第489話「一般的な災厄の反応」(ブラン視点)





「うーん。やっぱ夜だと動き悪いっていうか、異邦人少ないっすね」


「この街の宿なり、街の外の野営地なりで眠っているのではないの? これだけ騒げばさすがに起きてくるものだと思うのだけど」


「あー。異邦人の眠りってそういうもんなんすよ。基本的に何やっても起きないです」


「ああ、そうなのね。そういえばブランさんも何やっても起きなかったわね」


「……あの、わたし寝てる間に何されてるんですかね……」





 メリサンドとの打ち合わせの通り、日が落ちてからライスバッハに再度襲撃をかけた。

 しかし水夫や衛兵のような者たちは防衛に現れたものの、プレイヤーの数は少なかった。

 イベントが防衛戦である以上、これは当然である。稼ごうと思ったら襲撃してくる魔物と戦うしかなく、それを見込んで街に詰めているのだとすれば、襲撃が無さそうな時間帯に休憩のためログアウトしておくのは合理的な判断と言える。

 そして夜襲を警戒して見張りを立てていたとしても、NPCと違いプレイヤーは寝ている限りはどうしようもない。半鐘や銅鑼のような大きな音を鳴らされたところで自然と目が覚める事はない。


 ただ、どういうつもりで夜中にログインしていたのか、数名のプレイヤーは夜中の防衛に参加していた。彼らがSNSなどで襲撃について拡散すればそのうち寝ているプレイヤーたちも起きてくるだろう。

 ブランの目的はライスバッハの壊滅ではなくプレイヤーたちの成長なので、そうなってもらわなければ困るのだが。


 ただし、それはあくまでブランの考えであり、「元を断つ」と言って唆したメリサンドには関係がない。


「はっはっは! なんじゃなんじゃ! 昼間の威勢はどうしたのじゃ! まるで手ごたえがないではないか!」


 気温が低いおかげでメロウやオアンネスたちもアハ・イシュケに乗って上陸し、手に持った銛や魔法で破壊活動を行なっている。

 水夫用なのか何なのか、港近辺には宿屋も多くある。それらの建物はすでにいくつかが倒壊していた。

 早い者勝ちで立地の良い宿から埋まっていったと仮定すると、あれらの宿に宿泊しているプレイヤーはイベントに合わせて早期から準備をしていた層だろう。ブランが企画したイベントをそれだけ重視してくれたプレイヤーという事であり、それはそれで大変うれしい。

 しかし現実は無情である。

 ブランの感謝の気持ちはメリサンドによる暴力という形を取ってプレイヤーたちに還元されていた。


「異邦人がいくらか死んでいるようだけれど、あれはいいの?」


「いいですって言うほどよくはないですけど、しょうがないっすね。街の外の野営地にもたくさんいますし、街の中にいる連中なんて誤差みたいなもんだと思うしか」


「まあ、死んだとしてもそのうち復活してくるのでしょうけど」


 とはいえリスポーン地点であろう宿屋が破壊されてしまっていたらそこから復活する事は出来ない。

 彼らが宿に泊まる前どこでログアウトしたのかはわからないが、下手をすると別の街、別の地方まで戻されるかもしれない。

 いろいろな意味でご苦労さまと言わざるを得ないが、イベントボーナスを当て込んで大陸のいたる所で騒動が起きているようだし、戻ってくるのが無理そうならそちらで頑張ってもらいたい。


