第500話「まごころ」
方針を決めたレアがまず最初にしたのは、西方大陸からケリーを『召喚』することだった。
そうすると始源城でマリオンが1人になってしまうが、これだけの時間滞在していれば、いくら人見知りのマリオンでもさすがに始源城のスタッフくらいには慣れているだろう。
ケリーを呼んだのはグスタフに用があったからだ。
商人たちに金貨を与え、情報を買う。
そう考えれば、商材が情報であるというだけで、これは立派な商取引だ。であればそういう仕事に慣れているグスタフに任せるのが最も合理的だと思ったからだ。
期待通りグスタフはほんの数日でウテルの街の物価や市場規模を把握し、いくつかの小さな商店を支配下に置いて提携させ、新たなグループを立ち上げた。
しかし、この地に中央大陸と同じ名前の商会を存在させるわけにはいかない。別の名前で商会を作る必要がある。
とはいえ中央大陸でさえすでに複数の名前で商会を運営している。それが南方大陸にひとつ増えるだけだ。
グスタフが今回使った名前は「まごころ商会」だった。
レアが与えた初期資金をふんだんに使い、グスタフはまごころ商会の発言力を強めつつ裏社会の情報を集めていった。
中には賄賂を受け取ろうとしない商人もいたが、金で動かない商人は信用できない。
そういう場合はバンブが向かい、余計な事を他人に言いふらされる前に永遠に黙ってもらう事になった。
「ん? バンブ、包帯に血がついてるよ」
「ああ? しまったな、避けたつもりだったんだが。心配すんな。こりゃ返り血だ。俺はダメージは受けちゃいねえ」
「いや、そんな事は心配してないけど。包帯巻いてるのって赤い肌が見られたくなかったからじゃないの? 血なんて浴びちゃったら意味が──」
「うおおおそうだった! おい、新しい包帯持ってねえか!」
「持ってるわけないでしょそんなもの。包帯が必要なほどの怪我だったら『回復魔法』で治すよ。てか、プレイヤーたちは大抵魔法かポーションで治すだろうから、包帯なんてNPC向けのマニアックな店でしか売ってないんじゃない?」
「──マニアックな店で申し訳ありませんが、包帯でしたらウチで取り扱っておりますよ」
「あ、ごめんそういうつもりで言ったわけじゃ」
レアたちが拠点にしている宿の部屋に入ってきたグスタフが、バンブに包帯を差し出した。
グスタフがここへ来たのは報告の為だ。わざわざ包帯を持って報告に来たと言う事は、バンブの包帯が汚れている可能性を考えていたのだろう。賢い配下は実に助かる。
「ええと。じゃあ報告を聞こうかな」
「かしこまりました」
当然ながらグスタフは忙しい。
しかしレアへの報告は全てを把握しているグスタフ以外の者では出来ない。
そのため、グスタフには資金と指針だけ与えてある程度自由にやらせ、一定期間ごとの定期報告のみ行なう形で計画を進めていた。
この日の報告は実に3日ぶりのものになる。
前回は確か、まごころ商会を立ち上げて裏社会と繋がりがある別の商会に接触するところ、だったはずだ。
レアも暇つぶしにある程度はまごころ商会の動向を見てはいるが、全てではない。
「──この街の裏社会の情報ですが、現時点でほぼ全ての情報を提供可能になっております。
お望みであれば、最大勢力を誇るマフィアのボスの尻の毛の本数までお伝え可能です」
「……いや、要らないけど。どういうケースでそんな情報必要になるの?」
「これは申し訳ありません。何ぶん、陛下がどういう意図を持って裏社会の情報をお求めなのかがわかりませんでしたので……」
「ああ、言ってなかったっけ。ごめん。いやでもどんな意図があったとしてもボスのその、ええと一部の体毛の本数なんてどうでもよくない? ていうか目的もわからないけど手段もわからないな。どうやってそんなの調べるの?」
「おい待て、それお前が聞いてもいい手段なのか? あとでライラに怒られんのはたぶん俺だぞ。理不尽だが」
「そうでございますね。おそらく私めも叱責されてしまいますな。手段については秘密とさせていただきますが、実のところ手段など重要ではございません。先ほど申しました通り、裏社会に関するほぼ全ての情報が提供可能な事に変わりありません。
この街の裏社会は我がまごころ商会が完全に掌握しておりますれば」
「──んん?」
「掌握? いや、レアの指示は情報の入手じゃねえのか。なんで掌握してんだ」
「あらゆる情報を得るためには、その対象を完全に掌握するのが最も合理的でしたので。
またそのための資金として頂いた金貨がそれを為すに十分な量でしたので、そうしたまででございます」
