第492話「カッコつけマン」(ジーク視点)





 かつてヒルス王国と呼ばれていた場所。

 いや、今でもそう呼ぶ者はいる。多くの者が「ヒルス地方」や「旧ヒルス王国」と呼ぶ中で、今でもヒルス王国と呼ぶ者が。

 そうした者には大きく分けて3種類がいた。


 ひとつは、時代の変化についていけない粗忽者。

 かつて使っていた呼称を急に切り替える事が出来ず、王国が滅び去った今でもついそう呼んでしまう。


 ひとつは、ヒルス王国という国家が既に存在しない事を知らない者。

 別の地方に住んでおり、また大陸大戦にも巻き込まれる事が無かった運のいい者。そのおかげで他国の興亡を知らない者、というのは意外と存在している。主には他との交流がない田舎村だが。


 そして最後に、全てを知っていながら、いや全てを知っているからこそ、「ヒルス地方には強大な王が存在している」という意味で敢えて「王国」と呼んでいる者。


 マグナメルムと呼ばれる強大な組織を束ねる王。

 それがジークの主であり、ジークが任されている都の真の支配者である。


 ジークが任されている都こそ、かつてのヒルス王国の首都があった場所だ。

 ジークの主は敵対勢力であったはずのこの都を、信じられない事にほとんど無傷で手に入れた。

 防衛戦力を効率よく始末できたのがよかったのだろう。アダマンナイトの空挺降下という見た事もないような手段を使い、初手から街なかでの乱戦に持ち込み、相手の範囲攻撃を封じて白兵戦で敵戦力を刈り取って行ったのだ。

 もちろんいくらかは燃えたり崩れたりした家もあったが、それらはすでに優秀な工兵の手によって修復されている。


 今ジークがいるこの王城も同様だ。

 ジークにとっては忌々しいヒルス王族の造り上げた城。

 しかし景観がいいことは確かだし、建物には罪はない。現在の主であるレアもたいそう気にいっている。

 そんな城を、都を任される事はジークにとっては誇らしくあった。


 この王都には来客が多かった。

 傭兵と呼ばれる者たちだ。

 魔物に支配された街、魔都として、その奪還や探索を目的とする者たちが日夜襲撃をかけている。

 この襲撃こそレアが意図した事でもあり、継続して訪れてもらえるようある程度の隙を敢えて作って対応している。


 傭兵たちの多くは異邦人だ。ジークの主はたまに「ぷれいやー」と呼んでいる。

 彼らの行動原理はジークには全くもって理解できないのだが、主レアにとってはその限りではないらしい。

 多くの領域において「何の前触れもなく急に襲撃頻度が上がった」と思われるだろう、命を捨てるかのような異邦人たちの特攻も、あらかじめそうなる可能性が高いと聞かされていたジーク率いる王都防衛隊にとっては想定の範囲内の事だった。


 この日の特攻はかなり激しく、夜半まで続き、もしかしたら初めて王城にまで到達する者が現れるかもしれない、と言えるほどの勢いであった。


 そんな中、異邦人たちの襲撃に備える警備の隙を突くようにして侵入してきた異形の者がいた。





「──で、何をしに来たんだ、ヴィンセント」


 謁見の間。

 主の許可を得て玉座に座るジークの前に、一体のアンデッドが拘束されている。

 かつての同僚、第二騎士団長のヴィンセントだ。


 ヴィンセントは無言で身体を左右に揺すり、ジークに視線を向けてきた。と言っても眼球はとうに腐り落ちているため、暗い眼窩に赤い光しか見えないが。


「……放してやれ」


 ジークの指示を受け、ヴィンセントを拘束していたアダマンアルマが手を離す。

 彼らはジークの配下ではなく、主の直属の配下であるため口頭でなければ指示を出せない。

 解放されたヴィンセントは大げさに肩を回してアピールし、アダマンアルマたちをちらりと見やって肩をすくめた。アダマンアルマたちは動じない。彼らがこの手の挑発に乗ることはない。


