第484話「そのアイテムは呪われています」(ブラン視点)
「や、やめ──! グワーッ!」
岸から放たれた大量の矢や魔法によって、縛られた男は乗せられていた馬ごとハリネズミのようになり、光になって消えていった。後には馬の死体がぷかりと浮かんでいる。
「……な、なんじゃあれ……。仲間を何の
「うーん。鬼も悪魔も知り合いにいますけど、さすがにあそこまで躊躇いなく味方を撃ったりはしないかなー」
「合理的判断、といったところかしら。さっきも言ったけれど、異邦人は殺しても死なないわ。今光になって消えていったのがその証拠ね。今頃カナルキアの中で復活しているんじゃないかしら」
ジェラルディンが言っているそばからばしゃばしゃと慌ただしく水を掻きわける音が聞こえ、開けっぱなしのハッチから男が姿を現した。
「……ほらね。殺しても死なないわけだから、人質としての用は成さないわ。合理的判断とはそういう意味ね」
「……ぐ、誤算じゃったわ」
「まあ異邦人とそれ以外って、見分けるの難しいっすからね。現地人なら人質になったかもしれないっすけど。慣れてくると見分けるのも楽ですけどね」
「ほう。ちなみにどうやって見分けるんじゃ?」
「簡単っすよ。今言った通りです。殺してみればすぐわかりますよ。死んだままなら現地人、消えたら異邦人です」
「どのみち人質には出来んではないか!」
しかし完全に役立たず、というわけでもなかった。
ハッチから出てきた男はざぶんと海に飛び込み、そのまま泳いで岸へと向かう。リスポーンしただろう牢は開け放たれたままだったらしい。
そして戦闘が行われている真っ只中へ突進していき、盾を構えてプレイヤーたちから馬への攻撃をガードしたのだ。
「──何をするんだTKDSG! 血迷ったのか!」
どこで見たのか思い出せないが、見覚えのある男が叫ぶ。
縛られていた男はTKDSGと言うらしい。SNSで度々名前が登場しているプレイヤーだ。なんとか言う大型クランのリーダーをしているとか。そういえば先ほどはリーダーと呼ばれていた。
「──すまん、アマテイン! だが俺は、俺は!」
自分から攻撃をする、ということはないが、TKDSGは繰り返しプレイヤーたちの攻撃を防いで回る。
戦場全体からすれば何の意味もない、あってもなくても変わらない行為だが、有名プレイヤーが敵として立ちはだかっているという状況は他のプレイヤーたちに少なくない心理的影響を与えているらしく、攻撃の手は鈍ってきていた。
「……結果オーライ、なんすかね。よかったっすね」
「……イアーラの精神状態を考えると死んだままでいてくれたほうがよかったかもしれんが」
TKDSGが魔物たちを守って動き回るおかげでプレイヤーたちの攻撃の手が緩み、その隙をついて上空から鳥たちが攻撃をしかけている。
これによってプレイヤー側にも被害が広がっているが、彼らが死ぬことはないし、今はデスペナルティもない。すぐに街の宿や郊外のテントからリスポーンし、戦線に復帰してくる。
「キリがないの……」
「うーん。宿や街の外のテントも破壊していかないと勝負はつかない感じっすね。となるとこっちの勝利条件はやっぱ街全体の破壊かなー」
「揚陸出来る戦力はそう多くはないぞ。こちらの被害も実質的にはそう出ておらぬが、こちらはすぐに復活というわけにもいかぬ。このままではジリ貧じゃ」
それなりに水があるところであればメロウやオアンネスたちも戦闘に参加できるが、そんなところまでプレイヤーは来ない。それにいくら水があると言っても浅瀬ではメロウたちは高い水温や気温によって無駄に体力を奪われてしまう。
これまで、鬱陶しいと思いながらも本格的に港を攻撃しなかった理由がこれだろう。海洋王国カナルキアは本質的に陸上を攻撃するのに向いていないのだ。戦場が噛み合わないのである。
戦闘力のない村人ばかりの集落ならば蹂躙出来ても、傭兵が本格的に出張ってくれば苦も無く撃退されてしまう。
「こっちは消耗が激しくなったら沖に逃げればいいだけなんでジリ貧にはならないと思いますけど、決定打が無いのも確かっすねー……」
「沖に逃げてもな……。あの男は死ねばまたカナルキアで復活するのじゃろ? 出来れば置いて帰りたいんじゃが……」
気持ちは分かるがそれは無理だろう。言うなればマーキングされてしまったようなものだ。TKDSGが陸地のどこかでログアウトしない限り、どれだけ逃げても牢屋に帰ってくるはずだ。
「呪いのアイテムみたいなやつっすね……」
「人質を取ろうなんて卑怯な事を考えた罰、というところかしら。正々堂々戦えばよかったのよ。それだけの力はあるのだから」
「お主らにだけは正々堂々とか言われとうないが、それは確かにそうかもしれぬ……」
ただ感情的な問題を抜きにすればプレイヤーが堂々とこちらに付いたというのは大きい。これ以上の撹乱はない。
ソーメンだか何だかという名のプレイヤーの言い様からするとあのTKDSGはフレンドチャットやSNSを通じてさえ連絡を取っていなかったようだし、本気で人魚たちのためにプレイするつもりなのだろう。
