第497話「INT電話」
タケダをトレの森に放り込み、スタニスラフを呼び彼に万事任せた。
素材から何から自由に使うよう申しつけ、必要であればアビゴルに協力を頼むこと、と。
ただし条件として「変態」や「擬態」などの、人類種に姿を変えられるような特性は入れないものとする。
つまり完全な魔物枠としての運用だ。
働きが良いようであればいずれは考えてやってもいいが、下っ端怪人というものは安易に人間に化けたりしないものである。たぶん専用の役者を用意する予算がないからだろうが。
ただ、人類に背を向けマグナメルムの手を取った代償として、そういうわかりやすい変化は必要だろうと思えた。
*
次に向かったのは、ポートリー王国南部の大樹海だ。
そこでレアを案内してくれたのはMPCのリック・ザ・ジャッパーというゴブリンだった。
正確にはゴブリンジェネラルか何かだと思われるが、外観からでは細かい違いはわからない。野生のゴブリンと違って防具を身につけているため、プレイヤーなのだろうなという事はわかるが、そのせいで種族の判別は難しくなっている。
大蜘蛛──グレータータランテラたちと交渉していたというリックは、樹海に着くとまずバンブとレアをクィーンアラクネアに紹介してくれた。
タランテラたちはそれほど賢くないがクィーンアラクネアともなればそうでもない。交渉や取引は主にクィーンと直接行なっているようだった。
確かに女王級であれば相応のINTはある。
交渉も取引も不可能ではないだろう。
しかしそれはあくまで意思疎通が出来ればの話だ。
特に交渉や取引といった高度な情報のやり取りをするには、細かいニュアンスも含めた繊細な対話が必要になる事もある。
話せもしないのにどうやってそんな事をしているのか。
と疑問に思っていたのだが、それはクィーンアラクネアに会う事で氷解した。
糸電話だ。
クィーンは糸を吐き、その糸の先を相手の耳か頭部に付着させ、糸を振動させる事で疑似的に言葉を発する事が出来るようだった。
しかし物理的にそうした事が可能だとしても、それは人類の言語を理解していなければ成しえない事だ。
MPCと接触してから人類の言語を解析したとは思えない。そうだったとしたらそもそも交渉のテーブルにつくことさえ出来なかったはずだ。
となるとこれは以前から可能だったのだろう。
エルフたちと友好的な関係ではなかった以上、エルフと話すために言語を習得していたわけではあるまい。
であればおそらく、森に侵入してきた傭兵たちの作戦や会話を一方的に聞き出すために培われてきた知恵なのだ。
この森が☆4なのはラコリーヌと違って弱いレッサータランテラが居ないせいかと考えていたのだが、もしかしたらこうした目に見えない恐ろしさも計上されているから、なのかもしれない。
せっかくなので、レアも真似してみる事にした。
声を出さず、糸を震わせるだけで音声を再現するのは非常に難しかったが、8本の脚や6枚の翼を操るよりは楽だった。アバターのINTに応じてプレイヤーがやりたい事に対しての行動の補佐というか、成功率のようなものに下駄を履かされているのかもしれない。
クィーンアラクネアはレアが指先から糸を出したのを見て驚いていた。確かに人間が糸を出したら驚くだろう。今のレアは真新しい白いローブを着た怪しい人間にしか見えない。
女王が人間と仲良くしている、という風に見えるのは今後の樹海とMPCの関係によくない影響を及ぼすかもしれない。これを見て勘違いした配下のタランテラたちが人類に安易に接触して被害が出ても可哀相だ。
せっかくMPCが魔物プレイヤーとして得たアドバンテージだ。この地方の魔物たちが仲良くするのは同じ魔物勢力だけでいい。
そう考えたレアは多脚と甲殻をオンにし、魔物らしさを前面に出すことにした。ブーツと下着は茂みで脱いだ。
自分とほとんど変わらない高さになったレアを見たクィーンはその場にひれ伏した。
どういう仕組みか不明だが、自分の系統の上位種の気配を感じ取ったらしい。レアのアバターに融合している因子はクィーンアスラパーダのものであり、あの時使ったのはクィーンアラクネア出身の個体だった。確かに、彼女の上位種であると言えなくもない。
それからはレアたち一行は下にも置かない扱いで樹海を案内された。
交渉役兼案内役のリックの仕事はこの時点で無くなったと言える。
樹海を縦断し、抜けた先には海が見えた。
海岸線は磯や砂浜ではなく岬の様で、押し寄せる波が岸壁にぶつかり白くけぶっている。
これはあれだ。2時間サスペンスドラマの犯人が追い詰められる的な所だ。
「ここに港を作るのか。難易度高いな。無理じゃない?」
「ソモソモ、みなとトハ何デショウ」
クィーンが小首を傾げて尋ねてきた。あくまで人型なだけであって、人に似た顔をしているわけではないのだが、こうした仕草は可愛く見える。
「港知らないのか。ていうか、だったらどうやって交渉してたんだよ」