 メリサンドは設備や建物を破壊する事を優先させているようで、目を覚まして逃げていく住民たちにはあえて攻撃させたりはしていない。

 もちろん向かってくる水夫や衛兵はしっかりと始末しているが、非戦闘員は見逃している。

 優しいというよりも優先順位の問題だろう。いてもいなくても大差ない者たちを攻撃するよりも、街を再起不能にする事の方を優先しているというだけだ。


「船とかもそうだけど桟橋とか波止場みたいなところも破壊されちゃってるし、さすがにもうここを貿易拠点として使うのはしばらく無理かなあ」


 プレイヤーを西方大陸まで誘導するためには人魚たちの王国が邪魔になる。ならばまずはその人魚たちの王国を使ってプレイヤーたちを鍛えればいい。

 そう考えて企画したイベントだったが、結果的に西方大陸への道を閉ざす事になってしまった。

 本末転倒とはこの事だ。


「……ま、いいか。大陸間貿易はしてないみたいだけど、港自体はオーラル王国とかにもあるし。最悪ライラさんに力技で何とかしてもらおう」


 というより、ライラならすでにこの展開を予想して準備を始めている可能性すらある。





 そうして破壊されていく街並みを眺めていると、ようやく街の外から人類側の増援が現れた。

 プレイヤーたちだ。

 今更来ても守れそうなのは居住区だけだが、何もしないよりはましだろう。


「あ、そういえば例の真実の愛くんはどうしてるの?」


「──ん? ああ、あやつなら牢で寝こけておったぞ。呑気なもんじゃ」


「呑気じゃなきゃ真実の愛とか言いだしたりしないだろうしねー……。でも外から異邦人が来たって事はそろそろ起きるかもしれないんで、イアーラさんには伝えておいた方がいいかも」


「なんで敢えて地雷を踏ませようとするんじゃ。イアーラだったらほれ、嬉々として街を破壊しておるわ」


 ほれ、と言われても顔まで覚えていないのでどれが誰だかはわからなかった。

 しかし言われてみれば確かにTKDSGにイアーラを会わせてやるメリットはメリサンドにはない。ブランにもない。

 プレイヤーたちに行動の選択肢を与えた時点で彼の役割は終わっているとも言えるし、面倒なのでこのまま牢に入れたままでもいいかもしれない。


 遠くを見れば、街に侵入してきた人魚たちを迎撃しようと応戦するプレイヤーたちがいる。

 そしてそんなプレイヤーたちを止めようと邪魔をするプレイヤーもいる。

 前回襲撃時に人魚側の発言をしていた者たちだろう。しかし同じ方向からやってきて、襲撃が始まってから敵対し始めるのはどうなのか。襲撃がない間は仲良くしているのだろうか。ずっと戦い続けるわけにもいかないだろうし仕方がないのかもしれないが、こちらからするとわざとらしく感じられる。


「訳がわからんな異邦人どもは……。まあよい。勝手に仲間割れする分には構わんか。

 この様子なら今夜中にはこの港を完全に破壊しつくせるじゃろう。そうなればもう我らが人間どもの船の影に煩わされる事もなくなるな」


「そうっすねえ……」


 今夜中に片を付けられてしまったらイベントが終わってしまう。

 今回のイベントはボーナス期間が設定されていない。申請時には「港街ライスバッハの滅亡」をトリガーとして設定したので、ライスバッハが滅亡判定を受ければその時点でイベント終了がアナウンスされる事になる。

 もちろん最大期限は区切られているので滅亡しなかったとしても無限にイベント期間が続くわけではない。一番いいのはライスバッハが滅亡せず、かつ人魚たちが襲撃を諦めないという状況だ。この場合なら最長で4日間ボーナス期間を引き延ばせる。


「あのう、メリーサン。せっかくの襲撃だし、すぐ終わっちゃっても何か寂しいし、もうちょっとのんびりやったりしません? ほら、なんだかんだ言ってもここ最近はメリーサンも楽しかったでしょ?」


 きっかけこそ脅迫めいた邂逅だったにしても、本当にそれだけだったらあれほど気持ちよくツッコミを入れてきたりはしないはずだ。やっておいてなんだが、本来であれば口をきくのも嫌だと思われていても仕方がない。


「……ふむ。それは否定せぬが、別にここの襲撃の間だけしか付き合わぬわけではあるまい。こんな人間の街などあってもなくても同じじゃ。壊滅させた後でも別に自由に遊びに来ればいいだけじゃろ。

 え、もしやこの襲撃が終わった後はもう来ないつもりじゃったのか?」


 捨てられた子犬のような目で見られた。なるほど、TKDSGがおかしくなってしまったのもわかる。この綺麗な顔と綺麗な声でこんな態度を取られたらころっといってしまっても仕方がない。ただ同時にメリサンドではなくイアーラに転んでしまっているのはわかっていないなと言わざるを得ない。メリサンドより先にイアーラに会ったというだけなのかもしれないが。


「──何言ってるんですかそんなわけないじゃないですか! もうあれですよ、メリーサンとわたしたちはお友達、親友、マブダチってやつっすよ! 別のお友達も紹介したいし、こうなったらこんな街とっとと片付けて、一緒にどっか遊びに行っちゃいますかぁ!」


