第485話「西方大陸ぶらり旅」
『闇の帳』を展開し、6枚の翼を目一杯広げて空を行く。
『隠伏』も何も発動していないためさぞかし目立つ姿だろうが、西方大陸でそれを見咎める者はいない。
『闇の帳』は日光対策だ。今となっては日光によるダメージ程度、自然回復を上回るものでもないし火傷状態にすらならないだろうが、ちりちりと煩わしいのは変わらない。
それにこれはレアの原点とも言える特性のひとつである。例えどうにかできるとしても、今さら消し去るつもりはなかった。
中央大陸ではこのように目立つ飛び方はやりたくてもなかなか出来ない。地上のどこにプレイヤーがいるとも限らないし、見られて妙な噂を立てられるのも不愉快だからだ。見られていないと思って浜辺ではしゃいでいたところをたまたまプレイヤーに発見されてしまったことも記憶に新しい。
そういう色々な意味での煩わしさから解放され、レアは1人で西方大陸の空を『飛翔』していた。
以前のようにユーベルの背に乗って移動するのも悪くないが、ユーベルはセプテントリオンの国民たちに慣れさせるため街に置いてきた。
たまには1人で行動するというのも悪くない。教授が地底王国に1人で潜入した時などは、話を聞いていて楽しそうだと思ったものだ。
遠く始源城を横目に通り過ぎ、さらに東に向かって飛び続ける。
レアがとりあえず向かっているのはいつか見た沼地だ。オークたちを一瞬で飲み込んだ巨大な影が気になっている。あの時見えたLPからするとそれなりの戦闘力を持っていると思われる魔物だ。
沼地に近づいてくると、空を飛ぶいくつかの大型のLPがレアから離れるように去っていくのが視えた。
以前にも見かけた飛行型の魔物だろう。ユーベルを恐れて近付いてこなかったものだ。
現在はレアしかいないにも関わらず逃げていくということは、あれは視覚的に大型のモンスターを避けたのではなく『真眼』か『魔眼』で判断してユーベルを避けたという事になる。
ちょっと興味がわいたので追いかけてみる事にした。
逃げた魔物はなかなかの飛行能力を持っているようだったが、本気で追うレアから逃げられるほどではない。
広大で遮るもののない天空ではサイズ感が狂うが、LPの輝きによってその錯覚もある程度抑えられる。だいたいの場合、LPが多いものは相応に大きいからだ。
やがてレアに追いつかれた魔物はなおも逃げようと翼を必死で動かすが無駄な事だ。
レアは逆に速度を落として魔物の速度に合わせると、その背中にそっと乗った。
「──名前は……ルフか。なんだったかなこれ。ロック鳥の別名だったかな。なるほど、大きいわけだ」
レアが飛び乗った鳥の魔物は小型旅客機と同じくらいの大きさだ。
『鑑定』してみたところでは、このルフはだいたいハーピィの女王と同じ程度の戦闘力を有しているようだった。こちらの方がサイズがかなり大きいため、戦えば持久力の差でルフが勝つかもしれない。
ハーピィクィーンはそれほど数がいる魔物ではないため、それと同じかそれ以上に強いルフがこうも上空をうろうろしているとなると、やはり西方大陸は侮れないエリアだと言えよう。
好奇心が満たされたレアはルフの背から飛び立ち、解放してやることにした。背中が軽くなった事に気づいたルフは慌てて逃げていく。
数羽捕まえてもよかったかもしれない。しかしマグナメルムの航空戦力は充実している。今すぐ必要な事でもない。
西方大陸に来ればいつでも捕獲可能だし、何ならカルラに暇つぶしにやらせてもいい。カルラがセプテントリオンに駐屯する事になれば好きなだけハント出来るだろう。ルフとハーピィを融合させればひと回り小さいカルラを量産出来るかもしれない。それも悪くない。
沼地の観察をしよう、と思っていたのだが、追いかけっこのせいでいつの間にか山脈を越えてしまっていた。
山脈の向こうは森、いや大草原だ。背の高い樹木並のサイズの草がひしめく、森林並の大草原である。大草原というのは横方向に広い草原という意味ではなく、縦方向に高い草原という意味だ。
沼に棲む謎の生物も気になるが、この草原のモンスターじみた草も気になっていた。
今から戻るのも何だし、先に草原の見学をするのもいい。
レアはゆっくりと山に降り、山肌に沿って歩きはじめた。
しかし少し歩いたところで立ち止まる。革のブーツはトレッキングに向いていない。足首をくじいてしまいそうだ。まあ実際のところ、バランスを崩しレアの体重程度の負荷がかかったところで足首にダメージが入るのかどうかは不明だが。
ただ歩きにくいのは確かなので、普通に歩くのはやめる事にした。
ブーツを脱ぎ、少し考えてから下着も脱ぎ、特性の多脚と甲殻を解放した。脱いだものはインベントリに仕舞う。
ぐん、と目線が高くなる。下半身のクモの分高くなった身長は2メートルくらいだろうか。さすがに8本も脚があれば踏み外して転んだりすることはないだろう。バランスが悪い気がしたので代わりに翼は仕舞った。
別に『天駆』を使えば山道に気を取られる事もないのだが、それならいつもやっていることだ。たまにはこうして普段はやらない事をしてみるのもいい。
歩行の邪魔にならないようスカートを摘んで軽く持ち上げると、そのままかしゃかしゃと軽快に山道を下っていく。
