第498話「意外な才能」





 南方大陸の浜へ到着した後、カンファートレントを一体『召喚』して樹海に紛れ込ませ、中央大陸に戻ってログアウトした。バンブはゴブリンを召喚してトレントの枝の上に登らせていた。

 翌日ログインしたらこれらをターゲットにすればすぐに来ることが出来る。

 エンヴィは海で自由にさせておいた。NPCであるエンヴィなら寝込みを襲われても対処出来るし、最悪死亡してもそのうち復活する。この海はいずれMPCの船やオーラルからの船便が航行する可能性がある。エンヴィが適当に魔物を間引いておいてくれる事も期待している。


 翌日トレントの元に移動したが、バンブのゴブリンはまだ生きていた。悪魔とやらには見つからなかったようだ。

 仮に見つかって死亡していたとしてもリスポーンしていただろうが、そういう様子は見られなかった。





「──さて、どうする? 空から行くか?」


「いや、森の中を進めばいいんじゃないかな。空を飛べば目立つ事になるし、まだ敵対するとも決まってないんだからあえて刺激する事もないでしょう」


 感知出来る範囲内には大きな反応はない。

 とりあえずバンブと連れ立って樹海を探索する事にした。

 トレントとゴブリンは置いていく。連れて行っても足手まといになるだけだ。


 樹海を少し進むとすぐに違和感に気づいた。

 西側より東側の方が森が薄い。いや違う。薄いわけではなく、東側の途中で森が一端途切れているようだ。進行方向と平行に、北から一直線に道が出来ているらしい。


 道があるのならそこを歩いたほうがいいだろう。森歩きは技術として多少は修めているが、やらずにすむならその方がいい。

 それにもし何者かと接触するとして、森の中を歩いているより道を歩いている方が怪しまれづらいはずだ。

 バンブも同意見のようで、2人でその道へと向かった。


 森を抜けると、その道は思っていたより広かった。

 中央が少しくぼんでいるように見える。何かで抉り取ったような形の道だ。

 広さは片側3車線の車道でも敷けそうな、そう、ちょうどベヒモスの幅と同じくらいの──


「……これよぉ……」


「……うん。多分ライラの仕業だ」


 気付かれないように端末の討伐に協力した、という報告から、常に隠密状態で行動していたものだとばかり考えていた。

 しかしベヒモスの試験運用も目的のひとつだったはずだし、考えてみたら隠密行動など出来るわけがなかった。

 突然やってきた正体不明の金属の塊が住処の森を消し飛ばしたりしたら、友好的な対応など出来るはずがない。

 悪魔たちがライラに敵対したのは当然のことだった。


 しかしそうだとすればここにいるのはまずいかもしれない。

 道があるならそこを歩く方が自然かと思ったが、冷静に考えたら道がある事自体不自然だった。

 この樹海に住む生物の頂点は悪魔だ。悪魔は基本的に飛行出来る。道など必要ないはずだ。


「──あ、こっちに何か来るな。もう捕捉されてるかも」


「マジかよ」


 友好的に接触できる可能性があった場合、『範囲隠伏』を発動していては要らぬ不信感を与えることになる。そのため隠蔽系のスキルや魔法は使っていなかった。

 悪魔ごときが『魔眼』を持っている事はないだろうが、こちらに視えているということは向こうからもすでに視えていてもおかしくない。今から発動するのでは遅い。


 どのみち、いずれは対応の仕方を決めなければならない相手である。

 ここは素直に挨拶をしてみて、それで敵対するようならば残念ながら消えてもらうしかない。





「──動くな! 貴様ら、何者だ! どこから現れた!」


 現れたのは大悪魔と思われる女と、妙な形状の悪魔たちだ。

 物理的な上から目線には少し苛立ちを覚えるが、それだけの理由でこちらが飛行出来る事実を教えてやる事もない。


「ああ、わりいな。道に迷っちまってよ」


 バンブがさりげなくレアの前に立つ。

 ライラの話では人型の大悪魔はひとりだけだったというから、目の前のこれがそうだろう。だとしたらライラを目にした事があるということだ。

 レアの顔を見てライラを思い出すかもしれない。

 バンブはそれを警戒したのだろう。


「……どこから現れた、と聞いている」


 大悪魔は警戒している。当然だ。

 この警戒を解くことが出来るかどうかで、この樹海に住む悪魔たちが生き延びられるかどうかが決まる。


「あーっと。まあ、黙っててもしょうがねえか。

 俺たちは中央大陸から来たんだ。

 こっからだと北か。北から来た」


「んふふ!」


「そっちの貴様! 何を笑っている! それに、北だと……?」


 バンブが妙な言い回しをするものだから笑ってしまった。

 他に言い様は無かったのだろうか。


「……貴様たちが歩いているその傷跡。それが何だか分かるか」


 大悪魔は少し考えるそぶりをみせた後、バンブに静かに問いかけてきた。

 視線はレアたちから少し外れ、道の中央付近に向いている。


「傷跡……? ああ、これか。これ道じゃなかったのか」


「道……そのように見えるだろうが、それは傷跡だ。我らが棲処が切り開かれた、その痛ましい傷跡である。

 その傷こそ、北から現れた人間が刻みつけたものだ。貴様たちはその者の仲間ではないのか?」


 仲間である。

 が、それは言う必要はない。

 目の前の大悪魔は人間の仕業だと言うが、ライラは確かに人類系種族ではあるものの、一般的な意味では人類勢力とは呼べない。この大悪魔はライラの事を人間だと勘違いしている、と見るべきだろう。