「……ふん。まあ、お主がそこまで言うのなら付き合ってやっても良いがな! ならばやはり、街は今夜にでも壊滅させて片付けておいた方がいいじゃろうな!」


 ジェラルディンがこっそりため息をついているのが見えた。いや、これは仕方がない。

 それにすぐそばでやりとりを見ていながら止めなかったという事は、ジェラルディンも少なからずブランと同じ意見だったという事だ。

 ジェラルディンはメリサンドに対して割と塩対応だったように思えるが、あれでも気に入っていたらしい。









 崩壊した街並みを眺める。

 ブランもジェラルディンももう変身は解いている。

 襲撃前から人魚と知り合いだった、つまり人魚たちをけしかけたと思われるのは問題だが、襲撃が始まり人魚たちが表舞台に現れてから接触するのであれば問題ない。

 それなら中央大陸における他のプレイヤーやNPCと変わらないからだ。ただ友好的かそうでないかの違いしかない。


 人魚たちが街を襲撃するところを見て、戦力として有用だと判断し、マグナメルムが同盟を組むために接触した。

 そういうカバーストーリーを用意し、メリサンド以下人魚王国の幹部たちに言い含めておいた。


 しばらくそうやって廃墟に佇んでいると、街の崩壊と共に死亡していったプレイヤーたちが走ってやってきた。


「お、お前は……! マグナメルム・ノウェムか! 何でここに!」


 アマテインだ。他にもよく見るプレイヤーたちがいる。手の温もりがどうのとかいうプレイヤーや、レアが気にしているパーティなどだ。

 彼らと公式に会ったのはペアレ王都壊滅が最後だっただろうか。


「──ああ。えっと、久しぶり、だっけ? 確か、セプテムちゃんがどこかの岩城をぺしゃんこにした時に足元うろちょろしてた人たちだよね」


「ちゃん付け!?」


 しまった。

 「レア」を「セプテム」に置き換えることにばかり気を取られていた。


「……仲良しだからね。君たちは仲間うちでそういう呼び方はしないの?」


「──ノウェムさん。確かにそういう呼び方は私たちのような力ある者にはふさわしくないと思うわ」


 ジェラルディンに注意されてしまった。これは完全にブランのミスだし仕方ない。


「そっちのは誰なんだ! 新しいマグナメルムのメンバーか!」


 そう叫んだ名も知らぬプレイヤーをジェラルディンはちらりと見た。

 次の瞬間、大地から真紅の槍が突き出し、そのプレイヤーを串刺しにしてしまった。見るからに痛そうな姿で光になって消えていく。


「口のきき方には気を付けた方がよくてよ。長生きがしたいのならね。ああ、貴方たちは死なないんだったかしら。でも、もう「死なない」というだけでは何の魅力も感じられないけれど」


 容赦がない。

 しかしこれがいわゆる「災厄」としては一般的な反応なのかもしれない。

 確かにこの程度の強さの人間の暴言をジェラルディンが赦してやる理由はない。


「別に教えてやる義理もないのだけど、ここはノウェムさんに免じて答えてあげるわ。

 貴方たちも聞いたことくらいはあるでしょう。ここより西の大陸を統べる、真祖吸血鬼の伝説を」


 NPCから語られている六大災厄、それに名もなき墓標の伯爵から話を聞いている者も多いのだろう。

 プレイヤーたちはそれだけでジェラルディンの正体を察したようだった。


「な、なぜ真祖吸血鬼が……、マグナメルムに協力を……?」


 恐る恐る、と言った風にプレイヤーが尋ねる。


「そんな事を聞いてどうするの? それが貴方たちに何か関係あるの?」


 ぴしゃりと言われてプレイヤーは黙った。

 確かにその通りだし、あまり正直に話されても困る。そう、真祖吸血鬼はセプテムに性的に興味を持ったからマグナメルムへ協力している、などとは。


「じゃ、じゃあそっちの人魚はなんなん──」


 メリサンドを指さしたプレイヤーの、その指が腕ごと飛んだ。夜の帳の中、月明かりに照らされてきらきらと水飛沫が散っている。水流カッターのようなスキルか何かでメリサンドが切り飛ばしたようだ。プレイヤーたちの反応からすると予備動作さえ全く見えなかったらしい。さすがは災厄級のモンスターである。面白マスコット枠に見えても、その実力は本物だ。


