肥え太れ異邦の民よ

第481話「遍く世界に」





 ブランが申請したイベントが通ったらしい。

 あの規模であれば運営がサポートするというのもわかる。

 大陸大戦とは違い、予想される戦闘の規模や参加人数が絞られてしまう事から「中規模」という事になったのだろう。

 全プレイヤーかそれに近い数のプレイヤーを巻きこめそうなイベントであれば、あの時同様「大規模」と銘打たれていたはずだ。

 そういう意味では運営がサポートする初のローカルイベントと言えるのかもしれない。


 そんな事を考えながらレアは魔帝国セプテントリオンに移動した。

 イベントには興味があるが、規模もそれほどでもないし今回はブランとジェラルディンが付きっきりで見ていると言う。

 それならレアまで行かなくてもいいだろう。レアが行ってしまえば大規模化してしまう恐れもある。そうなるとタイトル詐欺と言われることになり、結果的にブランの足を引っ張る事になりかねない。

 ブランがやるべき事をやっているというのならレアもそうするべきだ。





 中央大陸にいればどうしても気になってしまうので、レアは西方大陸でしばらく時間をつぶすことにした。

 やってきたのは魔帝国セプテントリオンだ。

 ドロテアの一族はすでに『使役』してある。

 当然ドロテアをターゲットに移動する事になり、だからレアがこの地に来る場合はドロテアのいる場所になる。


 一瞬の事だが『召喚』の視界の歪みが晴れ、改めて周囲を確認してみたら例の広場だった。

 周りには魔帝国の民が平伏している。


「……何これ。ドロテア、説明を」


「はい。魔王陛下がお越しになる、とのことでしたので一応他の者にも周知したところ、このような形に」


 言いながらドロテアはレアにだけわかるよう申し訳なさそうな目をした。

 レアがこういう仰々しい出迎えを好まない事を理解しているからだろう。しかし街の人間を止められなかった、その謝罪だ。


 別にドロテアが悪いというわけではない。もちろん、街の人たちが悪いわけでもない。


「──出迎えご苦労さま。ええと、別にこんな大げさにしてくれなくてもいいのだけど」


「魔王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう! 発言をお許しください!」


「え? あ、うん、どうぞ」


「この地に念願の魔帝国を打ちたてられた陛下がいらっしゃるというのに、普段通りにしていることなど出来ません! 平身低頭をもってお迎えせねば、失礼に当たるかと! ゆえに街の者を総動員して──」


 はじめは遠まわしに馬鹿にされているのかなとも思ったが、熱く語る住民の目は真剣だった。真剣というか、熱に浮かされているようでもある。

 現実でも何度か見た事がある。これは狂信者の目だ。

 システム的に完全に従えているドロテアたちよりも、そうではない一般市民の方が忠誠心の熱量が高いのはどういう事なのか。そしてそれでいて、かつてのケリーたちの時のようにレアに『使役』される事を望んでいないのは何故なのだろう。


 この住民の話は長かったが、要約するとこういう事だ。

 敬愛する魔王の降臨を、聖地とはいえ街の広場で簡単に済ませてしまうわけにはいかない、と。


 客観的に考えればわからないでもない。

 敬愛するとか偉大だとかは置いておくとしても、遮蔽物も何もない広場に突然偉い人が現れるというのは彼らにとっても精神的に負担になるだろう。

 この街は彼らの生活空間でもあるし、そこに突然会社の重役が来ると考えれば何となくわからないでもない。レアは外で働いたことなどないが、この重役という部分をを家元である祖母あるいは師範である母、生活空間を自分の私室に置き換えてみればわかる。つまり私室に突然祖母や母が転移してくるということだ。なんだそれは悪夢か。

