第495話「持て余す」





 大樹海発、南方大陸行きの船便を用意する。


 バンブがそんな事を考えたのは、やはり鎧獣騎の話を聞いたからだそうだ。

 鎧獣騎の技術については南方大陸の人類国家では確立されているが、現状中央大陸ではライラの配下のアンリという研究者しか作る事が出来ない。多少の補佐をつけたとしてもそれほど多くは生産出来ないし、生産速度も知れている。

 それに大っぴらに使うためには何らかのカバーストーリーも必要だ。

 明らかに中央大陸とは技術的に隔絶されたアイテムである。アンリ研究員が製造できるのだとしても、何の脈絡もなく突然登場させるわけにはいかない。

 バンブはそれなら原産地から直接輸入してやればいいと考えたのだ。ある程度輸入さえしてしまえば、その後はオーラル国内で製造してもそれほど不自然には思われない。


 プレイヤーたちに経験値を稼がせ、戦力の底上げを図るのもいいが、それとは別のアプローチとして外部オプションで無理やりパワーアップさせる方向で考えた、という建前だ。

 もっともらしい事を言っているし皆頷いているが、単にオモチャが欲しいがそのためにライラに頭は下げたくないというバンブの意地なだけのような気もする。


「港を作って航路を確保すりゃ、南方大陸と交易も出来るようになるだろ。そうすりゃ兵器の輸入も不可能じゃねえ」


 悪くない案だが、問題はそれが☆4の天然ダンジョンの奥地である事である。

 同じ事をライラも考えたようだ。


「普通の人類が大蜘蛛ひしめく樹海の中なんて突っ切れないでしょ。それだったらオーラル王国の南部に港作った方が早いんじゃない?」


 しかしそう言われるのは想定済みであったようで、バンブは冷静に答える。


「そうかもしれん。だが、何でもかんでもオーラル頼みってわけにもいかねえだろ。ただでさえ大戦での1人勝ちでやっかまれてんだ。本気かジョークか知らんがプレイヤーにもオーラル黒幕説を疑ってる奴はいる。

 しかも、ライスバッハが滅んで西方大陸貿易もオーラルの総取りになるってところだ。その上南方大陸行きの港まで押さえるとなっちゃあ、ぶっちゃけもうこの大陸でオーラル王国と関わらずに商売するのは無理なレベルになるぜ。そいつはさすがに悪目立ちし過ぎだろ」


 確かにそれはある。

 レアも最近はグスタフにこれ以上ウルバン商会の拠点を増やさないよう指示している。

 正確に言えば増やすこと自体は構わないのだが、ウルバン商会との繋がりがわからないよう偽装するように指示しているのだ。


 流通の全てを握る組織が生まれるのは誰だって警戒する。

 独占禁止法のような明確なルールがない以上、誰かが全てを握ってしまえばそれをどうにかするのは難しい。

 どうにか出来るとすればゲームサービスの運営くらいだ。

 もちろん単に政治的に脅威だというだけでは彼らは対応しないだろう。そうでなければレアやライラなどとっくの昔に警告を受けているはずだ。

 しかし、それが顧客であるユーザーからの通報であれば何らかの動きを見せるかもしれない。

 名前を変えて誤魔化す程度では運営の前では何の意味もないが、少なくとも脅威に感じたプレイヤーに通報されるリスクは避けられる。

 商会の名前を変えさせたのはそういう理由である。名義上別会社を作って税金対策をするのと同じだ。


 商会ならばそれで問題ないかもしれないが、これが国とインフラであれば話は別になる。

 港湾設備というものは民間企業だけで管理しきれるものではない。能力的な問題ではなく、国家の安全保障やライフラインに直結する設備だからだ。

 先ほどライラが言ったオーラル海運とかいう名前が本当かどうかは別として、それは国の事業だとライラは言っていた。あれはおそらくそういう理由からだ。


 であれば仮に名前を変えて運用するとしても、オーラル王国が関わっていないよう偽装するのは難しい。そんな事は常識的に考えて有り得ない。オーラル王国内で港を作るのであればそれはすべて国が何らかの形で管理に関わっていると見られてしまう。