「もう一度聞くぞ。何をしに来たヴィンセント。この事はブラン様はご存知なのか?」


 ヴィンセントはもちろんだ、と言わんばかりに大きく頷く。

 そして両手を合わせて花の蕾のような形を作り、すぐに手のひらを下に向けて波を表すようにひらひらとさせた。

 その後何かを飲むような仕草をし、両手を軽く上げてダブルバイセップスをしてみせた。鎧の下から覗く骨の浮いた、というか骨しか見えない身体が哀愁を漂わせている。


 ヴィンセントはまだ話す事が出来ない。

 そのため、『使役』などで繋がっていない者とでは意志の疎通が難しい。

 ジークがヴィンセントの目的を知るためにはこの拙いジェスチャーを解読する必要がある。


「……卵? と、波か? 違う? ではなんだ。海? わからん。その後のポーズは……精霊王陛下か? ではその前に飲んでいたのは栄養剤か? 全然違う? ええい、何なんだ!」


「──ジーク様。お楽しみのところ申し訳ありませんが、こういった物を用意いたしました。これであればヴィンセント様ともコミュニケーションがとれるのでは」


 配下のメイドレヴナントが紙とインクとペンを持ってきた。これで筆談をしろということだろう。


「ああ、助かる。それと訂正しておくと、別に楽しんでいるわけじゃない。あとこいつに様付けはいらん」


 紙を渡されたヴィンセントはそれを床に置き、さらさらと何かを書きはじめた。

 こうなる事はわかっていたはずなのだから、最初から手紙を書いて持ってこいと言いたくなる。

 書き終わったヴィンセントから受け取った紙を見る。


「ええと……。

 ──賢者の石が欲しい。出来ればグレートな奴。対価はジョフロア・デ・ハビランド伯爵の名において支払いが約束されている。しかし栄養剤ってのは全然的外れだが逆に近かったな。俺の踊りに真剣に見入るお前の顔は面白かっ──貴様ァ!」


 紙を丸めて投げつけた。

 ヴィンセントはそれをひょいと避けると肩をすくめる。苛立つポーズだ。

 殴り倒してやりたいが、主の知人であるデ・ハビランド伯爵の眷属にダメージを与えるのはよくない。

 不審人物に対する拘束くらいなら問題になるまいが、明確な敵意をもって攻撃するのは主の顔を潰す行為だ。


「……ちっ! まあいい。つまり、伯爵閣下が我が主に支援を求めているという事なんだな。理解した。

 しかし賢者の石か。持ってはいるが、さすがに独断で渡すわけにはいかんな。主に確認してみるから少し待て」


 ふれんどちゃっと、という謎の技術で主レアに連絡を取る。

 賢者の石グレートの譲渡についてはすでに聞いていたらしい。空中庭園を守る大天使サリーのところへは話がいっていたようだが、来るとは思われていなかった王都のジークは連絡を受けていなかった。


 ふれんどちゃっと中、謁見の間に文官ワイトが慌ただしく入ってきた。

 メイドレヴナントたちが報告を受け、ジークの元に向かってくるが手で制した。

 今は主との会話中である。何人たりともその邪魔をすることは許されない。

 文官ワイトの報告が聞こえたらしいヴィンセントもまた謎の踊りを踊っているが、相手をしてやる余裕はない。まったく誰の為に主に連絡をしていると思っているのか。





 しばらくしてジークはふれんどちゃっとを終了させ、改めて報告を受けた。

 そしてメイドレヴナントが口を開こうとしたその瞬間。


 ばん、と大きな音を立て、謁見の間の扉が乱暴に開かれた。


 ジークの知る限り、これまでこの扉がこんな開け方をされた事はない。

 そこに立っていたのは城で働くワイトやレヴナント、アダマンシリーズたちではなかった。


「……異邦人、か。とうとうここまで来るものが現れたのだな」


 先ほどの報告はこれだろう。もう聞く必要が無くなった。


「──セプテムじゃない?