 さらに置いておいた敬愛だの偉大だのの形容詞とそれを話す熱量から類推するに、『使役』を望んでいない理由も朧気ながら察せられる。

 眷属になることでさえ畏れ多いと考えているのだ。


 ともかく、街の住民たちは魔王の降臨にはやはりそれにふさわしい舞台が必要なのだと言う。今はそれがないため、暫定的に聖地と平伏する住民で賄っている状態だと。


 これを敢えて事務的に翻訳すると、つまりせめて壁が欲しいということだろう。直接見なくても済むような、降臨専用のゲストルームのようなものだ。

 それを考えると、この地にもやはり城が必要だ。

 現状、魔帝国セプテントリオンと言ってはいるが、単に大きめの街に過ぎない。

 中央大陸の各国の王都、それと比べても規模が小さいほどだ。建物の立派さは比べるべくもなくこちらが上だが。


 魔王城を、いや魔帝国なのだし魔皇城を建造し、それをシンボルとしてこの街を帝国へと成長させていく。

 セプテントリオンの強化というのはそういうものであるべきだ。

 もちろん、一部の者は『使役』し帝国騎士にして戦力の充実にも努める。





 はじめ、この城についてはジェラルディンかゼノビアの助けを借りようかとも思っていた。

 ブランの話によれば中央大陸の中央に建てられた名もなき墓標も伯爵が何らかのスキルで造り上げたらしいし、あのアブオンメルカート高地についても伯爵の力で生み出したような事を言っていた。

 始源城は非常に美しく荘厳だったが、あれもそうしたスキルによって建てられたのだろう。

 またゼノビアの地底王国も、この世界の建築技術としてはあり得ないほど高い水準にある街だった。地下にあれほどの空間を用意し、何百年も崩れもしない街を作るなど普通に考えて出来る事ではない。


 しかし、ジェラルディンたちの力を借りて城を建造したとして、それを誇る事が出来るだろうか。

 つい興が乗り、プレイヤーたちには「世界に覇をとなえる」などと言ってしまったが、それを真剣に考えるのであればやはりそれにふさわしい能力は必要だ。

 彼女たちと同盟を組んでいるというのも確かにレアの力の1つと言えるのかもしれないが、自分を象徴する城くらい自分の勢力だけでなんとかしてみたい。


 戦闘力や勢力規模的にはすでに彼女たちを凌ぐものを持っているレアではあるが、そういう方面にはあまり力を割いていない。

 該当するスキルが何なのかはわからないが、そういういわゆるフレーバー的なスキルを取るのも彼女たちの長命と強大な力によるものなのかもしれない。

 メタ視点で言えば、そういう事が出来るからこそのイベントNPCというわけだ。


 ジェラルディンたちの力を借りることなく、この地にレアとその配下だけの力で始源城にも負けない城を造り上げる。

 そうすれば市民たちも安心して日々の生活を送れるだろうし、過剰な出迎えもしなくなるに違いない。









 まずレアが取得したのは建築系の生産スキルだった。これまで全く必要が無かったため見てもいなかったが、これはこれで興味深いものもあった。

 それはスキルを使って建てた建造物に特殊効果を付与するというものだ。

 装備品や使い捨てのアイテムなど、その手の製作物ではメジャーな技術ではあるが、建築物にも同様のものがあるとは知らなかった。

 もしかしてこれまでレアが破壊してきた街にもそういうものがあったのだろうか。


「……設置型アーティファクト、って、もしかして建造物扱いのアイテムってことなのかな。こっちのスキルも必要になるとか」


 だがどれだけ探しても、スキルひとつで塔や城、果ては高地を一息に生み出すようなものは無かった。


「まさか本当にイベントNPC専用スキルとかなのかな。そんなことない、と思うけど……」


 プレイヤーとNPCの間にそんな線引きがされている、というのは少しイメージに合わない。

 例えどんな事であってもシステム上は同じ。プレイヤーとNPCはそういう関係であるはずだ。

 それならばまだ、そのキャラクターがゲーム的に重要であるかどうかで決められていると考えた方がありそうである。つまりゲーム的にジェラルディンたちは重要な役割を持っているが、レアは持っていないから、とか。