 この南方大陸の人類は悪魔たちに対抗するために鎧獣騎という大型の金属塊を利用している。似た系統の技術で作られたベヒモスに乗るライラの事も人類の一味だと認識したのだと思われる。

 そうであるなら、人類とは違う存在だと証明してやれば間接的にこの傷跡とやらと無関係だと思わせる事が出来るかもしれない。


 バンブはするりとローブを脱ぎ捨て、包帯を解くと三面六臂をオンにした。レアも翼のみオンにする。ローブを着たまま翼を出すと捲れ上がってしまうのだが、フードをとって顔を見られるリスクを考えれば仕方がない。


「見ての通り、俺たちは人間じゃない。魔物に近い存在だな。あんたらはどうなんだ? 人間にゃあ見えないが、そこらの魔物にも見えねえ」


「……ふむ。人間は、自分たちとカタチが違うものは排斥する傾向にある。

 それを考えると貴様たちがあの人間の仲間というのは考えにくいか」


 思っていたよりすんなりと警戒を解いてくれた。

 どうやら南方大陸の人類はずいぶんと排他的な性格をしているらしい。

 ヒューマン、エルフ、ドワーフのみが集まって連邦国家を成している、のだったか。獣人たちの帝国とは敵対関係にあるとか。

 そうなった理由や歴史的背景は定かではないが、この大悪魔の言い様だともしかしたら人類が獣人たちを追い出したのかもしれない。

 確かに、ビジュアル的にもシステム的にも獣人はヒューマンやエルフたちとは少し違う気がする。


「さっきのあんたの質問、何者かってのと、どこから来たのかってのはこれで満足かい。

 じゃあ悪いが次はあんたらの事も教えてもらえんものかね」









 ライラの話では、悪魔たちは話も聞かずに攻撃を仕掛けてくる野蛮人だとのことだったが、まったくそんな事は無かった。

 北から来る存在については強く警戒している様子があるものの、人類でないのであればまずは話してみてその目的を探るという雰囲気が感じられた。

 ライラが話を聞いてもらえなかったのは開幕ベヒモスカノンで樹海に傷跡を刻み込んだせいだろう。

 全くロクな事をしない。


 そのせいでレアも堂々と顔を晒す事が出来ず、肌が弱いからということで終始フードをかぶったままで話をさせてもらった。

 レアの声はその話し方もあってライラとよく似ていると言われるが、それも懸念して余所行き猫被りモードで話した。以前に始源城を初めて訪問した時のあれである。

 と言ってもレアが話したのは軽い挨拶くらいで、交渉ごとはすべてバンブが行なってくれた。


 交渉と言うのはMPCの渡航に関する事だ。

 中央大陸を追われた魔物たちの集団が、新たな生活の場をこの南方大陸に求めている。

 それを受け入れて欲しいとは言わないが、せめてこの樹海を通過する事を許してもらえないだろうか。

 そういう話をした。


 大悪魔たちの首領だと言うスレイマンなるエセドラゴンはこれを受け入れ、樹海の傷跡を正式に道として整備し、樹海を越えた先の人類領域まで安全に通行できるよう手配してくれるとのことだった。

 要は、南方大陸の人類を駆逐して勝手に生活圏を広げる分には好きにしていいよという話だ。


 シトリーと名乗る先遣隊の大悪魔と違って、スレイマンの態度は殊勝なものだった。おそらく『真眼』か何かの感知系のスキルを持っているのだろう。また『霊智』も所持しているようで、中央大陸に多くの災厄級がいることも把握しているようだった。


 そんな災厄のうちの2体が南方大陸に魔物を送り込んでくる。

 それをどう判断したのかはわからない。

 しかし、さしあたっては敵対する気はないように見えた。

 直接会ったのがよかったのかもしれない。

 レアとバンブがその気になれば、すべての悪魔と大悪魔を樹海ごと焼き払う事も可能である事くらいはわかったのだろう。


 レアとしてはとりあえず上陸さえ無事に出来るならそれでいい。

 その先に何か面倒事が起きるとしても、それはMPCのプレイヤーたちの冒険の一部である。過保護に守ってやるつもりはなかった。









「──なんだよ。悪魔って言っても物わかりいいじゃねえか」


「むしろ物わかりが悪いのはライラの方だったんじゃないかな。まったく……」


「だが、とりあえずこれで平和的に上陸できるのは確かだな。

 悪魔たちと正常な交友関係が構築できるかはわからんが、リックの野郎ならうまくやんだろ」


 確かにコミュニケーション能力の高そうな人物だった。軽いが、人の嫌がる事はしないようなタイプだ。彼ならバンブの期待にも応えられるだろう。


「よし、じゃあ次に行こうか」


「次?」


「何とか連邦だよ。そこまで行かないと鎧獣騎は手に入らないだろ。それに獣人の国も気になるし。

 ほら、包帯巻いて。別にそのままローブ羽織ってくれてもいいけど」


「いや巻くからちょっと待て。急ぐから。巻きで巻くから」


「んふんっ! 黙って巻きなさい!」







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