第501話「デリカシーがたりない」





 獣人たちの国はユーク帝国という名前らしい。

 ライラが調べた限りではそのくらいしかわからなかったという話だが、ウテルを裏から掌握した際にもう少し詳細な情報も得る事が出来ていた。

 これは別に、ライラが手を抜いたからだとか面倒くさがり屋だからだとか無能だからだとかたまに視線がいやらしいからだとか、そういう話ではない。

 目的に対してどれだけリソースを割り振るかという話だ。

 以前にライラが南方大陸に来た時、最も重要だったのは鎧獣騎の情報の入手だった。

 ユーク帝国という獣人たちの国家についての重要度は低かった。ゆえにライラにとってその情報はどうでもよく、敢えて調べるに値しなかった。それだけの話だ。


 ユーク帝国。

 獣人しかいないその帝国は、帝国という名前を冠してはいるものの政治形態としては連邦制に近い。

 ウィキーヌス連邦が小さな国々の集合体であるように、ユーク帝国もまた複数の獣人部族が寄り集まって作られた国であるらしい。

 連邦と違うのは、国を治めているのが連邦議会によって決められた盟主国ではなく、太古から生きるたった1人の皇帝であるという点だそうだ。


 ユーク帝国皇帝は永い時を生きている。普通の獣人ではありえないことだ。

 となれば、ユーク帝国皇帝は災厄級の存在、すなわち幻獣王である可能性が高い。


「だが、そうだとしたら幻獣なのに皇帝を名乗ってんのか。皇帝サマ本人は一体どういう気持ちで帝国なんて──あ痛て! 何しやがる!」


「うるさいな。そんなの本人の勝手だろ。そっとしておきなよ。デリカシーのない奴だなほんとに。この、この!」


「痛て、痛てて、なんでお前が怒ってんだよ! やめろ! LPが減ってきてる!」


「『大回復ハイ・ヒール』。この、この!」


「……ずいぶんとその、仲がよろしいようですね」


 ケリーが興味深げにバンブを攻撃するレアを見ている。


「俺が知ってる仲良しこよしってのはこんな拷問みてえな事はしねえよ!」









 地上からはまず見えない雲の上、上空を飛び続けてユーク帝国を目指す。

 前回、ウテルに行った時のようにカルラに地上の街を確認してもらえば、ユーク帝国にもすぐに行けるはずだ。

 そう考えていたのだが、それは出来なかった。

 街を発見する前に別の物を見つけてしまったからだ。

 あるいはこちらの方が向こうに見つけられてしまったと言った方がいいかもしれない。


「……何か飛んでるな。なんだあれ。ここ雲の上だよな? 虫とかじゃねえよな?」


「まだ距離があるから実際の大きさはわからないけど、あれたぶん結構大きいよ。カルラほどじゃないけど」


 行く手には黒っぽい粒がたくさん飛んでいた。

 黒っぽく見えるのは距離があるからで、実際はもっと違う色だろう。


 近づいていくと黒っぽい粒は褐色であり、鳥のようなシルエットである事がわかった。

 もう少し近付くと、それらの多くがこちらを睨んでおり、明らかに警戒しているらしい事がわかった。


「──ありゃあ……グリフォンか! このゲームグリフォンなんて居たのかよ!」


「あれ? 言ってなかったっけ?」


 言ってなかったかもしれない。

 ジャネットたちに渡す分とは別に、生みだしたままオミナス君に預けてあるグリフォンたちが数頭いる。


「聞いてねえよ。まあ、いいけどよ。

 しかし、グリフォンか。あれって強いのか?」


「強いか弱いかなんて相対的な事をわたしに聞かれても。

 何て言って欲しいの? わたしと比べれば小バエみたいなものだよ、とか? たぶんバンブと比べても小バエレベルだよ」


「わかったよ。聞き方が悪かった。

 あー、じゃあゴブリンで例えるとどんなもんなんだ?」


「空飛ぶゴブリンジェネラルかな」


 もちろんあくまで能力値ベースでの話であり、グリフォンが空を飛ぶ以上どれだけ頑張ってもゴブリンジェネラルでは勝つ事は出来ないが。


「大分強えな。

 それより、あれ明らかにこっちを警戒してんぜ。こんだけサイズに差がある魔物が近付いてんのに逃げようとしねえのは気になるが……」


「そういう役割なんじゃないの?」


「どういうこった」


「見張りってことだよ。誰かに『使役』されて、見張りとして上空に置いてある部隊だとか」


 グリフォンたちの群れから数羽、旋回しながら降下していく個体が見えた。

 主人に曲者発見の報告に向かうのだろう。


「──どうしますか? 主様」


 カルラが上半身だけを捻ってレアを見る。器用な事をするな、と思ったが、本人としては首だけを回すのと同じ感覚なのかもしれない。


「カルラの戦闘力も見てみたいし、片付けておこうか」


「わかりました。では──」


 カルラはそう言うと大きく息を吸い込んだ。

 まるで漫画のように胸が膨らんでいく。もちろん乳房ではなく胸部全体の話である。この事からも、カルラの人型上半身が本当に人の上半身ではなく、あくまで人型をしているだけなのだということがうかがえる。


