第486話「食人植物」





 さらに雑草の森をワイヤーアクションで進んでいくと、周りの雑草とは明らかに貫禄の違う草が目に入った。

 上空から観察していただけではよくわからなかったが、こうして見るとただ色が似ているだけで雑草には見えない。どう見てもモンスターだ。

 『鑑定』してみると、「ディオネア」と出ている。形もそのままハエトリ草だ。

 今もレアのLPを感知してか、風の流れとは全く違った動きを見せている。


 しかし、仮にLPやMPを感知しているのだとしたらレアに反応するのは不自然だ。ディオネアも普段はオークを餌にしているのだろうし、以前に見た時はそのオークに逆に狩られていた。LPやMPを感知できるのなら桁違いのレアを餌だと認識はしないはずだ。

 レアは少し興味がわいたので敢えて近付いてみる事にした。


 ディオネアは近付いてくるレアにしばしそっぽを向くような態度を見せていたが、射程内に入ったと見るや、突如その巨大な顎のような葉でレアを挟みこもうとしてきた。

 この段階になってようやくディオネアのLPが見えたが、見るまでもなく『鑑定』でわかっている。

 ロックゴーレムやトレント、そしてこのディオネアのように、魔物が魔物以外に偽装している場合、本来の能力値から計算出来るよりも高めに抵抗値が設定されている節がある。『鑑定』の抵抗判定については未だはっきりとはわかっていないがこれは確かだ。

 だが多少上に設定されていたとしてもレアの前では大差ない。ディオネアは確かに強いが、弱めのエルダートレントくらいだろうか。


 葉のふちに生えている牙のような突起がレアを噛み砕こうと迫る。

 しかしそれは叶わなかった。

 葉は『魔の盾』に遮られ、レアの目前で止められた。葉の内側はつるつるしているように見える。

 現実のハエトリ草の葉は内側に棘が生えており、その棘が近接センサーの役割をして、葉に獲物が入ったと判断して獲物を捕らえる。元になったのはそういう生態の植物だったはずだが、このディオネアにはその棘がない。

 そもそも葉の内側に入らずともレアはこうして攻撃を受けている。見た目は似ているがやはり違う植物なのか、と考えて気付いた。

 この魔物のセンサーは棘を使った近接センサーではない。おそらくLPかMPか、あるいは別の何かを見ているのだろう。現実で言うとサーマルセンサーに近い考え方だ。いや、本当にサーマルセンサーで体温を検知しているのかもしれない。ある程度の体温を持つ一定以上の大きさの反応が近付いてきたから反射的に攻撃したのだ。


「棘の代わりかな。どう見てもモンスターだけど……。やっぱり植物寄りの生態なのかも。下手をしたらトレントやロックゴーレムよりも自意識が薄い可能性もあるな」


 その通りと言わんばかりに葉の牙はがじがじと『魔の盾』に齧りついている。多少なりとも考える頭があれば、牙で砕けない相手なら食べるのは諦めるだろう。

 なんであれ、もう見るべきものは見たのでこのまま齧らせておく必要はない。レアは『魔の剣』で薙刀を作りだす。


「『ソニックファング』」


 薙刀を振るうと刃先から水色に光るカマイタチのようなものが発生した。

 カマイタチはディオネアの葉を切り裂き、その向こうの本体も半ばから真っ二つにした。

 威力は低いが遠くまで届く斬撃系のスキルだ。『剣』スキルのツリーにあるものだが、これまで他のプレイヤーが使っているのを見たことがないので、もしかしたら取得には何か特殊な条件が必要なのかもしれない。

 このスキルはあまり切った感触が感じられないので好きではないのだが、草刈りをするにはちょうどいい。


「好きな、スキルじゃない……んー……保留」


 知能の低い植物系魔物なのでこの程度では死なないかもしれない、と考えていたが、ディオネアからはLPやMPの輝きは失われていた。しかし死んだふりの可能性もある。経験値取得のタイミングで測れればいいのだが、もはやレアにはそれは出来ない。黄金龍の関係者のように桁違いの相手なら話は別だとしても、それ以外の有象無象では配下から上がってくる経験値の波に埋もれて目立たないからだ。


