第502話「クリスタルウォール」
あちこちで呼び付けて引っ張り回して申し訳ない、とは思うものの、実際便利だから仕方がない。
レアは中央大陸に戻った後、カルラとエンヴィを呼び戻して、一路北を目指していた。
最初は人型のエンヴィと共にカルラの背に乗り、空の旅だ。
エンヴィは毛布にくるんで眠らせている。
日のあるうちに行けるだけ行ったらエンヴィを海に下ろし、今度はカルラを人型にしてエンヴィの背中で眠らせる。ログアウトが必要ならレアは戻る。
こうすれば安全かつ最速で長距離を移動できる。
高すぎる戦闘力のせいで忘れそうになるが、元々エンヴィを眷属にしたのはこうした移動のためであった。
レアが居ない間に何かがあってもまずいので、カルラとエンヴィにはくる身代わり人形を渡しておく。
そういえば、お茶会でこれを配るのを忘れていた。また後でライラに小言を言われてしまう。いや、実際のところプレイヤーが使用した場合にどうなるかはわかっていない。テスト前のアイテムということで、検証できるまではあえて報告をしなかったという事にしておこう。
中央大陸に戻ったら一度プレイヤーでテストをしてみたほうがいいかもしれない。幸いプレイヤーの被験者であれば候補はいる。
もし有用なようなら、もう少し数を増やしておいた方がいいかもしれない。
数日をかけて北の極点とやらを目指す。
気温がかなり下がってきているが、海を行くエンヴィには特に影響はない。問題がありそうなのは空を行く場合のカルラだ。
腰から下の羽毛に覆われた巨大鳥部分は問題なさそうだが、上半身の人部分は頭部以外に毛が生えていない。
毛布をもう1枚用意して巻きつけているが、相当寒そうだ。
移動はエンヴィだけに任せた方がいいかもしれない。
寒いのはレアも同様だが、翼を出して身体に巻きつければほとんど気にならなくなる。レアの羽毛には高い断熱効果があるようだ。というより、ローブ、ドレス、羽毛のそれぞれに環境による影響を抑える能力があるようで、重ねる事で軽減率が100%近くになる。
これに気付いてからはカルラにも予備のローブとドレスを着せる事にした。
なおエンヴィは海にいる限り、『海内無双』の効果によりあらゆる環境デバフが弾かれる。カルラもジズであったのなら類似のスキルで環境デバフをガードできたのかもしれないが、死体を使った派生種では出来ないようだ。
中央大陸から北の極点とやらの間にもういくつかの陸地があるかとも思っていたのだが、そういうものはないようだった。
今判明している大陸や列島だけではないのだろうが、少なくとも来た方面には何もないらしい。
また上空でも海中でも、北に近づくにつれて魔物の姿は少なくなっていった。その少ない魔物もカルラやエンヴィを見て攻撃を仕掛けてくるほど勇気のある者はいなかった。
そうしてしばらく。
ふっ、と周辺の雰囲気が変わった。
何が一番顕著だったのかと言えば、それはおそらく空の色だろう。
この時はエンヴィの背中だったのだが、上を見上げれば薄暗い空に鮮やかなオーロラがかかっていた。
「──いや違うな。オーロラじゃないなこれ。……虹色の靄がかかってる、のか?」
一瞬オーロラかと思ったそれは、色こそ鮮やかであるものの、もっと濁った何かだった。
レアの記憶にある中で近い物と言えば、水面に張られた油膜のような。
「なんだろう、あれ。もしかして例の封印とやらに関係しているのかな」
そこからは速度よりも安全性を重視し、慎重に進んで行った。
するとやがて、上空の靄と同じ色に光るドームのようなものが見えてきた。
水平線に浮かび上がるように見えてきたことから、相当な大きさである事がうかがえる。
距離があるためスケールが狂っているが、水面に落ちたシャボン玉のようにも見える。
「あれがクリスタルウォールとかいう封印かな」
さらに近付いて行くと、途中からエンヴィに乗ったままでは進めなくなった。
海が氷に覆われていたからだ。
見たところ、大陸というよりも巨大な氷が浮いているだけのような印象を受ける。