 そういうことなら、重要なポストを任されるようになればプレイヤーでも彼女らと同じように扱われる事になる、という事かもしれない。


 ただ常識的に考えて、ゲームの重要な部分を顧客であるプレイヤーに任せるというのはリスクが大きい。

 サービス料金を支払ってゲームに参加しているという立場である以上、プレイヤーはどう言いつくろっても顧客である。

 サービス内容が「リアルな異世界」とも言えるものであるからこそ、時に顧客を顧客とも思わないような困難に見舞わせる事もあるが、嫌になったらいつでもやめていい自由がプレイヤーにはある。

 そういう立場であるのなら、やはり信頼して何かを任せるのが危険なのは確かだ。


 というかそもそも、重要な役割やポストとは具体的に何なのか。

 ただ城を持っており周辺地域に睨みを利かせているだけでいいのであればレアもやっているし、ゼノビアの人間牧場だって似たようなものは経営している。別にジェラルディンやゼノビアの悪口を言う意図は無いが。


「……信頼か。仮に今の考えが間違っていなかったとして、そういうものが必要だとか言われても、そんなもの一朝一夕には──」


 一朝一夕には構築できない。時間がかかるということだ。


「──時間、というか、もしかして年齢かな。この世界で生きた年齢が、スキル取得のロック解除のフラグになっている……?」


 ジェラルディンやゼノビアの年齢を考えれば、それが数ヶ月や数十年程度の話でない事はわかる。

 だとしたら事実上プレイヤーでは取得不可能なスキルという事になる。


「それだったら、一応は運営の掲げるPCとNPCの公平性には抵触しないし、その上でプレイヤーだけを狙って排除出来るけど……。まあ、しょうがないなこればかりは」


 長生きしているNPCにその手のスキルを取得させ、その後融合素材にすることでスキルを取り込むことなら出来るかも知れない。

 しかしこういったスキルは自勢力のうちの誰かが持っていればいいたぐいのものであり、ならわざわざ取り込まずとも引き続きそのキャラクターに建築関連は任せておけばいいだけだ。


 理由は何であれ現状のレアでは取得できないというのなら諦めるしかない。

 年齢がトリガーになっているかどうか、それを知るには当然膨大な時間がかかるが、元々長生きしている者を使うのであれば今すぐにでも検証出来る。


「──ドロテア、アルヌスを呼んで来てくれないか。君のお爺様を」


 アルヌスは元々この街の顔役だった人物だ。

 レアが初めてこの街に来た時、魔王だと見抜いた人物でもある。

 十分それなりの年齢をしているであろうドロテアの、さらに曽祖父である男性だ。そこらの災厄級に迫るほど長生きしているに違いない。









「やはり時間か年齢かな。何もしなくても出てくるとは……」


 何もしなくても、というほど何もしていないわけではない。

 前提となるスキルが何かがわからなかったため、魔法系のスキルはすべて最大までツリーを伸ばしたし、『錬金』や『調薬』など、他にも使えそうなスキルには軒並み経験値をつぎ込んだ。


 そして現れたのが『地形操作』と『神殿建造』である。

 『神殿建造』には即座に建造物を建てる効果しかなく、当然素材が必要になるのだが、『地形操作』があれば効果範囲内から素材となる石材や土砂、水分などを調達出来る。当然膨大な量の情報の処理が必要になるが、伯爵などはそれを高いINTで補っているのだろう。

 どのみちプレイヤーでは同じ事をするのは難しい。


「わ、わしごときにこれほどの力をお与えくださるなんて……」


 アルヌスは魔法系のスキルは元からある程度取得してあったようだし、基本的な能力値も高めだった。イチからビルドするよりは楽だったが、それでもそれなりの経験値を消費した事は間違いない。

 下手をすればドロテアよりも消費した総経験値量では上になってしまったかもしれない。


「必要経費だ。気にすることはない。

 さて、ではその得た力を使って何をするべきか。わかっているね」


「──もちろんでございます、陛下。この地に皇城を建造し、あまねく陛下の威光を知らしめるための灯台と致しましょう」





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