第496話「積み上がる罪科」






 メリサンドの案内で一行はカナルキアの牢まで足を伸ばした。

 イアーラやアザレアたちはお茶会の片付けをしている。今回はあまりお茶もお菓子も堪能できなかったのが残念だ。次はもっと乾燥した場所でやりたいものである。





「──喜びたまえ。君には選択肢がある。だいたいの場合、弱い者には選択肢なんてないからね」


「……その声は! まさか、第七災厄、セプテムか!」


 レアが声をかけると、その異邦人は飛び起き、ばしゃばしゃと水を掻き分けて来て格子にしがみ付いた。


「第七災厄とはまた、少々懐かしい呼び名だね。そう呼ばれていた頃に会ったことが──」


 するとライラがレアの肩を引いて後ろに下げた。

 何をするんだ、という目で姉を睨むとぼそりと言われた。


「……下着見えちゃうよ」


 確かに。

 牢の中のプレイヤーは腰の下あたりまで水に浸かっているが、レアはその水の上に立っている。

 あちらにその気があれば覗かれてしまいそうだ。


 ライラの呟きはその場にいる皆の耳に届いた。


「えっ!? いや違う! 見てない! そんなつもりは!」


 プレイヤーが慌てて格子から離れた。


「……サイテー」


 こんなに冷たいブランの声は初めて聞いた。


「……やはり、わしらのカラダ目当てじゃったか」


 メリサンドは何やら思い当たる節がありそうだ。この彼からそういう視線を受けた事でもあるのだろうか。


「……繁殖好きな低位種族が言いそうなことだこと」


 ジェラルディンも汚物を見るような目で睨んでいる。


「……牧場経営の観点からするとある意味ありがたいんだけどね。でも主人に欲情するのはいただけないな」


 別にレアは主人ではないのだが。


「……これだから知性の欠片もない愚物は嫌いなんだよ」


 教授にしては珍しくストレートな悪口である。


「……」


 バンブは無言で目をつむっている。どこか同情しているようにも見える。


「──とりあえず、話が進まないからわたしの下着を覗こうとした罪については後にしよう」


「ち、違うって言っているだろう! だいたい、俺にはもう心に決めた人がいるし、その相手は下着なんて履いてない!」


 その言葉でさらに周囲の気温が下がったような気がするが、誰かが何かを言い出す前にレアは手を上げて制した。

 このままでは本当に話が進まない。


「ええと、もう一度言おう。それから、もう余計なことは言わないように。死にたくなければね。

 君には選択肢がある。

 ひとつは、このままこの海洋王国カナルキアから出て、大陸の人類の元へ戻ること。その場合、もうここには戻って来られないようどこかで復活地点を上書きしてもらう。きみたち異邦人の復活が眷属の復活と似た仕組みであることはわかっている。要は、無条件で解放してやろうという案だ。悪くない話だろう?」


 牢の中のプレイヤーは不満げな顔だ。

 余計なことは言うなと言われたから黙っているが、言いたいことはあるという顔をしている。


「もうひとつ。きみが知っているかどうかはわからないが、我々マグナメルムは黄金龍の討伐を目標に掲げている。その事は君たち異邦人にも伝えてある。そして伝えた際に、マグナメルムの協力者を募るという話もしてあるんだが──その顔はどうやら知っているようだね。

 そう、もうひとつの選択肢とは、我々の協力者となり、黄金龍討伐のために働いてもらいたいという事だ」


 これを聞いた時、プレイヤーは一瞬視線を彷徨わせた。

 迷っているのか、誰かを探しているのか。

 あるいは他のプレイヤーと連絡をとっているのかもしれない。


「……ひとつ、質問してもいいか」


「どうぞ。別にひとつでなくてもいいよ」


「イアーラさんは……マグナメルムの仲間なのか?」


「ふむ」


 メリサンドを見る。

 レアと目があったメリサンドは肩をすくめた。


「イアーラは我が国の娘じゃ。当然、協力体制にあるマグナメルムの仲間と言えるじゃろうな。あ、言うておくが、貴様の立場が敵であろうが味方であろうがイアーラとは会わせぬぞ。本人が嫌がっておるでな」


