第487話「その名の重み」(ライラ視点)





 イベントに直接かかわる地域が狭かろうが広かろうが、公式イベントとして採用され、イベントボーナスもあるのであればこれまでの大規模イベントと何ら変わりはない。

 そう考えて中央大陸各地で好きに行動するプレイヤーは多かった。

 これまでもイベントは無視してダンジョン攻略に血道を上げていたプレイヤーはいたのだ。

 今回はイベント会場が狭い事もあり、その割合が多いというだけの事だ。


 それはここ旧ポートリー王国領でも変わらなかった。

 デスペナルティがないのをいい事に、この機会に元ポートリー王都を取り戻さんと多くのプレイヤーがMPキャピタルに詰めかけていた。

 前回イベント、その際の王都防衛戦とは立場を全く逆にした状況だと言える。


 デスペナルティがないのは魔物プレイヤーたちも同じであるが、MPクラスターとしての領土は元王都周辺だ。その国土の半分以上を蹂躙される、すなわち王都への侵入を許してしまえば国家存亡の危機になる。

 MPクランの主戦力がリスポーンに1時間必要な眷属の魔物たちである事を考えると、プレイヤーたちの攻勢次第ではかなり厳しい戦いを強いられることになる。


 しかしそんなことはバンブも承知していた。

 そしてバンブが承知していることくらいライラもわかっていた。









「──せっかく来てもらって悪いがな。ここはこの地に生きる魔物たちの安息の場所だ。人間に返してやるわけにはいかねえ」


 王都を守る城壁、その正門前に1人立ったバンブが声を上げる。

 どういう心境の変化か、いつもの緑のローブの下には隙間なく包帯が巻かれており、一部も肌を見せまいとする偏執的なまでの決意が感じられる。

 その光景を、そんなに自分の素顔に自信がないのかとライラは内心ニヤニヤしながら空から眺めていた。

 上空のライラのその姿は王都に詰めかけるプレイヤーたちからも当然見えており、困惑した空気が伝わってきていた。


「その声、この間のミイラ男ね! てか、ミイラ度増してない? あとちょっと身長縮んでない? 逆成長期?」


「……姫、姫、それより重要なことあるよね今。上見て上」


「……あれって多分あれだよね。噂のマグナメルム。黒いのはえっと、オクトーだっけ?」


「……なんでマグナメルムがMPCに……。あ、もしかしてMPCのMってマグナメルムのM?」


 姫と呼ばれたプレイヤーに、その取り巻きの女たちが話しているのがうっすらと聞こえる。『聴覚強化』くらい知っているだろうし、これはライラに聞かせるために言っているのだろうか。だとしたら反応してやるべきだろうか。


「──横から失礼、ではないな。上から失礼。

 MPCというのはこの地に彼らが打ち立てた国の名前だったかな。だとしたら君の疑問の答えは否だ。マグナメルムの名はそうやすやすと使わせてやるわけにはいかないのでね」


 姫の取り巻きが慌てて口を押さえた。

 意識していなかったらしい。『聴覚強化』を持つNPCと接した事がないのだろうか。


「その通りだ。その名を冠する事を許されている者は限られる」


 バンブがライラの言葉を引き継ぐ。

 彼はここで自己紹介をするつもりだ。観客も多い。イベント開始の合図としては悪くない。


「そこのお前。前に会ったな。あの時は自己紹介出来なかったが──」


「お前って何よ! 親しくもない女性に対してその呼びかけは礼儀がなってないんじゃなくて!?」


 いきなり話の腰を折られている。

 しかしこれはあちらの姫の言う通りだ。もしバンブがこれをレアにやったら腕3本では済まさないところである。


「くっくっく。今のはあのお嬢さんの言う方に分があるな。謝っておきなよラルヴァ」


「ちッ! ……悪かったな。生まれも育ちも卑しいもんでな。じゃあ、ええと、そこのあんた。前に会った時は自己紹介出来なかったが、今日は観客も多い。

 ──俺の名はラルヴァ。マグナメルム・ラルヴァだ。故あってここの魔物たちを束ねている。異邦人てのは、殺しても死なねえんだろ? なら長い付き合いになるな。よろしく頼むわ」


 バンブは確かゴブリンとして森で開始し、その森を支配するほどまでに成長したのだったか。それなら生まれも育ちも森であると言える。それが卑しいかどうかは判断しかねるが。


