第473話「キャンペーン対象者」(ブラン視点)





「──SNSすげー盛り上がってんな! もうこれをイベントにすればよかったんじゃ……」


 ブランはレアがプレイヤーたちと参加したという黄金龍の端末討伐戦のスレッドを見て、思わず唸った。

 スレッドでは、イベントボスと共闘して強大なボスに立ち向かうという燃える展開に大盛り上がりを見せていた。


 ただ全てのプレイヤーがそれに賛同しているわけではなかった。

 世界の敵を倒すためだとしても、その封印を解くというプロセスは正しいものなのかどうかや、正しいとしても確実に倒せるという確信が持てるまではやるべきではないなどといった意見、さらには仮にそれらが全て仕方のない事だとしても、そのために戦争を利用したのは容認できないというような意見など、関連スレッドはいくつもの数にのぼり、それぞれが様々な意見を書き込んでいた。


 マグナメルムの行動の是非についての討論にはブランは興味はない。彼らの理解を得られようが得られまいがどちらでも何も変わらないからだ。

 彼らがどう考えていたとしてもレアやマグナメルムがそうすると決めたのであれば必ずそうなるのであり、そうなったとしたら彼らは否が応でも対応せざるを得ないのだ。

 その時彼らには果たして対応できるだけの力があるのか。

 ブランが気になっているのはそこだけだった。


「えすえぬえすっていうのは異邦人たちが使える遠距離連絡手段のことかしら? 私たちにも使えるふれんどちゃっととは違うものなの?」


「違うものですね。うーん、どう違うのかっていうのは、なんて言ったらいいのかわからないけど……。

 フレンドチャットが手紙みたいなものだとしたら、SNSはトイ──ええと、壁の落書きみたいな。その道を通りがかった人が誰でも見られるような感じっすかね」


 旧世紀には便所の落書きなどと言われていた頃もあったようだが、言い得て妙である。落書きされるような治安の悪いトイレにわざわざ来なければ見る事さえ無いが、来たのであれば誰でも見られるし書き込みもできる。


「……異邦人には壁に落書きをするような文化があるの? 変わっているわね……。というかそれってつまり、その通りを通る全ての人が字を書いてそれを読む事が出来るってことよね。

 すごい世界ね。想像もつかないわ。何のために全ての人にそんな教育を施すのかしら。非合理的だわ」


 上に立つ者にとってはそうかもしれない、というか、まず教育したところでまともに思考できるようになりそうなINTを持つ配下がジェラルディンには少ない。最底辺のゾンビたちに文字や言葉を教えたところでどれだけ役に立つだろうか。

 人は生まれながらにして平等である、という基本的人権の概念が無ければ理解できない話だろう。

 事実、この世界では全てのキャラクターは生まれながらに平等ではない。

 努力さえすればいつかは高みに到達できる可能性はあるのかもしれないが、まずその土俵に上がれるかどうかは完全に運だ。ウルトラハンデ付きのゴブリンから始めてダンジョン支配者にまで上り詰めたバンブは極めて稀な例である。それに引き換えブランのスケルトンはイージーモードで助かった。


「それより私としてはブランさんの変顔の方が気になるわね。そのえすえぬえすというものを見ている時のブランさんの顔と言ったら、それはもうひどいものよ。もうちょっとこう、何とかならないかしら……」


「うっ……」


 また言われてしまった。

 これについては伯爵やヴァイス、レアやライラからも度々苦言を呈されていた。

 気をつけようと思ってはいるのだが、気を抜くと目と口が半開きになってしまっている。言われる頻度は少なくなってきているのでいつもではないのだろうが、特に集中しているとおろそかになる傾向があるようだった。

 よりによってジェラルディンにもその醜態を見せてしまうとは。





 ブランとジェラルディンは現在、レアが事実上支配しているヒルス地方の上空を飛んでいた。

 ある程度大がかりなイベントを起こそうと考えるなら、それに耐えうる土台が必要だ。


 例えばブランの支配色の強いシェイプ地方だと、まだ前回の大戦時の飢饉のダメージが抜けきっていない。

 あの地でプレイヤーやモンスターが暴れ回れば、今度こそ回復不能なダメージを受けてしまうだろう。ドワーフがあの地方以外に少ない事も考えると、絶滅してしまう可能性すらある。


 ペアレ地方も同様だ。

 ただでさえ大戦時、シェイプ騎士団とプレイヤーたちによって蹂躙されてしまった経緯がある。

 ここでさらにプレイヤーによる被害が出てしまったとしたら、もうあの地の獣人たちは決してプレイヤーを許さないだろう。


 被害が回復しきっていないという意味ではポートリーもである。

 というか、MPCが精力的に活動している事で、今でも被害は受け続けている状態だとも言える。

 街や村を襲撃するといったことは少ないようだがゼロではない。少なくともオーラルやウェルスよりは魔物による被害件数は多い。

 MPCだけでなく、彼らと提携している魔物たちも効率よく獲物を狩る事が出来ているようだし、ポートリーという国は今、人類にとっては全体的に危険度が高い。


 ウェルス地方は大戦での被害は比較的少なかったが、現在はその後始末とも呼べる内乱によって政情不安になってしまっている。

 ウェルスの元王子が旗振りをして集まったというレジスタンスが立ち上がり、何故かポートリーの元国王やペアレの傭兵たちを巻き込んで神聖アマーリエ帝国の聖都に襲撃をかけたのだ。