 どこまでも吸い込み、どこまでも膨らんでいくのでは。

 そう思えるほどの肺活量だったが、当然無限ではない。

 限界まで息を吸ったところでぴたりと動きを止めると、今度はそれを吐き出した。


 ──アアアアアアアアァァァァァァァァァ……


 美しい声がカルラの口から放たれる。

 だがそれはカルラの背後にいるからそう思えるだけだ。

 指向性を持った暴力的な音の波は空間を歪ませ、まるで透明なビームのように直線的に延び、グリフォンの群れを襲った。

 憐れなグリフォンは音のブレスに触れた端から切り刻まれ、赤い血煙になって空に咲く一輪の花になっていく。


 これこそがカルラが災厄級に転生した際にアンロックされた単発スキル『超音波メス』である。

 取得条件はよくわからない。


「なんだこれ……。不可視の薙ぎ払いビーム系か? 反則だろ。避けれないやつじゃねーか」


「空間が歪んで見えるから何となく見えなくもないよ。カルラは小顔だからわかりにくいけど、たぶん本来の大型鳥モンスターなら嘴の向いてる方向に気をつければ避けれるんじゃないかな」


「小顔ってレベルかよ。翼長やら射程距離やらと比べたらカルラの顔なんて点だろ」


 しかし残念ながら、降下していった数羽のグリフォンはすでに射程外だった。


「追いかけよう。カルラはこのまま上空で待機しておいて。しばらく待っても増援が来ないようなら降りてきていいから」


「──ひう!」


「──んぐえ!」


 言うが早いかレアはケリーの腰を抱いてバンブの首根っこを掴み、『迷彩』と『範囲隠伏』を発動しカルラの背から飛び降りた。









 グリフォンたちを追っていくと、眼下に街が見えてきた。やはりグリフォンの群れは空からやってくる外敵を捕捉するための見張りだったようだ。

 街の中心には城のようなものがあるが、レアがアルヌスに建てさせた魔皇城どころか、中央大陸の各国の王城と比べても明らかに小さい。

 町並みからすると建築技術に劣っている訳ではないようなので、ここは首都ではないのだろう。あるいは皇帝である幻獣王が自宅にあまりこだわりのないタイプなのかもしれない。