 少し考えたがレアは深く気にするのをやめて歩き出した。

 別にこの草が生きていようがいまいがどうでもよかった。

 上空から見ていただけなら配下にするのも面白いかと考えていたが、これほど知能が低いのでは魅力がない。おそらくINTを上げても知れている。


 NPCはINTを上げる事で思考力の向上が見込めるという事はもうわかっているが、それには個体差、というか種族差があるらしいこともわかってきていた。

 人型に近い種族の場合は数値上のINTに比べて思考力が高くなりやすく、人型から離れていくにつれ思考力は低くなっていく。人型に近いというより人類に近いと言った方がいいだろうか。例えばロックゴーレムなども人型ではあるが、彼らはINTを上げても思考力はあまり向上しない。これはそもそも自我が薄いからなのかもしれないが、同じINTの数値ならゴーレムよりもホムンクルスの方が賢くなる。自我の薄さはこの両者は大して変わらないはずだ。

 ただあくまでそういう傾向があるというだけで、必ずしもそうとは限らない。例外はいる。

 人類からはかけ離れているが世界樹は賢い。蟲系のクィーンたちもそうだ。

 一方でトレント系はそう賢くはならないし、兵隊のアリたちも賢くない。強引に上位種と同程度のINTにまで引き上げてやってもこれは変わらなかった。もちろん同種であれば明らかな差は出たが。


 これらのことから考えると、転生というのは非常に重要な要素である事がわかる。

 非効率的ながら、能力値だけなら転生させずとも上げることは出来る。しかし、こういった数値で測りづらいファクターには、明らかに転生後の方が優遇されている事が多い。


 そういえば世界樹はライラや教授にきちんと素材を分けてあげたのだろうか。それを使って何かしたいとか言っていたが。


「おっと」


 つらつらと考え事をしながらワイヤーアクションをしていると、今度は巨大なツボミに丸呑みにされそうになった。

 とっさに『鑑定』してみると「ネペンテス」とある。ウツボカズラだ。ならばこれは変質した葉だろう。ツボミに見えたがツボミではなかったようだ。

 こちらはディオネアと違って葉の裏側がネバネバしている。消化液とかそういうものだろう。


「これ系のマイナーなのがやけに種類豊富なのってなんなんだろう。開発側に食虫植物フェチでもいるのかな。モウセンゴケもどこかにいたりするんだろうか」


 丸呑みにされてしまっては『盾』ではどうしようもない。それにドレスが汚れるのも嫌だった。

 バックステップでネペンテスの口撃(物理)を躱し、零れ落ちた消化液の飛沫を『魔の盾』で防ぐ。特に何かの反応が起きたわけでもないだろうが『盾』から煙が上がり、LPが減った。

 8本の脚でふわりと音もなく着地すると、すぐさまネペンテスの側面に回り込む。

 慣れないうちは脳が混乱しそうになるが、慣れてさえしまえばこの八脚は非常に敏捷性に優れている。おそらく人型状態のレアよりも体重は増えているはずだが、それを全く感じさせない軽快な動きが可能だ。

 脚の先には細かい鉤爪のような突起があるため、柱や壁にとりついて身体を固定する事も容易にできる。

 見た目さえ気にしなければ実に高性能な形態だと言える。


「……ああ、もしかして見た目のせいでクモと間違われて食べられそうになってるのかな。いやでもオークとかも餌にしてたしな」


 食人植物たちの食性や習性は気になるところだが、ここで1人で調べきれるものでもない。

 配下にする魅力も薄れてきているし、何か機会があった時についでに分かればいいという程度だ。

 レアはふたたび『魔の剣』で薙刀を創り出し、『ソニックファング』でネペンテスを両断した。









 しばらくそうやって食人植物やオークたちを始末しながら移動していると、やがて巨大な雑草もまばらになってきた。


「……荒野か。このまま進むと地底王国まで行ってしまうかな。方角があってればだけど」


 おおざっぱに東に進んでいるだけであるため、まっすぐ行って王国にぶつかるかどうかはわからない。

 大陸や荒野の広さを考えるとぶつかる方が確率は低いだろう。それにまともに走っていてはどれだけかかるかわからない。もうこの先は糸を絡められる草もない。

 上空から見た巨大草原地帯はそれなりの広さだったが、荒野や湿原と比べると幅が狭かった。山脈に沿って細長く分布している感じだった。

 そんな草原でさえ、横断するのに丸1日かかってしまっている。ワイヤーアクションによる時短を使ってもである。


「徒歩での旅はここまでか。一旦戻って、それから改めて沼地を見学しよう」


 荒野には巨大なサソリが生息していたが、気になるのはそのくらいだ。それなら地底王国や港町にいる眷属の元に移動してから探した方が効率がいい。ここから続けて行動する必要はない。

 この日はセプテントリオンに戻ってログアウトし、翌日始源城のケリーたちのところからリスタートすることにした。







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相変わらず予約投稿が出来ていないようです……。

大変申し訳ありません。手動で投稿しますが、仕事もありますので多少時間が前後します。

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