第490話「アドリブ」(ジャネット視点)





 神聖アマーリエ帝国侵攻に失敗したレジスタンス──ジャネットは名前を忘れた──はバラバラに退却した。

 バラバラと言っても大きく分けて2グループ、つまりガスパール率いるヒューマン・エルフ連合とジャネット率いる獣人部隊だ。

 大きく分けて、と分類したのは獣人部隊の中にもヒューマンが何人か混じっているからである。

 より正確に言えば、聖都グロースムントの城壁内部に取り残された騎士以外の者たちのグループと、それを切り捨てて逃亡した首魁たちのグループである。


 グロースムントを離脱するのは大して難しくはない。ジャネットたちだけならば。

 しかし獣人はジャネットたちが居たからこそ参加したのだし、彼らを見捨てるのは気が引けた。そのため離脱の際はなるべく獣人たちを助ける方向で立ち回った。そのせいで大して難しくなかったはずの退却は非常に難易度の高い作戦になってしまった。

 グロースムントに被害をばら撒いたという意味では獣人もガスパールの配下も変わらない。だからついでに城壁内部で破壊活動をしていたヒューマンも連れて退却することにした。半ば他人事のジャネットから見てもガスパールはクソ野郎だったが、その口車に乗せられただけのヒューマンには罪はない。

 ただ、連れて逃げようとしたうちの何人かはガスパールかその取り巻きの貴族直属の騎士だったらしく、聖都脱出後に自決していた。

 獣人であるジャネットに守られたくないと思ったのか、それとも口減らしのために自ら引いたのかはわからない。


 ジャネットたちだけでなくライリーやモニカの協力もあり、何とかまとまった数での退却には成功した。

 もうひとつのグループがどうしたのかは知らない。彼らはグロースムントの玄関口、南側に布陣していたはずなのだが、ジャネットたちが退却する時には影も形もなくなっていた。


 そうしてグロースムントを脱出したジャネットたちはひとまず西へ退却した。

 ウェルス地方の街ではどこに神聖帝国の息のかかった者がいるかわかったものではない。

 ペアレ地方へ逃げ、どこかの街か村で一息つくためだ。





「──とりあえず国境は越えたかな」


「国境なんてもう無いじゃん」


「気分よ気分」


 大戦前であればこの辺りが国境だったはずというラインだ。今で言えばウェルス地方とペアレ地方の境目と言えばいいのだろうか。それは面倒なのでやはり元国境でいい。


 獣人が多かったレジスタンスが西に逃げるだろうことは神聖帝国も容易に想像出来たはずだが、幸い追撃は無かった。

 聖都内で戦った感じでは相手の主戦力はプレイヤーだったようだし、プレイヤーなら敢えて街の外まで追いかけてくるような真似はしないだろう。手柄や経験値を得る効率を考えれば、どこへ逃げたか定かではない集団を追っても仕方がないからだ。プレイヤーが追うとすれば旧王都へ逃げただろうガスパールたちのはずだ。

 そしてプレイヤー以外には追撃に回される戦力はおそらくない。

 NPCの国や街と違い、正規の騎士団が存在していないからだ。プレイヤーが多いというのはあの国の強みだが、騎士団が居ないのはあの国の弱点だった。

 もちろん聖教会とやらが擁する実行部隊はあるようだが、あれは防衛戦力として以外は使わないらしい。侵攻してきた敵への追撃とはいえ、国外での軍事行動は聖女が許さないとかSNSに書かれていた。


 ガスパールたちとの合流を避けたのはほかにも理由がある。

 獣人や見捨てられたヒューマンたちがいい顔をしなかったからだ。聞こえのいい演説で自分たちを集めておきながら、いざとなったらあっさりと切り捨てたガスパールに思うところがあるようだ。会えば冷静ではいられないだろうからと言っていた。


