第491話「残党の方」(ガスパール視点)
戦力的には十分だったはずだ。
しかし、負けた。
負ける道理はなかった、とまでは言わないが、ろくな被害も与えられぬまま退却する事になるとは思ってもいなかった。
計算が狂ったのはやはり異邦人たちの存在だ。
聖都グロースムントには想定以上の異邦人がいた。彼らの決死の抵抗のせいで攻めきれなかった。決死と言っても異邦人は死なない。死ぬつもりで襲いかかって来て、しかし死んだとしてもすぐに復活して現れるのだ。異邦人を敵に回す事の難しさを改めて思い知らされた気分だった。
ガスパール率いる正統なる断罪者は先の襲撃の失敗により、その数を三分の一以下にまで減らしていた。
最も大きいのは獣人たちの離脱だ。離脱と言うより切り捨てたと言った方が正しい。
まだ聖都内に獣人たちの大部分が残った状態で、撤退を決断したからだ。あれ以上留まっていては本陣であるガスパールやエルネストの命も危なかったし、これは仕方のない判断だった。
イェシュケ卿らも王族に連なる責任ある立場ならば、ガスパールの決断もわかってくれるはずだ。
「本陣、か……」
ガスパールは隣で馬を歩かせているエルネストを見た。
エルネストはまるで抜け殻のような表情で馬に揺られるに任せている。こうなってしまったのは本陣に単身特攻をかけてきたイライザと名乗るエルフの女のせいだ。
イライザはポートリー王国貴族という誇りある立場でありながら、命を救われたというだけで異邦人に寝返り、このエルネストの命を狙ってきた不心得者だ。イライザにただならぬ感情を抱いていたエルネストはその展開に耐えられず、強く心を痛めてしまった。
イライザの特攻はガスパールとエルネストの騎士たちの奮戦によって何とか退ける事が出来た。騎士たちもほとんどが倒されてしまったが、彼らは死亡したところでいずれ復活する事になる。ただ異邦人と違い復活には時間がかかるし、復活するのはおそらく拠点代わりの旧王都だ。すぐに戦線に復帰するのは難しい。
そのため、ガスパールはイライザを撃退した時点で退却を決めたのだ。
聖都内の戦闘の様子は詳しくはわからなかったが、あれ以上時間をかけて再び本陣まで特攻してくる輩が現れても困ると思ったからである。前述の通り、異邦人は簡単に決死の行動を選択してくる。そんなイカレた連中とまともに付き合う道理はない。
騎士たちはいいとしても、それ以外の協力者のうちの何割かは獣人と共に聖都内に置き去りにすることになった。それはもう仕方がない。彼らの退却を待ったせいでガスパールたちが危険に晒されてしまっては元も子もない。
ウェルス王室唯一の生き残りであるガスパールを失う事になれば、この正統なる断罪者は大義名分を失う事になる。それだけは避けなければならない。
また同じ理由でエルネストもそれなりに重要だ。彼の存在がなければ今後エルフの協力を取り付ける事は出来ない。
そういう意味ではイェシュケ卿らの身柄も重要ではあったが、さすがにガスパールの安全と天秤にはかけられない。あの場はああするしかなかった。
「……まずは王都だな。王都に帰って、次の行動を考えなければ」
*
わずかな手勢のみを残して聖都へ襲撃をかけたため、王都への襲撃も警戒していたのだが、特にどこかから攻撃されたような形跡はなかった。もともと何百年も平和に過ごしてきた街だ。全く人がいなければ魔物が入り込む事もあるだろうが、それを全て排除した上できちんと管理をしてやればそんなことにもならない。
襲撃の際に命を落とした騎士たちもすでに復活しているようで、残しておいた部隊と合流しガスパールたちを出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ。ガスパール陛下」
「ご苦労。まずは兵たちを休ませてくれ。それから主だった指揮官を会議室に。今後の事を話し合わねばならん」
「かしこまりました。──エルネスト陛下はいかが致しましょうか」
「ああ……。エルネストは彼の騎士にまかせよう。気が落ち着くまでは会議には参加しなくてもよいが、名代として彼の近衛騎士団長に出席してもらおうか」
ほとんど使ってはいないが、この王都を解放した際に王城にエルネストの部屋も割り当ててあった。
大戦の際に災厄によって崩された部分は主に兵舎だったため、生活空間にはあまり影響はない。そして兵舎を使うべき兵たちには街の民家を使わせている。悲しい事に元居た住民たちはもう居ないからだ。
馬を降り、騎士に預けると、ガスパールは一足先に会議室に向かった。
休みたい気持ちもあるが、ガスパールは直接戦ってはいないし移動も馬に乗っていただけだ。もちろん乗馬だけでも体力は使うものの、実際に戦闘したあと徒歩で退却してきた兵士たちの前で疲れた様子は見せられない。
人の上に立つということは見栄を張り通すという事でもある。
「ふーっ……」
会議室で椅子に腰かけ、背もたれに身体を預けると自然に長い息が漏れた。