 この口上を聞いたプレイヤーたちは一歩後ずさった。バンブの迫力を肌で感じたようだ。セリフの内容も悪くない。殺し合う関係であるにもかかわらず、異邦人が死なないから付き合いが長くなる。それはつまり、NPCと思われるバンブの方は死ぬつもりがまったくないという事を示している。軽い口調ながら、その言葉に込められた戦意と自信は相当なものだ。どうせなら顔も晒してやればいいのに。


「マ、マグナメルムの4番目……!」


「いや、どっかで茶色が出たとか言ってたし、5番目なんじゃ」


 そこかしこで似たような声が上がる。これも当然聞こえているため、答えてやることにする。

 せっかくブランが企画し、申請し、通過したイベントだ。今回だけのサービスである。


「茶色っていうのはもしかしてウルススの事かな。後で揉めても面倒だし教えてあげるけど、私たちの中の序列ではこのラルヴァが第4位、ウルススが5位だよ。

 それとウルススだったらここから反対側、裏門の方に詰めている。そっちにも確か異邦人たちは群がっているよね」


 これが聞こえたプレイヤーたちの目が一斉に焦点を失った。SNSをチェックしているのだろうが、目くらい閉じられないのか。ブランでさえ3回に2回はきちんと目を閉じるというのに。最近はだが。

 姫と呼ばれていたプレイヤーだけはまったく気にせず、ただ真っ直ぐにバンブを睨みつけている。プレイ中はSNSを覗かないポリシーでもあるのか。なんであれ、人前で醜態をさらすよりは好ましい。


「……やっぱり、NPCのイベントボスだったのね!」


「NPCだのイベントボスだのってのが何のことなのかはわからねえが、お前らとは──」


「ラルヴァ」


「……あんたらとは格が違うって事だけは確かだぜ」


「だとしても、たった1人でこの人数を相手に出来ると思ってるの!?」


 MPCの他のメンバーやバンブの配下たちは今回は城壁の中を守っている。

 門が破られる事はないと思うが、城門から遠い位置の城壁を乗り越えるプレイヤーもいるかもしれないし、そういう相手に対する警戒のためだ。今回はMPCが圧倒的に不利な状況である。王都内に被害を出すわけにはいかない。

 先日挨拶した3名のメンバーのうち、コボルト系の女の子だけは城壁の上からこちらを覗いている。戦況の確認だろう。随分真面目な性格らしい。


「そっちこそ、たったそれしきの人数でこの俺を突破出来ると思ってんのか?」


 バンブが静かに構えを取った。

 ライラの記憶に無い構えなのでおそらく我流なのだろうが、なかなかどうして様になっている。リアルスキルも高いというのは本当らしい。だが我流で良かった。高名な流派であれば、見る者が見れば構えだけで特定される事もある。そこからプレイヤーだとバレていたかもしれない。


 そんなバンブに対し、緊張した様子で姫も構えた。

 こちらは見覚えのある構えだ。直接の交流は無いが話に聞いた事はある。そういえば、家元の跡取りはレアと同い年だったとかなんとか。聞いたことがあるだけで見た事はないし、あちらもレアやライラの顔など知らないだろうが。


 もしあの姫がその流派の跡取りだとすると、いかに実戦慣れしていたとしても我流のバンブではおそらく勝てまい。

 経験に勝る訓練は無いとは言うが、流派として積み重ねてきたことわりには積み重ねてきただけの理由と重さがあるのだ。それは個人の努力や才能など容易に凌駕してしまう。


 だがここはゲームの世界。現実ではない。

 武術の腕だけが戦闘力の優劣を決める事はない。


「──安心してよ。私は今回は傍観だ。私個人としてはこのMPCとかいう集団にはあまり関わっていないしね。それよりそこのラルヴァの言う通り、それしきの人数で勝てると思わない方がいいよ。

 さっきも言ったが、マグナメルムの名はそれほど軽くはない」


 この場はバンブの転生後の性能試験も兼ねている。故にライラは積極的に手を出すつもりはなかった。

 出来れば包帯など取って全力で戦ってもらいたいものだが、本人にその気がないのならとりあえずはいい。

 さすがに押し切られそうになったらスイカがどうとか言っていられないだろうし、プレイヤーたちには是非頑張ってバンブの本気を引き出してもらいたい。





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