第504話「なんでじゃ」(ブラン視点)





「すっ──げー! 何これ超すげー! 語彙力やばみ!」


「ふふん、そう言ってもらえると嬉しいね。ほら、あの辺なんかどうかな。気に入ってるんだけど」


「何言ってるの。あれって確かレアさんが吹き飛ばしたところじゃない」


「だからこそだよ。僕の造り上げた芸術的牧場に、最後にレア様が手を下してくださったんだよ。これはもう2人の共同作業と言っても過言じゃないよね」


「……やばみってなんじゃ?」





 磯臭いお茶会の後、ブランはジェラルディンとゼノビアと共に、カナルキアで西方大陸へと送ってもらった。

 移動には数日かかったが、その間例の牢屋にタケダと名乗るプレイヤーが戻ってくる事は無かった。無事にリスポーン地点は書き換えられたようだ。

 とはいえ油断はできない。どこで寝泊まりしているのかわからないが、その場所が破壊されれば再び戻ってくる可能性がある。


 西方大陸に着いたブランたちは港町から少し離れた海岸に上陸し、ゼノビアの治める地底王国に訪問した。

 海岸線から地底王国まではメリサンドの配下の馬に送ってもらった。水陸両用の素晴らしい車である。


 荒野に埋まるようにして存在している地底王国は、ブランの目にはまるで割れた卵のように映った。

 その割れた箇所がレアが撃ち抜いた部分なのだろう。

 見ようによっては内側から巨大な何かが殻を破り、孵化した後のようにも見える。

 経緯を考えれば、孵化したそれは黄金怪樹という事になるのだろうか。





「街なかで雨が降るって感覚自体が新鮮だったようでね。その点はたいそう戸惑ったみたいだけど、昼間に日が当たるというのはそれを補って余りあるメリットだったみたいで、今じゃ開かれた地底王国なんて自称する民もいるそうだよ。まぁたまにオークやサソリも降ってくるみたいだけど。よく知らないけど」


「よく知らなくていいんですか? 一応王様なんじゃ?」


「人前に出るのが面倒だからね。王様は黄金怪樹の変のおりに亡くなったってことにしてもらった。

 今の僕はそう、言うなれば影の支配者さ。まあ実際の国家運営は僕と教授の配下がやってくれてるんだけど」


「え、じゃあ何にもしなくても給料だけ貰える感じなんですか? こんなエモい不動産の不労所得とかヤバいっすね!」


「……エモい? ふろうしょとく?」


「ブランさんの話は時々よくわからないから、適当に聞き流しておいた方が良くてよ、メリーさん」


「……そうじゃな」





 地底王国には入る事はせず、地上からしばらく眺めて移動した。

 すでにここまで到達しているプレイヤーは多くいる。中規模イベントが終わった今、街に戻っている者もいるだろう。ブランの格好を見てマグナメルムだと気付く者もいるかもしれない。余計な騒ぎは起こさないに限る。