 ゆえにジャネットたちは王都の北を通ってさらに西へ逃げ、そのまま元国境まで到達したのだった。


「これからどうしようか。この人数でこのまま野宿を続けるってわけにもいかないし」


 グリフォンやライリーたちが護衛をしてくれているため、ジャネットたちのログアウト時の安全についてはある程度担保されている。同行している生き残りの獣人やヒューマンたちはジャネットたちを王族に所縁のあるやんごとなき身分だと勘違いしているらしく、休む際に人払いをする事について不審に感じている様子はない。


 しかしいつまでもこのままではいられない。

 生き残りのメンバーも戦闘をする前提で参加してきただけあり、長期の野営や行軍に耐えられる十分な体力は持ってはいるが、それはあくまで「いつか終わるから」という前提があればこそだ。

 襲撃に失敗して逃げ帰ってきたままの逃亡生活だという事実も精神力と体力を削る理由になっているだろう。

 早急にどこかへ腰を落ち着ける必要がある。


「──この先に、小さな村があります。地図にも載っていないような小さな村ですが」


 悩むジャネットにモニカがそう進言してきた。

 モニカは確かキーファの街の宿屋に潜入していた、のだったか。

 元国境からキーファの街まではまだ距離があるが、そう近いわけでもない小さな村まで記憶しているとはさすがはセプテムの部下である。頼もしいことこの上ない。


「じゃあとりあえずその村を目指しましょう。──皆さん! もうあと少しの辛抱です! 頑張りましょう!」









 モニカの案内で到着した村の住民たちは気のいい人たちの様で、どう見ても怪しいレジスタンス残党を快く迎え入れてくれた。

 自宅に余裕がある人はそこを寝床として貸してくれ、足りない分は余った布でテントやタープを作ってくれた。

 どの家も比較的新しく、また住民も若い人ばかりだったのが気になるが、開拓村か何かだろうか。


 ジャネットたち4人は村長を名乗る壮年の男性の家に泊めてもらえる事になった。

 村長と言うにはやはり若いように見えるが、それでも村長なだけあり、家は他のものよりも大きく広かった。客間もあるらしい。近隣の村との付き合いなどもあるからだろう。地図を見ても他に村があるようにも思えないが、この村自体地図に載っていないのだ。類似の開拓村が他にあっても不思議はない。


 客間で腰を落ち着けたジャネットたちは今後について考える事にした。

 部屋にはジャネット、マーガレット、アリソン、エリザベスに加え、モニカも控えている。

 床に敷き物を敷いて座り込むジャネットたちと違って立ったままだ。別に敷き物は村長に言えば貸してくれるので、そうしたらどうかと言ってみたのだがそれは固辞されてしまった。何となく落ち着かないが、使用人が控えていると考えれば悪くない気もする。


「じゃあ改めて。これからどうしようか。いつまでもこの村にご厄介になるわけにはいかないよね」


 行軍中にも言った言葉である。野宿が村の厄介に置き換わっただけだ。それも当然のこと、状況は何も変わっていない。


「この村でしたら大丈夫かと。むしろ、農作業や狩りなどの人手が増える事で喜ばれるのではないでしょうか」


 モニカがそう答えた。

 退却中、レジスタンス残党の食糧についてはジャネットたちのインベントリから出されていた。ライリーを通してセプテムから支給された金貨を使い、あらかじめ用意しておいたものだ。こんなこともあろうかと、と言う奴である。ガスパールたちが獣人のために兵糧を用意してくれるかどうかわからないというのがその理由だ。

 ガスパールが意外にも侵攻中の兵糧を用意してくれていたので無駄になるかとも思っていたが、こうなってしまっては彼から残りの物資を受け取る事も出来ない。結果的には良かったと言える。もちろん準備のために使った金貨は後で補填してもらえたので、無駄になったとしても困る事もなかったのだが。