 それを聞いたプレイヤーはショックを受けたようだった。


「……そういうのは黙っておいて、とりあえず味方にして後戻りできなくなってから言えばよかったんじゃないの?」


 後ろでライラたちがボソボソと話し出す。


「……えー? そこまでする価値ありますかねこいつに……」


「……選択の結果に関わる内容じゃし、そこで嘘を吐くのはいかんじゃろ」


「……嘘ではないよ。黙っているだけだよ」


「……おい、多分全部聞こえてるぞ」


 すると実際に聞こえていたからかどうなのか、項垂れたプレイヤーが小さな声で語り出した。

 顔が水についてしまいそうなほど肩を落としている。


「……俺の気持ちが届いていないだろうなってのはわかっていた」


「いや、届いておっても結果は──」


「メリーサン、しっ!」


「……それでも俺は、俺は、俺の想いが真実だったと証明するために。

 例え届かないのだとしても、少しでも彼女の助けになる選択を選びたい」


 振り向いてもらえないとしてもイアーラのために行動したい、という意味だろうか。

 他人事だから何となくかっこよく聞こえるが、これの対象が自分だったとしたら少し怖い。

 とはいえ、本人に直接どうこうしようとはしない所は評価できる。

 報われなくても尽くしたいというのは自己満足にしか過ぎないと思うが、誰にも迷惑をかけないのであれば他人がとやかく言うようなことではない。


「ふむ。それはつまり、我々に協力するということかな」


「……ああ。俺を仲間に入れてくれ。俺はイアーラのために、マグナメルムに剣を捧げる!」


 このプレイヤーのプレイスタイルは覚えていない。剣士だっただろうか。

 しかしそういう事なら話は早い。

 彼は彼なりの闇堕ちイベントへの片道切符を手にしたというわけだ。


「──よろしい。ではまずは契約内容を詰めるところからだな。

 ああ。その前にここを出よう。きみの大好きなイアーラさんやそこのメリサンドが言うには、きみが近くに、この牢にいる事さえもう耐えられないそうだからね」


 プレイヤーはがばっと顔を上げてレアを見た。

 レアがこれまで見たことがないほど情けない表情をしていた。


「……うわ、それ言う?」


「……同じ空気も吸いたくないとかってやつですよね。確かにそんなような感じでしたね」


「……メロウの間では、同じ水に浸かりたくない、と言うんじゃが、わしそこまで言ったかな……?」









 プレイヤーはTKDSGと名乗った。

 呼びにくいから何か別の呼び方をと言ったら、じゃあタケダでと言うことだった。


 カナルキアを出た後ライラに頼み、トレの森からアビゴルを呼んでもらった。

 突然現れたニーズヘッグにタケダは腰を抜かして驚いている。威圧感や存在感という意味では牢の前にいた8人の方が余程恐ろしかったと思うのだが、やはり見た目のインパクトというものは大きいらしい。


 そんな存在が突然現れれば、瓦礫と化したライスバッハに残っていたプレイヤーたちも騒ぎ出す。

 そしてニーズヘッグのそばにへたり込むタケダを見つけ。


「──リーダー!」


「……む、ソーメニーか」


 数十人のプレイヤーが集まってきた。

 そのお揃いの鎧はテューア草原に現れたあのプレイヤーズクランだ。


「おや。先日も会ったな。確か、黄金龍の端末を始末したときに」


 リーダーと呼ばれているという事は、このタケダはいつかのテューア草原で鎧坂さんへの襲撃を指揮していたあの人物か。

 そういえばTKDSGという名はSNSで何度か目にしたことがある。思った以上に有名なプレイヤーだったようだ。

 システマティックに効率化されたあの戦闘スタイルはレアも感心した覚えがある。あれを考えだしたのがこのタケダであるなら思わぬ拾い物だったかもしれない。


「マ、マグナメルム・セプテム!? それに、オクトーか! なんでここに……! いや、そういえばこの間人魚と一緒にノウェムもいたっすね……。

 リ、リーダーをどうするつもりっすか!」


 どうやらレアがタケダをどうにかするつもりだと思われているようだ。心外である。

 こういう時は直接本人に話させるのがいいだろう。

 世の中の黒幕は大抵そうしている。


「だってさ。きみの口から教えてあげなよ。これからどうするのかを」


 タケダは立ち上がるとプレイヤーたちに向き直り、神妙な顔で口を開いた。


「──ソーメニー。すまない。

 俺はもう、お前たちのリーダーじゃない」


 そしてインベントリから小さな紙の束を取り出した。

 フレンドカードだろう。


 それをまとめて、破って捨てた。


「──!」


「俺は決めたんだ。お前たちとは、いや人類とはもう共に歩むことはない。

 今の俺は──マグナメルム・タケダだ」


 そういうつもりで呼び名を聞いたわけではなかったのだが。

 ライラを見ると真顔だった。

 多分、レアも同じ顔をしている。


「そんな、リーダー! 俺らを捨てるって言うんすか!」


「……すまない! セプテム、連れて行ってくれ!」


 レアへの呼び捨てに対してアビゴルが苛ついたように鼻息を吹かせた。ちろりと炎が漏れている。

 しかしここで言っても仕方がない。そのうちわからせればいい。


 アビゴルに目配せをすると、前足でタケダを掴み、大きな翼で羽ばたいて上空へと上がっていった。

 ライラがびっくりしていた。主君であるライラが何も命令していないのに勝手に行動したからだろう。

 眷属であっても主君に不利益を与えない範囲内でなら自律的な行動を取ることが出来る。今のはその範疇だったというだけのことだ。

 そもそも、そこで驚いていいのは主君としてきちんと責任を果たしている者だけである。ライラにはその資格はない。彼の餌と寝床を用意しているのはレアだ。


「──リーダー!」


 叫ぶソーメニーに告げておく。これは勘違いされてもらってはこまる。


「ひとつ言っておくけど、彼がわたしたちの協力者になったのは確かだけど、別にマグナメルムの名を与えたわけじゃないよ。後で本人にもよく言っておくけど。

 あの名を名乗っていいのは5人だけだ。まあ、他にも候補が3人ばかりいるけど、その中に彼は入ってない。多分この先もない」


 ソーメニーはそんな事はどうでもいい、というような顔をしているが、どうでもよくない。重要な事だ。


「じゃあね。きみたちも、わたしたちに協力したいという者がいたら来るといい。いつでも待っているよ。居場所は教えないけどね」


 レアはそう言うと『天駆』で空を駆け上がり、アビゴルに乗った。

 地上に残っていたライラはどこかに消えていった。オーラル王国に行ったのだろう。

 見れば海洋王国カナルキアも徐々に沖へと離れ、沈んでいくところだった。

 これから各々で行動を始めるのだ。レアもタケダの改造をスタニスラフに任せたらバンブに合流しなければならない。




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