 それにブランにとっては、地底王国の造形や在り方こそ感動に値するものの、そこに暮らしている人々にはあまり興味がなかった。


「じゃあ次行きまっしょい! ゼリー先輩のお城っすね!」


「そうね。でも、ここからだとかなりの距離があるのよね。歩いて越えるには適さない山脈や沼地なんかもあるし。どうやって行こうかしら」


「飛べとか言われても、わしは飛べぬぞ」


「じゃあメリーさんはここで留守番かな。おつかれ。ケラ・マレフィクスの行政庁には僕の方から言っておくから、泊まるところは心配しなくてもいいよ」


「なんでじゃ! ボケが具体的すぎるわ! ……あれ? いや今のボケじゃよな?」


 ゼノビアが憐みの目でメリサンドを見ている。

 どこまでが冗談かわからないメリサンドはおろおろするばかりだ。

 無限に見つめていたい光景ではあるが、さすがに可哀想になったので助け舟を出した。


「まあまあ。心配はいりません! こういう時にぴったりなお友達がいますからね! おいでインディゴちゃん! 『召喚』!」


 上空に大きく空間の歪みが発生し、そこから巨大な鳥が姿を現した。

 空を覆う深い藍色の翼に、一瞬もう夜になったのかと錯覚してしまいそうになる。


「うわ何これ! あ、もしかしてあれか。ジズだっけ? まだ成体じゃないみたいだけど、それでもこんなに大きくなるのか」


 ゼノビアはジズを知っているようだ。

 そういえば教授は地底王国の書庫でジズに関する記述を読んだとか言っていただろうか。

 であればゼノビアが知っていてもおかしくない。


「これ、ブランさんのペットなの? ずいぶん大きいわね。これなら全員乗れるかしら」


「……地上にはこんな大きな鳥もおるのか。ブーフリー何羽分くらいじゃろ……」


「さあ乗った乗った!」









「すご──」


「すごいな! 高いぞ! 見よ、地上があんなにも遠い!」


 上空から見下ろす西方大陸の景色は新鮮で、空を移動する事に慣れているブランの目から見ても素晴らしいものだった。

 それを素直に口に出そうとしたところで、メリサンドに先に言われてしまった。


「……やっぱりメリーサン置いてくれば良かったかな」


「なんでじゃ!」


「うそうそ。それより寒くないのメリーサン。めっちゃ薄着だけど」


 空の上は地上より気温が低い。

 しかもそこを高速で飛行しているため、常に冷たい風にさらされている。

 ブランは着ているローブのおかげでそれほど寒さは感じないが、メリサンドはそうではない。ローブどころか、水着と言っても差支えない程度の布しか身につけていない。

 知り合いでなければ話しかけたくないレベルの露出度だ。


「うむ。このくらいなら多少涼しいくらいじゃな」


 人魚は地上の暑さが苦手。

 それはメリサンドも同様らしい。

 ただのメロウならその暑さで火傷を負ってしまう事もあるそうだが、メリサンドにはそのような事は起こらない。とはいえ、体感的に暑いものは暑い。

 それと比べれば上空の寒さはちょうどいいのだそうだ。謎の生態である。


 あと、あくまで体感的な問題であって実際の気温が健康に影響しないと言うのなら、もう少し服を着てほしい。









 目的としていた始源城にはその日の夕方には到着した。

 前回レアがここに来た時は2日を要したと言っていたので、ウロボロスよりも成長した妖鳥ジズの方が速度が出せるということだろう。

 いずれは全ての空を支配する予定のインディゴである。そのくらいでなければ困ると言うものだ。


 始源城に到着すると、自動で城の扉が開かれた。

 と思ったが自動ではなかった。中から執事のような服装の吸血鬼が現れる。


「──お帰りなさいませ、我が主。

 ようこそいらっしゃいました。お初にお目にかかります。ブラン様、メリサンド様。

 そしてご無沙汰しておりますゼノビア様。ご無事で何よりでした」


 伯爵に似てるな、とぼうっと見ていたら、執事はウォルター・デ・ハビランドと名乗った。兄弟らしい。

 伯爵はゼノビアと会った事がないような口ぶりだったので、こちらの彼の方が兄なのだろうか。


「……はえー……。綺麗な城じゃな……。いや別に羨ましいわけではないが」


「あら、ありがとうメリーさん。貴女のお城も素敵だったわよ」


「メリサンド様の居城、海洋王国カナルキアは海中を自在に移動する大要塞だと伺っております。

 さぞ雄大なものなのでしょうね」


「おお? おお、さぞ雄大じゃぞ! 見に来るか?」


 メリサンドはイケメン執事に煽てられてニッコニコである。

 やはり置いてきた方が良かったかもしれない。

 永い事海から出ていなかったせいか、見ていて心配になるほどちょろい。

 会ったばかりの頃はもう少し威厳もあったような気がするのだが。


 城へ足を踏み入れた一行は、漆黒のカーペットが敷かれた長い廊下を並んで歩いていく。

 カーペットの下の床材も黒、壁も黒である。カーペットには金と赤のアクセントがあるが、それもふちの方だ。

 この城に入ってすぐ、ブランにはピンときた。ジェラルディンがこのように黒系でまとめている理由だ。


「──汚れても目立たないからっすね!」


「そんなわけないでしょう。純粋に私が黒色が好きだからよ」


 違ったみたい。









 応接間のような部屋でお菓子と水を振舞われ、休憩してしばらく歓談した。ジェラルディンは赤い生臭い液体を飲ませようとしてきたが断った。


「そういうのは医者に止められてるんで!」


「あらそうなの」


 積もる話でもあればよかったのだろうが、ここ数日はずっと一緒に行動していたメンバーである。

 新しい話題、すなわち始源城についての事以外では特に話す事もなかった。

 西方大陸については聞きたい事もたくさんあるが、それは慌ててここで聞かなくても現地に行った時に解説してもらえばいい。

 始源城については主にメリサンドが色々聞いていたのだが、城を建てた者はもう亡くなっているようで、ジェラルディンにも詳しくはわからないとの事だった。


 しばらくこの城を拠点にするのなら、という事でウォルターが客室棟に案内してくれる事になった。

 何となくアブオンメルカート高地の客室を思い出した。あそこは今もまだブランが使っていた頃のままになっているのだろうか。


 応接間から出て少し歩くと、向こうから煌々と輝くLPの塊が歩いてきた。


「──ああ、ここにいたのか。迷っちゃったよ」


 何かと思ったらレアだった。


「レアさん! 私に会いに来てくれたのね!」


「レア様! 僕に会いに来てくれたのかい?」


「……いやいや、ジェラルディンの城なんじゃから、そりゃジェラルディンに会いに来たんじゃろ。ゼノビアのは勘違いじゃろ」


「……もう、今こそ「なんでじゃ!」の出番でしょ。ああいうのをツッコミ待ちって言うんだよメリーサン」


「知らんわそんなもん……」


 メリサンドとブランの呟きも全員に聞こえているはずだが黙殺された。


 レアは傍らに獣人の少女を伴って近づいてくる。

 客室棟の方から来たという事は、この少女は始源城の客室に逗留している客人なのだろう。レアがこの城に打ち込んだ移動用アンカーというわけだ。


「実はジェリィに聞きたい事があるんだよ。聞きたい事というより相談かな。もちろんゼノビアにもメリサンドにも相談したい。みんないるならちょうどいいな」


「あれ!? わたしは!?」


「え? いやブランには別に……」


「なんでじゃ!」


「こ、こら勝手にわしのセリフを! いや別にわしのセリフって決まっとるわけじゃないが……」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る