第488話「ウルスス、お前もか」(ライラ視点)





 先手を取ったのは姫の方だ。

 能力値的に見てもあり得ない速度、おそらく『縮地』か何かで一瞬で距離を詰める。

 そして身長差を生かしてか深く頭を下げ、バンブの脇腹目がけて強烈な右フックをねじ込もうとした。拳が光っているところを見るに何らかのアクティブスキルだろう。

 しかし例えスキルの組み合わせで最高速度を出したのだとしても、それはあくまで姫の見ている世界での話だ。バンブやライラと姫とでは、見えている世界が違う。

 バンブは避ける事も出来ただろうに敢えてそうはせず、左手を軽く払って姫を弾き飛ばした。


「……前回よりも速くなってるのか? それともあんまり変わっていないのか? すまんがわからん。悪いな。あの頃と今とじゃ俺もちょっと格が違っちまってるんでな」


 バンブにとっては蝿でも払うかのような動作だったが、彼のSTRでそんなことをされてはこの程度のプレイヤーではひとたまりもない。

 カウンター気味に弾き飛ばされた姫は木の葉のように舞い、数十メートル遠くに落ちた。死んではいないが立ち上がってこない。衝撃で気絶判定を受けたらしい。スタン状態というやつだ。

 先ほどからの口ぶりだと以前にもまみえていたようだが、今回もバンブの勝ちに終わったようである。

 ライラが思っていたより実力差がある。つまらないが、これではバンブが包帯を取る事は無さそうだ。

 やはり、そろそろ転生くらいしてもらわなければ一般的なプレイヤーでは戦闘に付いて来られなくなっている。


 是非このイベントで経験値を稼ぎ、未来に備えてもらいたい。


 そして是非バンブの包帯を剥ぎ取り、感想を聞かせてほしい。


「さあて。次はどいつだ。まとめてかかって来ても構わんぞ。俺は魔法もそれなりに自信があるからな」


 調子に乗って油断でもしないかと思ったがバンブにそういう様子はない。構えは解かず、静かにプレイヤーたちを見据えている。起きてこない姫に対しても警戒は緩めていないように見える。

 対するプレイヤーたちは完全に腰が引けていた。

 無理もないだろう。ライラが彼らだったとしても勝てるビジョンが浮かばない。


「来ないのか? なら、こっちから行かせてもらう──ぜっ!」


 一瞬バンブの姿が消え、次の瞬間粘着質な時間の中でプレイヤーたちに向かって突進する姿が見えた。視界の全てがスローで見える中、バンブだけが普通に行動し、次々にプレイヤーたちを殴り飛ばしていく。


 戦闘中の時間感覚は、それぞれのAGIの数値に依存する。

 素早く動けるものが見ている世界と、そうでない者が見ている世界とではシステム上ではっきりと違いがあるのだ。


 ライラの目から見てバンブの動きが普通に見えるという事は、バンブの速度がライラの能力値に迫りつつある事を示している。確かにライラは直接戦闘にあまりウェイトを置いていなかったが、それにしてもまだ差はあるだろうと思っていた。その認識は改める必要がありそうだ。


 ライラが遊ばせている経験値にはかなり余裕がある。

 イベントが終わったら一度自分自身の強化についても考えなければならないかもしれない。


「──『ヘルフレイム』!」


 ひとりひとり殴るのに飽きたのか、バンブはまとめて魔法で焼き払う事にしたらしい。こちらの威力はライラに比べるとおままごとレベルだったが、プレイヤーたちを薙ぎ払うには十分だった。

 魔法を使うために敵陣の真ん中で足を止めたバンブに向け、何本もの矢が降り注ぐ。バンブの周辺にいたプレイヤーたちはたった今消し炭にされてしまった。巻き込みの恐れがないからだろう。