レアが渡した金貨は確かに相当な額ではあったが、さすがにいくつもの商会を買収できるほどのものではなかった。
グスタフがそれを元手にして効率よく運用し、この街の裏社会を、いやおそらくは表も裏も含めてあらゆる経済や流通を牛耳ってしまったのだろう。
この様子だとすでに政府や軍部にもグスタフの手は伸びているのかもしれない。
「そういうつもりじゃなかったんだけど……。たまには無農薬栽培みたいな感じでいくつもりだったのに」
「やっぱ畑感覚じゃねーか……」
「まあいいや。しちゃったんだったら利用しよう。
ていうか、だったらもうこの街でこれ以上する事ない感じじゃない? そのまままごころ商会でプレイヤーたちに鎧獣騎関連の販売をしちゃえばいいのでは」
「いえ、それは難しいでしょう。肝心の商品がありません。
現在この国で鎧獣騎を生産出来るのは国立の研究所付きの工場だけです。
そちらの工場も掌握しようとしたのですが、それはライラ様の配下と思われる女兵士に止められてしまいました」
「ああ、やっぱりいたのかそういうの。止めたって事は、面倒な生産はNPCに丸投げしておけばいいとかそういうつもりなのかな。
じゃあまごころ商会はせいぜいその研究所や工場に便宜を図ってやって、生産体制のフォローをしてやってよ。プレイヤーたちが来る前に数を揃えておきたいからね。
数さえ揃えば横流し、じゃなかった販売も不可能じゃないでしょ」
「かしこまりました」
*
ウテルですべきことを終えたレアたちは街を出た。
しばらく街道を歩き、人気が無くなったところで上空に待機していたカルラを呼ぶ。
レアたちがウテルの街に滞在していた数日間、そういえばカルラは何をしていたのだろう。
よく考えたらカルラもエンヴィも『擬態』で人型になれる。連れて回ってやればよかった。
「次はどこに行くんだ? 連邦の他の国か?」
「それはグスタフにすでに指示してある。ブランじゃないけど、ここまで来たらウィキーヌス連邦の裏社会はすべてグスタフの軍門に下ってもらう。
そうすればいずれはいろんな国のいろんな鎧獣騎を入手できるようになるはずだ」
ウテルで情報収集をしている過程で判明したことだが、鎧獣騎のタイプは国によって特色があるようだ。
ライラは鎧獣騎の開発はアクラージオ博士がほとんど1人で行なったと言っていた。
だが彼女の目的は鎧獣騎の開発ではなく、黄金偽神の完成だった。正確には黄金偽神を目指していたわけではないらしいのだが、説明を面倒がったライラはそう言っていた。
ともかく、より理想に近い鎧獣騎を完成させるためにアクラージオ博士は試行錯誤をした。
その中のひとつが使用素材の厳選であり、その結果各地の特産品の違いによる鎧獣騎のベース騎体の特色が生まれたらしい。
もちろん1人の天才が鎧獣騎を作ったという事実を知る連邦民はいない。
アクラージオ博士も最終的にウテルに腰を落ち着けるまで、何十年、何百年に渡り連邦中を放浪しあちこちでいろいろな研究をしていたらしい。ただ、自身の研究や活動を公にはしていなかったようで、結果的に各国でそれぞれ独自に発展してきた技術であると信じられている。
その本人であるアクラージオ博士がすでに居ない今、彼女が存在したという証はすでにどこにも残されていないと言ってもいい。他人事ながらそれは少し寂しいような気もする。
ただ、その話をしてくれたライラは「そんなどうでもいい事を気にするような人じゃなかったよ。たぶんね」と言っていた。
「なんだよ、他の国には行かねーのか。別デザインの鎧獣騎も見てみたかったんだがな。共和国はライオン型、帝国はトラ型が人気だったりするんだろ?」
「共和国があるのは中央大陸だし、この大陸の帝国は生身で戦う脳筋獣人だよ。何言ってるの?」
「わかっとるわ冗談だ。で、じゃあどうするんだ? てかどこ向かってるんだ今」
「帝国だよ。ウィキーヌス連邦は北は悪魔の軍勢、南は獣人の帝国から軍事的圧力をかけられているって話だったからね。今言った通り獣人帝国は鎧獣騎を使わないから、もし連邦が崩壊しちゃったら鎧獣騎は手に入れられなくなっちゃうでしょう? だからそっちの様子も見ておかないとね。
ただの獣人ならわたしたちにとって大した価値もないから、場合によっては滅ぼすことになるかもしれないけど。そういうの好きでしょ?」
「お前らと一緒にすんじゃねえよ」
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