 お前は誰だ! ここはセプテムの城じゃないのか!」


 侵入してきた異邦人のリーダー格の男が叫ぶ。

 セプテムとはレアの別名だ。どうやら彼らはレアに会いたくてここまで来たらしい。

 お前こそ誰だと言いたいところだが、聞いても仕方がないし聞かなくてもだいたいわかる。


「ここが我が主セプテム様の城であるという君たちの認識は正しい。

 しかし間違っている事もある。教えてやろう」


 ジークは大きすぎる玉座から立ち上がった。


「まず、我が主は大変お忙しい方である。城に籠って何かをしている事は稀だ。ゆえに各拠点には代官として信頼できる者を配置し、拠点の管理はその者に任されている。だから主の支配する城に来たところで必ず会えるとは限らない」


 レアは今、西方大陸で新たな土地の開拓をしているところだ。ふれんどちゃっとでそう言っていた。


「そしてもうひとつ。我が主を呼ぶのであれば「様」をつけろ、異邦人」


 ジークのセリフに合わせ、控えていたメイドレヴナントが飛びかかった。

 彼女はジークの眷属だ。ジークの『死霊結界』によって強化されたレヴナントは、ここに到達するまでに彼らが倒してきた者たちより数段強い。


 しかしそれでも異邦人たちには通用しなかった。

 飛びかかったメイドは前衛に一刀の下に斬り伏せられてしまった。

 なるほど、強い。

 アダマンアルマか、下手をすれば指揮官級のアダマンドゥクスに迫る実力はあるかもしれない。ここまで到達しただけの事はある。

 これが主の言う「上位層のぷれいやー」というやつだろう。

 かつてはそれもアダマンナイトに及ばない程度の力しか持たなかったが、よくぞここまで成長したものだ。


 その様子を見てヴィンセントが身構えた。

 異邦人たちは10人ほどのパーティを組んでいる。

 一対一ならともかく、あの全てが同程度の実力を持っているとすればヴィンセントでは勝てないだろう。


「下がっていろ、ヴィンセント。俺が相手をする」


 他に残っていたメイドレヴナントや文官ワイトがジークを見る。そういえば、普段は「私」で通していた。ヴィンセントのせいで気が緩んでいるようだ。


 ヴィンセントを庇うように押しのけ、異邦人たちの前に立つ。

 その時についでにヴィンセントに賢者の石グレートを握らせた。

 万が一にもこの程度の相手にジークが負けてしまう事などあり得ないが、ヴィンセントを逃がす展開はあり得るかもしれない。こんな奴でも一応は客人だ。怪我などさせるわけにはいかない。であれば先に渡しておいた方がいい。


「──あいつの言っている事は無視しろ! 弱いやつから攻撃するのがボス戦のセオリーだ! 先に雑魚を片付けるぞ!」


 リーダーの言葉を受け、異邦人たちが周囲のメイドや文官たちに攻撃を開始した。すかさず控えていたアダマンアルマやアダマンウンブラがカバーに入る。

 しかし異邦人のパーティは前衛だけではない。

 ここは矢が通りづらい全身鎧の魔物が多いせいか、弓兵はいないようだが魔法使いはいる。後ろから『光魔法』らしき攻撃が飛んできた。

 その光の矢はヴィンセントを狙っているようだった。『光魔法』は威力はともかくスピードが速い。見てから対処するのは不可能だ。

 ゆえに、狙っている、と分かった時にはジークはすでに動いていた。


 ──オオオォォ……!


 背後からヴィンセントの唸り声が聞こえる。

 庇って受けた『光魔法』はジークの腕にわずかな傷を残して消えた。ダメージにも入らないようなかすり傷だ。この程度ならすぐに消える。


「……ボスモンスターが庇った? もしかしたら、あのアンデッドにはなにかあるのかもしれない! みんな! あのアンデッドナイトを狙え! 他はとりあえず無視でいい!」


 しかしジークの行動が異邦人たちに要らぬ詮索をさせてしまったらしい。

 攻撃目標をヴィンセントに変え、次々に魔法が飛んできた。

 前衛はほとんどがアダマンズと交戦しているが、一部はヴィンセントを庇うジークに肉薄してくる。


「ふん。この程度」


 背後のヴィンセントを狙う魔法をすべて身体で受け、迫る盾役を剣で牽制する。

 レアの交友関係に影響するかもしれない以上、ヴィンセントに攻撃を通させるわけにはいかない。

 それに、ヴィンセントは昔からいけ好かない人物ではあるが、黙って攻撃させるほどジークは薄情でもなかった。もちろん彼がジークと同程度の戦闘力を有していればさすがに庇うような真似はしなかっただろうが。


 ──オオオォォ……。ウウオオオオォォォ……。オオオォォォ……!