 スピードには付いていけなくても展開には付いていけている者もいるらしい。そうでなければチャンスだからといってすぐに狙うことはできない。戦い慣れている。

 とはいえそんなプレイヤーはそうそういないようで、この矢の雨もたったひとりのスキルによるものだ。

 ただ悲しいかな、その程度の技量とスキル、さらに低位の矢ではバンブのローブさえ傷つけることはできない。


「甘えぜ! 『アローバウンス』!」


 しかしバンブはダメージを受けることも無いだろうその矢を、黙って受けてやることさえよしとしなかった。

 スキルを発動し、自分に当たりそうな矢を全て拳で打ち返す。

 打ち返すと言っても飛来した方向にそのまま返すわけではない。その高い能力値を活かし、周囲のプレイヤーを目がけ1本1本丁寧に打ってやったようだ。

 上空から飛来した矢はバンブの拳によって直角に曲がり、元々の速度に加えてバンブの能力値も乗せられたスピードで次々とプレイヤーたちを射抜いていく。


「や、やめろ! アーチャーの人、もう撃つな! 被害が広がるだけだ!」


「なんだこいつ! シャレんなんねーぞ!」


「遠距離攻撃反射は反そ──」


 あるプレイヤーなどセリフを最後まで言い切れずに額に矢が刺さって死亡した。

 バンブから射線が通っている場所は今危険地帯である。悠長に叫んでいる暇があったら防御を固めた方がいい。どうせ避けられないだろうし、逃げても遅い。


 ただ、プレイヤーたちの度肝を抜くのには成功しているし、ムーブとしては嫌いではないが、いささか無駄な行動だ。

 ライラだったらどうせダメージも無いだろう矢は全て無視し、魔法でキル数を稼ぐ事を優先していただろう。攻撃が当たらない事を強調するのもいいだろうが、当たっても効果がない事を強調するのも悪くない。

 強大なボスとはそういうものだ。


 降り注ぐ矢が途切れたところを見計らい、先ほどの姫も復活してきてパーティメンバーと共にバンブに戦いを挑んでいたが、数が増えたところでバンブの敵ではない。

 他のプレイヤーたちを殴り殺す片手間に軽くあしらわれている。


〈──バンブ〉


〈なんだよ。見りゃわかると思うが今忙しいんだが〉


〈呼んだだけ〉


〈てめえ……!〉


〈冗談だよ。その身体の性能を把握できたら、配下を呼んでちゃんとプレイヤーの皆さんにも経験値を分けてあげなよ。それが目的なんだからね〉


〈わあってるよ。ひと通り済んだらな〉


 わかっているのならいい。


「──異邦人ていうのはこの程度なのか。ペアレの王都を更地にした頃から大して進歩していないな。じゃあラルヴァ、後は任せたよ。私はあっちを見てくるから」


「おーおーとっとと行っちまえ。こっちは任せとけ」


 ライラは高度を上げ、マントのように『邪なる手』を広げると王都の反対側へと飛び去った。









「──わかるかね。これがいかに革新的な事か。まあわからないだろうね。いや、わからないのは君たちのせいではない。そう気を落とさないでくれ。期待したこちらが悪かったのだ」


 正門側はバンブ1人でプレイヤーを全滅させる勢いで激しい戦闘が繰り広げられていた。

 なら裏門側もそうだろうと思って見に来てみれば、教授がプレイヤーたちを前に悠長におしゃべりをしているところだった。

 教授は以前に西方大陸で活動していた時と同じ人型だ。

 偏見かもしれないが、いかにも怪しく見える。


「何をしているんだウルスス。あちらはすでにラルヴァが戦闘を始めているよ」


「おお、オクトーか。いやなに、こちらの彼らが色々と質問を投げかけてくるのでね。こういう機会もそうそうないし、答えてやるのも一興かと思ってね」


 寂しがり屋か。

 まるで普段マグナメルムの仲間内で相手にされていないから、たまに相手にしてくれるプレイヤーに会ったから喜んで話をしているかのようではないか。だいたい合っているが、マグナメルムの評判が下がっても困る。


「あれ、ゼノビアは?」


「彼女なら街の中だ。MPCの彼らと親睦を深めている」


 MPCのメンバーはライラたちがプレイヤーであることを知らない。そんな彼らと直接交友するのであれば、本物のNPCであるゼノビアは悪くない人選である。彼女が気にしなければならないのはライラたちがプレイヤーであるという事実を秘匿する事だけだ。


「ふうん。まあいいや。で、何を話していたんだい」


「ふむ。黄金龍を討伐するために協力者を募るマグナメルムが、なぜ人類と敵対してこの地を魔物で満たしたのか、という話だ。それに対して、誰に強制されたわけでもない魔物同士が、互いに手を取り合って協力しているこの地方の素晴らしさを説明してあげていたところだよ。残念ながらその価値までは理解できなかったようだが」


「だ、だからと言って! 国を滅ぼしてまですることなのか!」


 プレイヤーが叫んでいる。

 どう考えても人類の国家ひとつより魔物の複数勢力による協力体制の方が価値があると思うのだが、教授が話して理解出来なかったのならライラが話してやっても理解できまい。


「それに! 黄金龍討伐の協力者を求めているなら、まずは国家に協力を仰げばよかったんじゃないのか! なぜ滅ぼしたんだ!」


 これについては答えは簡単だ。代わりにライラが答えてやった。


「なぜって、弱いからだよ。ここは確か、エルフの王国だったかな。エルフは数も少ないし、繁殖力も弱い。そんな弱小勢力に肩入れするより、各領域ごとに分断されている魔物たちの力を束ねた方が効率がいい」