 グリフォンたちはそんな城の、中庭のような場所に降りていった。

 いや、庭と言うには風情がない。あれは訓練場か何かだろうか。

 だとすると、城は兵舎も兼ねているようだ。合理的な事である。


 グリフォンの降下は城でも把握していたらしく、すでに訓練場には人が待っていた。

 その人物はグリフォンと何事かやり取りをすると、大きく手を振ってどこかに合図をした。

 すると彼が手を振った先の建物から何頭ものグリフォンが姿を現した。おそらく発見したフレスヴェルグを迎撃するための増援だ。

 となるとあの建物は厩舎なのだろうか。ならば街の中央の施設は城ではなく要塞なのかもしれない。


 厩舎から次々に吐き出されるグリフォンは上空を舞っていた数の数倍だ。

 やはり上空の群れは見張りに過ぎなかったのだろう。

 首都でもない街でさえこれほどの航空戦力を有しているとなると、獣人帝国ユークの軍事力は恐るべきものであると言える。

 鎧獣騎の量産に成功しているウィキーヌス連邦でさえ戦線を支えるのが精一杯なのも頷ける。


 新たに現れたグリフォンの群れは列をなして飛び立ち、上空のカルラの元へと向かって上昇していく。

 『迷彩』と『隠伏』のコンボで隠れているレアたちには見向きもしない。

 知らない大陸であるため多少は警戒していたが、レアの知らない感知能力などはないらしい。

 しかし。


「……あいつ、幻獣人だ」


「え、マジか」


 地上の訓練場に残り、出撃していくグリフォンたちを頼もしげに見守る男を『鑑定』してみた。

 身なりも良いし、貴族階級だろうか。

 あるいはこの国の一般市民は皆幻獣人なのだろうか。


「……さすがにそれはないかと」


 ケリーが否定した。

 自分と同じ幻獣人がそれほど多く存在しているのが嫌だから言っているだけなのか、それともデータに現れないシンパシーのような何かで察しているのかはわからない。


「俺もそう思うぜ。仮にそうだとしたら、あの鎧獣騎があったとしても連邦の連中が戦線を支えるなんて出来っこないはずだ。この国の兵士が何人いるのか知らねえけどよ」


 それは一理ある。

 以前にライラに見せてもらった鎧獣騎はかなりの戦闘力を持っているようだったが、さすがに同数の幻獣人と戦って勝てるほどのものではない。


「じゃあ貴族階級とか、指揮官級とかが幻獣人なのかな」


「とりあえず、降りて調べてみるか? 上はカルラに任せときゃ問題ねえだろ」


「そうだね。戦闘は問題ないけど、下の街は所によって血とか肉とかの雨は降ってくるかも」


 言っていてふと気になったのだが、例えば暴力表現フィルター──通称グロフィルターにチェックを入れたらどうなるのだろう。血の雨は赤いブロックの雨になったりするのだろうか。

 もしそうだとしたら、ポタポタ落ちてくる赤いなにかが首筋に当たって、なんだこれと上を見上げたらそこには死体が、みたいなサスペンスホラー演出は全く風情がなくなってしまう。





 街の端、なるべく城から遠いところに静かに下りる。

 さて街を調べるか、と建物の陰から辺りを見渡したところで気付いた。

 当然だがここは獣人たちの国。しかも獣人以外の人類と対立している国である。

 住民には獣人しかいない。

 ローブのフードや包帯で姿を隠したレアたちだが、獣人ではないのは明らかだ。特徴的な耳も尻尾もない。


「……どうする? 耳付きカチューシャだの尻尾アクセサリだのでも用意するか?」


 ライリーからの報告にあった、かつてペアレ王都に現れジャネットたちに倒されたという特殊な変質者の事を思い出した。

 それと同じ格好をするというのは非常に大きな抵抗がある。


「……そんなものいらないよ。それだったらケリーひとりに任せてわたしたちは姿を消しておいたほうがいい」


 え、と言いたげな顔でケリーがレアを見る。

 しかし現状ではそうするより他にない。ライリーやモニカはジャネットたちのサポートで忙しいし、レミーは『錬金』関連の仕事がある。マリオンを呼んでしまうとレアが始源城へ移動できなくなってしまうし、人見知りのマリオン1人が増えたところで大差ない。









 獣人しか居ないこの街にレアたちが残っているのはリスクが大きい。

 連邦の街と違い、単にローブ姿の怪しい奴らというだけでは済まない。現在進行形で戦争状態にある敵国の間者だと思われるのは確実だ。


 ついでに言えば、この街の軍部は上空で暴れているカルラに対して最大限に警戒しているだろうし、そちらとの関連も疑われるだろう。

 そうなればケリーの調査が終了する前にこの街が滅びかねない。


「いい機会だから帝国と戦ってみるというのも悪くない気もするけど」


「鎧獣騎と生身でやりあうような奴らだからな。中央大陸のNPCよりゃ強いかもな。

 しかし戦ったところで細かい違いがわかるのか? 少なくとも俺はバッタとキリギリスの違いなんて戦っても多分わからんぞ」


 前回はレアがグリフォンを小バエに例えたためか、バンブも例えに虫を使ってきた。

 バンブがバッタやキリギリスと真面目に戦う様子を想像して少し笑ってしまった。まるで小学生だ。あるいは想像力豊かな格闘家か。


「ふふ。そうだね。獣人の帝国兵の戦闘力については今回はスルーしよう。このままここにいても仕方がないし、いったん中央大陸に戻る?」


「まあ、そうだな……。戻ったらどうするんだ?」


 中央大陸南部の樹海の港の進捗も気になるが、さすがにまだ見てわかるほどの完成度には至っていない。土台が出来ているかどうかもあやしいところだ。

 西方大陸に戻って探索の続きをしてもいいが、中断した後別の事をしたせいで何となく気が乗らない。元々しなくてもいい事であるし、またやりたくなったらやればいい。

 今回南方大陸に来たのは新しいエリアを見てみたかったからだが、そうするとかつてブランが訪れた東方列島に行ってみるというのもいいかもしれない。

 いや、新しいエリアという意味なら、別に既存の場所にこだわる必要はない。


「そういうバンブはどうするの?」


「俺はリックんとこに戻って様子を見るかな。その後はいっぺんMPキャピタルに戻るか。家檻の奴がうるさいしな」


「イエオリっていつかの妙に鋭い子か。何がうるさいの?」


「港建設予定地での事をな、リックから聞いたみたいでよ。たぶん、賢者の石が欲しいんだろうが……」


「ああ、そうか。じゃあいくつか渡しておこうか」


 インベントリから賢者の石を取り出してバンブに渡した。


「わりいな。で、結局お前はこの後どうするんだ?」


「ううん……。よし、ちょっと新エリアを開放してこようかな」




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