 中央大陸で最大勢力を誇るオーラル王国が、中央大陸の玄関口を2つとも支配する。

 これはバンブが言った通り、今後はオーラル王国を避けて商売をする事は出来ないということを意味する。


「別によくない?」


「よくはねーだろ」


 すかさずバンブが否定する。


「よくはないと思うね」


 教授も同意見のようだ。


「よくわかりません!」


 ブランの意見にメリサンドが頷く。癒やし枠狙いだったか。


「いいか悪いかは目的によるけど。オーラル王国を大戦の黒幕とする内容の噂を助長させて、また新しい火種でも作るつもり?」


 ライラが考えそうなことと言えばそんなところだ。

 これらによって起こる風評被害の可能性をライラが考えていないとは思えない。

 だとしたらその風評被害そのものも狙いのうちなのかもしれない。


「それもいいかもね。まあそうは言っても、そんなこと言い出すのはプレイヤーだけだろうし、現地人なんかはむしろそんなプレイヤーたちの方をこそ警戒すると思うけどね。

 現地人の商人にとっては、どのみち中央大陸で商売がきつくなってきたんなら海外に活路を見いだすしかないし、その拠点がオーラルに集約されてるって言うなら単に便利になるだけだ。ウチに引っ越してくれば済む話なんだから。

 オーラル黒幕説なんて唱えたところで現地人からの信頼を失うだけってのは考えなくてもわかるだろうから、バンブやレアちゃんが心配しているほど拒否反応は出ないと思うよ」


「別に心配なんてしてないけど」


「自分が心配してもらえるようなタマだと思ってんのかお前」


「……あの、私も否定したのだがね。別に心配したわけではないが私の名前もだね」


「わたしはよくわかりませんでした!

 けど仮にバンブくんたちが樹海に港を作れたとしても、現実的に考えてそれをプレイヤーの人たちが使うのって難しくないすか? ポートリー地方には今ろくにエルフの街も残ってないし、ライラさんの話じゃないけど大蜘蛛の棲む樹海を人類プレイヤーが穏便に抜けるのも無理ですよね。穏便に抜けられないとしたら強攻するしかないですけど、そんなことしたら港なんて使わせてもらえないでしょうし」


「ブランちゃんの言う通りだよ。

 やっぱり人類が安定して使える港が必要だ。そしてそれが可能なのはオーラル王国だけだよ。

 だからバンブの作ろうとしている港は魔物向けにして、オーラルでも南部に独自に人類向けの港を作るというのがベターだと思う。

 どうせ南方大陸にまともに上陸しようと思ったら北側の海岸線は迂回する必要があるしね。南方大陸を西側に回り込みながら航路を取るならオーラル側から出港した方がやりやすい」


「おい待て。何で迂回の必要があるんだ。北に上陸すればいいんじゃないのか」


「言ってなかったっけ。南方大陸の北側には中央大陸の南側のと似たような樹海が横たわってるんだけど、そこ異形の悪魔たちが住んでるんだよ。たぶん人類にはいい思い出もないだろう連中だから、人類がノコノコ上陸したら即殲滅されると思うよ」


 そう言えば、前回のお茶会の時にそんな話をしていたような気がする。どちらかと言うと各地に現れた黄金龍の端末の方がインパクトが強い話題だったのでさらりと流されていたが。


「……だが、迂回した場合は人類の生息域に上陸する事になる、んだよな。するってーと魔物プレイヤーじゃあ上陸はきついな。魔物は出来れば樹海に上がりてえ。

 ライラ、その異形の悪魔たちってのは人類以外に対してはどうなんだ? 魔物だったら交流は可能そうか?」


 問われたライラは一瞬視線を彷徨わせ、すぐに目を閉じて悩むようなポーズをした。


「人類、っていうか、魔物に対しても警戒してる、かもしれない。北の大陸──中央大陸から来る存在についてはね」


「ライラ、何したの?」


「ひどいなレアちゃん。何で私が何かした前提なんだよ」


「……してないの?」


「いや、うーん。一応、黄金龍の端末を倒す時には協力した、と言えなくもないんだけど……」


 煮え切らない言い方だ。

 レアがじっと見つめていると、ライラは諦めたように話し始めた。


「……文化も慣習も違うだろうから私の行ないが悪魔たちにとってどういう風に受け止められたかはわからないけど。

 姿を隠した状態でこっそり討伐に協力した後、落ちてたアウリカルクムを拾って、中央大陸の方から来ましたって自己紹介して、その後彼女たちの拠点に忍び込んでアーティファクトを頂いて──」


「いやいやいやいや、アウトだろ! 討伐に協力してた事実が悪魔たちに伝わってねえってんなら、ボスが死んだ後ひょっこり現れた怪しい奴がドロップアイテムだけ盗んで消えたって事だろそれ! しかも帰ってみれば自分たちの宝も消えてたと。関連性を疑わない方がおかしいし、文化だの慣習だのがどうのって以前の問題じゃねえか!」