 ジークが攻撃を受けるたび、ヴィンセントの唸りが響く。

 まさかジークを心配しているのだろうか。いや、そんなはずはない。ヴィンセントはそんな可愛げのある男ではない。なんならジークが攻撃されている姿を笑ってみているような男だ。これももしかしたら笑い声なのかもしれない。いい気なものである。


 しかし、これだけ唸れるのなら下手なジェスチャーではなく唸り声で表現すればよかったのではないだろうか。賢者の石なら例えば「エェンアァオイイィ」とかだろうか。


「ふっ」


 想像したら笑いがこみあげてきた。これではきっとオットセイのジェスチャーだと勘違いしてしまう。





 ──オオオオオアアアアアァァァ!





 その瞬間、背後からとてつもない力の奔流を感じた。


 ジークの後ろにはヴィンセントしかいない。

 ならばこの力はヴィンセントのものだ。


 あわてて振り返る。

 するとそこには光に包まれるヴィンセントの姿があった。

 その場にいる誰もが動きを止め、光るヴィンセントを見つめている。

 異邦人たちも完全に手が止まっていた。


 そうしてしばらくすると、光は消えた。

 そこには顔色の悪い、軟派な雰囲気の伊達男が立っていた。

 手にはすでに賢者の石グレートはない。転生の触媒として消費されたのだろう。


 この顔は忘れもしない。

 ヴィンセントだ。





「──ふざけんなよ、ジーク……。この俺様を庇ったな。しかも、笑いやがったな。それで、この俺様の上に立ったつもりかよ……!」





 懐かしいヴィンセントの声だ。

 思わず嬉しくなるが、その前につい悪態が口をついて出た。


「何を言ってるんだ。俺の方がお前より上なのは昔からだ。弱い奴を庇ってやるのは騎士の務めだ」


「……ハッ。てめえのそういうところが気に食わなかったぜ。アホなてめえにもう一度教えてやる。俺はな、誰かに守ってもらうほど弱かねーんだよ。何だって1人で出来るんだ。今も昔もな」


「ふん。強がりを言うな」


 生前と変わらない物言いだ。ヴィンセントはいつも強がっていた。

 部下の前でも、上官の前でも、女の前でも。

 だが一番その傾向が強かったのは他ならないジークの前だった。

 それはジークが同期だからなのか、平民上がりだったからなのか、それはわからない。


「バカ言うんじゃねえよ。強がりこそが、この俺様の力の源だぜ! いや、別に今は強がってるわけじゃねえけどよ」





「な、なんだあれ……。パワーアップ? したのか? そのための時間稼ぎをしていたっていうのか? どういうイベントなんだこれ……」


「イベントはイベントだけど、発表されてたのは西海岸の港街だろ。ならこれはたまたま重なっただけの関係ないイベントなんじゃ……」


 異邦人たちがわけのわからないことを言っている。

 ヴィンセントはそちらを見ると、ジークに言った。


「肩慣らし、にはちょうどいいか。おいジーク、後でこの身体の細かい能力教えろよ」


「ディアス殿に聞け。俺もまだよくわかってない」


「あのクソジジイにかよ! やなこった!」


 ヴィンセントは悪態をつきながら剣を抜き、異邦人たちへ向かっていった。





***





「──ふむ」


「どうされました、閣下」


 伯爵は自分の中のどこか、そこを通りぬけていく大いなる力の流れを感じた。

 どこで何をしたのかはわからないが、どうやらうまくやったらしい。


「いや、覚醒したようなのでな。

 ──我が配下、【虚飾のヴィンセント】が」






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