第482話「城塞都市」





 魔皇城を例えば始源城と同じくらいの規模にするのであれば、現在の聖地ではいささか狭すぎる。

 この地にいきなり始源城クラスの城を建てるとすると自動的に周囲の街並みも飲み込まれてしまうだろう。

 いつか見たペアレの岩城のように城の一部を街として使う城塞都市という形でもいいが、そうだとしても街の人々の理解を得る必要がある。


 そういう話をアルヌスにしたところ、非常に興味を示していた。

 これまで長い間彼らが過ごしてきた街が丸ごと魔王の居城として生まれ変わる。

 そのことに強い魅力を感じているようだった。


 ほんの思いつきだったが、アルヌスがやりたいというのなら止める理由はない。

 住民への説明や理解など、諸々の面倒事はアルヌスに一任し、レアは椅子に深く腰掛けた。ここはこの街の事実上の長の家、つまりアルヌスの家だ。傍らにはドロテアも控えている。


 ドロテアたちの強化も必要だ。

 それもアルヌスにしたようなものではなく、戦闘力の向上に関する強化が。

 これまではこの小さな国で何とかやってこられたのかも知れない。しかし、この地に魔皇城が現れ、魔帝国として本格的に動き始めるとなるとどうだろうか。

 周辺の魔物たちはそれを脅威に感じるだろう。

 これまではどうでもいいと思っていたものが、どうでもよくなくなるかもしれない。

 そうなったら強い魔物に襲撃される可能性が出てくる。

 その時、今のままでは抵抗しきれるかどうかわからない。


「──あの、なんでしょうか」


「いや、なんでも」


 ドロテアは魔精だ。

 この上は魔王である。

 魔王が他にも存在する、という事実自体も少し気にかかるし、それが自分の配下となるとなおさら気になってしまう。

 バンブは確か、デオヴォルドラウグルだった時にすでに自分と同種族の配下をたくさん作っていた。

 そういう割り切りが出来るあたりやはり大人なのだろう。レアには難しい。

 難しいというか、何となく気になるというだけなのだが、なかなかインベントリの賢者の石に手が伸びない。


 子供じみたこだわりである事はわかっている。

 しかしそうした子供じみた感情をないがしろにしない事こそが、ゲームを楽しむコツであるようにも思える。


 ドロテアは魔精のままでも十分強い。

 マーレと同じくらいの戦闘力は、出会ったときにはすでに持っていた。野生のキャラクターでそのレベルとなると、西方大陸の平均値の高さが窺える。

 しかしだからこそ、このままではまずいようにも思える。ドロテアも中央大陸であれば敵はいないかもしれないが、この西方大陸ではその限りではない。


「でも、しょうがないか。せっかくのセプテントリオンだし、幹部を7人作ろう。まずはドロテアを魔王にして、アルヌスもかな。

 他の5人は──」


 どうしようか、と思ったが、よく考えたら中央大陸には難易度に不釣り合いなほど強力な魔物が多数ひしめいている。どうせトレの森や空中庭園で遊んでいるだけだし、はっきり言ってリソースの無駄遣いだ。


「他は外注でいいか。暫定だけど、白魔と銀花、カルラ、エンヴィとユーベル、あたりかな」


 人型が少ない。が、カルラやエンヴィは『擬態』があるからいいだろう。

 白魔たちやユーベルは野晒しというわけにもいかないし、犬小屋的なものも必要かもしれない。これはアルヌスに相談だ。









 街全体を要塞化し、魔皇城としてひとつの巨大な建造物にするというアルヌスの計画に反対する市民は居なかった。本当に居なかったのかどうかはわからないが、アルヌスがそう言うのならそうなのだろう。

 畑や畜産などの農業用地はさすがに要塞内には作れないため、これだけは外に作る必要がある。

 農業従事者の危険度が高くなってしまうが、農地を守る番犬ならば優秀なのが居る。フェンリルが2頭も目を光らせていれば、あえて作物や農民を襲おうとする魔物もおるまい。


 そうして完成した魔皇城、魔帝国セプテントリオンは、かの始源城さえ凌ぐほどの大きさと威圧感を持っていた。

 元々の街の面積がそのまま建築面積になっているため当然である。街のサイズを敷地面積とするなら、建蔽率けんぺいりつは驚きの100%だ。現実であれば建築法違反である。魔皇城は行政本部そのものなので建蔽率の制限など受けないが。