スピードと目線の高さ、そして頬を撫でる青臭い風が新鮮だ。
小さい頃、田舎の田んぼ道を風を切って走る軽トラックの荷台に立って乗っていたのを思い出す。なお道路交通法違反なので真似をしてはいけない。
少し下るとすぐに巨大な雑草が見えてきた。
上空からの眺めでも異様に見えたものだがそれは地上から見ても変わらなかった。いや地上からの方がより異様に見える。目線が高くなっているはずのレアでさえ見上げるほどの大きさの草だ。
もちろん、雑草と言ってもそういう名前の植物は存在しない。
今レアの目の前に
「エノコログサに……あれはカヤツリグサかな。セイタカアワダチソウもデカいな! それにスズメノカタビラもある。あれの花言葉は確か、私を踏まないで、だったかな。あのサイズでどうやって踏めって言うんだ」
これらの草花は普通のサイズのものであれば中央大陸の草原地帯にも分布していた。
ただ、今目の前にある草と同じものとしていいのかどうかは不明だ。サイズ的に考えれば明らかに別の種だが、そのまま相似拡大しただけのようにも見える。
「でもその代わり普通の雑草は生えてないのか。そう考えると普通の森よりは歩きやすいのかな」
巨大な雑草をかき分けて草原の中を進んでいくが、普通の森であれば足元に生い茂っているはずの普通の雑草は見当たらない。
まるで自分が小さくなってしまったかのようなメルヘンな気分にならないでもないが、もし本当に小さくなったのであればもっと歩きにくかったはずだ。何故なら自分が小さくなったとしたら相対的に土や砂の粒や小石は大きくなり、その分地面の凹凸が大きくなるはずだからだ。
今レアの8本の足が踏みしめる地面は普通のサイズの地面であり、歩くのに支障はない。つまり異常なのはこのエリア全体ではなく、この草花たちだけだということだ。
そのまま草花を観察しながらしばらく歩いていると、前方から人型の集団が近付いてくるのが感じられた。
草の陰にちらちら見えるLPはよく見る人間たちよりかなり多い。ただセプテントリオンの住民よりは弱い気がする。
やがて現れた集団は裸だった。腰には申し訳程度に汚い毛皮のようなものを巻いてある。よかった。本当に全裸だったら視界に入った瞬間魔法で吹き飛ばしていたかもしれない。
この人型はシルエットとしては中年太りのオッサンなのだが、細かいディティールは太っているという感じのものではなかった。みしりと引きしまった身体は大半が筋肉で覆われているようだ。見るからにVITやSTRが高そうである。別に見た目で能力値が決まるわけではないが、種族的な外観はたいてい種族的な基礎能力値を反映しているものだ。特に低位の種族に顕著な傾向である。上位種は見た目詐欺が多いので油断できない。
顔立ちはやはり豚、というかイノシシのようなもので、下顎から伸びる牙は実に立派だった。耳は真横についてはいるが、エルフのように尖って伸びている。というとエルフに怒られるだろうか。そういえばレアも元はエルフだった。
鑑定によるとやはりオークで、能力値は低い。ただの雑魚の群れだ。
「……なんかこっちに向かってくるな。そうか、『真眼』とかが無いからか。ルフと違って実力差がわからないんだな」
そうは言っても、今はさすがにレアの方が背が高い。生命力の差がわからないのであれば単純なサイズの差で脅威度を測るのが普通だと思うのだが、自分たちより大きな獲物を狙うというのは野生動物としてどうなのか。もちろん中にはそういうハンターもいるが、このオークたちがそれに該当するようには見えない。
「ふん。まあいいや。わからないならわからせてやるか。『恐怖』」
その途端、びしり、と行儀よく動きを止めるオークの群れ。
巨大草花で多少の日の陰りはあるものの、日中の明るい時間帯である。何のボーナスも乗っていないレアの『精神魔法』だが、オークたちは全く抵抗出来ていない。
「『支配』。──よし。では、お前の隣にいる者を攻撃しろ」
これにも大した抵抗もなくかかり、オークたちは手に持った棍棒で、あるいは素手で仲間を攻撃し始める。攻撃された者もまた別の者を攻撃していたり、あるいは反撃したりしてあっという間に乱戦になった。
『支配』の持続時間は短いが、この様子ならかけ直さなくても乱闘が終わる事はないだろう。
オークたちの目には操られた者特有の曇りではなく、怒りが浮かんでいる。攻撃はレアの命令だが、もう自分の意志と区別がついていない者も多そうだ。INTとMNDが低いというのは哀れな事である。
「悪いけど、きみたちに付き合っているほど暇じゃない。先に行かせてもらうよ」
レアは指先から糸を出し、巨大なカヤツリグサの花にひっかけると、勢いよく糸を引き自分の身体を持ち上げ、振り子の要領で争い合うオークの集団を飛び越えた。気分はワイヤーアクションゲームだ。
「……ちょっと楽しいなこれ」
飛び越えた後も着地はせず、糸を切り離してすぐさま次の糸を出し、軽快に草の中を立体機動で移動していった。
★ ★ ★
なんか予約していたのに更新されていないようでしたので人力で更新しました。
お待ちいただいていた皆様、申し訳ありません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます