第499話「生まれつき」





 交渉を終えてスレイマンと別れた後も、樹海から出るまでレアたちを追う視線があったのはわかっていた。

 大悪魔シトリーだろう。

 ジェラルディンたちのような、永きに渡りこの世界に君臨し続けてきた者たちを見てきた今ならわかるが、あの大悪魔の居丈高な態度は虚勢に過ぎない。

 主人であるスレイマンの手前、悪魔勢力が侮られてしまわないようにといういじらしい覚悟のなせる業だ。

 そう考えると、もしかしたら彼女も『真眼』などでレアたちの実力を把握していたのかもしれない。何かの拍子に気付かれないとも限らないし、友好関係を意識するために敢えて『鑑定』はしていないが。


「ヴィネアも呼んでみたらよかったかもな」


「いや、どうかな」


 もし呼んでいれば、配下に大悪魔の系譜の、それでいて大悪魔以上の存在を擁している点で大いに警戒されていただろう。

 これからMPCのプレイヤーたちとよろしくやってもらわなければならないというのに、無駄に警戒させてもいい事はない。

 レアはMPCを甘やかすつもりはなかったが、余計な試練を与えるつもりもなかった。


 レアたちが樹海を抜けてどこへ行くのか、それについてはスレイマンも気にしていた。

 バンブは正直に樹海を抜けた先に興味があると答えていた。

 スレイマンが気にしていたのはレアとバンブが人類に協力して樹海に攻めてくる事だろう。そんな事はしないが、人類国家の状況を知らない事になっているレアたちがそれを先んじて言うわけにもいかない。

 ギリギリまで監視していたシトリーもそれを懸念していたに違いない。

 樹海から出てしばらくした頃、シトリーらしき気配も遠ざかって行った。


 ヒューマン、エルフ、ドワーフが暮らすウィキーヌス連邦が、黄金偽神アクラト・バルタザールの襲撃の後どうなったのかは知らない。

 ライラの眷属のアンリ研究員も今はオーラル王国にいる。

 ライラであれば他にも「目」を残していたとしても不思議ではないが、言わないという事は大して重要でもないのだろう。

 レアとバンブが様子を見に行くと言った時も特に何も言わなかったし、見れば分かるような単純な状況になっているのだと思われる。


「しかし、このまま歩いていくのか? かなりの距離だって話だが……。あの女悪魔も消えたみてえだし、移動手段も考えた方がいいんじゃねえか?」


「わたしは翼を見せたから、飛べることくらいはわかっていると思うけど、そうすると悪魔たちはともかくあちらの人類にとって目立つ登場になってしまうからね。ライラがどうやって研究所に潜り込んだのかは聞いてないけど、繊細な情報を得ようと思ったらわたしたちも人類の組織に潜り込んだ方がいい。悪目立ちするのは控えたいな」


「……いや、どうやったって目立つだろお前は」


「失敬な。全身包帯ぐるぐる巻きのバンブよりはマシだよ」


 結局移動にはカルラを呼ぶ事にした。

 フレスヴェルグであれば地上から見えないほどの高さでも飛行できるし、飛行速度もユーベルよりも速い。西方大陸の魔帝国の幹部ではあるが、別にあちらで仕事があるわけでもない。

 ついでにこの機会にきちんと言葉も教える事にした。









 レアたちでは『視覚強化』を持っていても見えないほどの高さでも、鳥系の魔物の種族ボーナスを加えた『視覚強化』であれば地上の様子もある程度は見える。

 そんなカルラが街が見えたと言うので降りてもらう事にした。


 降りた街は、半分以上の建物が破壊され、その復興作業が続けられているといった雰囲気だった。

 スキルという常識外のツールがあり、且つ鎧獣騎という大型機械が存在しているわりには復興の進捗は芳しくないように思える。

 人手不足と言おうか、予算不足であるかのような印象だ。

 被害状況から察するにここがライラが言っていた黄金偽神アクラト・バルタザールの出現地点だと思われるが、そうだとしたら、ウィキーヌス連邦の首都ウテルであるはずだ。

 そのような大国の首都が予算不足で復興出来ないというのは考えづらい。


 なぜそんな事になっているのかは、街の人間から話を聞く事でわかった。

 見るからに怪しいレアとバンブのコンビではあるが、大抵の商人は金さえ握らせれば口が軽くなる。


 これまで交流が無かったにもかかわらず、南方大陸で使われている金貨もなぜか中央大陸、西方大陸と同じものだ。物価は多少違うようだが、膨大な量の金貨の前では多少の物価の差異など誤差に過ぎない。

 交流があった西方大陸と中央大陸の通貨が同じであるのはわからないでもなかったが、そうではないこの南方大陸でも同じ通貨が使われているとなると、この金貨はやはりゲームの運営が何らかの形で用意したものなのだろう。物価の変動や貨幣価値をコントロールするために。

 もしワールドシミュレータとして太古からこの世界を維持してきたのだとしたら、文明の起こりや貨幣経済の概念の誕生などに介入し、その頃から金貨の製造に関わってきたのかもしれない。