 城の中には何層にもなる居住区域があり、ここにさらに家が建てられている。

 元々の街を平面駐車場とするならそれが立体駐車場になったようなものであるため、入居率は非常に低い。居住可能スペースは数倍以上になったが人が増えたわけではないためだ。

 それらの居住区を管理するのはアルヌスだ。

 魔皇城建造の責任者でもある彼が内政担当というわけである。これまで長老のような立場で魔族たちを率いてきたアルヌスなら適任だ。


 また今後の事も考えて十分に拡張性を持たせてある。

 地上に降りた天空城。それにブランが見つけた海洋移動要塞。ああした機動力を持った巨大要塞というのは非常にロマンを感じるところがある。

 今はまだ無理だが、この魔皇城にもそれが可能になるだけの剛性を持たせてあった。

 いつかアルヌスがあれらの技術を再現できるようになれば、この魔皇城を第二の天空城にしてやる事ができるかもしれない。今は立ち上げたばかりで手が離せないだろうが、いずれアルヌスを空中庭園へ研究のために派遣する必要があるだろう。

 もっとも故精霊王の研究でも天空城の再現は出来なかったようだし、どれだけ時間がかかるかわからないが。


 魔帝国を守る騎士団、戦力全般の統括はドロテアに任せた。

 志願兵を『使役』させ、騎士団として徴用して訓練をさせている。訓練と言っても城の中でやるようなおままごとではなく、実際に外に出かけて行って魔物たちを狩らせている。どうせ死んでもリスポーンするし、安全に配慮して効率を落とす必要はない。

 基本的にドロテアのしていた修業をベースにメニューを組んでいるが、死なない事を加味して負荷を上げている。レアの方から追加の経験値を入れる事もあるし、かなりのペースで成長させていけるだろう。


 他の、追加で連れてきたメンバーは基本的に仕事はしない。いざという時の特級戦力として普段は自由に遊ばせておく。

 魔物に攻められる事があれば白魔や銀花が対処するが、いつもというわけではない。

 カルラやエンヴィ、それにユーベルはその機動力や戦力の高さから何かの時には仕事を頼む事もあるかもしれない。出来るだけ手は空けておきたい。


「魔帝国はこれでしばらくは安泰かな」


 とはいえ油断はできない。

 何しろレアはまだ西方大陸の魔物とまともに戦った事がない。災厄級にまで育て上げたとはいえ、白魔たちやドロテアたちだけで防衛できる保証はない。

 以前、上空から『魔眼』や『真眼』で眺めたりはしたが、あれだけでは魔物の真の戦闘力は測れない。

 きちんと戦闘をしたという意味では黄金怪樹サンクト・メルキオールとしか戦っていないが、あれは例外中の例外だろう。西方大陸の自生の魔物どころか、下手をすればこの惑星の魔物ですらないと言える。


「……これを機に西方大陸ぶらり旅をするか、それとも中央大陸に戻ってブランのイベントの手伝いをするか……」


 ブランのイベントでレアが手伝えそうな事があるかどうかはわからない。

 中央大陸で魔物とプレイヤーを戦わせるとなると、高い確率でレアの配下をけしかける形になる。しかし黄金龍の討伐を目標に掲げているマグナメルム・セプテムがそんなことをいきなりするのはまずい。

 規模が大きくならないようプレイヤーたちに配慮するというより、こちらの言い分がブレてしまうのが良くないのだ。


 その点で言うと今回のブランのイベント、そのエネミーのチョイスはなかなか悪くなかった。

 人魚たちの王国は最近話題に出るようになったばかりの新規勢力だし、マグナメルムとの関係を疑われる事もない。彼女らが突然攻撃を仕掛けてきた理由もはっきりしている。その理由の情報の出所は教授なのでそこを疑われてしまうと元も子もないのだが、少なくともカナロア海を渡る際のルールが昔から決められていた事は間違いない。これはライスバッハも西方大陸の港町も同じだ。

 中央大陸でイベントを起こすならそういう第三者勢力に見せかけるのが望ましい。


「第三勢力か……。

 さすがにもう出てこないよね。しょうがない、とりあえず中央大陸でのイベントは他に任せて、西方大陸でヒントを探すとしよう」


 仮に西方大陸でちょうどいい獲物が見つかったとしても今回のイベントには間に合わない。

 しかし今後も何かに使えるかもしれないし、ポイントとして押さえておいて損はない。






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