「もう、文句ばかりだなバンブは。

 ちゃんと去り際に、また会う事があったらよろしくねって言ってきましたよーだ」


「煽っただけだろそれ!」


 バンブが頭を抱えた。

 レアも眉をひそめる。いい歳して「きましたよーだ」は無い。


「しかも中央大陸からって言っちまってんじゃねーか。もう絶対警戒されてるだろそれ。むしろ今あっちから攻めて来てねえのが不思議なくらいだ」


「こっちでバカスカ災厄級が生まれてるのは認識してるみたいだったからね。いかに警戒していたとしてもわざわざ来たりしないでしょ。自殺志願者でもあるまいし。ちなみにバカスカ生まれてる災厄級の中にはバンブも含まれてると思うよ」


「ふむ。ではこういうことだな。

 人類が南方大陸に渡るならば迂回して南方大陸の西側に上陸する必要がある。魔物が南方大陸に渡るならば悪魔たちと接触する必要がある。接触時には衝突が予想されるから、戦闘を覚悟する必要がある、と」


 教授がまとめた。

 こうして聞いてみると問題はシンプルだ。

 文句を言う奴とは腕力で話し合えばいい。いつもどおりである。


「……しゃあねえな。上陸前に船ごと沈められねえように祈るばかりだ。初回は俺も付いて行った方がいいな」


「自分が行きたいだけでは……」


 悲壮な決意を固めたような声色だが、包帯に覆われたバンブの口角はわずかに上がっているのがわかる。これまではミイラだったため分かりづらかったが、意外と顔に出るタイプなのかもしれない。そんなバンブにブランがツッコミを入れた。


「せっかく港を作るんだったら、西方大陸にも行けるような航路も開拓すれば? 戦闘覚悟で上陸するならどこに行くのも同じでしょ」


 西方大陸に行けるのが人類だけというのは不公平だ。

 魔物プレイヤーが西方大陸に渡って何が出来るのかはわからないが、選択肢は多い方がいい。

 もしかしたらオークの集団をまとめ上げるようなプレイヤーも現れるかも知れない。


「オーラル王国発南方大陸行きの便と航路がクロスする事になるな……」


「船便の発着については私とバンブで調整すればいいでしょ。電車のダイヤと一緒だよ。かち合わなければ問題ない」


「ああ、言われてみりゃそうだな」





「じゃ、ライラとバンブはこの後は大々的な南方大陸行きを目指すってことで。何か最近いつも一緒にいるね」


「いねーよ」


「やめてよ、別にいつもじゃないし。ていうか別に私は南方大陸に行くわけじゃないし。私の顔知ってる奴多いから、私が行ったら悪魔とも人類とも敵対する事になるかもしれないよ」


「そうなんだ。じゃあわたしがバンブと行こうかな。南方大陸って興味ある」


 西方大陸の探索が中途半端ではあるが、別に今すぐしなければならない事でもない。明日でもいい事は明日やればいいのだ。

 それに西方大陸には配下が何人もいるが、南方大陸は手つかずである。アンカーを打ちこんでおく意味でも一度行っておきたい。


「ブランはどうする?」


「うーん。

 ──あ、じゃあ西方大陸行ってみたい! 行った事ないし、ゼリー先輩のお城も見てみたいです!」


「あら、いいわね。どうぞいらして」


「それなら場にも来てよ。あ、今は王国なんだっけ」


「……んふっ」


「……ふふふ」


 突然笑い出したレアとライラは一同に怪訝そうな視線を向けられた。


 ともあれ、今後の予定はそういう事で決まった。

 ライラは中央大陸、オーラル王国で港湾施設の開発。

 ブランとジェラルディン、ゼノビアは西方大陸。メリサンドもそわそわしているのでそちらに同行するのかも知れない。

 そしてレアとバンブは南方大陸だ。


「……今度は私がぼっちかね」


「ちょっと、まるで今まではわたしがぼっちだったみたいな言い方するのはやめてよ」









 次の予定も決まった事だしそろそろお開きに、という空気が流れ始めたところでメリサンドが待ったをかけた。

 もう帰る感じのテンションになった時に用事を増やすのはやめてほしい。


「──のう、ところでカナルキアの牢におるあの異邦人はどうすればいいんじゃ。殺しても牢で復活するんじゃろ? 正直持て余しとるんじゃが」


「あ、忘れてた」




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