 これまで魔物たちが人の領域を侵略してこなかったのは、やっても利益がないからだ。

 すでに滅んだエルフの騎士団と、MPCが交渉に成功した魔物勢力を見比べてみれば分かる。彼らはその気になればいつでもエルフを滅ぼす事が出来た。

 だがスライムたちは湖から離れては生活できないし、蜘蛛たちも森の外では巣が作れない。ハーピィも平地では生きていけないし、ケット・シーはよくわからないが、ケット・シーだけではさすがにエルフには勝てない。

 エルフたちはそれぞれの領域に魔物を封じ込めているつもりだったのだろうが、魔物たちにとってはただどうでもいい土地に耳長猿が群れているのを許していただけだ。太古の時代、統一帝国の頃はまた違ったのかもしれないが。


「だからMPCとかいう異邦人、いや異邦魔物かな。その集団に力を貸したのさ。彼らは実によく働いてくれたよ」


「黄金龍討伐は、エルフたちの存続よりも優先すべき事だというのか!」


「セプテムが言わなかった? 黄金龍討伐を成すためなら手段を選ばない、って。それとも異邦人たちは距離に関わらず情報共有出来るというのは嘘だったのかな。いずれにしても、エルフの生き死になんて別に大した問題じゃないでしょう」


 それにエルフはまだ滅んではいない。

 今もまだウェルス地方にいるのかどうか知らないが、イライザの元上司であるエルネストは未だ健在だ。それにかつての第2、第3騎士団も今頃は合流しているはずである。滅んだのは運のない騎士団と非戦闘員の雑魚だけだ。


「──ちょいまち! 話したいなら後でやってくれ! その前に聞きたいことあんだけど!」


 別のプレイヤーが話に割って入ってきた。

 会話が終わるまで待つ事も出来ないのか。このプレイヤーはゲームだからこんなに無礼なのか、それとも現実でもこうなのか。


「えっと、セプテムが同志を集めてたってSN、じゃない噂で聞いたんだけど、それって本当なんすか?」


「──こいつ! 融和派か!」


「人類の裏切り者だ! 黙らせろ!」


「うるせー! 原理派は黙ってやがれ!」


「おい、あいつを援護しろ!」


 ライラが何かを答える前に勝手に諍いが始まってしまった。


「……なんだこいつら」


「おお、せっかくの私の講義がこれでは台無しだな」


 教授が手のひらで目を覆い、わざとらしく空を仰いで嘆いている。

 妙に様になっているのがまた憎たらしい。

 強制的に『変態』させてタヌキに戻してやる方法はないものか。


「……これ以上は時間の無駄だよ。ウルススも性能試験がしたいのならとっとと済ませて配下に任せなよ」


「名残惜しいがそうするとしよう。『魅了』」


 教授が『精神魔法』を発動した。

 それを受けたプレイヤーたちはびくりと身体を硬直させ、例外なく動きを止めた。

 今の瞬間に教授に視線を向けていた者はそう多くなかったはずだが、そういった条件に関係なく効果を及ぼしている。


「……なんで『魅了』? ウルススも調子に乗ってんの?」


「ははは。ご冗談を。今は日中だ。これほど明るければ『恐怖』にボーナスは掛からない。彼らはまだ私の実力を正確には知らないだろうしね。その点『魅了』であれば私の『美声』と『美形』によるボーナスが乗る。もちろん『二枚舌』も特性「共鳴」もね」


 巧みな弁舌によって敵を魅了した、とでも言いたいようだ。多分そういう事じゃないと思うが。

 特性「共鳴」は本来、コオロギの翅と外骨格に付随したものであるため、それらをオンにしなければ有効にはならないはずだ。

 現在の教授は無駄にイケメンな老紳士の姿をしている。それらの特性をオンにしているようには見えないのだが。


「さて」「では」


 教授が口を開く。


 気のせいだろうか。何だか妙な聞こえ方がした。


「ん?」


「マグナメルムの力を」「とくと味わうといい」


 いや、気のせいではない。

 教授の声が一部重なって聞こえている。


 なんだこれは。リアルタイム声が遅れて聞こえる腹話術か。いやリアルタイムなら遅れてはいないのか。


「『ヘルフレイム』」「『タイダルウェイブ』」


「事象融合『ラヴァトレント』」





 なんとなく察してはいたが、やはり『二枚舌』でも単体で事象融合が可能であるようだ。

 『二枚舌』はツリーであるため、他にもいくつか能力があるのかもしれない。


 これは本格的に自分自身の強化を考えなくてはならない。


 『魅了』によって一切の抵抗を封じられ、溢れる溶岩に飲まれて消えていくプレイヤーたちを見ながらライラは今後の事を考えた。






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