「学習せん奴らよの。今しがたジェラルディンが言ったばかりではないか。口のきき方に気をつけよと」


 こちらも容赦がないが、殺さないだけ優しいと言える。


「わしは海洋王国カナルキアを統べる女王、メリサンドじゃ。此度はかつての盟約を破った愚かな人類に灸をすえてやるつもりでこの港を片付けてやったのよ。

 こっちの2人とはその後知り合っての。お互いに、まあなんと言うか、ウマがあったのでな。これからは協力体制を敷こうかと話しておったところじゃ」


「そん──! 失礼。その盟約というのはどのような内容なのでしょうか。よろしければ話していただけませんか?」


 アマテインが佇まいを正して丁寧な口調でメリサンドに問いかけた。さすがに余計な事を言って始末されてしまった有象無象のプレイヤーとは違うようだ。


「断る。わしはもう人間に期待するのはやめたのじゃ。言ったところで守られるとは限らん。今回港を潰してみて分かったが、盟約を結んで行動を縛るよりもこうしたほうが遙かに楽じゃった。これからはマグナメルムとの協力の下、わしらの生活環境を侵す要因は力をもって排除していくことに決めたのでな」


「……マグナメルム・ノウェム! お前たちは黄金龍討伐のための戦力を必要としていたんじゃなかったのか! 人類を、俺たちを滅ぼしてしまったら、それは──」


 ブランも他の2人のノリに合わせてパワーでわからせてやってもよかったが、それで必要以上に萎縮されて話が進まなくなっても困る。始末するのは話が終わってからでもいい。


「何か勘違いしてない? セプテムちゃんが何て言ったのか知らないけど、確かにわたしたちは戦力を必要としているよ。でも今のこの惨状が全てを物語ってるよね。

 敵対するふたつの勢力を両方とも引き入れる事は出来ない。なら強い方に声をかけるのは当然でしょ。どう見ても君たちよりカナルキアの方が強大だし、そりゃ誰だってそっちに協力を持ちかけるよね」


 実際のところは違う。

 中央大陸の弱い人類が絶滅してしまわないようにプレイヤーたちには頑張ってもらう必要がある。

 ただ、それは別に協力体制を敷いていなくても変わらない。黄金龍が復活すればどうせ彼らは勝手に頑張る。

 確かにジャネットたちの事を考えれば、協力者ということにしてしまえば大幅な強化を施してやる事ができるだろう。しかしこうも敵対的な反応を見せるプレイヤーを、懐柔してまで強化してやるつもりはなかった。


「要は貴方たちでは力不足ということね。セプテムさん──マグナメルムに協力しようがしまいが黄金龍が復活するのは変わらないのだし、その時になって慌てたくなければ今のうちから鍛えておいた方がいいのではなくて? 少なくともここでノウェムさんにつっかかるよりは建設的だと思うけど」


 話は終わりだ。

 イベントは想定よりかなり早く終わってしまったが、それでもいくらかは経験値を稼げたはずだ。啓蒙もできただろう。今回はこれで良しとするしかない。


 メリサンドに目配せをし、彼女の乗るアハ・イシュケの馬首を海に向けさせる。


「──あ、待ってくれ! マグナメルムに協力したい! そういう場合はどうすればいいんだ!」


「後あれだ、人魚さんたちとお近づきに──」


「むしろ人魚になりたい場合は──」


「そんなことよりウチのリーダーを──」


 アマテインたちを押しのけ、何人ものプレイヤーが口々に叫ぶ。仲間割れをしていた時より増えている気がする。人魚ライク勢とマグナメルム協力勢でかぶっていない層がいた、ということだろうか。


「あーっと。ごめんね。そういう面倒くさいのはわたしの担当じゃないんだ。セプテムちゃんか、えっとオクトーさんか、それかウルススメレスにでも言ってもらえるかな。みんな今どこにいるのか知らないけど」


 レアは西方大陸、他の皆はポートリー地方にいるはずだが、レアはともかく他の皆の居場所はプレイヤーならSNSで容易にわかる。確か「中規模イベントクソですわ」とかいう、イベントが始まってから立てられたスレッドに名前が出ていた。


 すがるプレイヤーたちを無視してカナルキアへと帰還する。

 それってわしにも紹介してくれるんじゃよな、というメリサンドに頷きながら。

 友達少ないのかな。



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