周辺を見渡しても氷が途切れているようなところはない。これ以上進もうとするなら氷の上を行くしか無いようだ。
やはり地球の北極のような場所なのだろう。ならば南には氷に覆われた大陸があるのかもしれない。
興味はあるがそれを確認するのはまたの機会だ。
人型に『擬態』したエンヴィ、カルラと3人で連れ立って氷の上を歩いていく。
飛んでもいいのだが、そこまで距離が離れているわけでもない。歩いてもそう時間はかからない。
ただ、歩いていると言っても実際に氷の上を歩いているのはエンヴィだけだ。
非常に滑るため、レアは『天駆』を使い氷上5センチ程度の高さを歩いている。カルラはエンヴィに手を引いてもらい、足は動かさずに滑るに任せていた。エンヴィの『海内無双』は海上の行動阻害もガードするため、彼女が足を滑らせることはない。
『海内無双』が効果を発揮しているということは、これはやはり海の上に氷が浮いているだけで大陸というわけではないようだ。
かなりの距離を歩き、虹色のドームの近くまでやってきた。
なぜドーム型であるのにクリスタルウォールなのか。
それは現物を間近で見てわかった。
遠目で見れば確かにドームだが、近くであれば聳え立つ水晶の壁にしか見えない。全周を壁で覆われているため、結果としてドームになっているだけなのだろう。
いや本当に全周を覆っているのならドームではなくスフィア、球体なのかもしれない。それはこの冷たい氷の下を泳いで確認してみなければわからないが。
水晶の壁は見るからに強固で、完全に内側と外側と断絶しているように見える。
虹色の油膜のようなオーラが上空に滲み出てはいるものの、封印が弱まっているようには思えない。
だとすれば何度か外で戦った端末たちはやはり封印から漏れ出た訳ではなく、封印し損ねた者なのだろう。
「……これが、6種の王の力を使って生み出した封印か。具体的にはどうやったら破壊出来るのかな」
レアはそっと水晶の壁に触れてみた。
《鍵となるマナを検知》
不意にシステムメッセージがレアの脳内に響いた。
慌てて壁から手を離すが、メッセージは止まらない。
《マナ保有者の解錠の意志を確認》
《第一の封印、解錠》
壁からまっすぐ上に光が立ち上る。
危険な事になるかもしれない。
レアは素早くインベントリからくる身代わり人形を取り出し、抱きしめると急いでクリスタルウォールから距離を取る。
どこまで離れれば安全なのかはわからなかったが、距離を取った事で見えてきたものがある。
壁から立ち上った光の行く先だ。
あれは単に光っているわけではない。
上空に張られた油膜に何かを映し出している。
光はドームの真上に、複雑に絡み合ったいくつもの魔法陣のような何かを描き出している。機械式時計の中のような、そんな乱雑でありながら規則性を感じさせる不思議な模様の魔法陣だ。
魔法陣はまるで歯車のようにお互いが噛み合っていた。
その中心付近には小さめの歯車がいくつかあり、ゆっくりと回転している。
あの虹色の油膜はこの魔法陣を投影するためのものだったようだ。つまり、スクリーンである。
よく見れば、映し出された歯車型魔法陣にはすべてに切り欠きのような欠落があった。
魔法陣が回転する事で、複数の歯車の切り欠きが合わさり、鍵穴のような形をとっていく。鍵穴が完成したことで中心付近の小型の歯車はひと回り大きいひとつの歯車になったようだ。
今度はその鍵穴を軸にして回転が始まる。
すると先ほどと同じ事が、ひと回り大きなスケールの歯車で起こる。
そんな光景が繰り返され、やがてふたつめの鍵穴が生まれた。
しかし今度はそこでぴたりと動きが止まる。
《エラー。鍵となるマナが検知できません》
《第二の封印、解錠失敗》
そんなシステムメッセージと共に、動画の逆再生のように逆向きに歯車が動いていき、元の形の魔法陣に戻ると光が消えた。
レアはその光景をタヌキのぬいぐるみを抱きしめたまま呆然と見ていた。
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