 ともあれ、街の商人が言うには、この街、いやこの国の栄華の時はもう終わったということだった。教えてくれた商人もレアから貰った金貨を元手に街を去る準備をするそうだ。


「──なるほど、大きな街なのにどこか閑散としてると思ったら……。もはや「元」首都なのかここは」


「連邦制国家だっけか。盟主国が変わったって事だな。まあ、首都で黄金何たらが暴れたってんなら仕方ねえのかもしれんが」


「暴れたのは黄金偽神だけではないだろうけどね。ライラやスレイマンたちも暴れていたはずだよ」


 ここウテルの街はかつてはウィキーヌス連邦の首都として栄えていた都市だった。

 しかし大悪魔たちの襲来や原因不明の鎧獣騎の暴走により、一夜にして首都機能を失った。

 それに伴い連邦盟主国としての威厳も失い、その能力も疑問視された。ウテルに滞在していた諸国の大使たちの安全も脅かされてしまったからだ。

 研究設備や軍事拠点も失い、これまで通りの支配力を発揮出来なくなったウテルは連邦盟主国の座を追われる事になった。


 その結果がこの、広さの割に寂れた姿だ。

 国から信用とともに金貨も流出してしまった今、復興のための予算さえ満足に組むことが出来なくなってしまったわけだ。


 街を見回ってそうした状況を把握した後、街同様に寂れた酒場に入り、今後の事を話し合う。


「──たとえばこの街にプレ、異邦人たちが来たとして……。どうかな。彼らがアレを買えると思う?」


「どうだろうなあ……。連邦内部での発言力ってのが、まさにそのアレの保有数や技術レベルだったみたいな印象なんだよな。工事現場でもアレの使用前提みたいな足場があったが、肝心の本体は無かったりしてたしな。

 そうなると、ただでさえ少なくなってる大事なもんを、余所から来た怪しい連中に簡単に売ってくれるなんて考えづらいが……」


「うん。……じゃあ、簡単に売ってくれるようになるためには何が必要だと思う?」


「ああ? 無理だろそんなもん」


「無理、と決めつけるのはよくないな。物事にはなんでも正道と邪道というものがあって、正道で考えればそりゃあ無理だろうけど、方法はそれだけではないはずだよ」


「おお、邪道の王が言うと説得力あんな」


 ぺし、とバンブの肩を拳で叩いた。


 鎧獣騎の輸出が難しいだろう事は最初からわかっている。

 しかも連邦盟主国としての立場と発言力を失った今、外敵に対する備えは自国の軍事力のみで賄わなければならないだろうし、そのためにはわずかでも戦力を失うわけにはいかないはずだ。

 取引のはじめは非戦闘用の小型の機体でもいいが、それさえも現在は貴重なようである。もしかしたら警備用として徴発されているのかもしれない。


 今のところは、見回った限りでは治安が悪化しているようには見えなかった。

 しかし国が力を失ったという事実が広まれば、悪い事を考える者たちが連邦中からピラニアのように集まってくるだろう。そうなった場合の治安維持活動に使うためにも国家が持つ物理的な力は必要だ。


 そういった悪い者たちにとっては鎧獣騎は非常に邪魔な存在と言える。

 彼らはなるべく国が持つ鎧獣騎の数を減らしたいと思うはずだ。

 中には自分たちも鎧獣騎を持ちたいと考え、それを実行に移す者も出てくるかもしれない。


 世の中の大抵の悪い者たちは手段を選ばない。ライラを見ればよくわかる。

 あの手この手で鎧獣騎を管理する部署に接触しようとするだろう。

 軍人や公人をそういった誘惑から守るためには国が手厚い支援と保護をしてやるしかない。

 しかし、そうするだけの体力がもはやこの国にはない。


 となれば、鎧獣騎が闇取引の対象になるのも時間の問題だ。

 であるならば、プレイヤーに鎧獣騎を売ってくれそうな第一候補は闇業者であると言える。

 彼らの求めるものを用意出来ればきっと取引は成立するだろう。


「……お前よ、自覚があんのかないのか知らねえけどよ。ライラそっくりな顔してるぜ」


「今さら何言ってるの? 生まれた時からそうだよ。あと別に似てないけど」


「いや造形の話ではなくてな」


「そんな事より、とりあえず調べる事が決まったね。明日からはこの国や周辺の裏社会を洗おう」


「いきなり邪道側に振れ過ぎだろ。もうちょっとこう、あいだを取れねえのか」


「間って何さ。兵器の横流しに手を染めてる軍関係者ってこと?」


「うーん、まあ、そうっちゃそうなのかな」


「そういうのが存在するのかどうかを調べるためにも、裏社会を洗うのが一番手っ取り早いでしょ。買う人がいなければ横流しだって出来ないんだから」


「横流しする奴がいなかったらどうすんだ? てか裏社会であんなデカいもん持ってる奴なんていたら一発で摘発されるだろさすがに」


「いなかったら作ればいいんだよ。とりあえず現状を調べて、悪い奴が足りないようなら他の街に適当な噂を流してこの街に来させて治安を悪化させて、この街のアウトロー勢力を大きく育てていけばいい。

 どうせ他のプレイヤーがここに来るまで時間はたっぷりあるだろうし、のんびりやればいいよ」


「そんなにうまくいくかねえ……」


「何言ってるの。うまくいくかどうかわからないなんて怠け者のたわごとだよ。うまくいくように努力するんだよ。

 裏社会の人なら仕事や生活に直結してくる話だし、治安維持政策に熱心な政治家とか規律に厳格な軍人とかの事も知ってるだろうから、そういうのはバンバン間引いていって、アウトローな彼らが成長できる下地を整えてやらなきゃ」


「畑の雑草抜くみたいに言うなよ……」





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