「い、いや、絵とか描いて説明する予定だったんですけど、そもそも船も知らないって言うし、どうしたものかと……」
リックが恐縮して言った。
まだMPCが使う設備を樹海内に建設してもいいかの許可がとれた、という段階であったようだ。
「そうか、船もいるよね。当たり前だけど。当てはあるの?」
「……作るしかねえだろうな。でも港を作っとかなきゃ、船を作っても停泊させる場所もねえし」
「だったら最初に作るべきなのは造船所なんじゃないの?」
先が長すぎる。
このペースだとどう考えてもオーラルの港湾設備の方が早く完成するだろう。
「まあ、船はいいよ。最悪別の街から買えばいいし。でも港をここに作ろうと思ったら、相当な建築技術が必要になるな……」
一般的な意味の技術ではなく、ゲーム的なスキルや能力値でもいい。
「──仕方ない、建築の専門家を呼ぼう。『召喚:クィーンベスパイド』」
レア陣営の
呼びだされたクィーンベスパイドは野良のクィーンアラクネアと視線を交わし──と言っても両者とも複眼のような眼なので本当に視線が交わされたのかはわからないが──何らかのシンパシーを感じたのか協力して行動を始めた。
アリたちは岬を掘り進め、港の建設に合わせて土台を整えていく。
クモたちは樹海の木材を切り倒し、並べて糸で縛って乾かしていく。
スガルや他の女王たちとも、もしかしたら何らかの手段で言葉を交わす事が出来るかも知れない。
そんな事を考えながら作業をぼうっと見ていたが、見ているだけでは何にもならない。
「これ、わたしたちがここにいても仕方がないんじゃないかな。
バン──ラルヴァ、暇じゃない?」
「そりゃ暇だが、俺たちに出来る事なんざねえだろ。木でも切るか? 木材の乾燥だったら魔法で時短できるかもな。でもそれくらいだろ」
ふむ、と考える。
黙りこんだレアを見ながら、リックがバンブに「セプテムさんって聞いた話よりだいぶフランクな感じなんですね。マスターどこで知り合ったんですか? 合コンとか興味あるか聞いてもらっていいですか?」と話しかけているのが聞こえた。
クィーンアラクネアとの交渉を任されているあたり優秀な人材ではあるのだろうが、いささか頭が軽いようだ。ただレアにむやみに直接話しかけたりしない辺りはわきまえていると感じられる。なんであれ、優秀であるなら文句はない。
「……木を切るのはタランテラたちで十分だし、木材だけ先に仕上げても土台が間に合っていなければ意味がない。どうせやるのならわたしたちにしか出来ない事をするべきかな。
ラルヴァ。わたしたちは一足先に南へ渡って、露払いをしておこうじゃないか」
本来露払いとは、貴人や上位の者のために道を清めておくというようなものだ。組織のトップであるレア自らがやるような事ではない。
しかし此度のプロジェクトにおいては主役はMPCのプレイヤーたちである。
彼らが南方大陸へ行くに当たり、障害になりうるものは調べておいて損はない。
「はあ……。言うと思った。それはつまり、南方大陸の樹海にいるっていう異形の悪魔たちと敵対するって事か? お前がそう決めたんだったら俺は従うだけだが、それはオクトーに言っておかなくてもいいのか?」
「敵対するかはあちらの出方次第だよ。オクトーのヤンチャのせいで中央大陸から、北から来る存在のすべてを警戒しているかもしれないけど、南方大陸だって一枚岩じゃなかったんだ。こちらも一枚岩じゃない可能性を彼らが考慮しないとは限らない」
言いながら『召喚』を発動した。呼んだのはエンヴィだ。
それを見たバンブは諦めたようにため息をついた。
「……行くのは決定事項かよ。なら相談してくんなよ」
「君はリックと言ったかな。
すまないが、わたしとラルヴァは少し出かける用事が出来た。特にしなければならない事もないとは思うが、一応ここの監督は任せたよ」
「あっはい! お任せ下さい!」
「いい返事だ。気に入った。これをあげよう」
レアは懐をまさぐる振りをしてインベントリから賢者の石を取り出し、リックに投げた。手渡してやりたかったが、ゴブリン系のリックと多脚を解放した状態のレアでは身長差があり過ぎる。
急に放り投げられた赤い卵をわたわたと受け取ると、リックは目を見開いた。触れた事で使い方を理解したのだろう。
「それをいつ誰に使うかはきみの自由だ。
今後も、わたしたちの役に立ってくれるというのなら、こうしてご褒美をあげよう。他の皆にも伝えておくといい。ではね」
レアの意志を感じ取ったエンヴィが岬から身を投げた。
数秒後、凄まじい水飛沫と共に巨大な海竜が現れる。その首の先は当然エンヴィだ。
「──んぐへっ」
レアはバンブの首根っこをひっつかんでエンヴィの背中に飛び乗った。
目指すは南方大陸、悪魔たちの棲む樹海だ。
エンヴィの能力なら今日中に到着するだろう。
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