 その兵糧の残りがあればしばらく村に逗留しても村の備蓄を消費するということはない。しかし兵糧も無限ではない。いつかは限界が訪れる。

 それに人が人である以上、村人と残党の間で諍いも起きるかもしれない。

 レジスタンスに参加しようと言うほどの血気盛んな者たちだ。短気な者も多い。牧歌的な村人とは合わない事もあるだろう。

 狩りならともかく、ひと旗挙げようと戦争に参加した者が大人しく農作業などやるとも思えない。


「うーん、そう言ってもらえるのは助かる、んですけど……。難しいんじゃないかなあ……」


「レジスタンスの人らを大人しくさせるってだけなら、ジャ姉がガツンと言っとけば問題ないんじゃない? 今生き残ってる人たちってどっちかって言うとジャ姉について来たようなもんだし。言う事聞かないようならついてきてないでそ」


「ていうより、むしろガツンと言っておいた方がいいと思うよ。ヒューマンの人とかもいるしさ。今は一緒に逃げてきたってことで連帯感もあるかもだけど、普通に生活してれば生活習慣の違いとかから絶対軋轢とか出てくるよ。そうなる前に手は打っておいた方がいいと思う」


 マーガレットとアリソンはセプテムとオクトーが関わりさえしなければ実に冷静で的確な意見をくれる。もう会わせない方がいい気もしてくる。なんとかして自分だけセプテムたちに会う方法はないだろうか。


「ところで、ここの村の人たちってどういうスタンスなの? ペアレ王国が無くなっちゃったことについてとか、プレイヤーに隣国が滅ぼされちゃったことについてとか。

 立地的に考えると、前大戦時、神聖アマーリエ帝国からペアレ王都にプレイヤーの増援が来た時って、この辺通っててもおかしくないよね。その時はどうだったんですか?」


 エリザベスの言葉は、後半はモニカに向けたもののようだった。

 それを察したモニカが口を開く。


「──大戦時は何も。ここは大戦後に家を失った者たちが集まって作られた開拓村なようなので」


「……ふうん。なるほどね。よくわかりました。マグナメルムは恐ろしいってことが」


〈……どういうこと?〉


〈大戦後に作った村にこんなにちゃんとした家とか建ってるわけないでしょ。これ多分、マグナメルムの関係者が作った村だと思うよ。農地もあるけどまだ作物とかは育ってないみたいだし。下手したらうちらがグロースムントから逃げ始めてから用意したって可能性もあるかも〉


〈そんな短時間でこんなもん用意出来るもんなのかな〉


〈だから恐ろしいってのよ。ここは大人しく甘えておいた方がいいかもね。これも支援の一環ってことで〉


 エリザベスの推測が正しいとしたら、確かに恐るべき組織力だ。

 単純な力や魔物勢力だけでなく、こんな得体の知れない力まで持っているとなると、はっきり言ってプレイヤーが勝てる要素などひとつもない。

 身震いする一方、改めてマグナメルムに忠誠を誓ってよかったと思った。


「──お分かり頂けたようでなによりです」


 エリザベスが気付いた事にモニカも気付いたのだろう。悪びれることなく頭を下げた。


「ええと、じゃあこの村をレジスタンス残党の拠点にしちゃっていいってことかな」


「その認識で問題ありません。ただ正確には「レジスタンス残党」というのは袂を分かったガスパール殿下たちの方ではないでしょうか。ジャネット様がたの率いるこちらの集団にはまた別の呼称が必要かと」


 モニカの言葉に、マーガレット、アリソン、エリザベスがジャネットを見た。面倒だから決めといて、という目だ。


「えっと、うんと、あーっと……。じゃあこっちは、そうね。寄せ集めの急造部隊だし、【アド・リビティウム】ってのはどうかな」


 自信があるわけではないが、これならマグナメルムの、というよりセプテムの好みに合っているのではないだろうか。





 近いうち、中規模イベント、という何とも力の抜けそうな中途半端な公式イベントが始まる。

 NPCばかりのアド・リビティウムには何の意味もない期間だが、プレイヤーがこの村を見つけて攻撃してこないとも限らない。

 死亡してもデメリットがないとなれば、神聖アマーリエ帝国のプレイヤーたちも多少のリスクを冒してでも残党狩りをするかもしれない。

 イベントボーナスはもったいないが、まずは村を要塞化する必要がある。

 せっかく用意してもらった拠点だ。

 いきなり潰させるわけにはいかない。






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