 襲撃自体は失敗に終わったが、ウェルス王子とポートリー王は健在らしい。しかしこの戦いでペアレの獣人たちとの間に修復不能な溝が出来、レジスタンスも2つに割れて、今は泥沼の様相を呈している。

 ここならイベントを起こすのは簡単だろうが、人が集まるかどうかはわからない。どちらが正しいとも言いづらい内戦や戦争にはプレイヤーは集まりづらい傾向にある。それをするなら前大戦のように逃げ場もなくなるほど広範囲でやるしかない。


 あとはヒルスとオーラルだが、正直言ってオーラルで騒動を起こすのは難しい。

 ライラやその配下であるツェツィーリアによって完全に統治されているからだ。

 王国の主要な貴族には全てライラの息がかかっており、あれほどの大国でありながら事実上一枚岩と言っていい結束力を誇っている。

 騎士団も優秀で、被害が大きい魔物の領域などは定期的に間引きをしているらしく、大陸一の国土があるにも関わらず魔物による被害は大陸中で最も少ない。


 以上の事から考えて、騒ぎを起こすならヒルス地方しかないのでは、とジェラルディンと共に視察に来たというわけである。


 レアの本拠地の周辺を見たい、というジェラルディンの熱意に負けたという理由もないではないが。





「──まあ、ブランさんの変顔についてはおいおい指導していくとして」


「えっ。指導されちゃうんですかこれ」


「驚くほど平和なところね。このヒルス地方という場所は。魔物の姿なんて全く見えないじゃない」


「そりゃあ、基本的に魔物の領域から出てきたりはしませんからね。領域の外にいる野良の魔物はそんなに強くないですし」


 野良の魔物が強いようだと、そこはもはや領域であると言える。というよりダンジョン以外の領域とは基本的にそういう場所の事だ。領域の外に魔物が少ないというよりも、魔物が多い場所のところを領域と呼んで区別しているに過ぎない。


「その領域とやらも、よ。何ならオークの餌になってしまうような小粒な魔物しかいないようなのだけれど……」


「おーく? っていうとあれですかね。女騎士と仲良いやつですかね。そういえば西方大陸にはオークがいるとか言ってましたねえ。そんなに強いんですかオーク」


 雑魚とは言え、ゴブリンやワイルドドッグを餌にするとなるとそれなりの戦闘力が必要だ。


「強い? オークが強いかどうかなんて気にした事もないわ。いいことブランさん。オークというのは、私の大陸にいるあらゆる魔物の下にいる、それこそ餌となる者たちよ。

 ただ餌としてそこにあるだけであり、私にとっては強いか弱いかという次元で考えるべき存在でさえ無いわね」


「女騎士じゃなくてオークの方が食われてる!?」


 しかも物理的な意味で。


「さっきから言ってる女騎士って言うのは何の──ああ、そうだったわ。騎士と言えば、確かにオークよりも弱い存在があったわ」


「あ、よかった一方的に捕食されるオークは居なかったんですね。で、そのクソ雑魚種族って一体なんなんですか?」


「人間よ。ヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人。どれも単体だとオークより弱いわね」


「あ、よくなかった」


 世知辛い世の中である。


「でもそれだったらオークの皆さんは普段何を食べて増えてるんですかね」


「気にした事もないから知らないけれど……。そこらの虫とか雑草とかかしら。仲間からはぐれた間抜けな人間は彼らにとってはご馳走ってところかしらね」


 西方大陸は思っていた以上にバイオレンスな世界だった。

 ブランはまだ行った事がないが、一度見に行ってみるべきかもしれない。

 あるいはそのオークたちに少しテコ入れをしてやり、プレイヤーたちにそれを倒させるというのは悪くない案なのではないだろうか。


 ただ問題もある。西方大陸に行くための移動手段だ。

 現状では一握りのプレイヤーしか西方大陸に行く事は出来ない。バンブの活躍によって人知れず渡航詐欺の問題は解決されたが、そもそも西の海は非常に危険であり、渡るタイミングは限られている。

 またそれ以外にも一度に多くの船を移動させられないという問題もある。つい先日には大船団が人魚の王国に壊滅させられたばかりだ。

 全てのプレイヤーに成長の機会を与えるという目的からすると、これらのハードルは非常に高く思える。

 さすがに初心者プレイヤーにまで経験値を施してやるつもりはないが──あくまで「還元」セールなので、これまでにあまりご利用いただけていないお客様は対象外──せめて中堅プレイヤーくらいには参加してもらいたいところだ。


「……となるとネックは人魚の国、海洋王国カナルキアかな。いや、ていうかせっかく盛り上がってるんだし、その人魚さんたちがプレイヤーの相手してくれれば色々捗るな」


「ブランさんは少し、人の話を聞いているのかいないのかわからない時があるわね。どうしてオークの餌の話から人魚王国が出てくるのかしら……。もしかして、私が何か聞き逃した事でもあったかしら。謎だわ……」




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