見栄を張らなければならないのは確かだが、今は誰も見ていないしこれくらいは許してほしい。
戻ってすぐに会議に参加しなければならない指揮官たちには申し訳ないが、会議もそれほど長くするつもりはない。
差し当たって早急に決めなければならないような方針だけ決めて、すぐに休ませるつもりだ。
王都の状況が悪ければ休む余裕もなかったかもしれないが、この様子ならしばらくゆっくりしても危険な事にはならないだろう。これまで放っておかれた王都に今敢えて異邦人たちが攻めてくるとも思えない。
やがてカツカツと石の廊下を硬い防具で踏む音が聞こえてきた。指揮官たちが来たようだ。
ガスパールも姿勢を正した。彼らを迎え入れる時にだらけていては問題だ。
*
会議は長引かせるつもりはない。
そのはずだったのだが、そうもいかない事情ができた。
エルネストの代わりに参加させたエルフの近衛騎士団長がガスパールに具申をしてきたからである。
内容はペアレ南部の街ゾルレンへの接触。理由は戦力拡充だ。
何でも、ゾルレンの街には大戦時に異邦人たちの卑劣な罠によって分断された、ポートリー第二騎士団と第三騎士団が駐留しているらしい。大戦から時が経った今でもゾルレンにいるかどうかはわからないが、人質を取られていたとはいえ主であるはずの国王に刃を向けた騎士団が国に帰ったとは考えづらい。他に行くところもないだろうし、今でもゾルレンに居てもおかしくない。
本来であれば造反した騎士団など理由に関わらず極刑だが、今は状況が状況だ。もはや厳格な法を定めた国も存在していないし、少しでも戦力は欲しい。
「──ふむ。話はわかったが、貴様のその進言はエルネストは承知しているのか?」
「……いえ、私めの独断にございます。我が王は未だ、平時の聡明さを取り戻してはおりませんので……」
主君が正気を取り戻す前に少しでも出来る事をやっておきたいということらしい。
なんと忠義にあふれた騎士だろうか。
「気持ちは分かる。だがな……」
たとえ王族とは言え、他の貴族の配下に命令をするのは抵抗がある。ましてやエルネストは他国の王だ。
実際には命令ではなく騎士団長の進言を受け入れるだけなのだが、ガスパールの許可の元、彼が軍事行動を起こすことには変わりない。
「ガスパール陛下にはご迷惑はおかけしないと約束いたします! なにとぞ……!」
「むう……」
結局、騎士団長の熱意に負けてガスパールは彼らを送り出すことにした。
その間のエルネストの世話と護衛はガスパールの配下が請け負わなければならないが、これで騎士団長らがポートリー第二騎士団、第三騎士団を引き入れてくれれば戦力はかなり回復する事になる。
失ってしまった獣人たちの分とまでは言わずとも、もう一度立ち上がるだけの物理的な人数はどうしても必要だった。
*
しかしエルネストの近衛騎士団を送りだしてしばらくした頃、ウェルス王都に異邦人たちの襲撃があった。
「──ええい、これまで王都などほったらかしにしておったはずなのに、なぜ今になって! 我らの襲撃のせいか? いや襲撃からもだいぶ日が経っている! どういうタイミングなのだ!」
幸か不幸か異邦人たちの数はそう多くない。
グロースムントを襲撃した時、あの街を守っていた異邦人たちではないのかもしれない。
異邦人も一枚岩ではないのだろうことはガスパールもわかっている。
しかしだとすれば、この襲撃が神聖アマーリエ帝国と関係がないのだとすれば、彼らはなぜウェルス王都を攻撃してくるのだろうか。
異邦人は総じて好戦的だ。用もないのに領域へと分け入り、魔物と戦う事もしばしばだ。
もしやこれもその一環だろうか。
神聖帝国に牙をむき、敵対したガスパールたちを魔物も同然だと判断し、徒に殺すために王都を攻めてきているのだろうか。
しかし何であれ、今度こそ守り切らねばならない。
かつてガスパールは弟に軍事の全てを任せ、ひとり逃げてしまった。
そのせいで父は死に、弟は死に、国は滅んだ。
あの時ガスパールが残っていればああはならなかったかもしれない。
今更そんな事を言っても仕方がないし、ガスパールひとり残っていたところで結果は変わらなかったかもしれないが、それでもそう思わずにはいられない。
ならばこそ、今度は逃げるわけにはいかない。どのみちもはや逃げ場もない。
「──異邦人とて疲れを知らぬわけではない! 数ではこちらが勝っておる! ひとりの異邦人に複数であたるのだ!」
*
ところが意外な事に、異邦人たちはたった一日攻めただけで退却していった。
これはつまり、おちょくられただけ、ということだろうか。
撃退後に到着した先触れの話では明日にもポートリーの第二、第三騎士団はこの王都へ合流すると言う。
全てを奪われ、さらに虚仮にされたガスパールは異邦人撲滅の決意を新たにしていた。
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