その先に何が待っているのかはわからないし、彼の気持ちもいつまで人魚の側にあるのか不明ではあるが。
「──目を覚ましやがれ! このアホ! 魔物の味方をしたって報われねえぞ!」
プレイヤーのタンクがTKDSGに盾を構えて突進し、その動きを封じた。
それにいい事を言った。その通り、TKDSGの想いが報われる可能性は低い。もう十分撹乱はしてくれたし、ここらで諦めてあちら側に再度寝返ってくれれば後腐れなく退却出来る。
「勘違いするな、ギル! 俺は見返りなんざ求めちゃいない! ただ自分の心が命じるままに行動しているだけだ! それこそが真実の愛!」
イアーラ、という名のオアンネスの娘の目が死んでいる。
これはつまり、振られてもあきらめない宣言に等しい。素直に怖い。
「TKDSG! このままだと魔物たちに街が破壊されてしまう! NPCも大勢死ぬことになる! お前はそれに加担するのか!」
「それを言ったら、お前らだってこのままだと人魚の皆さんを殺す事になるんだぞ! 今は戦闘に参加していないが、見ろ! あれだけ美しい人魚の皆さんにお前たちは剣を向けるのか! っていうか、アマテインはリアル彼女がいるからいいかもしれんが、こっちは独り身なんだよちくしょー!」
「待て待て! リアル彼女なんていねーよ誰の事だ!」
「どうせリアルじゃその手が暖かとイチャイ」
「──『シャインランス』!」
「グワーッ!」
TKDSGは再び光になって消えていった。
その様子を見ていたジェラルディンがぽつりと漏らす。
「……異邦人とは何て醜いのかしら」
「……いやー。どうっすかね。あれは一部の稀有な例なような」
しかしTKDSGの言葉が戦場に響かなかったわけでもなかった。
今の魂の叫びを聞いたプレイヤーのうちの何名かが、海に浸かる人魚を見て、プレイヤーを見て、そしてまた人魚を見た後、あろうことか街を守るプレイヤーに対して攻撃をし始めたのだ。
「な、なんだ! 落ち着け! 敵はあっちだぞ!」
「うるせー! よく考えたら、マッチョな船乗りたちと綺麗な人魚のお姉さんだったら、お姉さん守ったほうが良いに決まってた!」
「そうだ! 俺たちは見返りは求めない! 求めてるのは眼福だ!」
「海の平和を守るんだ! 人間は海から出て行け!」
「どうせ死んでもデスペナ無いんだし、たまにゃはっちゃけてもいいだろ!」
プレイヤーたちは口々に叫びながら仲間割れをしている。
男はこれだから、と思って見ていると、少ないながらも女プレイヤーもいた。どういう層だろう。
ただ何にしても、たった今のブランの言葉が彼らによって否定されたのは確かだった。メリサンドの顔でブランにジト目を向けるジェラルディンに答える。
「……稀有な例っていうのは嘘でした。醜いのは一定数いるみたいっすね……」
「──というか、退き時じゃなこれは。あの男はもうよいわ。牢から出すなと言っておけばよい。カナルキアを下げるぞ」
ゆっくりと動き出したカナルキアに気付いたのか、それとも退却を始めた人魚たちに気付いたのか、仲間割れをしていたプレイヤーたちが海に飛び込み、カナルキアを追いかけてきた。
しかし人間が泳いで到達するには距離があり過ぎる。カナルキアは悠々と沖に逃げ、そのまま海中へと沈んでいった。
*
「最後に追いかけてきた異邦人は何だったのかしら」
「仲間になりたそうな目でこちらを見ていた奴らじゃないっすかね。あ、そうか。女性プレイヤーはもしかして人魚になりたかったのかな」
ヒューマンやエルフから人魚に転生するルートなどあるのだろうか。
普通にやっては無理かもしれないが、特殊なアイテムがあれば可能かもしれない。
「何にしても、とりあえず第一波は終わりっすね。次はいつにします?」
「まだやるのか! 十分警告にはなったじゃろ!」
「元を断つためって言ったでしょ。あの港はまだまだ元気っすよ。人間はアホですからね。警告したって忘れた頃にまた来ますよ」
「……再び攻めるとしても、戦力を回復させてからじゃな。それに陸上の建造物を破壊する作戦も考えねばならんじゃろう。あと、日中だと暑いから次に攻めるなら夜じゃな」
「そういえばそんなこと言っていたわね。なんで昼間っから行ったの?」
「お主らが指定したんじゃろうが!」
ブランが何も考えずに運営に伝えた日時が昼間だったというだけである。
ともかく、今回の襲撃は成功裏に終わったと言っていいだろう。
両陣営とも得る物は何もなかったが、ブランの目的はプレイヤーに経験値を取得させる事なので戦闘さえ起こればその時点で成功だ。
謀らずもPvPを誘発出来たし、想定以上の成果と言える。
他にも、SNSを見たところではイベントボーナスを当て込んで大規模なPvPがポートリーでも起きているようだし、ブランズイベントは大盛況だ。
「──ふご!」
「ブランさん、顔」
「何度言ったらわかるんじゃ! わしの顔で遊ぶでない!」
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