印によって形成されているらしい、ということだ。
第一の封印は解けたが、第二の封印は解けなかった。少なくとも2つ以上の封印があるのは間違いない。
その後元の状態に戻ったという事は、おそらく全ての封印を解かなければいくつ封印を解こうがまったく意味がないのだろう。
次に、第一の封印を解く鍵はレアが持っているらしいということ。
全く心当たりがないが、マナがどうとか言っていたので、鍵と言っても物理的なアイテムではなく、何かのフラグではないかと思われる。
「まさか、魔王の力が……。いや、ないな。ないない」
こと黄金龍に関して言えば魔王とは何の関わりもない。そういう期待は最初からしていない。
複数の封印。
伯爵の話では、クリスタルウォールの封印をどうにかするためには封印に関わった6つの種族の王のマナが必要だとの事だった。
それがもし、今言われた複数の封印を解く鍵であるとするなら。
レアは少し前に中央大陸南部の大樹海で会ったクィーンアラクネアの事を思い出した。
彼女はレアの姿を見て、何かに気付いてひれ伏していた。
気が付いたきっかけこそ、レアの異形の姿を見たからだったのかもしれない。
しかしひれ伏したのはおそらく、レアの中にある彼女の上位種、クィーンアスラパーダの力を感じたからだろう。
もし、クリスタルウォールにもそういう機能があるとすれば。
「蟲の女王を……。わたしが取り込んでいるからか。だから第一の封印が解けた……」
そうだとするなら話が早い。
その種族のマナが必要であるなら、ただ倒すだけでは足りないようだ。生きたままここへ連れて来て封印解除を願わせるのが一番手っ取り早いのだが、残念ながら鍵の大半は死体になっている。
その場合、例えば遺体か遺体のどこか一部を壁に触れさせればいいのだろう。いや、それは流石に普通のプレイヤーにとってはハードルが高すぎる。本来は倒して得た素材を使って作ったアイテムなどを想定していたのかもしれない。
遺体を使ってアイテムを作るのは今更面倒だし、融合によって取り込んでもいいのであれば話が早い。得意分野だ。
「封印については問題なさそうだ。次に試すのは本番になるだろうけど。
──よし、中央大陸へ戻ろう」
*
ペアレ北部のプロスペレ遺跡へ行き、そこでエンヴィとカルラを『召喚』する。
彼女たちは荷物持ちだ。ちょっとかさばる荷物がある。
遺跡の地下で各種遺体を回収すると、次はトレの森に移動した。
トレの森ではスタニスラフが融合の祭壇を水拭きしていた。
なんとなくお盆の墓参りを連想した。
そんなスタニスラフの顔を見てもうひとつ思い出した事がある。そういえばタケダを押し付けておいたのだった。
しかし軽く辺りを見渡してもそれらしい人物はいない。
どこへ行ったのか聞いてみると、急上昇した身体能力の慣らしのために森の中を動き回っていると言う。
この森もまったくプレイヤーが来ないというわけでもないし、そういう者たちを探して狩ることをここ数日の日課にしているらしかった。『使役』やフレンドチャットで世界樹と繋がっているレアなら侵入者がどこにいるのかすぐに分かるが、スタンドアローンのタケダでは足を使って探さなければわからない。オンラインゲーム内でスタンドアローンというのもおかしな表現だが。
世界樹に聞いてみると、タケダは現在森の南の端でプレイヤーと戦っているようだった。
彼にも手伝ってもらいたい事があったのだが、連絡手段がない。後でいいだろう。
「先にこちらを済ませてしまおう。素材はこれとこれ、後これとこれだな」
カルラたちに運ばせた素材を置き、レアは祭壇に腰かけた。
プロスペレ遺跡から持ってきた素材。
言うまでもなく、前大戦で用意した封印を解く鍵である。
聖王、幻獣王、海皇、そして精霊王。
それをすべて、レアのアバターに融合させた。
特性として増えたのは、聖王からは「光背」。発動させると背後に光の輪を背負う。
翼のさらに後ろに浮かび上がるようで、羽ばたいたりすると自動的に動いて翼を避ける。そうした場合に障害物にぶつかると反発するような感触を受けた。浮いていても身体の一部らしい。端的に言って邪魔である。たぶん今後発動させることはない。
精霊王から受け継いだのは「翅」だった。
これをオンにすると翼の羽根の1枚1枚がやや透き通り、構造色でうっすらと虹色に光を反射するようになる。非常に地味だが美しい。
海皇からは「水棲」を得た。別に要らない特性だ。一番がっかりした。
だが幻獣王よりはマシかもしれない。というのも特に増えた特性がなかったからだ。
もしかしたらすでに持っている他の何かと被っているのかもしれないが。
死亡した状態であっても災厄級ということなのか、上昇した能力値はなかなかのものだった。
できれば精霊王の『霊術』あたりがアンロックされたら嬉しかったのだが、そういうボーナスはなかった。何かほかに条件でもあるのか、魔王では取得できないようになっているのか。
どれもこれも基本的には単なる素材に過ぎないが、一部の特性を得られたことから分かる通り、これで鍵となる因子は手に出来たはずだ。あとは真祖吸血鬼が足りないが、これは本人を連れていけば問題ないだろう。幸い該当者は2人もいる。しかもそのうち1人は当事者である。
ふと思いつき、アウリカルクムも融合してみた。
このアイテムは人類の敵が落としたものだ。何があるかわからない。
しかし自分であれば、どんな危険があったとしても御しきれるはずだ。そういう自信があった。
後から考えてみればこれは能力値上昇による例のハイテンションであったような気もする。
ギリギリ残されたひとかけらの理性で、念の為くる身代わり人形を手に持ったまま祭壇に座った。
処理が終わると手の中から人形が消えていた。もしや一回死亡したせいで消えたのか、と思ったが、そういうメッセージは来ていない。
では一緒に融合されたのだろうか。
自分のステータスを確認してみたが、くる身代わり人形が関係しそうなスキルも特性も特に増えてはいないようだった。
アウリカルクムを取り込んだことで手に入れた特性は「外なる黄金」。
効果としては金剛鋼の上位互換、ではあるのだが、デメリットが大きい。外なる黄金発動中はLPとMPの自然回復速度が極端に遅くなるらしい。
そこまではいい。
ただもうひとつ、アウリカルクムのせいだろう怪しい特性も追加され、異彩を放っていた。
『蛻カ髯占ァ」髯、』というものだ。
現状、文字は赤色でオンにもオフにも出来ないようだが、これは果たして持っていても大丈夫なものなのだろうか。
*
聖王だの海皇だのはともかく、精霊王と言えば魔王と対をなす同系統の反属性種族である。
その精霊王を取り込んだ事で、もしかしたら何らかのブレイクスルーが起きているかもしれない。
そう考え、賢者の石グレートや転生の祭壇を使ってみた。
が、特に何かが起きると言う事もなかった。
どうやら魔王の上の種族はないようだ。
あるいは、あったとしてもまだ何か条件が足りないのか。
転生の祭壇からトレの森へ戻ってくると、タケダが帰って来ていた。
ちょうどいい。彼には頼みたい事がある。
「──それがきみの新しい身体か」
「ああ、そうだ。人間を捨てる事になったが──後悔はしていない」
自分たちの主人に対する尊大な口調に、世界樹の枝葉がざわめき、スタニスラフの眉間にしわが寄る。アビゴルが鼻から炎を噴き出し、エンヴィとカルラも目を細めた。その異常な圧力にタケダも
レアとしては言葉遣いなど別にどうでもいい。
彼はレアの軍門に下ったわけではない。ただ恋に敗れただけだ。それがどういう感覚なのかは知らないが、相当に辛いことらしいというのは知識として知っている。なら多少は大目に見てやるべきだ。これから少々キツメの仕事もしてもらうことだし。
タケダは全身を青黒い装甲に覆われたような姿であり、口元には牙のようなものが何重にも重なって生えていた。
肩からは縦に円盤状の金属のようなものが生えている。例えるなら、シャンプーハットに腕を通して肩まで上げたような感じだ。そしてその円盤の縁にはノコギリ状の刃がついている。
スタニスラフに聞いたところによれば、タケダに食わせたのはアダマスとハラヘリコプリオン、そしてマーマンらしい。誰がどこで捕まえてきたのだろう。
総評すると若干ヒーロー寄りの顔をしたサメ怪人、といったところか。使った素材を考えればよくここまでまともな見た目に収まったと言える。
大部分はハラヘリコプリオンのおかげだと思われるが能力値も大幅に上昇しているようで、この森にアタックしている、それなりの実力だろうプレイヤーたちを赤子の手を捻るように片付けてきたようだ。
森を動き回って暴れていたのは例の能力値上昇の弊害もあったのかもしれない。
「じゃあひとつ仕事を頼もうかな」
「仕事? この森にいた身の程知らずの事なら、ついさっき片付けてきたところだが?」
急に自己紹介をされても困る。
どうやらまだ病気が抜けきっていないらしい。
数日経っているし、ログアウトもしているはずなのだが、どうなっているのだろう。別に彼の私生活に問題が出ていないのならいいのだが。
「そういうのとは違う仕事だよ。異邦人である君にしか頼めない事だ。
──ちょっとこれを持って、そこに立って」
レアはローブの袖から取り出す振りをしてインベントリからくる身代わり人形を出し、タケダに手渡した。タヌキのぬいぐるみの形状のものだ。
そして自身の特性の糸を解放し、ぬいぐるみごとタケダの全身を縛った。
「うおっ!? なんだ、動けんぞ!」
死亡する瞬間に驚いて落としてもらっても困る。こうして縛りつけておけば手放しようもないだろう。
「じゃあいくよ。『ダークインプロージョン』」
「うおおお! 暗闇が! 迫っぶ」
『ダークインプロージョン』によって生まれた闇の球体に圧縮され、この世から消え去ったはずのタケダだったが、魔法のエフェクトが終わった後も同じ場所に変わらず立っていた。
その手から真っ黒になったぬいぐるみの残骸がさらさらと風化するように消えていく。
「──あれ? な、なにが?」
「ふむ。死んでないな。成功か」
「死んで──って、殺すつもりだったのか!」
「殺すつもりで攻撃しないと意味がないからね。でも死なせるつもりはなかったよ。成功して良かった」
「何言って……あ、もしかして今のアイテムが何か……。くそ、思ってた以上にブラックな職場だった……!」
人間味のない顔であるためよくわからないが、腰の引けたその態度から察するにレアを恐れているようだ。
どうやら病気も治ったらしい。
*
タケダの身柄を再びスタニスラフに丸投げすると、レアは西方大陸に戻る事にした。
ぶらり旅の続きをするためではない。
いやそれでもいいのだが、その前に確認しておくことがあったのを思い出したのだ。
鍵は揃った。
黄金龍を復活させるためにしなければならない事はもう無い。
であれば次はその後、復活した黄金龍を倒す切り札の確認だ。
どのくらいの被害が出るか分かったものではないし、なるべく誰にも迷惑がかからない広い場所に行く必要があった。
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